あたしメリーさん。今、クリスマスなの!
ある館の一室で、嘗て勇者として名が広まった女性、メアリーは目を覚ます。その館は、外面は国内で王宮の次の規模であり、内面は国内随一とまで言われている。その大半は人形のメリーによる設計で、間違ってもメアリーの意向ではなかった。メアリーは最初の内はその広さから落ち着かなかったのだが、長年過ごしたことで普通に寝起きができるようになっていた。
転移から十数年が過ぎ、様々な問題を片手間に潰してきたメアリーは、結婚後の生活をそれなりに楽しんでいた。元々暮らしていた世界と比較して不便な要素も沢山あったが、それをこの世界ならではの方法でより快適にするという目標があったことも楽しめた理由の一つだろう。事実、メアリーはこの時、元の世界より遥かに快適なベッドで起床した。
この世界でも土地によっては四季があり、メアリーの暮らしている地は特に変化が大きい。そんな土地の冬ともなれば、寝床から出るのが億劫になっても別におかしくは無い。メアリーはそうやって自身に言い訳をしながらも、早く起きなければ使用人に恰好がつかないと思って起きようとする。ちなみに使用人達はそんなメアリーの姿を知っている。年単位の付き合いであり、隠そうとする努力が不足しているのだから知られていても当然である。
メアリーは寒さに苦しみながら何とか顔を出す。メアリーの部屋は他の部屋に比べれば寒くは無いのだが特別暖かいわけでも無い。本来ならば主のメアリーを起こしその着替えを手伝うべきであろう使用人はいない。メアリーの、元から人数が少ないのだから特に必要がない限りは着替えぐらい自分でやる、という主張に従い朝食の少し前の時間までは訪れない。朝食の直前でないのは、たまに着替えを済ませるどころか起きてすらいないことがあるからで、これが使用人達に寒さに弱いという事実を知られた理由の一つだったりする。
メアリーが寝惚けたまま視線を彷徨わせると、枕元に箱が置かれていることに気付く。リボンで包まれたそれを見て、ああそんな季節だっけ、と思ったりもしたがすぐに頭を振る。メアリーが真っ先に連想したクリスマスは元々宗教的なものである。この世界にも似たような由来を持つ祝日は幾つか存在する。だがしかし、メアリーの知る範囲では、眠っている間に枕元に何かを置くような風習はクリスマス以外に無い。メアリーの年齢は既に貰う側でなく送る側の方が自然だったりするのだが、そこまで頭が回る程に意識がはっきりとは起きていなかった。
メアリーは箱を取り自身の近くに寄せる。何も知らない第三者から見たら危険物の可能性を考慮していない無防備な動作なのだが、メアリーは本人はその心配を全くしていなかった。何故ならメアリーは自身に対する害には、それこそ予知能力でもあるのではないかと疑われる程度には鋭く反応できるからで、あらゆる危険に反応できる予知に近い直感が反応しないことから危険物ではないと判断したのである。
メアリーは少し悩んだが、寝起きで頭が十分に回っていないこともあってか、素直に箱を開けることにする。すると――
「トリートオアトリート!」
見覚えのある人形が飛び出て来た。メアリーは無言で箱を閉じた。
「いやいやいやいやそれ無いよねいろいろとおかしいよね」
大声で叫び続ける箱を近くに置いたまま眠り続けることは不可能と判断したメアリーは素直に箱を開けた。中から出てきたのはやはり見覚えのある人形、メリーである。
「それでは改めて、トリートオアトリート!」
メアリーはツッコミどころの多い謎発言に対してどこからどう言えば良いのか思案する。考えた結果、優先度は低いものの流れ次第では聞けなくなりそうな方を優先することにした。
「何で両方お菓子なの?」
メリーの発言は明らかに悪戯かお菓子の誤りである。しかしメアリーが認識しているメリーの知識から素で間違えているわけではないだろうと判断した。それに対してメリーは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに強く頷く。
「だって絶対に悪戯が成功しないと思ったもん!」
胸を張って言うことではない、とメアリーは思ったが口にはしなかった。
メリーが悪戯は失敗すると判断したことには理由がある。過去に起きた様々な出来事を超絶的な勘によって回避していたことから、あらゆる手が仕掛けるだけ無駄と判断したのである。メアリーはそれが理解できたし、同時に、特に危険のない悪戯ならば反応できるか怪しいことも知っている。勿論それをメリーには伝えない。後で面倒なことになる可能性を考えてのことである。
