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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
振り振られ
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4話・征四郎の脱藩疑惑


 参勤交代で御江戸に出発してしまうと三年ほどは帰って来ない。今までは藩主さま達とはあまり係わりがなく、父は留守番組として仙台藩から出る事もなかったから参勤交代と聞くと、どこか他人事のように思われていた部分もあった。

 でも朝早く征四郎が顔を見せに来てくれた事で、旅装姿の彼を目にして嫌でも実感させられた。



「お気をつけて」

「佐保さまも息災で」



 短く挨拶を交わして征四郎を屋敷から送り出すと、なぜか寂しさのような気持ちと一緒に、言い知れようのない不安が胸をよぎった。



────何事もなければいいのだけど……。



 旅立ちに相応しい小春日和を前にして、佐保は迫り来る不安を抑え込むように胸元に手をあてた。




 道中の征四郎からは、父宛に何度も手紙が届いた。そのおかげで江戸に向かう一行が現在、どこにいるまで事細かく記されていて、ときどき佐保へ書かれた手紙も添えられて送られてくる。

その中には道中で摘んだらしい花をしおりにした物や、珍しい組み紐や、貝細工の帯止めなども含まれていて佐保を楽しませた。


 征四郎から届く手紙を待ちわびるようになった頃、無事に江戸についたと報告があり、それからしばらくしたときの事だった。

 父が珍しくも城から早く帰って来た。慌ただしい様子に不穏なものを感じて聞くと思わぬ言葉が返ってきた。



「お父さまどうなさったの?」

「佐保。落ち着いて聞きなさい。征四郎どのが行方不明になった」

「それはどういうことですか?」

「上屋敷では脱藩したのではないかと噂になっている」

「脱藩? まさか……」



 脱藩とは穏やかではない話だ。臣下の身で主を見限ったと見なされて追っ手が放たれることもある。江戸屋敷にてそんな事が起こったなら、江戸幕府の重鎮らに見咎められて藩主の責任問題も問われかねない事態だ。

 父の顔には大変なことになったと書かれていた。



「なにかそのような事を彼はおまえに言っていたかね?」

「そんな事、聞いた事もありません。征四郎さまは脱藩などされるようなお方ではありませんわ」



 私も信じたくないのだが。と、言いながら父が明かしてくれた事によると、江戸について三日目に征四郎が誰にも何も言わずに姿を消したらしかった。

 綱宗から梅のもとへ忍びを通じて連絡が入ったようで、そちらに姿を見せたなら即刻江戸屋敷に戻るようにと厳命されているらしかった。



「もしかして何か事件に巻き込まれたのでは……?」

「無事であればよいが」


 佐保の呟きに父は顔を険しくさせた。



 それから数日後。佐保の部屋に狙ったように文が投げ込まれた。その時、父は城に登城していて留守だった。投げ文を開くと見慣れない字で、


『征四郎を預かっている。今晩おまえを連れて行く。このことは誰にも知らせるな。もし知らせたなら屋敷に火を放つ』


 と、書かれてあった。文面からして交渉というよりも、脅迫に近いものに思われた。



────しかもこの屋敷を狙ってくるだなんて。



 一応、この屋敷は征四郎の一件から、梅の息のかかった忍びに見張られている。その中に堂々と投げ文をしてきたのだ。相手は相当の手練れのように思われた。と、なると仙台藩ではない、何者かの手の者がこの藩に入り込んだことになる。


 佐保の想像も及ばない相手であることは確かなようだ。この事を誰かに告げたとしても、この手紙を放り込んできた相手は佐保の様子を見ているということだ。相手を刺激しない為にも、理不尽な要求に応じるしかないかとため息しか出なかった。


 その晩、何事もなく過ぎ、あっけなく就寝時間を迎えた佐保は「なにもなかったじゃない。騙りかしら?」と、思いながら眠りにつき翌朝を迎えた。



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