第三章「未来は変わる(後編)」
空を飛ぶ流線型の機械生命体から、爆発が各所で発生する。船首が大爆発し、そこから銀色の人型が飛び出す。そして、機械とも建物とも区別がつかない瓦礫だらけの場所に着地する。
「おっかしいなー。体は若いのに昔より疲れたぜ」
愚痴をこぼしながら、不動彰真の姿になり、片膝を突く。後ろに大きな機械生命体の残骸が落下する。様子を探りに、駆け寄ってくる治安維持部隊だが、安全と判断し話しかけてくる。
「いやー、さすが聖武会ですね」
「ぁ? いやいや、違うよ。むしろ何だよその聖武会って?」
「えっ、こんなに強いのに、違うんですか。政府に所属している最高戦力ですよ」
不動は手を振って否定する。
「俺より強い奴は、いくらでもいるだろうよ。お前らの力が無かったら、あんなの落とせないから」
「そんなことないっすよー。試しに尋芦大佐と戦ったら、勝てるんじゃないんですか?」
俯き低く唸る不動。
食いついて尋ねてくる隊員を上官が一度殴り、その手を払った後で不動に差し出す。
「部下が失礼を、月並みな言葉で申し訳ありませんが、協力を感謝します」
「いや、困らせている奴の味方になりたくないだけだ」
握手した後、治安維持部隊達は不動から立ち去る。
ため息と共にあぐらをかいて、瓦礫を眺める。
「死体すら無くなっちまったな」
目を瞑り苦悶の表情で、瞑想する様にも見える。そこに、天夢がゆっくりと歩いてくる。
気配に気付いた不動は立ち上がり、天夢の方を見る。
「声かけろよ。ビビるじゃねぇか」
「ごめん」
「まぁいいや。帰らないとな」
「不動? 家が汚れるから、少しはたいてよ」
不動はだるそうに服をはたく。
「これでいいだろ? 長居はしねぇし、別れ、言ったら消えるよ」
「後ろ向いてよ。酷いから」
強引に肩を触った天夢は、不動に背中を向かせ、手から刀を出して横一閃に切る。それを間一髪で回避され、離れた位置に立っている。
「ッ、危ねぇな」
「見切られたか」
「簡単だ。天夢は俺に一度も謝った事が無い」
天夢は刀を消し、一気に不動との間合いを詰め、瞬時に刀による突きを放つ。それを不動は回避し、肩を掴む。
「何をする?」
「ったく、世話がかかるなぁ。こんな、じゃじゃ馬に入る奴の気がしれねぇ」
不動が天夢の肩を掴んだまま、お互い動かなくなる。
暗闇しか見えない。
(たしか、障壁局で倒れてしまった……ここはどこだ)
晴れてくると、明るくはなったが、夜のままだ。木々に囲まれた森の真ん中に、小さい子を連れた家族が警戒しているのが分かる。
(この光景…………見覚えがある)
家族の前に、茂みから障壁局で見た機械生命体が現れる。悪夢の再現、最悪だ。二度と思い出したくない。私が五歳の時、機械生命体から逃げる為に、村から脱出した時の光景。
「させるかぁぁぁッ」
繰り返したくない。あの時、私に力は無かった。でも、今度こそ止めて見せる。想気の出力を最大にして奴に切り込む。だが、簡単に受け止められてしまう。
「改めまして。私の名前は、帝国機械将校惑乱の奏磁と申します」
「名前に興味は無い。倒してみせる」
更に力を振り絞ったが、幻覚だったのか手応えが無い。
「君は弱い。悲しいくらいに弱い」
後ろに現れた気配に攻撃したが、同様だった。
「尋芦隆宏にもあの少年にも劣る」
過去ならば、あの機械生命体の末路を知っている。
「お前だって弱いじゃないか。帝国機械将校とか名乗るくせに、人間に負けた」
「ああ、そうだね」
離れたところに立っている奏磁。奴が掌を見せると、針が生まれる。その攻撃が母に向けられたので、それを私が庇い、喰らってしまう。
鼻で笑ったような声を出すと、ゆっくり歩いてくる。どんな攻撃だろうと、絶対に倒す。そう意気込んで剣を構える。
「ほら、弱い」
何が起きたかわからないが、私は父、母、幼き自分から離れていく。尻餅を突くと、奏磁が母に手をかけ、消してしまう。
「母さん……なんてことをするんだ」
急いで突進するが、消えてしまう。
「まぁ、腕力は弱いと言っても、及第点かもね」
