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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
嵐の前の静けさ
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7話・政宗の孫かもしれない男


「原田──?」


 その名前には聞き覚えがある。記憶を探る綱宗に征四郎だった者は口角を上げてみせた。



「こう申し上げればお分かりでしょうか? 仙台藩着坐・原田宗資の息子です。母は津多。母方の祖父が鬼庭綱元で、祖母が香の前です」

「香の前……!」



 綱宗は驚いた。原田宗輔のことを知らなくとも、「香の前」の名前は仙台藩ではよく知られている。絶世の美女だったらしいが、彼女は太閤秀吉の愛妾で、当時茂庭綱元と名乗っていた鬼庭綱元に下賜されたことで有名なのだ。

 きっかけは太閤に気にいられていた茂庭綱元が、囲碁の勝負を持ち掛けられ、その賭けにされたのがこの香の前だったらしい。


 その勝負の囲碁は、実は政宗が誘われていたもので、その時、体調が悪かった政宗に代わり綱元が指したものとも言われている。

 その場でどのようなやり取りがされていたのかは分からないが、賭けに勝ったことで香の前は下賜されることが決まった。その場では口約束だったらしく、後日、香の前は茂庭綱元の下に送られたのだと言う。


 しかしその事で茂庭は、政宗からいらぬ誤解と嫉妬を被る事となった。政宗は一目で香の前を気にいってしまっていたのだ。

 政宗は、自分に代わって囲碁をさした茂庭が、絶世の美女を手に入れたとやっかみ、自分の配下であるくせに、主君である自分を差し置いて太閤秀吉に気に入られている姿勢も面白く思っていなかったようだ。


 激怒して茂庭綱元を隠居させようとした為、主君からのほとぼりが冷めるまで茂庭は出奔した。後に許されて政宗公との体面を果たした際に香の前を献上し、政宗に許されたのだと聞く。

 でもその香の前は政宗の側室とはされていない。彼女の立場はあくまでも茂庭綱元の側室で、初めに産んだ男児は政宗の子とされてはいるが、その後に生まれた娘は茂庭綱元の娘とされている。茂庭綱元自身が我が子と認めていたとは言うが、もしかすると娘の方も政宗の子なのではないかと疑わしいところだ。


 そうなると原田宗輔は政宗の孫かも知れないのだ。征四郎がその原田宗輔だった? 驚きに目を見張る綱宗に宗輔と名乗った彼は言った。



「奇妙な縁ですよね? 水沢の姫と私は豊──」

「その先は言うな」



 宗輔の言葉の先を綱宗は遮った。


「あれとそなたは何の(えん)(ゆかり)も無い」


 あれと言うのは初子のことだ。名前を出さなくとも宗輔には通じたようだ。宗輔がにやりと口角をあげる。それが今までの征四郎とは違い、悪質なものを感じた。その彼に初子と特別な縁で結ばれているだなんて語らせたくは無い。聞きたくもなかった。

 綱宗の心に余裕がないことを見てとったのか、宗輔はせせら笑うように言う。



「あなたさまも必死ですね。私から見ればあなたさまは羨ましい限りだというのに。惚れた女性と心を通わせあって、その女性との間に子をもうけた。それ以上に、あなたさまは何を望むというのですか?」

「そなたはあれのことを──?」

「どうしてでしょうね。記憶など蘇らなければ良かったと思うのですよ。あなたさまにただ、仕える身であった方が余計な事を考えずにすんだに違いありませんから」

「……」


「馬鹿がつくほど真面目だったと言う祖父は、どのような思いで政宗公にお仕えしていたのでしょうかね? 惚れた女性を横から掻っ攫われて醜聞にしかならないじゃありませんか。政宗公の御威光で寝取られた事実は揉み消されたに違いありませんけど。妻が自分以外の男の種を孕み、その男に心を残している。きっと人には計り知れない思いを飲み込んでいたに違いありません。私には祖父のような愚鈍とも言える器の大きさはなかったようです。記憶を取り戻してからというもの、あなたさまを恨まない日はないのです」


「どうしてだ? なぜこんなことを?」

「妬みですよ。同じ政宗公の孫だと言うのにどうしてこんなにも立場が違うのか? 記憶を失う前の私は不満を抱えていたのです」

「征四郎」

「その名で呼ばないで下さい。私は原田宗輔です。記憶を失っていた時に、あなたと親しくしていたことなど悪夢でしかない」



 征四郎だった彼は言った。自分はもう貴方さまの味方では無いのだと。敵対の意思を告げ、彼は一度も振り返ることなく綱宗の前を去って行った。


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