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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
思い思われ?
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16話・伊波の正体

「おばばさま。どうしてここに?」

「あなたさまが情けない態度をとるから。可愛い孫娘に真相を告げずに、心を揺さぶるようなことばかりしおって」

「真田の長ともあろう者が公私混同か?」

 伊波を祖母のお梅はなじるように言う。一方の伊波は平然としていた。

「忍軍を束ねる長とはいえ、一人の人間。人並みの感情もございます。忍軍は家族も同然。皆の幸せが第一ですが、なおさら可愛い孫娘のことともなれば冷静ではいられますまい」

「おばばさまが忍軍の長…?」

「いままで隠していてすまぬのう。そなたには普通の娘として、育って欲しかったからこの事は隠し通すつもりじゃった」

 初めて知らされた事実に目をむく佐保に、お梅は微笑むと伊波に険しい目線をくれた。ふたりの間に見えない火花が散っている気がする。

「おばばさま。伊波さまとお知り合いでしたの?」

 ふだんは柔和な祖母は、佐保のこととなると感情を露にする。そのことが身にしみてわかっている佐保は、こんなときは黙っているべきなのだろうが、それでも聞かずにはいられなかった。祖母は大きくため息をついて、彼女にしては珍しく嫌味のように言った。

「佐保や、ここにおいでの伊波さまは、そなたのお父上に娘をくれないと、城から一歩も出さぬと駄々をこねて脅して、監禁した卑怯者なのじゃ」

「えっ。では伊波さまは、綱宗さまなのですか? ほんとに?」

 祖母の言葉に、佐保は思わず隣の、伊波を見上げた。祖母が忍軍の長という事には、かなり驚いたが、伊波にはどこか他人を従える要素が感じとれていたせいか、さほど驚きはしなかった。正体が知れて喜びの方が大きかった。伊波は気恥ずかしそうに告げた。

「正確には綱宗という名は、俺の兄の名前だ。俺は兄の影武者として、育てられてきた。本来なら表舞台には顔を出さないはずだった。だが兄が突然の病で亡くなり、この藩の存続を憂いた父上により、兄の死は隠蔽されて、俺が兄として生きることになった」

「おばばさまもご存知だったのですね?」

「伊波さまが生まれてから、養育を任されてきたのはこのわらわじゃ。このことは、ご当主さまや、奥方さま一部の者しか知らぬ。もともと綱宗さまはご幼少のみぎりから身体が弱いお方で、寝込むことも多く、人前にはお姿を現すことはなかった。伊波さまが入れ替わったことには、我ら真田の者以外、藩士の者ですら気がついてはおらぬだろう」

「父上さまも?」

「さあ? 真相は知らされてないはずじゃが、婿どのは意外と勘が鋭いから、気がついても口にはせぬだろう」 

 姑と婿の間柄なのに仲がいい所以は、お梅が父、将信を一目置いているせいなのが知れた。だから目にもいれても痛くなかったというほど溺愛していた一人娘の母を、父に嫁がせたのだろうけど。

「でも‥綱宗さまが伊波さまでよかった」

「ほんとうによかったのか? 俺で? 縁談の件もお前の意思に関係なく進めてしまって怒ってないのか?」

 ぽつりと胸に浮かんだ感想をもらすと、伊波が真剣な顔つきで、聞き返して来る。佐保は言いにくそうにうつむいた。

「初めは嫌でした。わたくしの気持ちに関係なく、勝手に縁談が決められたことに腹が立ったし、お世継ぎ様の意向なら、一藩士の娘であるわたくしには逆らえないし、悲しくもなりました」

 でも。と、佐保は顔を上げ伊波を見た。

「縁日であなたに出会って、派手な装いには驚いたけど、迷子の子供に対する優しい気遣いや、出会ったばかりのわたくしを悪漢から助けてくださったりと、見かけとは違って良いお方だと思いました。だから遠藤さまのご子息だと、嘘をつかれたと分かったときには、悲しかった‥」

「すまなかった。俺はどうしても自分が綱宗だと、打ち明ける勇気がなかったんだ」

 お梅は征四郎たちに目配せをして、この場から退出を促すと、自分も静かに退出した。 


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