16話・思わぬ妊娠
「帰っ……!」
「大丈夫か?」
部屋の中で吐くわけにはいかないと、縁にしゃがみこんで庭に顔を向けると、その背を優しく擦られた。胸の中を大きく占めていた複雑な思いや悩みが、体の外へと飛び出していくような気がする。全部吐き出して気がすむと「ちょっと待っていろ」と、綱宗が言い残しどこかへ行ってしまった。
縁側の柱に身を預けて待っていると、綱宗が本館の誰かに頼んだものなのか、湯飲み茶碗を運んできた。中には一杯の白湯が入っていた。
「これで口をすすぐといい」
「……」
汚れた口の中を白湯ですすいで、人心地がついた様な気がすると、その間に綱宗は布団を敷いてくれていたようだ。「休め」と、言ってくる。
促がされて布団の中に入ってから、彼には何か用があったのではないかと思った。
「今日は何かご用事で来たのではないのですか?」
「そのつもりだったが、そなたの体のことが心配だ。こんなにやつれさせてしまった。済まない。そなたが落ち着いた頃にまた来る」
ため息をついて立ち上がりかけた綱宗に、まだお礼を言ってない事に気がつき、彼の袖を引いた。
「佐保?」
「あの……、ありがとうございました」
綱宗は首を横に振り、再び立ち上がろうとしたのに、佐保は綱宗の袖の袂を手放せなかった。自分でも憎んでいるはずの人なのに、今手放してはいけないような気がした。
「……?」
「まだ、行かないで……」
久しぶりに会った彼の顔を見て思った。やっぱり彼を憎めないと。体調が悪いせいか心細くなっているのかもしれなかった。
そこへ倫が慌てて駆け込んできた。後ろに誰か連れている。
「お姫さん。大丈夫か? 夕顔から話は聞いた。いま医師を呼んできた」
「先生、頼みます」
綱宗と倫は医師を部屋に残し外に出る。堪らなく不安になった。
「……帰らないで」
「分かっている。まだいる」
頼みの人の声が部屋の外から返ってきた。良かった。まだ居てくれた。佐保は眦が熱くなってきた。
医師の診断は佐保の思いもしない結果となった。
「妊娠されていますよ」
「妊娠──!」
言われて見れば毎月訪れていたものがここの所、来ていない事に気が付いた。生活環境の変化に馴染むのに夢中で、自分の体のことまで気が回っていなかった。
──ここに赤ちゃんが?
まだ膨れていないお腹に命が宿っているなんて信じられなかった。
医師が出て行ってから入れ替わりに綱宗と倫が入ってきた。佐保は布団の上に身を起こし聞いた。これは自分の一存でどうにか出来る問題でもない。もう一人の当事者の顔色を窺う。
「この子、どうしましょうか?」
「産んでくれ」
「……産んでも良いのですか?」
てっきり堕ろせと言われるかも知れないと思っていたのに即決だった。綱宗は佐保の両手を握ってきた。
「もちろんだ」
「でもそうしたらあなたさまは────」
これから正室を迎えられるというのに、その御方が気を悪くするのでは? と、言いかけた佐保に綱宗が謝ってきた。
「すまなかった。そなたをずっと苦しめてきた」
「綱宗さま」
「調子のいい男に見えるかもしれないが、俺はきみと添い遂げたい」
「そんなこと────許されるのでしょうか?」
佐保も今となっては、どうして綱宗が自分に婚約破棄を言い渡したのが分かっていた。綱宗は自分の感情よりも藩主の立場を優先したのだ。それは仕方ない事のように思われた。




