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Since17

 蝶番のネジが跳ねとび、ドアが不格好に傾いたまま内側に開く格好で半ばまで外れている。

 外で見張っていたらしい生徒が、文字通り転がり込んできたのに、部屋の中にいた全員が目を見張る。

 奈江は何が起こったのかわからないまま、ドアの方に目を向けた。

「き、きりん…くん…、紗枝ちゃんに、安曇先輩まで……?」

 麒麟を先頭に、紗枝と蓮が並んで入り口に立つ。

 情けなく涙に歪んだ奈江の顔を見た瞬間、麒麟が痛ましそうに顔を歪ませた。

 そして凄まじい視線で、部屋の中を一瞥した。

「おい、……アンタら、何してくれてんだ?」

 低い声。

 麒麟の明るい色の前髪の間からのぞく目は眇められ、ぎらぎらと光って部屋にいる全員の()めつける。

 部屋の中で、息を飲む気配がした。

 その空気に割って入るように呆れた声が麒麟の背後から響いた。

「まったく、なんて有様だ」

 蓮が呆れたように呟く。

「山北、その子を離せ」

 奈江を押さえつける男子生徒に向かって蓮が静かに言うと、奈江にもわかるほどびくりと震えた。

「くっそ……」

 息を飲む気配と、じりっと背後に一歩下がるのに奈江が引きずられるようによろめく。

「おい、お前ら、こいつらも捕まえろ」

 奈江を捕まえている男、山北が部屋の中の自分の仲間を怒鳴りつける。

「はあ!?何言ってんだ」

 日下部が声をあげる。

「こうなったら、全員、捕まえる。そんで会長とコイツだけ連れてって総会に乱入して、こいつらのやったことを何もかもぶちまけてやる」

「そんなことをしたら総会がむちゃくちゃに……」

 元副会長の佐藤が青ざめた。

「知るかよ!この女、こいつらに素直に返して、そのあとどうすんだ!?そんなもん馬鹿みたいだろうが!」

「今の時点で、十分バカみたいだけど」

 紗枝が肩を竦めるのに、全員が憎々しげに睨みつける。

 だが紗枝は平気な顔だ。

「三人とも捕まえろ!」

 その声に背中を押されるように、部屋の中の男子生徒たちが三人に襲い掛かる。

「……ホント脳筋」

 怒鳴り声に、紗枝がため息をつき、伸びてきた手からひょいと身を翻した。

 その脇から蓮が胸倉をつかんできた生徒の手首をきめて、腕をひねって投げる。

「おい、人の後ろに隠れるな」

「いやいやいや、こういったことは殿方にお任せします、ぱぱっとやっつけちゃってください」

「何を言っている、生徒同士で乱闘騒ぎが起きているだから、止めて見せろ生徒会長」

「こうなっちゃったら、無理です~。よろしくお願いします。安曇元生徒会長」

「調子のいい……」

 不機嫌に呟いた蓮が、さらに襲い掛かってきた生徒の腕を逆手にとってまた床に投げ飛ばす。

「まったく、どいつもこいつも。これで柔道部だというのだから……、成績が残せんわけだ」

 一方、麒麟は他の人間の存在などまるで無視して、奈江を押さえつけている相手に一直線に近づく。

「てめえ……っ」

 行く手を阻もうとした相手に肩を掴まれると、相手の胸倉を掴んで頭突きを食らわせた。

 何の躊躇もない一撃。

 相手は鼻から血を流しながら、派手に背中からひっくり返った。

 麒麟はさらに背後から襲いかかってきた相手に後ろ回し蹴りで相手を吹っ飛ばす。

 壁に叩きつけられた生徒は、そのまま動かなくなった。

 襲いかかる生徒に麒麟も蓮も怖気づくどころか、簡単に投げ飛ばし、殴り蹴り倒していく。

「おい、衣笠。やりすぎるな」と、蓮の声が響く。

「無駄ですね。麒麟はバーサーカ化している時は、誰の声も聞こえてないから」

 冷静な蓮と紗枝の言葉に、奈江の方がオロオロとしてしまう。

 戦意というより殺気に満ちた麒麟に、さすがに軽率に手を出す者もなく、ただじりじりと様子をみている。

 そんな連中など眼中にないかのように、麒麟は奈江を押さえつけている男に無造作に近づいた。

