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ヒゲ剃り魔 前編

「なあ、知ってるか仙人! 最近、『ヒゲ剃り魔』ってヤバイ奴が出没しているらしいぞ」


 教室で、日下ひのしたが焦った表情を浮かべて話しかけてきた。いつもニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている彼女にしては珍しい。まあ、右手はいつも通り、僕の顎下を撫でているけど。


「ああ。そりゃ知ってるさ。みんな噂しているよ。でも、たかがヒゲを剃られるだけなんだろう?」

「バカ! 君は自分のヒゲがどれだけの価値を有しているのかまるで分かっちゃいないんだ!」

 そう言って日下は上下させていた右手のスピードを上げ始めた。

 

 シュッシュッシュッシュッ……


「ちょ、痛い、痛いって! というか、別に剃られたってすぐ生えてくるし……」

 そう、僕は異様にヒゲの伸びが早い高校生。面倒だから伸ばしっぱなしにしているため、今は顎下30センチはあるかな(僕の通う高校は比較的自由な校風なんだ!)。だからアダ名は『仙人』

 因みに本名は『門司八文字もじやもじ

 変な名前だけど、割と気に入っているよ。

 そして僕のヒゲをひたすら愛でている彼女は『日下愛ひのしたあい

 無類のヒゲフェチな上に、よく分からない発明品ガラクタを作るのが趣味のド変人だ。こんなのでも一応、友達さ。


「というか、犯人は君じゃないのかい? 重度のヒゲフェチな君のことだ。集めたヒゲをビンに詰めて部屋に飾っているとか……」

「なっ! バカにするなよ! わたしは顔から生えているヒゲにしか興味はない! そこは勘違いしないでほしい!!」

「……心底どうでもいいけど、君のこだわりは伝わってきたよ」

「それは良かった。というわけで、仙人にはこれを授けよう」


 どういうわけかはよく分からないけど、日下が自分の席に置いていた手提げ袋を渡してきた。

「またいつものガラクタかい? 正直いらないなぁ……」

「まあ、そう言うな。仙人、君はもう少し己の身を案じた方がいい。犯人はスタンガンを使うそうだ」

「え、それは知らなかった。すると、これは……」

「わたし特性の防犯グッズだ! 電流を相手に弾き返すタイツ、上下セット! どうだ、凄いだろう?」

「……まあ、お守り程度に考えておくよ」


 というのが今朝のやり取り。

 そして今、正に、僕は犯人に襲われていた。路地裏に入った瞬間の出来事だ。

 下校途中、何者かに後をつけられていることには気づいていたけど、本当に『ヒゲ剃り魔』に襲われるとはね。


「きゃあああああ!?」

 でも叫んだのは犯人の方だった。

 まさか、日下のガラクタが役に立つ日がやってくるとは。効果テキメンだ。明日はいつもより多めにヒゲを愛でさせてあげるとしよう。

 それにしても、今の叫び声はもしかして……


 振り返ると、犯人は既に気絶していた。

「やっぱり……」

 『ヒゲ剃り魔』は女性だった。それもまだ若い。恐らく僕と同じくらいだろう。

 僕は、警察を呼ばずに、彼女を家まで運んだ。

 幸い、自宅まで数十メートルだったというのもあるし、何より彼女は僕のストライクど真ん中な容姿をしていたんだ! 黒髪ロングっていうのもたまらないね!

 いや、別に襲おうってわけじゃないよ? ただ、彼女ほどの美人が、何でこんな珍妙な事件を起こしたのか、その動機に興味が沸いたんだ。


「う、う~ん……あれ!?」

 彼女が目を覚ました。

 一応、手足は縛ってあるので攻撃される心配はない。

「ちょっと、何よこれ! 外しなさいよ!」

 ジタバタともがき続ける彼女の姿が何だか可愛らしくて、僕は少し意地悪をしたくなった。


「君さ、自分の立場分かってる? 現行犯だよ? 警察に突き出されてもいいのかい?」

「う……あんた、何する気? もしかして……」

「君、可愛い顔しているよね。じゅるじゅるっ」

「ぎゃああああ! ケダモノ! レイプ魔!!」

 彼女は大声で泣き始めた。

「……ごめん、やり過ぎた。そんな気はないよ。安心してくれ」

「じゃあ、何が目的よ!」

「君が何でこんなことをしたのか、聞きたくてね」

「なんでって……」

 

 急に押し黙ってしまった。

 まあ、そりゃ、簡単に言えるような動機じゃないだろうさ。

 さて、どうやって聞き出そうか。

 と、僕が悩み始めたその時、


 ぐりゅうううう~


 僕の狭い部屋に、豪快な腹の音が鳴り響いた。

 思わず彼女の方に目を向けると、何だか目つきがおかしい。

 まるで、ケモノのような……


「……わせろ」

「はい?」

「喰わせろ! 早く!!」


 なんだ? そんなに腹が減っているのだろうか。

 そういえば、よく見ると少し頬が痩けているような気がする。

……これは良い交渉材料になるかも知れないな。


「なんだい、君は腹ペコなのかい。別に食べ物を分けてやってもいいけど、その代わり」

「グダグダ言ってないで早く喰わせろおおお!!」

「は、はい!」

 

 駄目だ。怖すぎる。何なんだこの娘は。

 とりあえず、冷蔵庫に残っていたシュークリームを与えることにした。

 三日前に買ったやつだけど、まあ大丈夫だろう。


「はい、アーン」

 うつ伏せになっている彼女の口元にシュークリームを近づけた、その瞬間


 バグッ


 喰われた。

 根本から。

 持っていかれた。


「痛でええええ!!」

「ムシャムシャムシャッゴクンッッ」


 なんだ! なんなんだ! 一体!!

 この女! 喰いやがった!!


……僕のヒゲを!!!

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