13話・彼女の憎しみを帯びた目
父が亡くなり、それまで一枚岩のように思われていた仙台藩に綻びが出来つつあった。
何度、父がまだ生きていてくれたなら、義母が男児を無事産み落としていてくれたなら──と、願ったことだろう。
でも世の中はそう甘くなかった。藩主としての重石が佐保を遠ざけることに繫がった。父が亡くなると、それまで疎遠だった陸奥仙台藩支藩の陸奥一関の藩主、伊達宗勝が、我が物顔で仙台城に乗り込んで来るようになった。
叔父の宗勝からみれば、綱宗は弱冠十八歳の若き藩主。脇を固めるのは父の代から仕えてくれる家臣といっても、彼から見た綱宗は頼りなく感じられたのだろう。
もともと叔父の知る綱宗とは素行も悪かった。傾奇者として知られていたこともあり、そんな甥が藩主となる仙台藩の行く末を心配したのかも知れなかった。
ある日、その叔父が佐保との婚約をどこからか聞きつけてきた。
「忠臣を取るなら娘を諦めろ。娘を取るならその父を切り捨てるのだな」
と、言ってのけた。宗勝は佐保の父である水沢将信を苦手に思っていた。宗勝は横柄な部分があり、綱宗が若輩者と見下していた。それを水沢はよく思わず、言い過ぎな部分があると、宗勝にやんわりと言葉を選んで苦言を呈していた。それが宗勝には姑息な態度と見えたらしく、佐保との婚約を叔父として反対してきた。
宗勝は水沢将信の態度は、出過ぎた態度だとも言って来た。綱宗個人としてはそんなことは無視しても良さそうな気がしたが、宗勝は江戸幕府の実権を握る酒井忠清に言い寄っていると忍び達から聞き、警戒が沸き起こった。
酒井忠清は下馬将軍と揶揄されている。
江戸城に各藩主が伺候する際に籠や馬で訪れても、彼の屋敷が江戸城大手門の下馬札前にあったことから、皆そこからは乗り物から下りて出向くことになり、将軍が若い事もあって彼が権力を掌握していると言うことからそんなあだ名が付けられたらしい。
その酒井と宗勝が手を結んだなら厄介な事になる。仙台藩の未来を考えるのなら、梅のいうように佐保を自分から遠ざけた方が良さそうな気がした。
自分は本来なら順当に行けば、藩主の座などめぐってくるはずがなかったのだ。所詮は綱宗の影武者。だから今後、自分の身がどうなろうと覚悟をしている。でも、それに佐保を巻き込む訳にはいかない。
例え一緒になれなくともこの同じ空の下、彼女が元気にしていてくれれば良い。と、思っていた。征四郎とは知らない仲ではない。彼の事だから、佐保の気持ちを気遣い、じっくりと時間をかけ夫婦となっていくはずだと期待もしていた。
その頃にはこの胸の思いも遠い過去のものとなって、何食わぬ顔をしてあの二人と会えるようになっているに違いないと、一縷の望みをかけていた。
それなのに征四郎は消え、佐保の行方が知れなくなった。と、聞かされた時には信頼を裏切られたような、失望感と非情に残念思いだけが残り、彼はその晩、荒れに荒れた。
あれほど行方が知れなかった佐保が目の前に居た。数日前まで彼が思い描いていた再会の場面とは違って、悲壮感を漂わせて。
そこまで追い込んでしまったのは自分のせいだ。自分にとっては諦めていたものが、誰の手もつかずに無垢な状態に置かれていたと知り、歓喜のあまり真実を見誤った。
嫌よ。嫌よも好きのうちと言うが、彼女の場合は違った。佐保も自分と同じ想いでいてくれると思ったのに、彼女は憎しみを帯びた目で見ていた。
罪悪感を感じて「また来る」と、言ったが、もう来ないで欲しい。と、言われる始末。佐保の非難から逃れるように、江戸屋敷に帰ってきてからは彼女のことが頭から離れなくなった。