愛のためのチェーンソー 前編
最近、仙人の様子がおかしい。
一ヶ月ほど前、ヒゲがいきなりなくなっていた時は、とうとうヒゲ剃り魔にやられてしまったのかと焦ったけど、彼は自分で剃ったのだと言い張っていた。
わたしは大いに憤慨したけども、その後一週間で半分くらいは元に戻っていて安心した。
流石は仙人! 伸びの早さは常人の比ではない!
と思ったら、次の週にまた全剃りしてきた。
それからというもの、仙人の肌は月曜の朝にはツルツル、そして金曜の放課後にはボーボー。
そのローテーションが続いている。
何なのだ、一体!
これでは、仙人のヒゲを存分に愛でることが出来ないではないか!
そう訴えても、彼は全く聞く耳を持ってくれない。
というか、最近何だか冷たい。
以前まではもっとこう、同じあしらうにしても、温かみがあった。
でも今じゃ、『心底鬱陶しい』って感じだ。
……わたし、何かやっちゃったのかな。
「う~ん……いい加減、ヒゲを手淫されるのが嫌になったんじゃないスか?」
「そ、そうなのか?……って、その表現はやめろ!」
日曜のお昼、わたしと白江純は、彼女の自宅にあるラボにいた。
純は今でこそ他校の生徒だけど、中学の頃は1番仲の良かった後輩だ。
彼女の家は中々の金持ちらしく、自宅の地下に大きな倉庫がある。
そこを時々、ラボとして使用させてもらっているのだ。
そして彼女は助手として色々と手伝ってくれる。可愛い奴だ。
「だって、ヒノ先輩、中学の頃はよくマネキンに付け髭つけて、こんな風に弄りまくってたじゃないスか」
そう言って、純は自分の右手をシュッシュッと上下に動かす。
「わ、わたしの黒歴史をほじくり返すな!」
「いやいや。今だってバリバリ黒歴史真っ最中ですって」
「そんなことはないぞ! 何故なら今は本物のヒゲを愛でることが出来ている!」
「……まあ、いいスけど。でも、それが出来なくなったって話でしょ?」
「うん……」
「ちょ、落ち込み過ぎ!……まあ、先輩のヒゲ好きはガチっスからね」
「ああ……わたし、仙人に嫌われてしまったのだろうか」
「…………」
純が急に真面目な顔をして黙ってしまった。やっぱりそうなのか? ヒゲを愛で過ぎたせいで愛想つかされてしまったのか!?
「……あの、ちょっと、確認させてもらってもいいスか?」
「な、なんだ?」
「ヒノ先輩って、その『仙人』っていうモジャ男のこと、好きなんスか?」
「あ、ああ、彼のモジャモジャしたヒゲは大好きだ」
「いやそうじゃなくて……例えば、そいつと付き合いたいとか思います?」
「付き……へ?」
いきなり何を言い出すんだ。
「前から疑問だったんスよ。先輩の『ヒゲ好き』ってそのまま異性愛とイコールなのかどうなのか」
「い、いせいあい」
「だって、さっきも言ったスけど、先輩がヒゲを愛でる手付きって、なんだか妙にエロいし……」
「も、もう! 違う! そうじゃない! そうじゃないぞ!!」
……本当は、そうじゃなくなかったりもするんだけど。
「わたしが好きなのはあくまで顔から生えたヒゲ! つ、付き合いたいとかいう感情とは別だ!」
「……そうスか」
純はふと無表情になり、そう呟いた。
どうした。何かちょっと怖いぞ。ひょっとして、誤魔化せなかったのかな。
「じゃあ、いいじゃないスか。別に嫌われたって」
「え、い、いや良くない! だって、仙人は友達だ!……それにヒゲに触れないとわたし、生きていけない……」
「重症スね……あ、じゃあこういうのはどうスか」
「なにか、良いアイデアでも?」
「一方的に触るから鬱陶しがられるんスよ! やっぱ、人付き合いってギブアンドテイクが基本でしょう」
「お! それは一理あるな……あれ? でもわたし、時々発明品をあげたりしているぞ。ヒゲのお礼として」
「いや~、要らないモノあげても意味ないス」
「コラ! 助手!」
「あは。サーセン……でも身体のお礼は身体でした方が喜ぶと思うっスよ」
「か、からだって」
「た、と、え、ば」
あくどい笑みを浮かべて、純がわたしに手を伸ばしてきた。
モミュッ
「きゃっ! ちょ、ちょっと純!」
「この豊満なバストなんてどうスか?」
モミュッモミュッ
「っもう!」
「ウヒヒ……」
……こうなるともう純はしばらく止まらない。
彼女は女なのにおっぱいフェチなのだ。
自分が貧乳だからそうなった、らしい。
「あっ……んんっ」
「ウヒ。相変わらず、ヒノッパイの揉み心地は最高スね……」
どんどん指の動きが激しくなってきた。
モミュモミュグニュニュッ……コリッ
「――ッッ!! ちょっ」
「うん。モジャ男にはもったいないわ。先輩、今の案はやっぱナシで」
「あっ当たりっ前だ!……んっもう、止めろ!」
「ふう」
ようやく手を離してくれた。どうやら、満足したらしい。
と思ったら、今度は自分の両手を合わせてる。わたしのおっぱいを拝んでいるのか?
「先輩ゴメン! 白江、この後用事があること忘れてたっス!」
「はあ……はあ……って、え~! 今日全然作業できていないのに!」
「あ、ラボは使ってて頂いて構わないんで! 2~3時間で戻ります!」
「そう、か? 分かった、行ってきな」
「マジサーセン!」
ドタバタと準備をして、純は大急ぎで外に出ていった。
慌ただしい奴だよ、全く。
まあいい。それじゃあ作業を再開するとしようか。
今日中には新たな発明品が完成する予定だ。
「……って、あれ?」
おかしいな。ここに置いてあったと思ったけど。
あれがないと作業が捗らないのに。
「チェーンソー、どこやったっけ?」