Since07
10分後。
生徒会室に、紗枝以外の現役生徒会メンバーが揃った。
「…まあ、予想はしていましたから」
苦笑いする桂香に、頭を下げる。
「ごめんなさい、桂香さん」
「いいのよ、そんなに謝らなくても。もともと無茶な計画だったんだし」
そういって奈江を慰めるように微笑む。
「それに私、最初に紗枝に提案していたんですもの。いっそ生徒会メンバーには協力してもらった方がいいんじゃないかって」
「そうなの?」
麒麟が聞くのに、
「ええ、でも紗枝がなんだか秘密を知っているのはなるべく少ない方がいいとか、敵を欺くにはまず味方からとか……。ともかく、私以外の人間には秘密にするって聞かないから、しょうがなく黙っていたくらいだし。
ともかく私としては一安心。フォロワーが増えれば楽になることはわかりきってますし。…まあ、衣笠君が気づかなくても、いずれ藤原君がみんなに話したと思うけど」
桂花が肩を竦める。
「え、みんなにって…?」
「藤原君は、昨日からずっと紗枝が別人だって気がついていたみたいなの」
やっぱり。
何となくそんな気はしていたけど、まるわかりだったってことか。
情けない様な、諦めたような気持で薫を見ると視線が合った。
じっと見つめられて、少し困ってしまう。
「奈江、さん?」
「は、はい」
名前を呼ばれて、反射的に背筋を伸ばしてしまう。
薫の猫のように丸くなった目が、じっと奈江の姿をとらえている。
心の中まで見透かされるような薫の目でずっと見られているのは、落ち着かない。
「…やっぱり、紗枝先輩とは、別人」
呟いた後、視線を逸らすように俯かれて、申し訳ない気持ちになる。
「あの、藤原君……ごめんね?」
おそるおそる言うと、薫は首を横に振った。
怒っていると言うよりは、もう関心がなくなったって感じに見える。
「とりあえずまとめるけど、紗枝は一昨日学校を休んでる。昨日から登校してきているのは双子の妹の奈江ちゃんってことでいいんだよな?」
麒麟に改めて確認されて、桂香は腕を組んだまま頷く。
「その通りよ、昨日から紗枝の代わりとして、奈江さんに来てもらってます」
「改めて聞かされると、やっぱ、めちゃくちゃだよなぁ……」
髪をかきかあげた姿勢から、そのまま机に突っ伏す麒麟。その隣で大人しく話しを聞いていた薫がぼそりと呟く。
「無計画」
まったくその通りだ。
胸に言葉が突き刺さる。
「だからといって、1週間以上も紗枝がいないというのもね」
桂香がフォローするように言うのに、麒麟が身体を起こして頭の後ろで両手を組んだ。
「生徒総会はぎりぎり間に合うかどうかって感じだけど、本番だけ間に合ってもな」
「交流会も……、紗枝先輩がいないんじゃムリ」
薫が床を睨みながら言うのに、桂香も続ける。
「なにより、来年度予算の草案決めているこの時期に、生徒会長不在だなんて知れたら、どうなるか……ねえ?」
三人が三人とも渋い顔になってしまった。
私にはよくわからないけど、それはどうやらだいぶ面倒なことらしい。
「とりあえずさ、目先のことから処理していこう」
麒麟の言葉に、桂香が首をかしげる。
「目先?」
「このまま紗枝が復活するまで、奈江ちゃんが身代わりをする。それについては全員一致でOKだろ?」
麒麟以外のメンバー二人が全員頷いた。
「奈江ちゃん、それでいい?」
「ぇ、え?は、はい!」
「じゃ、これについては続行な。奈江ちゃんのことバレそうな人との接触や、作業は極力避けよう。んで……」
言葉を続けようとしたが、予鈴が響いた。
昼休みが終わってしまった。
「お昼休み終了ね」
桂花が放送を聞きながら、口元に手をやってため息をつく。
「そういえば昼飯まだだったな」
「お腹すいた」
麒麟と薫が各々呟いた。
…実は私もずっとお腹すいてたんだけど。
奈江も自然とお腹を押さえたが、今はそんなことを言える雰囲気じゃないと思っていた。
だが、
「作戦会議は中断して、お昼にしません?私、もう持ちそうもないし」
桂花が言うと
「そうだな」
「賛成」
二人も平然として頷いている。
「あの、でもみんな5時間目は?」
「「「だってお腹すいているし。それどころじゃないし」」」