 激しく舌打ちが聞こえたかと思うと、奈江は床に突き飛ばされる。

「このくそが……っ、なめんじゃねえ」

 奈江を放り出した山北が、麒麟に襲いかかった。

 麒麟は身体を反転させると、組みつこうとした腕を掴んで足を引っ掛ける。

 そのまま掴んだ腕を強く引くと、山北の巨体はものの見事に空中で一回転して床にたたきつけられた。

 まるでアクション映画か何かを見ているみたいだった。

「衣笠、てめえ……っ」

「さすがに受け身がうまいな。柔道部主将。床にたたきつけてやろうと思ったのに」

 床に転がる相手を睥睨し、吐き捨てるように言う。

 柔道部の主将さんだったのか。

 奈江は今更ながら、そんなことを考えていた。

 どうりで体格がいいわけだが、サディストじみた言葉を思い出して、なんだか気持ち悪くて、胸がむかむかした。

「奈江ちゃん、大丈夫?」

「うん」

 いつの間にか、奈江の傍まで来ていた紗枝の手を借りて立ち上がる。

「立てる?ちゃんと歩ける?」

「…ぅん」

 それから紗枝の手を借りて、床に倒れている生徒をまたぎながら、入り口の近くまで移動する。

「怪我はないか、奈江」

「は、はい、大丈夫です」

 蓮に聞かれて答えると、紗枝は不機嫌そうに睨んだ。

「奈江ちゃんの事、呼び捨てにしないでくれます?」

「同じ苗字が二人いるんだから、しょうがないだろう」

 部室の中に生徒たちと、まったく何事もなかったかのように立っている蓮と麒麟を交互に見て、奈江が小さく呟く。

「二人ともすごく強いんですね」

「麒麟はなんだか実践で鍛えられたらしいけど、元生徒会長様は合気道の師範でいらっしゃるからね。さすが大病院のお坊ちゃまは違うわよ」

「……はあ」

 そんな会話をしている間に、麒麟が起き上がろうとした山北の顎を蹴った。ごりっと嫌な音がした。

 再び床に這いつくばり、まだ起き上がれない山北の腕を踏みにじる。

「奈江ちゃんにしたように、お前の腕もひねりあげて、へし折ってやろうか?」

 目が本気だった。

 奈江は思わず目をつぶる。

「麒麟」

 奈江の隣の紗枝が声をかける。

「ダメよ、そこまで。ハウス」

「……。」

「奈江ちゃん、怖がらせるんじゃないわよ。戻って」

 紗枝の言葉に不満そうだったが、奈江の顔を見ると途端にいつもの麒麟の顔に戻った。

 さっさと山北の傍から離れて奈江の隣に来た。

「はい、麒麟。パス」

 奈江を支えていた紗枝が、戻ってきた麒麟の方に奈江を押しやる。

 麒麟に抱きとめられる格好になって、慌てて離れようとしたが、麒麟の腕が奈江の身体を引き寄せた。

「大丈夫?」

「…っ…、うん、大丈夫だから」

 答えて俯く。

 それを後目に紗枝は、一歩前に出た。

「さあて肉体言語でのお話合いが終わったところで、私の出番かな」

 部屋の奥の壁に張り付いている、首謀者二人と床からなんとか起き上がってこちらをにらんでいる一人を見た。

「ここは時間もないことだし、ちゃっちゃといきましょうか」

「山北先輩に関してはもう、コメントのしようもないんですけど、日下部先輩は……、まあ、予算の件で深い考えもなく、佐藤先輩の尻馬に乗っちゃったんでしょう。でも犯罪一歩手前っていうか、すでに犯罪ですよ、コレ」

「そいつは、自分で学校まできたんだ!」

 日下部は奈江を指さして、怒鳴り返す。

「でも、その先は?」

 紗枝は肩を竦めて口元を歪める。

「紗枝ちゃんは自分でここまで付いてきたんですか?部室の外まで聞こえた、あのかわいそうな悲鳴は、どう考えても同意とは思えませんが?」

 日下部は、ぐっと喉を鳴らした。

「こんなことしなくても、科学部の予算のお話なら午後の部長会議の時にじっくり伺いますよ。日下部先輩の予算案に関して、こちらとしても何も譲歩するところがないとは言っていません。勿論それは科学部に限ってのことじゃありません。柔道部に関しても同様のことが言えます。