発言のずれた要素の一つ目を理解すると共に全力で流すことに決めたメアリーは二つ目の質問をする。
「私の知っているハロウィンは収穫祭とかそういう面があったと思うのだけれど、季節間違えすぎじゃない?」
確認になるが、現在は冬である。以前いた世界に換算すると北半球の十二月から一月相当の季節である。この世界でも収穫が済むどころか土地柄から寒さに耐える為に引き籠もるのが標準な季節である。メアリーの住む館は構造上そこまで寒くはならないのだが一般家庭では薪の配分を気にしながら消費するのが当たり前の季節である。雪掻き以外で外に出ることはまずない季節である。間違っても秋とは呼べない季節である。間違ってもハロウィンの入りこむ余地が存在しない季節である。しかしメリーにとって季節は割とどうでも良かった。
「そういう細かい話は要らないからお菓子頂戴!」
要は食い意地か、とメアリーは納得した。それと同時に、折角の機会だから作り方を教えるのも良いかもしれないと思った。
メアリーとメリーとその周囲の人々は、長い間様々な問題の解決に奔走していた。その中に明らかに持ってくる場所を間違えたような案件が混ざることで余計な手間がかかったこともあった。そういう事情もあってか、メアリーとメリーはそれなりに会うことこそあったがのんびりとしていられる時間はそれ程多くはなかった。そして現在は珍しく時間を持て余している。ならば甘味を通じて交流を深めるのも良いのではないか、という結論になったのである。
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メアリーとメリーが最初に挑戦したのはケーキだった。スポンジの焼き加減が怪しく、失敗作を適当に摘まんでいるだけで昼食が不要になったりもしたが、夕方頃には満足のいく出来栄えのスポンジが焼けた。その量が明らかに作り過ぎであること以外に問題はない。スポンジを寝かせ始めてから少量のクッキーを作り、夕食後にケーキをどう盛りつけるかという話がされた。
そして翌日、最初から変に捻るのもよくない、という判断から苺のショートケーキになった。ちなみに苺の旬は本来春なのだが、メアリーがなんとなくで始めたハウス栽培によって、量こそ少ないがほぼあらゆる季節に用意できる。そんな苺を使った多量のケーキは数十人居る従者達にも分けられ、最終的にその日の朝食は全員ケーキだけになった。
何かのお祭りにしか思えないケーキの量を見てメリーはクリスマスのことを連想したが口にはしなかった。この世界にクリスマスは無いからメリークリスマスと言ってもそれが伝わる者はメアリーしかいない。
その考えは後にメアリーによって否定されるのだが、これは一先ず置いておく。
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「じゃあ次はクッキーを作ってみよう!」
同日にされたメアリーの提案は従者達によって全力で止められた。表向きは備蓄の砂糖を多量に使ったことであまり使わない方が良いという話である。本音は朝から一食分を補える程のケーキを出された影響で拒否感を覚えたというものである。
「砂糖を使わないとなるとまず考えられるのは果物を利用して……」
従者達にとって不幸だったことは二つある。一つはメアリーのお菓子の知識が広かったこと。もう一つはそれを活かせるだけの環境をメアリーが整えていたこと。これらによって、この冬、この世界でも数少ない甘味嫌いが量産されたのである。
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それから遥かに先の話になるが、その世界の冬のお祭りが一つ増えた。それは救世の英雄メアリーによって齎されたもので、その由来を正しく知る者はほとんどいない。そのお祭りには大きな特徴が三つある。一つ目はお菓子を用意すること。二つ目はそれを家族で作ること。三つ目は特徴的な挨拶を交わすこと。二つ目の作るというのはどうしても限度があり、その頃は土台になるものを買って盛りつけるのが一般的になっている。その中で一番買われているのは何も施されていないスポンジケーキで、この季節では全く関係のない店であっても置いていることがあるぐらいには買い手が多い。
そんな冬のある日、表通りから少し外れた小さな店に、盛りつける前のスポンジケーキを求める子供がいた。冬の寒さを凌ぐ為に作られた外套を深く被った子供は、知る人ぞ知るその店に入る。そして子供は店主を見つけると笑顔で挨拶をした。
「メリークリスマス!」
ハロウィンにのっかり損ねてクリスマスネタしたいと思った結果がこれである




