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Since15

 生徒会室に戻ると、桂花と薫がぎょっとした顔で二人を出迎えた。

 当たり前だ。

 奈江の泣きはらしたひどい顔を見れば、誰でも驚くだろう。

「何があったの!?」

 桂花が立ち上がって聞くのに、麒麟が簡潔に答える。

「日下部に見つかって絡まれてた」

 麒麟の言葉に、薫が不快そうに眉根を寄せる。

「日下部って……科学部の?」

「予算の件みたいだけど、却下した?」

「したわ。大幅に予算の引き上げを要求してきただけじゃなくて、内容がアレだったから」「アレって?」

「なんとかいう大学教授を招いての講座の費用とか。内訳をもっと詳細にしろと言っておきましたけど」

 桂香の言葉に、麒麟がわざとらしく空を仰いだ。

「…なるほど、アレだな」

 藤原君も口元に手をあてて、ぼそりと呟く。

「そういえば先々週、紗枝先輩が直接受け取って、30秒で却下してた」

「文字通り、叩き返してたからね」

 紗枝ならやりかねない

「まあ、奈江さんは今日が最後だし、これ以上変なことに巻き込まれないと思うけど」

 心配そうに桂香が考え込む。

「ちょっと早いけど、今日はここまでにしないか?」

「そうね。明日になれば、紗枝が来るんだし、そうしたら今みたいにのんびりしていられないものね」

 麒麟と桂香の二人の意見に、薫も異論はないようで、無言で片付け始めていた。

 それにしてもこれでものんびりのペースなのか。

 ちょっとしか手伝っていない奈江の目から見たら、生徒会のメンバーの働きは目の回る様な忙しさなのだが。

「奈江ちゃん」

「あ、はい」

「今日はちょっと、変な奴に絡まれたし、怖いだろ?その……送って行こうか?」

「ああ、そうね。一人で帰すのは心配ですし、それがいいかも」

 麒麟の申し出に、桂花も頷く。

「……えっと」

 何がどうということはないけど、なんとなく気まずくて返事に窮していると、薫が横から口を出した。

「衣笠先輩、帰り道、全然違うじゃん。久賀先輩とオレは同じ方向だけど」

「まあ、そうね」

 すいっと近寄ってきて、薫の腕が絡む。

「オレたちが送っていってもいいよ」

 驚いて見上げる奈江に向かって、にこりと微笑む。

 いつも無愛想な薫にそう言われると、気持ちが傾く。

 だが麒麟が目を眇めて、薫の襟首を掴むと奈江から引きはがす。

 不満そうに口をとがらせる薫を、麒麟が腕を組んで見下ろす。

「お前な、少しは先輩に譲れ」

「わざわざ回り道したら、かえって奈江さんが気を遣うし」

 そういうと、全員の視線が奈江に向いた。

「えっと、あの……」

 確かに逆方向の麒麟に送ってもらうのは恐縮だ。

 だが、今朝、放課後に話を聞いてほしいといわれていたことが、脳裏によぎる。

 ……多分、話をしたいんだろう。

 もちろん奈江の身を案じて送ってくれるという言葉に嘘はないだろうけれども。

 聞きたくないという天邪鬼な気持ちが頭をもたげた。

 このまま今朝のことなんて忘れたふりをして桂香たちと帰ってしまったとしても、麒麟は怒らないだろう。

 でも、本当にそれでいいのだろうか。

 さっき助けてくれたことも含めて、いつも気にかけて奈江のフォローをしてくれていた麒麟に対してそれはあんまりな態度だ。

 聞きたくなくても、聞かなくちゃ。

 奈江はそう自分に言い聞かせて、できるだけ自然に笑って見せる。

「じゃあ、麒麟くん、お願いできますか?方向違うのに、申し訳ないけど」