 で、佐藤先輩の方ですが…」

「オレはどう罵られようと、お前が身代わりを行っていたことを、全校生徒の前に公表するぞ」

 唸るような声と、紗枝を睨む目の光は尋常なものではなかった。

 奈江がぞっとして、思わず麒麟の腕に頼るように捕まった。

 しかし紗枝はそんな憎悪のこもった視線など、どこ吹く風というように、平気でため息をついている。

 まるで子供あついかいするように。

「そんなに言いたきゃしょうがないですね。どうぞご自由に。私は逃げも隠れもしませんよ。ただ、これが元で佐藤先輩が望むようなリコール運動にはつながらないと思いますけどねぇ」

「リコール運動などもとから望んでいない。そんなことするまでもなく、お前は生徒会長を解任されるんだ」

 紗枝は鼻で笑った。

「おーげさな。たかが1週間ばっかり、自分の身代わりに姉妹を登校させたくらいで」

「ふざけるな!お前は一般生徒とは訳が違う。他校の生徒を生徒会室に入れ、外部に漏れてはいけない書類を見せ、生徒会の承認印を代理に押させた。

 情報漏えい、正当な代理人以外の承認、出席日数のごまかし。これらは生徒の自由を重んじ、学校運営の大部分を生徒が自治する我が井華水(せいかすい)の生徒会長として、重大な背任行為だ。

 お前が身代わりを立てていた間に外部の業者試験もあったな。身代わりに試験を受けさせることも、一生徒として処分されるべき違反だろう」

 確かに、身代わりの間に業者のテストもあったけど……。

 奈江が言いかけたのを、紗枝が腕を引いて制する。

「ホントに佐藤先輩って、詰めが甘いっていうか……ちょっと素直すぎですよね」

「な……っ貴様!」

 目を向いて反論しようとした佐藤が、顔を歪めて笑う。

「強がるなよ、渉。いくら人気があってもこれだけの違反じゃ、処分は確定。生徒会長の座に居座り続けるのは難しい」

「違反なんかしていませんよ」

「この期に及んで……!」

「正確には、そんな重大な違反はしていませんってところかな。まず第1!」

 そういって人差し指を立てて見せる。

「奈江ちゃんは外部秘の書類なんて見てないし、印鑑も押してませーん」

「なに?」

「佐藤先輩が言っているのは、生徒会の実印と角印のことでしょ。だったら、奈江ちゃんは触ったこともないです。奈江ちゃんが押したっていえば、回覧書類に『回覧』とか『連絡文書』とか、そんなもんじゃないんですか?」

 そういってニヤニヤ笑うのに、元副会長が目くじらを立てて怒鳴る。

「ごまかすな!だったら、どうしてお前が休んでいる間、書類の流れが滞らなかった!?」

「そりゃ、他の生徒会メンバーが電話で承認が必要な案件に関して報告をして、それに私が口頭で承認。ハンコはそれぞれの担当の役員が押したからでしょ」

 平然と言ってのける。

「ちなみに、これは先生方にもきちんと話が通っていますよ。今年に限っては、予算に関しての運営と審査の方法を大きく変えたので、その分作業が増える。

 だから私が必ず確認する条件で、代理の者が印を押していいという許可を事前にいただいています」

 気のせいかもしれないが、一瞬、予算の話になった時に、佐藤の顔色が変わった。

「あと業者試験の不正受験の件ですが、それについても問題ないと思います」

「結果がどうであれ、代理の人間が受けたことに変わりはないぞ」

「ですね。でも、それは受けていたらの話でしょ?」

 そこまでいうと、さすがに気が付いたようだった。

 それでも佐藤は食い下がる。

「言っておくが名前を書いただけでも、受けたことに…っ」

 そこまで聞いて、逆に気の毒になって奈江が口を開く。

「……あの、私、受けてません」

「なに?」

「私は確かにその日、紗枝ちゃんの代わりに学校に来ましたけど…業者試験の時間は生徒会室にいました」

 答えると、目を見開く。

「佐藤先輩がおっしゃるとおり、本人が受けなきゃテストなんて意味ないですしねー。お金はもったいないですけど、しょうがないです」

「…っ…。」

「さて、先輩。確認なんですが、やっぱりこれから講堂にいって私の身代わりの件、暴露したいですか?一応、無理な改革案とセットで発言されるつもりなんでしょうけど、全校生徒の指示を仰げるようなネタじゃないと思うんですよね~」