上から目線により憎悪が湧く。また消えたようだが、すぐに姿を現すだろうと感覚を研ぎ澄ます。
「まぁ、君の場合、致命的に弱いのは心だよ」
「姿を現せ。臆病者」
「嫌だな。私の事は知っているだろ?」
奏磁の声だけ聞いても、本当に不愉快だ。とは言っても、耳を塞げば、奴に隙を与えてしまう。
「後ろだよ」
斬りかかろうとしたが、その手が止まる。私の前には、もうすぐ絶交する友人が、今にも泣きそうな顔をしている。
「あーたん」
私の腹部に痛みが走る。幻覚だと分かっていたのに手が出せなかった。
「君は、人間関係が下手だから、とても依存している」
「だから、どうした」
きららに化けた奏磁の姿は既に無い。
「巣殲滅前、きららは、私の同胞と一体化しようとしていたね」
「あれは、お前の仕業か」
「半分正解かな。私は尋芦に、謹慎しても機械生命体関係となれば、必ずやってきて犠牲を減らす。心を折らないと危険だよと、助言をしただけです」
私の前に狼が現れる。間違いなければ、尋芦のものだ。
「彼の狼はある程度の大きさの物を内包し、意識を集中すれば、遠隔操作ができるそうだ」
その言葉でやっと思い出した。あれは、巣に行く前。そう、きららの機嫌を取る為に、チョコレートを買いに行く際に見たものだ。
「今となっては、どうでもいい。友人を亡くしそうになった時の君は、酷く狼狽し絶望していた」
「だったら何故、家まで来て、私に声をかけたりした」
「絶望の底。更に底へ叩き込むには、君の宿願が叶う直前でぶち壊せばいい。あの段階で終わるなら、それでいいと思いましてね」
「ふざけるな。人の心を弄びやがって」
狼が消えると、傍にいる昔の自分と同じ年の少女が現れる。
「柚嘉……ちゃん」
「私には取るに足らない存在だが、君には死んで欲しくなかったみたいだね」
「当たり前だ。友人が殺されて良かったと思う人間はいない」
「君の言うとおり、人間にも機械にも親和欲求がある。この弱点は一般的かな」
これは偽者。今すぐ斬りかかると消失し、昔の自分の後ろに現れる。
「君の致命的な弱点。それは未来視だ」
しゃべってばかりの奏磁に憎悪を振り下ろす。
「本当にこの娘は、助けられなかったのかな」
頭上で止まった一撃。不敵に笑う、柚嘉に化けた奏磁。
「この娘だけじゃない」
母の姿に変わる。
「君の生きる原動力は、未来視を覆す自己満足の達成なのか、大切な人間を縛り続ける事なのか、実にわからない」
絶対に斬ってやる。あれは母じゃない。
一閃を喰らわせたが、消失してしまう。
「記憶を探らなくても、君は人を遠ざけていたのが分かる。その割には、他人を助けようと、昔から努力していたみたいだね」
再びきららの姿で現れ、離れたところに立っている。
「助かったのは、この娘だけか」
「何が言いたい。簡単に言え」
本当にやかましい奴だ。
「君は孤独だ。未来視を覆せない事を、同胞で八つ当たりしているにすぎない。そう、命を賭して守ったこの娘も、君の前から消えようとしている」
消えた。そう思ったら、父の心臓が奏磁の腕に貫かれ、双方とも消えてしまう。
「仮に、僕や同胞ではなく、事故だったとしても、結果は変わらず、君は未来視を覆そうと奔走し、徒労に終わる」
気配が読めない。動きが重くなる。どうすれば、このやりとりを終わらせる事ができるのか分からない。
治安維持部隊の制服を着た男が、私の前に現れる。
「悔しかったら、僕を死と言う運命から守ってくれ。殺されそうなんだ」
大津直哉もとい奏磁が、人間の姿つまり大津が私の前に現れる。
(白々しい。両親の仇、今まで起きた事件の元凶を、命懸けで守っていたなんて、全て私のせいなのか)
「たしか、僕の死ぬ予定の場所は、こんな感じだったかな」
指を鳴らしただけで、木々に囲まれた崖から、建物やら機械生命体の残骸だらけの街だった場所に変わる。
首を傾げる昔の自分。まだ消えていなかったのかと思いつつ、周囲を警戒する。
「やぁ、もうすぐ敵が来る。油断しないで」
手を振って私の前に大津が近づく。私の間合いに入った以上、顔面に拳を放つ。
