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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
振り振られ
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9話・きみを一晩、買いたい


 佐保が願った事は間もなくして叶うことになった。家綱にお願いしたのは綱宗との再会。佐保はどんな形でも良いから彼に合わせて欲しいと頼んでいた。

 ようやく彼に会えると逸る心を抑えつつお座敷に出る為の支度をしていると、倫が保護者のような目をして「姫さんのそんな姿は、主さま以外には見せたくないんだけどね」と、家綱の心情を思いやったようなことを言ったがその意味が分かったのは、座敷に通された後だった。


 佐保は倫が懸念していた、綱宗がこの姿を見てどう思うか? よりも婚約破棄を言い渡されてから接点の無くなってしまった綱宗のことばかり考えていた。


 彼に早く会いたい。と、言う気ばかりが大きくなってその後のことをあまり考えなかったせいもある。

そわそわする気持ちで倫の後に続き、決戦の部隊に赴く様な気持ちで座敷へと足を踏み入れた。

 上座に家綱は座っていて一人のお供を伴なっていた。それが綱宗だった。家綱はどこかの羽振りのいいお武家風で、綱宗はその近習に見えるほど地味な装いをしていた。

 家綱に酌をしていた綱宗は、佐保達が入室してくるとその手を止めた。



「やあ、松風太夫。待っていたよ。そちらの太夫はまだこういった場には不慣れなのかな? 初々しいね」

「彼女は若菜と言うでありんす。どうぞ可愛がってやっておくんなまし」



 上機嫌で家綱が話しかけてくるのに、遊郭では松風太夫を名乗っている倫がそつなく応える。佐保の素性を知っているはずの家綱の仰々しい態度にはわざとらしい物を感じるが、もしかしたら綱宗には自分と家綱との関わりを話していないのかも知れなかった。

 倫が家綱たちの前で紹介してみせた様に、この場では初対面を装った方が良さそうだ。



「若菜でありんす。どうぞお頼み申しいす」


 一礼をした所、強烈な視線を感じた。視線の先を手繰ると綱宗と目が合う。彼はあ然としているように思えた。佐保はその彼の態度をみて、自分が失敗を犯した様な気がしてきた。「ありんす言葉」が不慣れなのもあってどこかおかしかっただろうか?


 遊郭ではありんす言葉を使っていると倫に聞かされて、徹底的に指導を受けてきたというのにどこか間違えた?


「ささ、若葉。そちらの旦那さまのお側に」


 ふたりの微妙な雰囲気には気が付いているだろうに、倫が綱宗の隣へと促がす。佐保は綱宗の隣へと座した。



「主さま。一献、如何でありんすか?」

「頂こう」



 久しぶりに会った綱宗。あんな別れをしただけにもう二度と会えないかもしれないと思っていた。彼の決断を揺るがすような行動は避けた方が良かったのかもしれないけれど、会いたい気持ちが勝って辛かった。だから家綱の言葉に甘えてしまったのだ。これでもし、綱宗の気を悪くさせて、二度と会えなくなったとしても後悔だけはしたくなかった。


 綱宗は佐保を見ようとはしなかった。態度も素っ気なくてあんなにも想いをぶつけてきてくれた時の事が懐かしい。



「なんだなんだ? 辛気臭いなぁ。綱さんはこのような場は馴染めない?」

「……いえ。そのようなことは……」

「若菜。一曲踊ってくれないか?」

「ではわちきが三味線を弾くでありんす」



 家綱が強請り倫が三味線を抱えたので、佐保は綱宗から離れて座敷の中央に歩み出た。扇子を構えて倫の三味線の音にあわせて踊る。綱宗が驚いたような顔をして見つめていた。彼の前で踊ったことはない佐保である。


 綱宗は佐保が踊れるなんて思ってもいなかったのだろうな。と、内心苦笑した。小唄や踊りというのは花街の女や、そういった女性が商家の旦那のもとに嫁いで教室を開いていたりする。藩士の娘で一応、屋敷暮らしの佐保がそういったことを嗜むことはなかった。その佐保がこうして踊って見せたのは初めての事で、綱宗としては単にその変わりように驚いたものと思っていたが、踊りを終えて綱宗のもとに戻って来ると、彼は面白くなさそうな顔で出迎えた。



「ずい分と踊り慣れているんだな」

「松風太夫には熱心に指導して頂いているのでありんす」

「松風太夫ね?」



 綱宗の口調は初対面の者に対してのものには思えなかった。彼は自分が佐保だと気が付いている様子だ。もしかしたら先ほど驚いていたのは自分が遊女の姿で現れたせいかと佐保は気が付いた。

 綱宗の杯は空になっていた。そこにとっくりでお酒を注ぐと彼と目があった。佐保は知らない。綱宗の杯を空ける進み具合が早くなっていたことを。


 彼はとっくりをすでに二本開けていた。それを知るのは横目で窺っていた倫と家綱なのも。


 佐保はこの後、どうしていいのか分からずひたすら杯が空くのを待ち、とっくりの中身を注ぎ続けた。そのせいで彼が落とした言葉に反応が遅れた。



「あなたを一晩、買う事は出来るだろうか?」

「えっ?」



 自分を買う? 遊女でもない自分を? 自分が遊女の格好をしていたのは、お座敷でなら綱宗と合わせる事ができると家綱から言われていたからだ。

 困惑していると、綱宗は家綱らを見て言った。



「こちらの者を一晩、買いたいのですが許されますか?」

「構わないよ。僕はこちらの松風としっぽりさせてもらうことにするから。なんならそちらの若い太夫の部屋にでも案内してもらったら如何かな?」

「家綱さ────?」



 てっきり断ってくれるかと思っていたのに、従叔父は快く応じてしまった。家綱の赤らむ顔を見る限りでは相当、酔っているらしかった。最後の望みとばかりに倫を見れば苦笑いされた。



「よっぽど若菜をお気に召したようでありんすね? 若葉はこういったことには不慣れですから、多少の無礼は許して頂けると助かるでありんす」

「ああ。無理はさせない。ただ、二人きりで話がしたいだけだ」



 邪魔が入らない場所で佐保と話がしたいと綱宗は言ってのけた。ここが家綱の飼っている忍びの者たちが集う館だと悟ったのかも知れなかった。

 家綱は「よかろう」と、言い、倫からも許可が出た。



「若葉。ご案内するでありんす。綱宗さま。夜明け前にお迎えに上がります。それでよござんすね?」

「ああ。構わない」



 綱宗に手を取られ、「部屋に案内してくれ」と、言われてしまっては、佐保には拒む理由がなくなってしまった。



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