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Since09

 生徒会室につくなり、麒麟が大きくため息をつく。

「…けっこーヤバかった」

「ありがと、衣笠君。助かったよ」

 顔を上げると、麒麟は慌てたように肩を抱いていた手を離した。

「ぁ、ごめん、奈江ちゃん」

「え、何が?」

「乱暴にしたから、その……肩、痛くなかった?」

「大丈夫だよ」

「そっか、よかった」

 麒麟が照れたように笑う。

「紗枝なんかだと、遠慮なく文句言うからさ。奈江ちゃんも遠慮しないで言ってね」

 それは紗枝にもこんな風にすることがある、ということなのだろうか。

 そう思った途端に、なんとなく胸の奥がへんな感じになった。

 もやもやする……かも。

「奈江ちゃん?」

「あ、遠慮してないよ、大丈夫」

 我に返って微笑むと、なぜか麒麟は口元を手で押さえて顔を背けた。

「衣笠くん、どうかした?」

「いや、なんでもない」

 咳払いすると、麒麟が改めて視線を奈江に向ける。

「それより、……悪い。交流会が終わったから、ちょっと気が抜けてた。奈江ちゃんを一人にするべきじゃなかったよな」

「私も油断してたから」

 改めて、一人になるのは極力避けなくちゃいけないと思った。

 みんなに助けてもらってうまくいっていたから、気が緩んでいた。

「交流会も終わったし、私の仕事は終わりって気持ちになってた」

「え?…なんで」

 意外そうな顔で聞き返されて、奈江も戸惑う。

「なんでって…紗枝ちゃんの調子もよくなってきているし」

 昨日から、紗枝ちゃんの熱が完全に下がっていた。

 夜になると少し熱があがったが、微熱程度で回復に向かっていることに間違いはない。

「もしかすると、月曜日から紗枝、学校にこられんの?」

「それは無理だと思うけど……、月曜日に病院に行って、医師(せんせい)がいいっていえば、火曜日からは来られるんじゃないのかな?」

「そっか」

 なぜか肩を落として力なく言う。

 紗枝が戻ってくれば、こんな面倒な状況は終わるのに、それじゃ残念そうに見えるんだけど……。

「衣笠くん、なんで残念そうなの?」

「残念じゃないけど、……ただ、せっかく奈江ちゃんと仲良くなれたのになーって」

 視線を逸らしていうのに、一瞬意味がすぐに理解できなかった。

 ぽかんと麒麟の顔を見上げてしまう。

「会えなくなると、寂しいなって」

 焦れたように言葉を続けるのに、頬が勝手に熱くなる。

「でも、紗枝ちゃんが戻ってくれば安心だし」

 言いながら、自分でも残念に思っていることに気づく。

 麒麟にそう言ってもらえるのは嬉しいし、私もせっかく仲良くなったみんなと会えなくなるのは少し寂しい。

 でもいつまでもこんなことを続けているわけにはいかない。

「でも、連絡先も交換したし、みんなさえよければ……また、会いたいな」

「マジで!?」

 ものすごい勢いで麒麟が身を乗り出したので、びっくりしてのけぞる。

「それって紗枝が元気になっても、教えてもらったメアドに連絡したり、たまには、その……会ったりもしてくれるってこと?」

「うん。だって、せっかく友達になったから、たまには私も衣笠君や、……桂香さんとか藤原君とも会いたいし」

 言うと、麒麟が一瞬目を丸くした後、へにゃっと表情を崩して微笑んだ。

「そっかー、そうだよねー。せっかく仲良くなったんもんねー」

 なんとなくさっきの勢いが削がれて、がっかりした感じが伝わってきた。

 何かまずいことでも言っただろうか?

