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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
思い思われ?
12/48

12話・化かされた?

「伊波さま」

「征四郎。面倒を頼んで悪かったな」

 暗闇のなか中門に手をかけた伊波は、自分を呼び止める声に振り返った。石垣の外で征四郎が待っていた。

「いいえ。そんなに難しいことではありませんでしたから。」

「首尾はどうだ?」

「上々です。たいした問題はないかと思われます。うまく進展しそうですよ」

「そうか。それはいい。ご苦労」

 伊波は満足そうにうなずいた。征四郎は主の機嫌のよさに気がついた。

「伊波さまも進展があったようで?」

「ああ。肝心要の要人を抑えたからな」

「あまり無理強いはなさらないほうがいいかと」

「相手の気持ちはまんざらでもなさそうだったが?」

 伊波は妙に自信がある態度を見せ、征四郎はやや不安を覚えた。 

「ところで真田の長が、先ほどから本丸でお待ちでございます」

「なに? それを早く言え。長は時間に厳しいからな。遅れると何を言われるか…」

 伊波は慌てて駆け出した。征四郎は苦笑いを浮かべて、主の後を追った。



 

 佐保が父からお世継ぎ様との縁談の話を聞かされてから三日後のこと。職人街につかいを出していたお萩が、頼んでいた品物を持って帰宅した。

「佐保さま。行って参りました」

「ありがとう」 

 お萩は袱紗(ふくさ)に包んで持ち帰った物を、佐保の手にのせた。

「素敵な(かんざし)ですね。文様は桐ですか?」

「そうよ。母上さまの形見なの。少し色が褪せてきたから、磨きをかけてもらったのだけど、さすが職人の腕ね。以前と変わらぬ輝きを取り戻して嬉しいわ」

 佐保は手にした簪を翳して、まぶしそうに目を細める。この簪は母上が佐保に残してくれた唯一の形見の品だ。大事に使っていた物らしく、何度も丁寧に磨かれた為か、一部かすれた部分があったが、佐保は丸の中に五三の桐が(かたど)られている模様が気に入っていた。鉄の地の上からは、白金が覆っていて日の光を受けてきらきらと銀白色に輝く。 

「そういえば佐保さま。さきごろまた新之助さまにお会いしまして、屋敷まで送って頂いたんですが、変なんですよ。あの縁日でお会いしたお人は、どうも騙りだったみたいです」

「えっ。どういうことなの?」

 縁日にあった若者伊波を思い浮べた佐保は、彼に騙されたらしいというお萩に、説明を(うなが)した。ひと好きのする彼がどうしても悪者には見えなかった。お萩の顔が曇った。

「あのお方のお話では、宿老の遠藤さまのご子息さまということでしたよねぇ? それで、遠藤さまのところにお仕えしている新之助さまに伺ったところ、遠藤さまのご子息に伊波という名のご子息はいらっしゃらないそうです。しかもご子息はお二人だけだとか。ひょっとしてあの方は、本当は…お狐さまだったりしませんよねぇ?」

 お萩が神妙な顔つきで言う。佐保はあの縁日の晩のことをつぶさに思い出した。伊波は佐保達に襲いかかろうとした男たちに、弁天稲荷の使いだと言っていた。そのことをお萩も思い出したのだろう。

 お狐さまが化かしたとは信じにくい。あの若者が、自分たちに嘘をついたのだと知って佐保はがっかりした。迷子の少年に対して面倒見のよいところや、町の無頼者に襲われそうになっていた自分たちを、助けてくれた恩人が、自分たちを騙したなんて信じたくなかった。

「そんな…あの人が?」

 佐保は呆然としていた。佐保の部屋の、段違い棚の上に置かれた有田焼きの一輪挿し。桔梗の花がひっそりとさされていた。その隣に転がる朱色の風車が寂しそうに転がっている。風車に目をやって、佐保は目元を潤ませた。

 なぜだろう。あの伊波が自分に嘘をついていたのが悲しいのは。

 別にまた会うかどうかなんて分からない相手だというのに。

 初めてあった時から、伊波には好感が持てた。だからだろうか。裏切られた気がするのは。胸のうちがやるせない気持ちでいっぱいになる。 

「伊波さま」

 彼の名前を呟くと、胸の奥が懐剣を突きつけられたように痛んだ。




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