「うん、もちろん」

 麒麟がどこかほっとしたような表情を浮かべたのに、胸が針で刺されたように少しだけ痛んだ。

 薫が奈江に甘えるように背後から抱き着いてくる。

「わ……、薫くん?」

「無理することないのに」

「無理なんてしてねーよ!奈江ちゃんから手を離せ……、っていうか、してないよね?」

 本気で心配そうに聞かれて、奈江が思わず微笑んだ。

「うん。麒麟くんが送ってくれるのは心強いもの」

 麒麟に無理やり引きはがされた薫が、呆れた顔をする。

「奈江さんはホント、優しいよね」

「薫、お前、いい加減、そのうち馬に蹴られるぞ」

「意味が分からないし」

 二人が何やらじゃれている間に、桂香はとっくにカバンを持って廊下に出ている。

「みなさんじゃれてないで、早く出て。鍵を閉めますよ。忘れ物はない?」

 桂香に促されて、それぞれカバンを持って生徒会室を出た。


***


 無理をしていないと言ったものの、奈江はやっぱり少しだけ後悔していた。

 いざ桂花や薫と別れた後、麒麟と二人で何を話せばいいのかわからない。

 麒麟が話したいことがあると言っていたのだから、奈江から何か話す必要なんてないのかもしれない。

 けど、黙って歩いているのは気まずい。

「あのさ」

 麒麟が口を開くのに、顔を向ける。

「今日は最終日だと思って、ちょっと気が緩んでたよな。嫌な思いさせちゃって反省してる」

 何の事かと思った。

 だが、さっきの科学部の部長に絡まれたことだと気が付いて、奈江は

「ああ」と呟く。

「あれは私が良くなかったの。一人でふらふら行動したりして」

 紗枝のふりより、他のことが気になって落ち込んで軽率な行動をとったのだから文句は言えない。

 それよりもみんなの努力を無駄にするところだったと思うと、申し訳ない。

「奈江ちゃんは悪くないよ」

「ううん、泣いたりしたのも、ちょっと大げさだったと思う。今に思い出すと恥ずかしい」

「そんなことないだろ。いきなり腕つかまれたりしたら、驚くんじゃないの?」

 いつになく真面目な顔で言われて、奈江は照れ隠しに少し笑って見せる。

 あんまり庇われるのも、居心地が悪いものだ。

「紗枝ちゃんだったら負けないで、堂々と言い返すことができてたよ」

「そりゃ紗枝なら、日下部くらいじゃびくともしないだろうけど」

「私、あんなことくらいで動揺して、本当に情けなかった。……やっぱり、紗枝ちゃんみたいになりたかったな」

 無意識にそう呟くと、

「奈江ちゃんは、奈江ちゃんだろ。紗枝みたいにならなくたっていいじゃん」

 麒麟の強い口調は、怒っているみたいだった。

「ん……でも、今は身代わりな訳だし」

「あぁ、まあ……そうだけど、でもそれで紗枝が良くて、奈江ちゃんがダメみたいに言うのは、違うと思うよ」

 麒麟の言葉に、改めて考えさせられる。

 同じ環境、同じ遺伝子で生まれて、どうしてこうも違ってしまうのかと。

「麒麟くんにそう言ってもらうのは嬉しいけど、もっとしっかりしなくちゃ」

「奈江ちゃんは、奈江ちゃんのままで十分だよ」

「そういうわけにはいかないの。もっと強くならなくちゃ」

「なんでそんなに強くなりたいの?オレは優しくてかわいい奈江ちゃんが好きだな」

 冗談交じりに言われて、奈江は小さく笑って返す。

「ありがとう、でもダメだよ。学校を卒業したら、すぐに病院に配属が決まるんだもの。患者さんの前でメソメソしてられない」

「患者さんは掴みかかってはこないだろ」

「それはそうだけど」

