11話・外れたご利益
自分の部屋に戻っても、佐保はすっきりしない思いを抱えていた。早朝に帰宅した父は事の重大さに、ゆっくりも出来ずに自分を呼び出したのだろう。
父上さまにああは言ったものの、お世継ぎ様からの打診を断わるすべは自分にはない。いくら門閥の家柄にあっても、身分制度が根強い仙台藩にあって、自分より身分の高い者のいうことには逆らえない風習があった。特に女子供は家長が決めたことには口出し出来ないのが一般的で、佐保のように父親に食ってかかるのが珍しいほうだ。藩士たちの中で佐保は父にだいぶ甘やかされて育ったから奔放だ。などと、言う者もいたが、佐保は自分の意見を押し曲げてまで、男性に従うという世の中の慣例が納得できずにいた。どうしたものかと、ひとり頭を巡らしていると、お萩が部屋に駆け込んできた。
「佐保さまぁ」
「どうしたの? 息を切らせて。何かあった?」
「ありました。大ありですよぉ」
佐保の部屋に、息も荒く廊下から駆け込んできたお萩は後ろ手に障子を閉めた。
「弁天稲荷さまのご利益です。いま佐保さまの使いで職人街に出たら、遠藤宿老さまの、お屋敷に仕えている新之助さまにお会いしたんです」
「そう。よかったわね」
「なんと、向こうから声をかけてくれたんです。水沢屋敷にご奉公されているお萩さまではありませんかって。それで今度ふたりきりで会いませんかって、誘われたんです。きゃあ」
お萩は、自分が好意を寄せている新之助という名の若者に偶然職人街で出会い、声かけられたのだと興奮して語った。
新之助は遠藤宿老のもとで仕えている藩士らしい。お萩は一年前に彼を見知ってから、ずっと片思いをしていたのだ。そんな相手に自分の名前が知られていただけでなく、声をかけられたのだから、お萩の浮かれる気持ちはよく分かるが、父からお世継ぎさまとの縁談を持ちかけられた今は、いつものようにお萩の手をとって、きゃあきゃあ盛り上げる気になれなかった。つい、恨みがましい一言が漏れてしまう。
「わたくしは一分の方に傾いたのね」
「佐保さま。一体どうなさいました? 元気がないようですけど?」
お萩が教えてくれたことだ。弁天稲荷の御利益は九分九厘。外れるのは一分。
佐保がため息をつくと、お萩が何事か察したようだ。
「まさか佐保さま。幸平さまから良くないことでも言われたとか…?」
「いいえ。なんでもないのよ。気にしないで。でもよかったわね。新之助さまとお近づきになれて。わたくしの分まで頑張って。応援してるわ」
「佐保さまだって、まだ分からないじゃないですか?これからですよ」
佐保に御世継ぎさまとの縁談が持ちあがってることなど、何も知らないお萩はなぐさめるように言う。お萩に悪気がないのは十分わかってはいたが、佐保には拒否権はない。きっと御世継ぎさまとの婚姻は、彼女が嫌がろうとすすめられていくのだ。
「ありがとう」
「佐保さま?」
力なく笑って言う佐保を、お萩は怪訝そうな目で見ていた。