呻きながら消える。改めて見渡し、よく考えてみると、佐々山伍長が死んだ時、焼け焦げていたが、大理石の様な床で死んでいる。ここの方が、大津の死に場所に近い。
(剣や銃はあれど、手榴弾の類は持っていない)
「いきなり殴るなんて酷いな」
また、懲りずに現れたので、膝蹴りを腹に浴びせる。何度も現れるので、回し蹴り、裏拳、斬撃、銃撃等の攻撃を嫌と言う程、喰らわせてやった。
「ん~。これじゃぁ、死んじゃうね」
言動から、余裕なのが分かる。一気に踏み込み、剣で奴の心臓を貫く。
「ァァアアアアアアアアアアッ」
情けない断末魔を上げている大津。どう対応すれば怒るかくらい、分かっている筈なのに、私の攻撃力を上げて自滅した。
「……ッ……」
確信した勝利は覆された。またも、未来視が私を嘲笑う。不動彰真が奏磁の代わりに想気剣の餌食になっているからだ。
「捕まえたぜ………………」
どうして笑っていられる。罵倒一つしないとは、本当に死を悟っているではないか。罪悪感で頭がいっぱいになる。
「……なさい…………ごめん……なさい……」
「なんだよ………俺に一回も……謝ったこと…………ないくせに……」
力無くうつ伏せに倒れてしまう。思い返せば、今の今まで、不動に謝った事はないかもしれない。
「また、未来視通り、もう数え切れない。大人になってもダメなんだ。幻滅」
不意に昔の自分が話しかけてくる。その通りに感じてしまい頷いてしまう。
「子供だったから、お父さんやお母さんを助けられなかったけど、今も助けられないの?」
「ああ…………」
しゃがみ込みこんだ昔の自分。その目線の先には倒れている不動がいる。
「確か、お友達のきららは、機械生命体にならなかったんだよね?」
私が頷くと、上目遣いで見てくる。
「それって、みんなが持っていない力のおかげでしょ。持っちゃおうよ」
「それはダメだ」
腕を大きく横に振って否定すると、目を擦り私を見る。
「どうして? 未来を変えられないと、大切な人は助けられないよ」
「その力が、大切な人をも殺すからだ」
「でも、尋芦は戦力として欲した。挙句、不動彰真は使いこなして、私達には倒せない敵を倒していった」
否定できず、私は黙り込んでしまう。
「強くなれば、大切な物を失わずに済む」
突然、奏磁を想起させそうな蛸が、宙に浮いて現れる。
「この機械生命体を取り込んで、激しい、激しい憎悪でねじ伏せれば、未来を変えられる自分になれる」
機械生命体を取り込む。これをやれば、私は未来視通り、機生体となってしまう。そして、不動を殺してしまう。いや、殺してしまったのだから、こんな間違いを繰り返したくない。
「未来を変えたいんでしょ」
踏み切れないせいで、自分が自分に叱咤される。
「わがままにならなくちゃ、人間はみんなわがままだから、力のある誰かのわがままが、みんなの未来になっちゃう。奏磁や尋芦のわがままが、どれだけ迷惑だったか、分かるでしょ」
確かに、彼らの願望は、力ある故に実現しかけた。それを止めるのに、機械の力が使われていると考えれば、一理ある。生涯の敵と向き合い、強くなれるのなら、それも手段の内だ。
「そう………かも…………しれない」
失敗すれば、未来を変えられない、その程度の存在。生きていても辛くなるだけだ。
「じゃあ、行くよ」
蛸が私の頭に被りつき視界を遮る。足を螺旋状にきつく締め付け、腕を交差させられた上で腹と共に縛る。胸は強引に左右に開くように引っ張られる。
「ぅぅあぁ」
締め付ける力の強さも苦しいが、ぬるぬると不快な感触が、体を這っていくので辛い。
「我らが力を望む者。何を望む?」
心いや魂に語りかけてくる機械生命体。
「お前達を倒せる力だ」
問いかけに答えただけで勝手に想気凱装が発動してしまう。しかも、出力が強すぎるから、また意識を失う恐れがある。つまりは敗北を意味し、機械生命体になってしまう。
「今、死を感じただろ。違う。体は失うが、魂は我らと共にある」
「体を失えば、死に決まっている。私のしたいことができないなら、魂だけあっても何の意味も無い」
足を開かせようと更に絡み付いてくる。
(何の真似を?)