「……ですよね」
三人の声が揃ってしまったので、午後の授業は全員欠席し、とりあえず空腹を満たすことにした。
***
みんなで5時間目をさぼってお昼を食べてから、改めて作戦会議再開となった。
「まずは元生徒会長の安曇先輩との引き継ぎは、いったん中止にしてもらおう」
麒麟が言うのに、桂花が眉根を軽く寄せた。
「無理じゃない?引継ぎいったん止めるなんて……、ただでさえ受験に集中したいって感じありありだし」
「でも、あの人にバレるのが一番やっかいだろ」
「同感」
薫が手をあげて言う。
「紗枝のふりってことは、安曇先輩に対してイヤミ言ったり反抗的な態度でなくちゃいけなんだよ?奈江ちゃんにはハードル高いと思うけど」
ごもっともな意見だ。
それに関しては奈江自身も頷くほかないが、本末転倒だという気もする。
「中止にするとしても、理由はどうするの?変な理由だと、それだけで怪しまれるわよ」
「そうだな……、交流会の準備が押しているとかは?」
「ダメよ。そんな理由だとかえって安曇先輩の逆鱗に触れるだけだわ」
「うーん……」
難しい顔になってしまった面々に、奈江はそっと手をあげて口を開く。
「あの、引継ぎについてはやるしかないと思う。確かにバレる可能性はすごく高いけど、引継ぎ中止にする方が違和感あるっていうか……紗枝ちゃんなら、絶対ありえないことだし」
「まあ、それはそうか」
麒麟が腕を組んで呟く。
「引継ぎは継続で、私たちが全力でフォロー……が、やっぱり一番いいんじゃない?」
「しょうがないか」
桂花に言われて、麒麟が頷く。
「あとは……?」と、薫がおっとりと呟く。
「人との接触で危険なのは、それくらいじゃない?」
「そーだな。じゃ、次は業務か。とりあえず承認印押す以外はやらない」
「そうね、昨日までは二人の手前があったから、それなりに何かしているふりをしてもらおうかと思っていたけど、それでいいんじゃない」
随分と肩の荷が降りたと言わんばかりに、桂花が言う。
「でも生徒会顧問が、交流会の進行の確認しに来るよ」
いつの間にか出したスマホをいじりながら薫が言う。
「それは衣笠君と二人で対応すればいいわ。奈江さんは基本的に体調悪そうにして、話を聞き流してもらって」
「うん。もともと交流会の準備は俺と藤原が中心になってやってたし。紗枝と久賀さんは、引き継ぎと総会の準備にかかりっきりだったもんな。顧問が来たとしても不調を理由にあんまり話さないで、なんなら保健室に避難でもいいか」
「飛び込みでの直訴は?」
『直訴』という言葉に、奈江が驚いて薫を見る。
「直訴って?」
「部活の来年度予算申請ね。草案があんまりにもアレだと却下するんだけど、納得いかないってねじ込んでくる連中がいるのね。……ま、そういうのも今後増えそうだけど、これまで通りで一切シャットアウトで」
平然と言う桂花に改めて感心する。
井華水高等学院は本当に生徒が自治権を持っているという感じだ。
「それで問題ないかな。……うん」
麒麟が交流会や他の書類を確認しながら、なにやら考え込んでいる。
「紗枝が復帰するまでの間のことだし、その間……えーっと」
それまで三人のあいだで、どんどん話が進んでいくのを、呆然と聞いているしかできなかった奈江に、一斉に視線が集まって、少し緊張しながら口を開く。
「紗枝ちゃんなら、多分、早ければ来週から登校できると……思います」
「よし、そんじゃそれまで。なんとか奈江ちゃんフォローして乗り切ろう」
麒麟が言うのに、奈江が頭を下げる。
「ぁ、ありがとうございます!」
「いや、お礼を言うのはこっちの方なんだけど」
書類を片付けながら麒麟が苦笑いする。
三人が、なお書類を手にいろいろ相談している姿をみて、ちょっとほっとする。
生徒会メンバーに助けてもらえることになって、だいぶ気持ち的にも楽になった。
身代わり2日目にして、やっと少し肩の力が抜ける。
すごく緊張していたのが、自分でもわかった。
紗枝はなんていうだろうか。
そう思うと、申し訳ない気持ちに変わりはなかったが、それでも何とかなるんじゃないかと希望が持てたのは事実だった。