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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
振り振られ
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5話・陰間茶屋に攫われました


「ここは?」


 目覚めた佐保は驚いた。見覚えのない部屋で寝せられていたのだ。その部屋は真っ赤な毒々しい血の色をしていながらも日が射すと艶やかな朱色へと変化した。天井にはこちらを見下ろすように龍頭が描かれており、爛々とした龍の目と目が合い、上半身を布団の中で起こしていた佐保は、「起きたかい?」と、脇から声をかけられて「ひぃっ」と、上げかけていた悲鳴を飲み込んだ。


 襖が開いて一人の美男が姿を見せた。清廉さを感じさせる征四郎とは違った、色気漂う感じの色男だ。面長の顔立ちをした彼は背中まで伸ばした長髪を結いもせず、首の辺りで一つに縛っていた。

 その男は佐保が寝る布団の脇に正座した。



「あんたは真田が守る隠された姫さまだよな?」

「……あなたは?」



 真田と言うのは祖母の纏めている真田忍軍のことに違いなかった。隠された姫と言うのにはしっくり来ないが、恐らく真田の長の孫娘と言う事で、大事にされていることを指しているのだろう。



「俺は(りん)。なかなか真田が手ごわくてあんたに接触が出来なくて大変だったよ。あんたも驚いただろう? 目が覚めたらこんな所にいてさ」

「驚きましたけど、一体、あなたは何者です? わたくしが寝ている間に攫うだなんてなかなか普通の者に出来る事ではないわ」

「さすがは真田の姫。見知らぬところに連れて来られて泣きはしないか。俺の正体には気が付いているんじゃないのか? 真田がカラスなら俺は犬さ。あるお方に飼われている」



 ひょうひょうとした物言いをしながら、倫は自分の身の上を明かした。忍者らしい。忍者ならば人目の目を避けて自分が寝入っているうちに運び出すのも無理ではなさそうだった。

 ただ、どうやって真田の者たちの監視の目を欺いたのかは気になった。



「そのあなたがなぜわたくしを?」

「征四郎がお役目をなかなか果たさないから主さまが苛立って尻を叩いたのさ。そのあいつが真田の目をひきつけてくれている間に、俺が出張ってきたというわけ」


 脱藩容疑のかかっている征四郎を囮にしたと倫は言った。征四郎が出てくれば確かに真田の者達の目はそちらに向かい、佐保の屋敷の警備の方は手薄になるだろう。そこを見通して攫ってきたということらしい。

 佐保は小首を傾げた。



「征四郎さまはあなたとお仲間と言うことですか? ひょっとしてあの手紙はあなたが?」

「そうさ。征四郎は俺達の仲間だ。もともとあんたを連れ出す目的で仙台藩に潜んでいた。それなのによっぽど居心地が良かったんだろうな。目的を忘れて居座ってしまうぐらいに」

「嘘です。征四郎さまが裏切っていただなんて……」

「あいつは相手の懐に忍び込むのが上手いんだ。そこを主さまに買われていたよ」

「征四郎さまは今、どこに?」



 今まで征四郎を信用していただけに、倫の言葉はとても信じられなかった。直接、彼に会って話を聞きたいという佐保に倫は同情したように言った。



「悪いがあいつにはしばらく会えないよ」

「どうして?」

「それよりもあんたは自分の身が心配にならないのかい?」



 倫の指摘に佐保はハッとした。自分は見知らぬ場所に連れてこられたこの先、どうなるか分からない。



「そんな顔しなさんなって。悪いようにはしない。主さまの大切なお方だ。あのお方に会うまでは、うちの客人としてもてなさせてもらうよ」


 倫は立ち上がった。


「食事を運ばせる。あんたにはしばらくこの離れで暮らしてもらうことになる。何か不便なことがあったら言ってくれ。あ、そうそう、今は良いが夜になったらこの部屋から出ないほうがいい。おぼこのあんたには刺激が強いものを見る羽目になるからな」


 意味不明なことを言い残し、倫は退出して行った。



 倫の言った意味が判明したのはその日の晩だった。倫が、日が暮れる前に再び部屋を訪れ、詳しく話してくれたのだ。佐保が今いる場所は遊郭だったのだ。それも陰間茶屋。倫はそこで太夫の地位にあるらしい。遊郭と言えば仙台藩にもあったし、男が春を買う場所として知ってはいたが、陰間茶屋なんて佐保は生まれて初めて聞いた。そんな場所が存在することすら知らなかった。



────男が男と?



 それを聞かされた時、目を剥きそうになった。戦国の世では男同士で交わうことは珍しくもなかったとは聞いた事があるが、それは昔話のようにどこかあいまいで、佐保にとっては夢物語のようにしか思っていなかったから実際にあるなんて思ってもみなかった。


 佐保が素直に驚くと「よほど大切に育てられた姫さんなんだな」と、倫に苦笑された。しばらくの間、倫は佐保と話をすると本館へと戻って行ってしまった。誘拐されてきたこともあり特にすることのない佐保には時間が長く感じられた。


 今頃、自分が攫われて父を始め、屋敷の皆が心配していることだろう。もしかしたら江戸屋敷まで連絡がいっているかもしれない。

 そしたら伊波は……、綱宗さまは心配してくれるだろうかと気になった。そう思ってしまうのは、先ほど倫にここが江戸だと教えてもらったせいに違いない。


 目覚めるまでの間に、自分の身が仙台から江戸まで運ばれていたとも教えてもらっていた。佐保としては一晩寝て起きた感覚で、何日も経っていたとは信じがたいけど。


 日が暮れて本館に明かりがポツポツと点り出す。本館は豪奢な建物で二階建てとなっていた。佐保のいる離れにも風にのって、本館からの三味線の音や、手拍子、がやがやとした男性達のにぎやかな声が聞こえて来る。宴会でも行われているような賑やかさだ。お祭りのような囃子声も聞こえてくるが、そこには自分の知らない世界が存在している。


 思わず見上げた先に見えたのは猫の爪のように細い月。いつの日か伊波と共に見た月がそこにあった。



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