「体があっても、君は現状の自分に満足していない」
魂の中を覗き込んでいるくせに、遠まわしな会話に、苛立ちが募る。
「当然だ。私はお前達を従わせ、機械を倒し、未来を変えてみせる」
「仮に我らを従わせても、それが本当に欲しいものなのか? その先に何がある」
先、その先に待っているのは、幸せな未来。大切な者を失わずに、共に歩んでいく。
「不動彰真は死に、美橋きららは、お前から離れていく。治安維持部隊と言う組織では、大津直哉としか、親交が無いから、そこでも孤立する」
確かに、私は再び孤独になってしまう。両親を亡くし、以来、不幸な未来が来た時、助けられないと思い、人を遠ざけた。気が付けば、友達の作り方を知らない。だから、いなくなろうとしている。
そう思うと、凱装を使っているのに、今にも倒れそうだ。
「我らは、天夢を一人にしないよ。喜びも、辛い事も、全て我らと分かち合う。それが、機械生命体の本来のあり方」
蛸の拘束を受けても、頬を伝う涙を感じる事ができる。
「今はお互い、敵対しているけど、仲直りをすれば、友達だよね」
手を差し伸べる大津が見える。おかしい。全ての元凶なのに、憎めない。
「辛かっただろう。僕達が天夢の孤独を埋めるよ」
大津の後ろには、多数の人間が見える。彼らも手を差し伸べている。こんなに魅力的に見えてしまうのは、やはり、私が孤独だからだろうか。
「自分に嘘をつかないで、意地なんか張らないで、結局、苦しむのは自分だから」
その言葉が一押しとなり、大津の手を取ろうと思った。
「ダチが、んな簡単にできる訳ねぇだろぉが」
怒号とともに、全身を焼き払いそうな熱が襲ってくる。最悪なのは、締め付ける触手も同様で、何十何百の断末魔が私の中で響く。身体が開放されると、疲労で片膝を突いてしまう。
そこに、黒焦げになった機械生命体が見える。
「ダメだよ。あの娘が強くなるには、必要な事な事なのだから」
庇うように昔の自分が立っている。その先には、私が剣で刺した不動彰真が見える。
「黙れ。俺も天夢に用があるんだ。どいてもらうぜ」
駆け出した不動。蹴りが昔の自分に命中して吹き飛ばす。その威力は、離れている私を横切ってしまう程だ。
振り返ると、存在が消えていた。迫る殺気に気付くと、私の眼前に拳が見えた。
(終わりだ……)
コツン。予想していた衝撃を下回る。指でおでこを小突かれたみたいだ。
「ハッハッハッハッハ。ビビったろ。引っかかってやんの」
大笑いしている不動。死んだ筈なのに、私の前でこうして立っている。安心してしまい、怒るどころか、泣いてしまう。
「まーた。俺の前で泣いてやがる。もう何年前か忘れたが、見せたいものがある」
周りにあった瓦礫に火がつく。それが一気に燃え広がり、私達まで焼いてしまう。
「何を」
「安心しろ。舞台を変えるんだよ」
視界を覆っていた炎が消えると、木々が見える。再び、私の両親が奏磁に殺されてしまった忌まわしき場所に変わった。
私の前で奏磁が、命の恩人である男に倒される。
「宏誠、お前の父は俺の兄弟子だった。分野は違えど、共に同じ師匠に師事してたからな」
後ろから不動がやって来て、私の隣に立つ。二人を見比べた時、私は驚いた。背丈は向こうの方が高いが、特徴は一緒だった。(若干、隣の人物より、向こうの方が精悍な気はするが)
「俺は、宏誠から手紙で危機を知って、助けに行ったんだが、道に迷ってしまった。それで、こんな結果になってしまった。今更だが、本当にすまない」
答えられない。道に迷った事を許さないと言う訳じゃない。十二年前も現在も、私は不動彰真に助けられていた事になる。そう思うと、謝ったらいいのか、感謝すればいいのか、どうすればいいのか、分からない。
実を言うと、隣に立つ不動彰真を心のどこかで疑っていた。でも、本物だった。
