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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
振り振られ
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7話・佐保の願い事


「家綱さま?」

「意味が分からないって顔しているね?」

「主さま。お姫さまは東北の地で何の情報も与えられずに育てられたのでありんすよ」



 家綱に酌をする倫がじれったそうに言うと、家綱はそうだったと苦笑した。



「きみの母親はね、僕の伯母上である千姫さまと、今は亡き豊臣秀頼公との間に生まれたんだよ」

「……!」

「信じられないかい?」



 目の前の家綱が将軍だったことに驚いたと言うのに、その彼と血縁関係もありその上、自分には豊臣家の血が流れていると聞かされて、佐保は頭の中を整理するのでいっぱいだった。



「そんなはずはありえません。豊臣家といったら断絶したと聞いてます」

「でもきみはその生き残りだ」

「もし、私がその生き残りとしても証拠がありませんわ」



 佐保は家綱の言葉を否定する事しか出来なかった。到底、受け入れられない現実だ。



「証拠ならある。きみのその簪だよ」

「この簪ですか?」



 貸してご覧と手を伸ばされて、佐保は半信半疑ながらも母の形見の簪を髪から抜いて渡した。それを家綱は自分の持っていた小刀の鍔の文様に押し当てた。するとそれは葵の紋が描かれていたが、その隣が不自然に抜き型のように隙間が空いていて、そこに簪を当てはめるとぴったりと収まった。


「文様が……!」


 葵の紋の隣に桐の文様が綺麗に納まっていた。


「この小刀と簪は、千姫さまが大阪夏の陣で城から出る際に秀頼公に渡された物だ。千姫さまはその時、身篭られていた。だからそれを別れの際に告げられた秀頼公は、お腹の子の為に小刀と簪を贈られたんだそうだ」


 秀頼公はお腹の子が男子だったなら小刀を、女子なら簪を。と、家綱は遠い過去に思いを馳せる様に目を細めて言った。それがきみの手にあるということはどういう意味なのか分かったよね? とも瞳は語っていた。



「倫たち忍びの者が仙台藩にきみがいると調べ上げてくれた頃に、征四郎を送ったら彼はきみと接触はしたものの、その後、報告は上げて来ないし、どうしたものかと思っていたんだよね。綱宗には警戒されていたから下手に動けなかったし」



 あいつは手ごわくてね。と、家綱は笑った。綱宗の名前が出てぴくりと反応した佐保に家綱が気が付いたようだ。



「そういえばきみ、彼と婚約していたよね? 婚約解消したと聞いたけど?」

「……ええ」


 やはり家綱は、将軍さまだけに、佐保と綱宗の繫がりを知っていたらしい。



「どうして別れたんだい? このまま二人が夫婦となってくれれば僕もこんな手は使わなかった。参勤交代できみが彼の奥方として江戸屋敷に住むようにでもなれば、偶然を装って屋敷に訪ねて行こうかな。なんて策も練っていたのに」

「人を攫っておいてそんな言い分はないと思いますが? 私にも分かりません。綱宗さまには嫌われたようです」


 家綱の勝手な言い分に腹を立てて言えば、目を丸くされた。そういえば寝ている間に攫われていて、それを指揮したらしい家綱から謝罪の言葉ももらってないと気が付いた。天下の大将軍だからと言ってもやって良い事と悪い事があるではないか。

 憤慨していると、家綱が済まなそうな顔をしてくる。



「悪かった。いくらきみに会いたいからと攫うような真似をさせて」

「分かっていただけたなら結構です。では私を仙台藩に帰して頂けますね?」

「それは……無理だ」



 家綱が渋る様子を見せ、佐保は訝った。



「あの酒井に気付かれてしまったようだ。きみの存在を仙台藩では匿えなくなった」

「どうして? 父上や、おばばさまは納得されているんですか? 酒井って、御大老の酒井さま?」

「水沢どのや梅どのは、納得はされていまい。きっと今頃、綱宗が説得している頃だろうな」



 そんなと、佐保はがく然とした。自分の素性は、この徳川の世にあって歓迎されるものではなかった。幕府にとっては目の上のたんこぶ所か、または存在を許されない者だ。

先の時代を治めていた豊臣家当主の血を受け継いだ者が生きていると知れば、どうなるかは商人や百姓でも分かっている。



「私は……私は幕府に見つかったなら処刑されるのですか?」

「そんなことはさせない」

「でも」

「迂闊だった。僕の行動を酒井に目を付けられてしまっていたらしい。済まない」



 家綱は将軍でも、大老の酒井をどうにかすることは無理らしかった。頼りない従叔父に失望すると同時に、父が酒井大老は幕府でも強い権限を持ち、若くして将軍となった家綱公を補佐しているようで、実は蔑ろにしている部分があるのだと溢していたのを思い出した。

 将軍とはいえ、幕府を一人で動かせるものでもないことを今更ながらに佐保は気が付いた。



「でもきみは守るよ。酒井は見当違いの場所を探しているようだから、まさかきみがこの陰間茶屋で匿われているとは思いもしないようだ。しばらく酒井の気が反れるまできみにはここにいてもらいたい。きみに何かあれば千姫さまも悲しむ」

「おばあさま?」

「そうだよ。千姫は一目、きみの母に会いたいと願われていて、父上や僕に頼んでいたんだ。父は願いを果たせずに他界したが、僕にきみのことを言付けて逝った。僕にはきみを守る使命がある」

「家綱さま」



 この世の中で誰も味方はいなくなってしまったと悲しむ佐保に、家綱が自分達がついていると励ましてくれた。


「きみをここに囲う形になったのは申し訳なく思っている。せめてきみの願い事くらいは叶えてやりたい。何か望む事はないかい?」


 佐保はどうして座敷に呼ばれた時にこのような仰々しい姿をさせられたのかと思っていたけれど、これは万が一にも酒井の手の者に嗅ぎつけられることのないように変装させられていると言う事かと察した。

 そこまでしてくれる家綱に甘えてもいいのだろうか?と、見つめれば「なんだい? 決まったかい?」と、優しく聞かれる。佐保は胸に込み上げてきたものを吐き出すように、従叔父に向かって一つだけお願い事をした。


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