 そこで会話が途切れてしまった。

 麒麟を横目で見る。

 今日のこともあって、やっぱり男の人は苦手だと思う。

 でも麒麟は別だ。

 背が高くて、見上げるようだけど怖くない。苦手だとも思わない。

 普段から優しくしてもらっているせいかもしれない。

 奈江の視線に気がついたのか、目が合ってしまう。

「なに?」

「ぁ、いえ、なんでもない」

「そう?」

 麒麟に優しくされるのは、嬉しいけど困る。

 このままもっと好きになって、もし紗枝と付き合っていると知らされた時、辛いのは自分だ。

「あの、それでさ、奈江ちゃん」

「なに?」

「朝、言っていた話。覚えてるよね」

 言われて、返事ができなかった。

「だから俺と一緒に帰るって、言ってくれたんだろ?」

「……うん」

 また、気持ちが重くなる。

 このまま何も聞かないで帰ってしまいたい。

 だがそんな奈江の気も知らずに、麒麟は頬を指で掻きながら、視線を泳がせる。

「よかった。えーと……、話っていうのは、まあ大した話じゃないんだけど」

 身構えたが、次の言葉はまったく予想外のものだった。

「オレさ、ガキの頃、奈江ちゃんたちとご近所さんだったんだ」

「え?」

「幼稚園とかも同じだったんだけど……、覚えてないかな?」

覚えてないかな、と言われても。

 奈江には心当たりはない。

 紗枝の後ろばかり付いて歩いていた奈江は、もともとロクに友達はできなかった。

 唯一仲の良かったのは『きぃちゃん』で、男の子の幼馴染など記憶にない。

「あの頃オレ喘息で、外ではしゃぐと発作起こすから、男の子の遊び仲間に入れてもらえなくて、紗枝と奈江ちゃんだけがオレの遊び相手だったんだ」

「……あの、でも、……私」

 そんなこと言われても、本当に覚えてない。

 私と遊んでくれたのは紗枝と……。

「奈江ちゃんはさ、オレのこと『きぃちゃん』って呼んでた」

「…ぇ…」

「紗枝は鉄砲玉みたいにどっか吹っ飛んでいっちゃうから、奈江ちゃんよく泣いててさ」

「……ぇ、え…っ!?」

 照れくさそうに笑う麒麟の顔を、まじまじと見てしまう。

「うそ、……麒麟くん……が、『きぃちゃん』なの!?」

「うん、そう。あ、覚えててくれてたんだ?」

「当たり前だよ!だって、紗枝ちゃんはともかく、私も他に友達できなかったから…。で、でも……」

「あの頃の奈江ちゃん、ずーっとオレのこと女の子だと勘違いしてたよな」

 先回りして麒麟に言われて、戸惑いながらも頷く。

「うん。だって、すごくかわいかったし」

「……それって、一応、褒められてると思っていいんだよね?」

 苦く微笑む麒麟に、失言だったと気づく。

「ぅ……だって、髪留め……、いつも、すごくかわいいバレッタとか飾りのついたゴムとか、それに女の子の服とか着てなかった?」

「ウチは姉貴と兄貴とがいて、どっちのお下がりも着てたからなぁ。姉貴が面白がって、自分のお下がり着ている時に、そういういたずらをよくされていたんだよな。勝手にはずすと殴られるし」

 いろいろとショックを受けたけど、なんとなく納得してしまう部分もある。

 どうりで『きぃちゃん』のことを思い出すわけだ。

「親の仕事の都合で引っ越ししたけど、高校受験を機会に、オレだけこっちに戻ってきたんだ」

「え、じゃ他のご家族は?」

「国内転々としたけど今は海外。オレも2年くらいはついて行ったけど、どうしても日本に戻りたくて、結局、じいちゃんのウチに居候中。だから奈江ちゃんたちと再びご近所って訳にはいかなくなっちゃったけど」