彼に関する資料は名前と武功だけ、家族に関する資料さえ残されていない。大日本帝国の時代では、機械生命体が人間に負ける事はありえない為、その情報は隠されていた。反乱が始まった頃も、写真嫌いだった為、残されていないと記されている。ちなみに教科書等の資料には似顔絵がある。当初は名前だけだったが、本人に失礼と非難され、一番弟子が描いた似顔絵を掲載している。
「もう一度、昔のお前に伝えた事を伝えようと思う。恐らく、今の自分にも通じるかもしれない」
そう言うと、十二年前の不動彰真と奏磁が消えて、代わりに横に並んだ二つの墓が現れる。
大きさも幅も不揃いな木の板に、それぞれ碑銘が焼印されている。
「…………」
「辛い思い出なのは、分かる。だけど、俺も二人とは交流がある。だから、俺も辛い」
頷く事しかできなかった。
「知っての通り、宏誠は医者だ。術式で人の命を助けようと研究をしていた。向こうが帳面と睨めっこしてるのを邪魔して、鍛錬で負った怪我を診てもらってたな」
不謹慎にも不動と同じ門下なのに、何故こんなに力量が違うのか、その疑問が晴れた。
「もちろん、箕沙とだって交流がある。お前と違って、笑顔を欠かさないんだけどさ。腹減ってて、全部つまみ食いしたら、何事も無かったように一日飯抜きだったわー」
昔、お手伝いをサボったら、同じ様におやつ抜きにされたのを思い出した。
「ありがとう。父さんと母さんの話をしてくれて」
小さい話だが、知らない事を知れたのに、目頭が熱くなる。
「それは、良かった。だけど、お前は両親が残した物を憎み疎んじてる。そう思った」
両親が残したもの。それを恨んでいる。何のことなのか、全く思い浮かばない。
「未来視だ。あれは象華体としか、考えられない。宏誠が彫ったんだろ」
不動の言うとおり、手の甲にある術式を彫る前から、未来を視ていた。だけど、認めようとは思わなかった。体中のどこを見ても術式は彫られていないし、想気凱装も使えない。
なにより、良い未来ならともかく、悪い未来しか視えない。それに数え切れないほど抗ったが、何も変えられず、何度も絶望した。この能力は呪いとしか言いようが無い。だけど、父さんを呪う事はできない。だから、切り離して考えてしまう。
「後、もう一つある。それは、宏誠と箕沙が命を張って守ったお前自身だ」
そんな事は無い。私は死ぬつもりなんて無いのだから。
「よく言うぜ。巣では、意識を失う程の想気の槍を投げたし、さっきだって、機械生命体を屈服させようとして失敗し、俺に助けられた」
何も言ってないのにと疑問が生じる。けれど、言い返す言葉も無く、黙って頷くのみ。
「お前、笑った事あるか? 絶対無いだろ」
前も、そんな事を言った人がいる気がする。余計なお世話だ。
「ある。巣で槍を投げた時…………笑ってたじゃないか」
不動が一歩退き、私から目を逸らす。
「引くわー。お笑い番組って奴を見て、その笑いだったら引くわー」
「関係ない話をするな」
命と笑いに何の関係があるか、とても疑問だ。
「関係あるぞ。確かに憎悪は強い。敵を憎めば、剣を振るいやすい。だが、憎めば憎むほど敵を倒すと言う事しか、頭に入らなくなる。だから、お前は命を粗末にする」
「不動は、どう思って戦う」
私にそんな事を言う以上、是非聞かせてもらいたい。不動彰真の戦う理由。
「人間、どんなに戦っていても一生戦う訳じゃねぇ。そいつの人生がある。そいつが死んだ事を身内に言えば、そいつの身内も落胆する。兵士一人死んだら何人不幸になる。そうなるんだったら、生きてもらって、飯食いに行けるようにしたいね」
仲間の命を守る。確かに度々、口にしている。
「敵の事はどう思っている?」
「敵か……相手、状況によるな。だが、敵でも明日になったら、共に飯を食っている。そうなるといいなと思っている」
「不動。頭の中は、いつもご飯の事しか、考えてないの?」
「う、うるせッ。お、俺の事はどうでもいい。お前に言いたい事は」
咳払いして、私の事を見る。
「希望を持て、希望を」
『希望』私の最も嫌いな単語。