「会えるんならいいや、なんでも」

「あの、衣笠君」

「ね、奈江ちゃんって、桜花(おうか)女子だっけ?」

「そう。……それも、紗枝ちゃんに聞いたの?」

「うん。紗枝、すごい奈江ちゃんのこと話すよ。つか、自慢する」

「自慢って」

 どうやらだいぶ奈江のことをしゃべっているようだが、どうして麒麟と話していて姉妹の話題になるのか不思議だ。

「衣笠君って、紗枝とお互いの兄弟のこととか話すんだ?」

「確かに俺も兄弟いるけど、あんまりその話はしないかなぁ。…っ、あ!ごめん、気持ち悪かった?ストーカーとかじゃないよ、オレ」

「そんなこと思ってないよ。でもけっこう頻繁に私の話題が出ているみたいだから、へんな失敗談とか話されてないかなあって」

「ああ、それはナイナイ。どっちかっていうと、自慢話オンリー。双子の妹がいかにかわいいかっていう話。優しくて思いやりがあって、面倒見が良くて」

「……それはいかにも嘘っぽいと思うの」

「ホントだって」

 確かに紗枝ちゃんとは仲がいいと思うけど、そんな風に褒めているとは思えないし、思いたくない。

 身内をべた褒めするって、なんか恥ずかしい。

「奈江ちゃんだって、紗枝のことめちゃくちゃ褒めるじゃん」

「それは……紗枝ちゃんは出来すぎるくらい、いろんなことができるし、明るいし、友達多いし」

「そうそれ」

 びしっと指さされて、思わず言葉が引っ込む。

「紗枝もそんな感じ。『ウチの奈江ちゃんは、優しくて思いやりがあって超お料理が上手で、私が頼むとお菓子でも何でも作ってくれるんだー。ちょっと天然だけど、そこがめっちゃかわいいっていうか、私と同じ遺伝子を持っているとは思えないくらい素直だし、スタイルも良いし。まあ、足は私の方が細いけど、胸は奈江ちゃんの方がおっきいし…』って…」

 無意識に胸を隠すように押さえて奈江が軽く睨みつけると「あ、ごめん。怒んないで」と、麒麟が悪びれもせずに笑う。

「ほんとにごめん。でも、いまのは作りじゃなくて再現だから」

「……それは、わかってるけど」

 紗枝ちゃん、なんで知らない男の人に私の胸のサイズまで言っちゃうわけ?

 居た堪れない気持ちと恨めしい気持ちが混じって、ぐちゃぐちゃになる。

 だいたい麒麟だってあんなに邪気のない爽やかな顔で、胸とか……、やっぱりそういうことも気になるんだ。

 いやらしいとか、不潔とかいうつもりはないけど、ちょっとショックだ。

「あとは、看護師目指していることとか」

 うつむいていた顔をあげる。

「え?紗枝ちゃん、そんなことまで」

 話しているの、と聞こうといてなんとなく言葉に詰まった。

 本当に、なんなんだろう。

 どうしてこんなに紗枝ちゃんは私のことしゃべっちゃってるんだろう。

 他の人にもそうなんだろうか?

