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ヒゲ剃り魔 後編

 前回のあらすじ

 部屋に連れ込んだ女が、突然僕のヒゲを喰いちぎった。




 目の前の女に対して、僕は恐怖以外の感情を抱けずにいた。

 だから、今は極めて月並みな言葉を吐き出すことしか出来なかった。


「……あんた、な、何なんだ一体!」

「…………美味しい」

「は、はあ?」

「ちょっと、何よこの味!? 美味し過ぎるじゃないの!!」

「おいし……え?」


 先ほどまでとは打って変わって、彼女は何やら僕を尊敬の眼差しで見つめてくる。

 訳の分からない状況に変わりはないが、どうやらとりあえず会話が可能な状態には戻ったみたいだ。


「あの……君は、その……ヒゲが好物なのかい?」

「……呪いなの」

「の、呪い?」

「ええ。ヒゲしか食べられなくなる呪い」

「ヒゲシカタベラレナクナルノロイ?」

 なんだろう、ナニカの呪文かな?


「……あれは2ヶ月ほど前のことだったわ」

 なんか語りだしたぞ。

 ひょっとしなくても、彼女はアレかな。


「朝、目が覚めると、目の前にいたのよ。こいつが」

「……こいつ、とは?」

 もちろん、今この部屋には僕とは彼女しかいない。

 ああ、やっぱり。基地の外のお方だった。


「ちょっと、あんた! その気になれば私以外の人にも姿見せられるんでしょう?」

 よし。ポリス召喚しますかぁ。



「まったく、しょうがないわねぇ」



『それ』は唐突に現れた。

 今まで何もなかった空間に。

 まるで最初からそこにいたかのように。


「は~い、どうも~初めましてぇ」


 ダルそうに登場した『それ』は明らかに人間ではなかった。

 だって、背中には変な羽が生えているし、お尻あたりにはド○ンちゃんみたいな尻尾がゆらゆらと揺れている。しかも肌が青い。

 そして何より、全裸だ。おっぱいがデカイぞ。

 いや、全裸なのは人間じゃない証拠にはならないけどね!……って


「……つーか! あんた、そもそも宙に浮いてるじゃないか! な、何なんだ一体!」

「ぷぷっ。あんたさ~、それしか言えないのぉ? しょうがない、教えてあげるわよぉ。あのねぇ、ウチはねぇ」

「悪魔よ」

「あ~、ちょっと、つばさちゃ~ん。それウチのセリフだし~」

「うるさい、黙れ」

「えぇ~、姿見せろって言ったの、翼ちゃんじゃ~ん」


 ナニコレェ。

 駄目だ、頭が全然ついていかない。

 僕は涎を垂れ流しつつアホ面を晒すしかなかった。


「ね、これで分かったでしょ? 私、このクソッタレ悪魔に取り憑れてるの」

「翼ちゃん、お下品~」

「……こいつが何の目的で私に取り憑いたのかは分からない。何度聞いても答えてくれないしね。分かっているのは一つだけ」


「定期的に男性のヒゲを摂取しないと、私は、さっきみたいに暴走した後……死ぬ、らしいわ」


「……なるほど。だから、ヒゲを生やした男性を次々と襲っていたというのかい?」

「え、ええ。そうよ……意外と立ち直りが早いのね」

「というか、深く考えたら負けだと思ったんで、とりあえず話を合わせてみようかと」

「ふふ。そう。賢明だわ」

「でも、さっきみたいな勢いだったら、スタンガンなんて使わなくてもヒゲをむしり取るくらい、楽勝なんじゃ?」

「あの状態だと自制が全く聞かないのよ。他人に怪我でもさせたら大変じゃないの。だから空腹になる前に摂取することを心がけていたんだけど……」

 あ、思ったより常識的な考え方をする人なんだ。

 何だか少しだけほっとした。


「でも、私の噂がどんどん広まっちゃって、この街の男の人がヒゲを伸ばさなくなっちゃって。だから、ずっと空腹で、結局さっき暴走してしまって……あの、ごめんなさい」

「あ~いや。別に構わないよ。事情はよく分かったしね」

 そう言って、僕は彼女の手足を縛っていた紐を解いた。

 僕は彼女の言い分を信じる。というか、信じざるを得ない。だって、目の前にこんな人外がいるんだ。有無を言わさぬ説得力だ。

 そして、彼女の言うことが本当ならば――


「ねえ~、もういいかしらぁ。翼ちゃん以外に姿見せるのって、結構体力使うのよねぇ」

「勝手にしなさい」

「もう~ひど~い、勝手過ぎ~」

 ブツブツと文句を言いつつ、彼女曰く『悪魔』はふっと姿を消した。


「あの……つばさ、さん?」

烏帽子翼えぼしつばさよ」

「あ、僕は門司八文字です。友人からは『仙人』と呼ばれていて……」

「せ、仙人?」

「まあ、こんな見た目だしね。って今は違うけど」

 翼ちゃんにヒゲを根こそぎ喰い千切られた後の僕の顎は、ザラザラ&ヌルヌルしている。

 ん? ヌルヌル?


「あ、ごめんなさい! 私のせいで血が……」

 翼ちゃんが慌ててポケットからハンカチを取り出し、僕の顎に添えてくれた。


「あの、さ。さっき、君、僕のヒゲのこと、美味しいって言ってなかったかい?」

「え!……ええ。信じられないくらい、美味しかったわ。あんなに美味しいヒゲは初めてよ」

 よし、ここだ。ここが攻め時だ。


「もし、良かったら、さ。定期的に僕のヒゲを提供しても、構わないのだけれども?」

「――!! ホントに!?」

 目がキラキラしているぞ。よし!


「もちろんさ! 上からな物言いに聞こえたら申し訳ないんだけど……今の君の状況はあまりに不憫だ。僕なんかが役に立てるのなら、協力したい」

「……グスッ」

 キラキラしていた彼女の目から、大量の涙がこぼれ出した。


「あ、ありがと……うう……私、ずっと辛くて……」

「今まで、よく頑張ったね」

 そう言い、僕は彼女の小さな頭に、手を乗せた。


 彼女を不憫に思ったのは本当だ。協力したいというのも嘘ではない。

 まあ、『悪魔』の件とかはまだ僕の中で消化しきれていないけどさ……

 でも、それ以上に。


――僕は彼女に恋をしたんだ。


 だってさ。


 僕のヒゲがないと生きていけないなんて。


 はは。それってさ。


 まるで『運命』ってやつじゃないか。

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