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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
思い思われ?
13/48

13話・弱気な所に付け込まれて

「…佐保さま」

 落胆する佐保が、自分の名を呼ぶ声に気がついたのは、しばらくたってからのことだった。いつの間にか一緒にいたはずのお萩が退出していた。優しい声音に、声の主を確かめようと、縁の方をうかがうと、見目形が良い男性が庭先に立っていた。

「佐保さま。少し外においでになりませんか?」

 お萩が気を利かせたのだろうか? 庭には佐保が好意を抱く幸平がそこにいた。断わる理由もないので、うなずいて縁から外に降り立とうと、縁石においてあった履物に、足を通そうとする。目の前に手が差し出された。

「ありがとう」

 優しい気遣いに心が揺れる。佐保は幸平と目があって、目元を慌てて袖口で押さえた。 

 いままで泣きそうになっていたのを見られただろうか? 

「佐保さま。広瀬川の土手にいってみませんか?今はちょうどススキが見ごろですが、一部、撫子(なでしこ)の群生が見れる場所があるんですよ」

「まぁ。ほんと? 見てみたいわ」

「では決まりですね」

 佐保は幸平が、自分の元気がない理由にはふれずに、外に連れ出そうとしてくれる事に胸の内で感謝した。武家屋敷から町人街を抜けて土手の方まで来ると、辺りの人もまばらで静かだ。

 空高く青く澄んだ空のもと、土手沿いにススキが生い茂り、実りに合わせて(こうべ)を垂れる稲穂のように、頭を垂れている。風が軽くススキの背を押すように、佐保の肌をも、さらっていく。

 いつもなら好きな人とこうして肩を並べて歩いているだけで、至福の時のように感じられるのに、伊波のことが心に引っかかっているせいか素直に喜べなかった。

「佐保さま。その簪、素敵ですね。お気に入りなのですか? いつもしているのをお見かけますが」

「あら、これについて幸平さまに話していなかったかしら?」

「いいえ。何も」

「そう。いつも幸平さまには母の話をしてたものだからつい、話をしたものと思っていたわ。この簪はね、母の形見なの。柄も気に入ってるけど、唯一母と絆を繋ぐ物のように感じられて大事にしているの」

「そうでしたか。母君さまの…。 七三の桐の柄が素敵ですね。よくお似合いですよ」

「ありがとう」

 何か思案するような素振りを見せたものの、幸平はすぐに佐保へ笑いかけた。

「ここからはちょっと下におりなければいけませんが、歩けますか?」

「ええ」

「危ないですから、足元に気をつけて」

 幸平が佐保の手をとって、土手のなだらかな斜面を下りていく。佐保もゆっくりと後に続いたが、下に降り切るころに足を滑らせた。

「きゃあ」

「佐保さま」

 幸平がしっかり佐保を抱きとめる。佐保の腰に腕が回された時、伊波と違ってそういうことがしなれている感じを受けた。伊波の場合よりも、幸平の吐息を頬の近くに感じて()(じろ)ぎしたが、彼の腕の中がゆるむ気配はなかった。そればかりか促される形になる。

「ご覧ください。佐保さま」

「まぁ。撫子があんなに」

 二人が立つ河原(かわはら)には目前に薄紅色の愛らしい小花の群生が広がっていた。大地をおおっているのは河原撫子。視界が明るい薄紅色に開けて、佐保は幸平の腕の中から逃れることを忘れ、見惚れた。

「なんて見事なの。綺麗…」

「綺麗なのは佐保さまですよ」

「幸平さま?」

「ここを見つけたとき、佐保さまにぜひ、見せて差し上げたくなったのです。佐保さまは、私にとって、この撫子のように愛らしいお方ですから。気に入っていただけましたか?」

「ええ。嬉しいわ。ありがとう幸平さま」

「佐保さま」

 佐保は幸平にいっそう強く抱きしめられていた。 

「放して下さい。幸平さま」

「私の気持ちはご存知でしょう? 佐保さま。あなたが私以外の男性のことで悩んでいるのは見るに見かねます」

「幸平さま…」

「あなたさまが綱宗公から望まれている話は伺いました。私はあなたのその憂いを晴らして差し上げたいのです。どうか私の想いにこたえては頂けませんか?」

「いけませんわ。幸平さま。この手を放して!」

 幸平の瞳が鋭さを帯びていた。佐保は幸平のただならぬ様子に、身の危険を感じて逃れようとするが、腕を捕られている為に逃げられない。怖い。

 幸平は未だかつて見たこともない、危険な色を、切れ長の瞳に宿していた。日が傾く川原に佐保を押し倒す。

「好きです。佐保さま」

「駄目よ。こんなこといけないわ。やめてぇ。幸平さま」

「佐保さま。悪いようにはいたしませんから。私の妻になっていただきたいのです」 

「止めてぇ。お願いよぉ」

「こんなに震えて。脅えないで。大丈夫。私にまかせて…」

 幸平は耳元で囁き、首筋に唇を()わせた。佐保は身動きとれない情けなさに泣けてきた。


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