15話・お稲荷様の使いに呼び出されてみれば
数日後、佐保はあの八幡神社の、鳥居の前にいた。昼間におかしな手紙が届いた為だ。
足元の影が長く地の上に伸びている。日は西に傾き、空は夕焼け色に染まっていた。
お萩が門前にいた子供から受け取ったという差出人のない手紙には、河原での佐保の落し物を預かっている。返して欲しければ独りで弁天稲荷の前まで来るようにとあった。
「伊波さま?」
境内の奥に派手な格好の、男の背を見かけた気がして、佐保はその後を追うように足を速めた。彼も神社裏の弁天稲荷へと向かっているようだ。
ふと彼が足を止めて、こちらを振りかえった気がして、佐保は慌てて傍にあった杉の木の影に隠れた。どうやら隠れて様子をうかがう佐保には、気がつかれなかったようだ。彼はどんどん先に進んでいた。
「伊波さま」
「征四郎か」
弁天稲荷の前で黒装束の者に声をかけられて伊波が、小さな祠の後ろにまわったのがわかった。伊波に声かけてきた黒装束の男には見覚えがある。佐保が前に、人相の悪い男たちにからまれたときや、幸平に襲われそうになった時に助けてくれた男だ。ふたりの行動が気になって、祠に近付くと伊波が征四郎と呼んだ男と、なにやら半紙らしき物を手にとり、話し合っていた。
「あれは…」
娘たちの願掛けの紙?と、思う間もなく佐保は後ろから羽交い絞めにされ、身動きとれなくなっていた。
「何者だ?」
振り返ろうにも、何者かに身体を腕で拘束され、首筋には刃物が押し当てられている。鋭い誰何の声はもちろんのこと、相手から受ける殺気に、何も出来ずに固まっている佐保を緊張から解き放ったのは、伊波の一声だった。佐保は安堵の声を漏らした。
「菊丸。そいつは問題ない。解放してやってくれ」
「伊波さま」
「しかし、このことを口外されては…」
「菊丸。放して差し上げなさい。不敬罪にあたりますよ」
「へぇ?」
佐保の後ろで動きがあった。仲間と思われる征四郎の声に、佐保を拘束していた男が手を放したからだ。拘束から解放されると、佐保は伊波に抱き寄せられていた。
「怖かったか? 悪かったな」
「すいませんっ。水沢の姫さまでしたか。気がつかなかったとはいえ、失礼しました」
菊丸と呼ばれていた、こちらも黒装束に身を包んでいる男が、佐保の顔が明らかになると慌てて平伏した。
「あら? あなた確か…おばあさまのところの?」
菊丸と呼ばれていた男を見て、佐保は祖母の館で仕えている下男だと気がついた。
「申し訳ありませぬ。長になんと申し開きをすればよいか…」
「あの…?」
訳がわからない佐保に向かって、伊波は苦笑した。
「真田の長よ。そこにいて様子を伺っているんだろう? 佐保をここに招いたのもあなたのしわざか?」
「やれやれ。若い者はいまひとつ冷静さにかける」
「おばばさま?」
伊波の問いかけに竹やぶからひとりの人物が現れた。相手の顔を見て佐保は、驚きの声をあげた。征四郎は相手に敬意を払って、膝をついて頭を垂れ、菊丸はその脇で平伏した。