「そうだったんだ」

 麒麟は照れたように笑う。

 その姿は、どこから見ても立派な男子高校生。

『きぃちゃん』の面影を探そうとしたけど、無理だった。

 ……ああ、でも強いて言えば目の感じとか、手の指を絡める繋ぎ方とかはあの時のままかも。

 奈江は麒麟の横顔を見つめながら、ぼんやりと思う。

「紗枝とは高校入学して、すぐにお互いに気がついてさ。『よー、久しぶり』みたいな感じで。それから何かとつるむようになったんだけど」

「紗枝ちゃんとは、すぐにまた仲良くなれたんだね」

「一緒に生徒会役員やるくらいにはね。紗枝はガキの頃と変んなくて、オレを手下呼ばわりするし」

 高校に入ってからずっと、紗枝はそんなこと一言も言わなかった。

 幼稚園の頃の幼馴染なんて、大した話題じゃない。

 そう思ったのかもしれない。

「奈江ちゃんとは学校も違って会えなかったけど、ずっと気になってたんだ。紗枝に聞いてもちゃんと教えてくれないし」

「そっか」

「ずっと会いたかった」

 麒麟の言葉に、変な期待して喜んでしまいそうな自分が恥ずかしかった。

「私もまた、麒麟くん……きぃちゃんと会えて嬉しいよ」

 できるだけいつも通りに返事をする。

 懐かしい幼馴染に会えて、嬉しい。

 ただ、それだけ。そういう風に聞こえるように。

「去年の文化祭の時、奈江ちゃん遊びに来てたよね。オレ、その時に声かけようかと思っていたんだけど」

 徐々に鼓動が速くなる気がした。

「声かけられなかった。なんとなく気後れしちゃってさ。覚えててくれなくてもしょうがないって思ってたけど、やっぱり面と向かって『アンタ誰?』とか言われたらショックだし」

 だんだん胸がしめつけられるみたいになって、息をするのも苦しい。

「そんなこと、言わないよ」

「確かに奈江ちゃんだから、もっと優しく言うだろうけど。……ともかく、オレあの時からずっと奈江ちゃんに伝えたいことがあって、その、実は……っ」

 その時、目の端に不自然なまばゆい光が映って、反射的にそちらに顔を向ける。

 車道を通る車のライトにしては、強すぎる光。

「ぇ?なに…」

 光のする方に目を向ける。

 だが奈江を隠すように麒麟の背中が目の前を塞いだ。

「……チッ」

 舌打ちが聞こえたが、奈江には何が起こったのかわからなかった。

 離れた所で何やら言い合う声と、バタバタと走り去る音。

 井華水(せいかすい)の制服をきた生徒の背中が見えた。

「おい、何やってんだ、お前…っ」

 麒麟が怒鳴って追いかけようとしたが、すぐに追いつかないと気がついたのか、憎々しげに顔を歪めてそちらを睨む。

「今の……?」

 やっと奈江にも状況がわかりかけた。

 どうやら、隠し撮りされたようだった。

「ウチの生徒だったな」

「紗枝ちゃんのファン……とか、かな」

「まあ、こういうのもたまにはあるけど、なんか違う……いや」

 険しい表情の麒麟は、遠く視線を凝らす。

 いつまでも人ごみに紛れてしまった隠し撮りした生徒の背中を探しているみたいに。

 不安そうに麒麟を見上げる奈江を視線が合うと、慌てて安心させるように表情を和らげた。

「ごめん、奈江ちゃん。びっくりしたよね」

「ううん、大丈夫。それよりまずかったんじゃないかな、写真で見たら、紗枝ちゃんじゃないってわかちゃうかも」

「……うん、まあ、道挟んで反対側の歩道からだし、暗いからそんなに鮮明な写真も撮れなかっただろ」

「そうかな」

「ああ、大丈夫」

 だが言葉とは裏腹に、麒麟は奈江以上に気にしているようだった。

 口元に手をやって、何か考え込んでいる。

「あの、麒麟くん?……本当に大丈夫?」

「ぇ、……あ、うん!ホント、平気。……えっと、話が途中になっちゃったね。なんか気が削がれたなぁ」

 不機嫌に言うと麒麟は苛立ったように髪をかき上げ、それから申し訳なさそうに奈江に両手を合わせて見せる。

「ごめん。続きは、また今度でもいい?もったいぶる話じゃないんだけど」

「うん、いいよ。麒麟くんの話したい時で」

 答えながら、聞かずに済んで少しだけホッとする自分がいた。

「時間ができたら、連絡するから」

 麒麟は奈江と別れるまで、何度もそう言って念を押した。


***


「おかえり、奈江ちゃん!最終日どうだった?」

「うん、……えっと」

 日下部という人に絡まれたことと、隠し撮りのことを話そうかと思ったけど、やめた。

 決定的に身代わりがバレたわけじゃない。

 必要なら麒麟や桂花が、明日登校した紗枝に直接話すだろう。

「ちょっと、予算のことで絡んでくる人がいてびっくりしたけど、それくらいかな」

 それだけ行って、部屋に戻ろうとする。

「え、それだけ?」

「うん……、なに?」

「あ、いや、別に」

 そう言い淀む紗枝の顔を見て、無性に麒麟が言いかけた事について聞いてみたくなったが、結局できなかった。

 紗枝の無邪気な笑顔が、意味もなく胸に刺さった。


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