愛のためのチェーンソー 後編
前回のあらすじ
仙人の家を訪れた純は、背中のリュックサックからチェーンソーを取り出した。
「あんた、ぶっ殺っス」
ヴィイイイインッ!!
「きゃあああああ!!」
「おいおいおいおい!?」
なにこれ。ヤバイ。これはヤバイ。
なんだ、一体、僕がなにをしたっていうんだ!
「自分の胸に聞いてみろっス」
絶対こいつ、心読んでやがる!
え、つーか、なに? 僕が日下に何かしてしまったってことか?
ヴィイイイイッ!!
「……って危ねえ!!」
すんでの所で、チェーンソーの攻撃を避けることができた。
「ふ、ふざけんな! マジで殺す気か!!」
「そのつもりスけど」
そう吐き捨てて、白江は再度チェーンソーを僕の首目がけて振り下ろしてきた。
――あ、これ、死んだ。
「ああああああ!!」
「うお!?」
突然、何かが僕の体に突進し、僕は思い切り壁に叩きつけられた。
痛い。けど助かった!
「はあ……はあ……だ、大丈夫?」
僕にぶつかってきたのは翼ちゃんだった。
そして二人は今、思い切り抱き合う形になっている。
つまり、翼ちゃんの柔らかおっぱいが僕のカチカチおっぱいに密着している!
「……翼ちゃん、ありがとう。助かったよ」
「あ、うん……」
彼女は顔を赤くしつつ、パッと離れてしまった。
ああ可愛い! でも、もう少し密着していたかったな。
「……あんた、死にかけてもそんなこと考えるのか。心底クズっスね」
「勝手に人の心を読んでるんじゃねえよ」
僕らと白江は一時的な均衡状態となった。
が、またいつ襲い掛かれてもおかしくはない。
「何なのよ、この女」
「分からないけど狂人の類だろうさ」
「さっきのやり取りからすると、あなたがヒノさんって人に何かしたんじゃないの?」
「……どうもそうらしいんだけど、全く身に覚えがない」
僕としてはいつも通りに接していたつもりだったのだけど。
「あくまで自覚なし、スか」
「……なあ、教えてくれないか? 僕が何をしてしまったのか。理由によっては、深く反省して、謝罪もするよ」
こうなりゃ下手に出て説得するしかない。
……ってこれも読まれているのか。くそう台無しだ。
「まあ、いい。死ぬ前に懺悔する時間くらいは与えてやるっス」
どっちにしろ殺す気かよ。
「白江は……白江は、ヒノ先輩が好きっス……愛していると言ってもいい」
「は、はあ」
「でもヒノ先輩はあんたのことを想っている……」
「は、はあ!? いや、それは違う。あいつは単に僕のヒゲが好きなだけで……」
「白江は人の心が読める」
「……つまり、日下の本心を知っていると?」
「そういうことっス。それなのに、当のあんたはヒノ先輩の存在なんてどうでも良かった!」
「い、いや、どうでもいいわけでは……」
「その証拠に、女が出来てからというもの、ヒノ先輩への態度が今まで以上に酷くなった。というか視界にすら入らなかったんじゃないスか?」
「…………」
否定は出来ない。
確かに、翼ちゃんと出会ってからというもの、それ以外の他人に対する関心が極端に低下していた気がする。
それにしても、まさか日下が僕のことを……
「ちょっと! 何度も言っているでしょう。私は彼の女なんかじゃないわよ!……色々とお世話になっているけれど、あくまで友人なの!」
「どうかな。庇っているだけじゃないっスか?」
「あなたねぇ、心が読めるんなら私の……え、なによ、邪魔しないでよ、今大事な話を……え……?」
翼ちゃんが急に何もない空間と会話をしたと思ったら、心底驚いたって顔で絶句した。
そうか。そういえばあの『悪魔』って、いつも翼ちゃんの側にいるんだよな。
あいつに何か吹きこまれたのだろうか。
「な……」
と思ったら、今度は白江の方も驚愕の表情を浮かべた。
そして翼ちゃんと同じように、何もない空間に向かって話し始めた。
「いやでも……」とか「そんなの関係ない……」とか何やら文句を言っていたようだけど、最後には諦めたような顔をして、チェーンソーをリュックに戻した。
「……今回は見逃してやるっス。けど、次またヒノ先輩を悲しませたら、その時は容赦しないっスよ」
そんな言葉を残して、彼女は部屋を去った。
そうして、狂人・白江による『僕の部屋襲撃事件』は呆気無く幕を閉じたのだった。
「……って、どういうことだよ! 全くついていけてないんだけど!?」
翼ちゃんにそう問うたけど、彼女は何も答えてくれずに、複雑な表情で唸っている。
「もう~しょうがないわね~。悩めるセンちゃんのためにウチが答えたげるわよぉ」
そいつはまた、唐突に現れた。実に一ヶ月ぶりだ。
「悪魔……」
「あのねぇ、できれば『あっちゃん』って呼んで欲しいかも~」
「あっちゃん、教えてくれ。今、何が起こったんだい?」
「あら、素直ぉ。センちゃんのそういうとこ、ウチ結構好き~」
「あ、ありがとう。で、一体何が……」
「えっとね~さっきの純ちゃんって子にね~。ウチの知り合いが憑いていたのぉ」
「ついてた……?」
「だからね~ウチらで話し合って、今日のところはお互い引きましょっ、てことにしたのぉ。つまり~ウチのおかげで助かったってわけ☆」
「え、え、つまり、あれですか、あの女にもあっちゃんみたいな『悪魔』が……?」
「そう言ったじゃ~ん」
「じゃあ、ひょっとして、あの凶行も、あ、あと心が読めるのも、その影響で……?」
「多分ねぇ」
「……つまり、私もああなるってことよ」
ずっと黙りっぱなしだった翼ちゃんが、ようやく会話に加わってきた。
「ああなる、とは?」
「だから! いずれは私もああいう風に人を殺そうとしちゃうってこと! ねえ、そうなんでしょ!?」
彼女があっちゃんに向かってそう叫んだ。
「えぇ~ウチ、そんな危険な悪魔じゃないし~」
「信じられるか! 現に私はもう人を襲っている! きっとあのままいってたら、ヒゲどころか命まで奪うことに……」
「そんなこと、させないよ」
「え……」
「翼ちゃんにそんなことは絶対させない」
「仙人さん……」
よし、決まった。もうひと押しだ。
「大体、僕のヒゲさえちゃんと食べていれば、何の問題も起きないじゃないか。そうさ、君は何も心配することない」
これは惚れるんじゃないかな?
「……今のところは、ね。ありがと、今日はもう帰るわ」
「……そうかい。それじゃ、また来週。あまり落ち込むんじゃあないよ? いいね?」
コクリと頭を下げ、翼ちゃんは今度こそ帰ってしまった。
また『号泣マジ感謝モード』に突入すると思ったんだけど、そう都合よくはいかない、か。
それに今回は僕、正直全くイイトコなかったしなぁ。
はあ。それにしても危なかったな。本当に死ぬかと思った。
童貞のまま死ぬのだけは勘弁だよ。
……翼ちゃん、早く僕に惚れてくれないかなぁ。
あ、そういえば。
「日下、か」
まあ、『初めて』の相手はあいつでもいいかもな。