「ねえ、奈江ちゃん。なんで看護師目指してるの?」

 なんだか不自然な気がして混乱している奈江をよそに、麒麟が質問してくる。

「なんでって…」

 急に聞かれて、答えに困る。

 理由は、たくさんある。

 人と関わる仕事がしたかったとか。

 その中でも、福祉関係の仕事に興味があったとか。

 病院でたくさんの患者さんを相手に、働いている看護師さんが凛々しくて憧れていたとか。

「ずっと、憧れてたの。看護師さんってかっこいいなって。どんな病気や怪我の人に対しても冷静で、親切で凛々しくて……あんな風になりたかったの」

「そっか、でも奈江ちゃんなら、凛々しいっていうより、かわいい看護師さんって感じだな」

 にこにこと笑いながら言われて、なんとなく居心地が悪い。

 子供扱いされているみたいだ。

 ……そりゃ紗枝ちゃんに比べれば、あんまり頼りにならないのはバレバレだけど。

「……馬鹿にしてるでしょ?」

 麒麟がおどけて両手をあげて見せる。

「全然!でもビシビシ患者さんの治療に当たるっていうより、癒し系って感じだもん」

「衣笠君のビシビシのイメージは、看護師さんじゃなくて女医さんだと思う」

「あ、言われてみればそうかも」

 そういって笑う。

 その屈託のない笑顔を見ていると、何かが心に引っかかった。

 ふいに目の前に、古びた記憶がよみがえる。

 でも、それは経った一瞬のことだった。

 認識すら、できないまま、消えてしまった。

「奈江ちゃん?」

 声を掛けられて、我に返る。

「えっと……」


『私が治してあげる、怪我も病気も全部』


 頭の奥で、幼い声が響く。

 子供の頃の自分の声。


 一番、古い記憶。

 子供の頃の頼りない、でも強い決意。

 看護師さんを目指した理由はたくさんある。

 でもきっかけは、なんだっただろう。

「わからない」

「え?」

「看護士さんを目指したきっかけ」

 ぼんやりと呟くと、麒麟を見上げる。

「理由は、たくさんあるの。小さい頃から憧れていたとか、いろいろ…でも、なんか本当に一番初めになろうって、思ったのって…なんだったっけって、思い出せなくて」

 今の今まで、忘れてしまっていた記憶。

 すぐそこにあって、手を伸ばせば届きそうなのに、届かない。

 もどかしい。

「……きっかけなんてさ、そんなに重要じゃないかもしんないよな」

「衣笠君?」

「どうしてなりたいかより、何になりたいかの方が大事だもんな。あと、叶える為の努力とか」

「そうだね。うん」

 そう答えながらも、それじゃダメなんだって、心のどこかで声がする。

 優しく微笑む麒麟の顔を見ていると、余計にもどかしさで胸が焦げるようだった。

 どうしても、思い出したい。

 胸につかえる、何か。

「ねえ、奈江ちゃん。あのさ、お願いがあるんだけど」

「ぇ、なに?」

「せっかく友達認定してもらったしさ、衣笠君じゃなくて、名前で呼んでよ」

 さっきまでの笑顔が消えて、真面目な顔になったので、何事かと思った。

 でも

「名前って」

 理解して、頬が熱くなるのを感じた。

 普通は、そんなに意識することじゃないんだろう。

「紗枝も呼び捨てだしさ。奈江ちゃんも名前で呼んでくれると嬉しいな」

 人懐っこい麒麟の笑顔に、おそらく奈江を困らせようとかからかってやろうとか、変な気持ちはないというのはわかる。

「麒麟、くん」

「はい」

 意を決して呼ぶと、麒麟くんはそれこそ満面の笑みで答えてくれた。

 なんだかその顔を見た途端、恥ずかしさが増す。

「やっぱり、奈江ちゃんはかわいいな。紗枝と大違い」

 さらっと言われて、なんだかすごく胸の中がもやもやした。

 それが紗枝と比べられたことなのか、女の子に面と向かって、簡単にかわいいとか言うところなのかわからないけど、なんだか嫌だった。

「なんか、私、からかわれているみたいで、やだ。やっぱり衣笠君って呼ぶっ」

「え!?なんで?からかってないよ!」

「うそ、だって、なんか…」

「なに?」

 なんとなく顔を見られなくて俯いていた視線をあげると、本当に困ったような麒麟が、背をかがめて私を覗きこんでいた。

「だって、かわいいとか……普通、そんな簡単にいわないと思う」

「え?言うよ。可愛い子には言うよ」

 あっさり言われて、なんとなく肩から力が抜けた。

「あれ、なんか怒った?ごめん、謝るから…、だから機嫌直して、これからは名前呼びしてよ」

 麒麟君にすごく必死に真剣に言われる。

 両手を合わせて「お願い」と頭を下げられると、まるで奈江の方が悪いような気がしてくるから不思議だ。

 なんかずるい。

「……本当に、からかってないなら」

「からかってないよ。だから、名前で呼んでね、奈江ちゃん」

 子供のように無邪気で爽やかな笑顔。

 奈江は麒麟の方がよっぽどかわいいしかっこいいと、心の中で呟いた。


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