2話・お世継ぎ誕生
それからしばらくして初子は玉のような男の子を産み落とした。綱宗の嫡男の誕生である。江戸屋敷では皆が我が事のように喜び、初子や綱宗に寿いだ。
「よくやった。でかした。お初」
「綱宗さま」
枕元で産着に包まれた赤子を抱いて綱宗が言う。我が子を抱き上げる夫の姿に頼もしさを感じて目頭が熱くなってくる。
昨晩のこと。突然破水して「産婆さんを呼んで」と、言った初子に驚き、産婆が来てからも身の置き場がなく、部屋の前をうろうろしていた彼の姿からは想像しにくいが、そうしていると父親らしく思えてくるから不思議に思う。
────不思議と言えばわたし達の仲もだけど。
この子はけして意図して恵まれた子ではない。彼が無理強いして自分を抱き身篭った子だ。それなのにもとから望まれるべくして生まれたかのように自分達の愛情をせしめている。
自分達もこの子が出来た事で、少しずつ誤解を解いていき、綱宗に対して抱いていたわだかまりも解れていって、出産を迎える頃にはお互い、かけがえのない存在となっていた。
綱宗はいつも側にいてくれた。夜の営みはなくとも同じ布団で寝て手を繋いでくれた。初めての出産に不安を覚える自分にとっては、その気遣いがあり難かった。
つわりがおさまるとそんな彼が愛おしく思われてはしたなくも自分から求めてしまった。恥じる自分を諌めるでもなく、彼はお腹の子を気遣いながら優しく応じてくれた。
愛している。と、何度も吐息の間に呟いてくれたことは、きっとこの先も忘れられないだろうと思う。あの晩から二人は本当の夫婦になれたような気がするから。
「お初。ゆっくり体を休めるがいい」
「綱宗さまもお休みになって。昨晩、ずっと隣のお部屋で付き添われていたのですから」
「いいや。先にご報告をしてくる」
綱宗は赤子をそっと初子の側に置き、立ち上がった。
「ご報告って?」
「もちろん。かの御方にだ」
「その必要はないよ」
かの御方と聞いて家綱のことを思い浮かべた初子は、当人の声が聞こえたような気がして思わず綱宗と顔を見合わせた。
「ご機嫌伺いに来たよ。初子。綱宗どの」
「ご出産、おめでとうございます」
そう言って襖が開いて入ってきたのは、藩士の姿をした家綱と、その供として同じく地味な藩士の装いで倫が付き添って来ていた。
「お忍びで参られたのですか?」
綱宗がウンザリした声で聞く。実は初子がこの屋敷に来てから家綱は何度か江戸城を抜けて来ていた。この屋敷の者には、素性は明かせないがある旗本の四男坊で「徳」と名乗り、綱宗とは旧知の仲であるという無茶な設定でごり押ししている。
本人が見た目爽やかな青年といった感じの外見の為、この屋敷の誰もが「徳さま。また綱宗さまに会いにきたのですね」と、疑いもせずに通してしまう。そこが綱宗の頭の痛いところだった。
どうも屋敷の者たちはこの徳さまは、藩主綱宗の親友だと思い込んでいるようなのだ。
それというのも綱宗が他の者との係わりを極端に避けてきたせいで滅多に訪れる者がいない。その中で定期的に屋敷を訪れる「徳さま」は、先代藩主夫人の考勝院さまや、お初の養母紀伊を除けば、唯一の訪問客と言っても良かった。
「おおっ。男子か。小さいな。だが利発そうな顔をしている。さすがはお初の子だな」
「家綱さま。私の子でもあるのですが────」
「そうだったな。許せ。そうだ。そなた達の子が元服を迎えたなら僕が烏帽子親をしよう」
「家綱さま。まだ気が早いですよ」
家綱が浮かれて言う。その脇で渋い顔をする綱宗。その綱宗をからかうように家綱が烏帽子親になるだなんて言い出し、初子は苦笑いを浮かべた。
「気が早いなんて事はあるものか。子供の成長は早いものだからな」
「そうそう。子供が成人するなんてあっという間だよ。きっと」
家綱の言葉に倫も同意する。赤子は我関せずといった感じで大きな欠伸を漏らした。
「この子は大物になるかもしれないな」
家綱は赤子の頬を指先で突く。
「綱宗どの。くれぐれも初子とこの子のこと、よろしくく頼むよ」
「もちろんです。俺の妻と子ですから」
大きく頷いた綱宗に家綱は言った。
「初子に祝いの餅を持ってきた。後で屋敷の皆に配ってやってくれ」
「畏まりました」
「では初子。あとはゆっくり養生して体を休めるように。無理をしてはいけないよ」
「はい。家綱さま。お見舞いありがとうございました」
「お見送りしてくる」




