1話・わたしをいつまでもお側に置いて下さいね
「伊波さま」
「ん……?」
伊波と婚約を結んでから三日と問わず、毎日のように伊波が佐保のもとへ足を運んで来る。それは全然、構わないのだが、彼の格好が今日も派手過ぎた。
「今日も派手な出で立ちですね」
「似合わないか?」
「そんなことはないですけど……」
卯の色の袴に、女性物の紺地に水玉模様の小袖をあわせて着て、その上から赤地に藤の絵柄の付いた小袖を斜め掛けに羽織っていた。
それらを留めているのは錦の帯で、小袖はそれぞれ素晴らしい正絹の着物だと知れるのに、伊波の手にかかっては彼の身を飾る道具にしかならないのだから、豪胆と言うべきなのか、金銭感覚が佐保達家臣とはずれまくっているのか分からないところだ。
しかも奇抜な装いなのに、端整な顔立ちの彼が身に纏うと芸術にすら見えてくる。
────これが惚れた弱みというものかしら?
と、佐保は縁に座った自分の膝を枕に、体を横にしている伊波の顔を見つめた。
「どうした? 俺の顔をそんなに見つめたりして。ややでも出来たか?」
「伊波さま。そのような誤解を招くような発言はおよし下さい」
「そうか? ゆくゆくそなたは俺の嫁になる。いつ孕んでもおかしくないと思うがな」
「伊波さまっ」
人払いしているとはいえ、誰が聞き耳を立てているか分からないのに。と、言えば伊波は笑った。
「まだおまえとは清い仲なのだから子なんて出来ようはずがない。俺としては今すぐでも欲しいくらいだけどな」
「……!」
伊波は佐保の膝から退くと、顔を近づけ耳もとで囁く。
「夜這いしに来ようか?」
「伊波さま」
赤く染まった頬を撫で、伊波は佐保の額に唇を押し当てた。佐保はからかわれたと知り頬を膨らませる。
「藩主さまになられるのですから、少しは自重なさっては如何ですか?」
「だんだん佐保は梅に似てくるな」
「誤魔化さないで下さい」
「だめだ。怒った顔も可愛すぎる」
「へ?」
「すぐにでも祝言を挙げたいくらいだ」
「でもそれは来年にと……」
「親父が決めたんだったな」
伊波は一瞬、遠くを望むような顔をしてから佐保を見た。そこには今までのふざけた姿はなかった。
「幸せすぎて怖くなる」
「わたくしもあなたさまに出会えて幸せですわ」
「願うことならずっとこうしていたいな……」
「わたくしも」
いつにない伊波の真剣さに、佐保は言い知れようのない不安を覚えて彼にしがみ付いた。
「佐保?」
「わたくしをいつまでもお側に置いて下さいね」
「もちろんだ」
伊波は佐保を胸元に強く掻き抱いた。