 バカにしたように肩を竦める。

「私としては、そっちの元生徒会長様にもバレちゃってるし、素直に自白して顧問にちょーっとお説教食らうかなぁとか思ってます。

 ま、佐藤先輩が正義を貫きたいというのなら、止められませんね。生徒の規範となるべき生徒会長として、罰を受けるしかないです」

 罰と言っても、おそらく奉仕活動とか厳重注意とか、その程度だろう。

 なにせこの学校は、生徒会主体で自治している。

 生徒会長を停学にしたらその分、生徒が困る。

 だいたいにおいて、それにそこまでするような話でもないだろう。

 まとめてしまえば双子の姉妹が、身代わりに学校に来て出席日数にしていました。生徒会室に出入りもしていたけど、ただそれだけ。

 いたずらレベルの話だ。

「お前は……っ!」

 何かを叫ぼうとした佐藤の言葉を、蓮が遮る。

「佐藤、もういい」

 蓮の静かだが、よく響く声に佐藤が打たれたように身体を震わせた。

「お前はもうこれ以上、口を開くな。……聞くに堪えん」

 感情のこもらない声だったが、何よりも佐藤にはキツイ言葉だったようだ。

 床に両手をついてがっくりと肩を落とす。

「ま、そういうことで。あとは佐藤先輩がご自身で判断してください。私たちはこれで失礼します。あ、奈江ちゃんは返してもらいますよ。証人が必要なら私のクラスメイトに証言でもとればいい」

 そう言って、口の端をあげる。

「よっぽど効率的ですよ。かなり違和感があったみたいですから」

 紗枝は振り返って、麒麟に声をかける。

「麒麟、行くよ」

「了解」

 そういって奈江の肩を抱いたまま、部屋を出ようとする。

「安曇先輩は?」

「俺はこいつとちょっと話があるから、先に行っていてくれ」

 麒麟が振り返るのに、蓮は元副会長の前に立ったまま答える。

 蓮を置いて、建物から出るとそこは予想通りクラブハウスだった。

 柔道部部室と書いてある、扉の外れた部室から、三人は駆け出す。

「いいのかな?」

「説教ジジイが引き受けるってんなら、あの面倒くさいバカのことは任せとけばいいんじゃない?」

「……お前、本当に口が悪いな」

 麒麟が呆れたように答える。

 それを聞き流して紗枝は、眉根を寄せる。

「やばいな、時間過ぎてるよ。麒麟、私このまま講堂行く」

「オレも奈江ちゃん生徒会室に送ったら、すぐ戻る」

「了解……、ぁ」

 そういって駆け出そうとした紗枝が、足を止めた。

「……と、うーん……やっぱり戻らなくていいや」

「なんで?」

「一人にするの心配だし、奈江ちゃんについててあげてよ」

「でも」

「アンタ一人抜けた穴くらい、生徒会長様の私が埋めてあげるわよ。任せなさい!」

 そういって、講堂に向かって走り出そうとした。

 振り返って踵を返し、奈江を抱きしめる。

「紗枝ちゃん?」

「怖い思いさせて、本当にごめん。愛してるよ、奈江ちゃん」

 そういってぎゅうぎゅうと抱きしめてから、紗枝は身体を離すと全開の微笑みを浮かべてみせた。

「行ってくる!」

「うん、行ってらっしゃい、紗枝ちゃん」

「麒麟、あとよろしくね」

「おう」

 紗枝は軽く手を挙げて、風の様に駆けていく。

 その背中を見送っていると

「奈江ちゃん、オレたちも早くした方がいい。生徒は全員講堂にいるけど、誰の目にもつかない保証はないから」

 麒麟の言葉に頷き、紗枝とは反対方向の生徒会室に移動した。



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