未来視が抗えないと知らなかった頃は、それを変えていつも通りの日常、もっと幸せになれるんだ。そう信じてがんばってきた。失敗した時はまた頑張ろうとか、しょうがない等で寛容でいられた。
次第に、どうしていいか分からなくなってしまう。幼少の頃、未来視を他人にも話していた事がある。最初は、当たると言われて物珍しがっていたが、変えられないせいで、私が犯人ではないかと疑う者まで現れた。そのおかげで薄気味悪がられた。
「他人に未来の話をしない方がいい。最後に残るのは絶望だけだから」
そこにはいられなくなり、引っ越す前日。父さんからそう言われた。以降、村からの脱出と大津が死ぬ事を除いては、未来視に関する事は、一切口をつぐむ事にしている。
告げたところで、努力しても結果が同じなら、知っているのは私だけでいい。知ってしまい避けられると努力して、いつもの日常を希望しても、回避できなかった時の絶望はより大きくなるだけだから。そこに希望は無い。
希望とは、未来を知らないから使える言葉。未来を知らないから将来の夢が見られる。人は未来を知らないから、恐怖しても、良い未来を信じて抗える。
私が未来を変えたいのは、その未来が嫌だから、機械生命体に誰かが殺されて欲しくないから(ほとんどが私怨かもしれないが)変えたいだけだ。そこに希望は無い、意地だ。
「無理だ…………希望なんて持てない。未来なんて知らなければいいのに」
沈黙の末に私が出した答え。腕を組んで、目を瞑っていた不動は瞼を開く。
「どんな力でも、人を幸せにできる。お前の親父とお袋は希望があるから頑張れたんだ。やれる事をやったんだから後悔してない筈だ」
真摯な言葉。だけど、素直に受け入れられなかった。私の心を晴らそうとした言葉であるのは間違いないが、あくまで不動の憶測に過ぎないと思ってしまう。
「ったく、信用ねぇなー。後生大事に、俺のあげたもんをとっておいたくせに、全く伝えたい事を覚えてねぇ。泣くぞ、俺」
愚痴を零してため息をすると、改めて私を見据え、手を差し出す。
「思い出せよ。俺だって寂しくなる」
再び、全てが激しく燃え出し、私の視界には不動を確認できず、炎しか見えない。
同じ景色だが、二人の墓が大きく見える。
「そりゃ、辛いよな。だけど、子供は、笑っているのが仕事ってもんだ」
不動の声が上から聞こえる。私の髪をわしわしと撫でて、追い越していく。
大人の姿になった不動は、私に背を向けて何かを作っている。
「よし、できた」
私の方に振り向くと、掌には、先端が三叉に分かれた千代紙の紙飛行機が差し出される。
「試しに、飛ばしてくれないか?」
受け取った私は、紙飛行機を飛ばした。
飛ばし方が悪かったのか、紙飛行機はすぐに降下し始め、あまり遠くへ飛ばなかった。
落ちた紙飛行機を拾って、不動は私の方を見る。
「お前の言う未来ってのは、この紙飛行機の様に、投げ方や風とかで全てが決まってしまう様な、つまんない未来だ」
そう言った後、不動は再び紙飛行機を差し出す。
「もう一回飛ばしてみな。ただし、今度は全力でやれよ」
不動に言われるまま、私は高く遠くへを意識して飛ばした。
投げ方が悪かったのか、高度は高いが、あまり距離を稼げなかった。力なく落ちていく紙飛行機。このままでは地面に落下してしまう。
もうダメだと思った瞬間、紙飛行機が上昇する。それは、不動の掌から僅かな火が揺らめいていて、上昇気流を起こしたからだ。
「未来が決まっている。確かに、そうかもな。けどよ、未来を変えようと努力すれば、変わるかもしれねぇ。俺が紙飛行機を助けた。誰が予想できる? 未来が決まっているって言う奴は諦めてるだけの人間だ」
不動はそう言うと、歩き出して飛んでいる紙飛行機を掴まえた。
「今のは、俺が掴まえちまったが、これは未来が変わる事の証明だ。受け取れ」
紙飛行機は、私の手に乗せられる。その瞬間、不動が見慣れた姿に変わる。
「希望が無いなら、作ってやるよ。どっちが紙飛行機を飛ばせるか勝負だ」
笑って私に、勝手な挑戦状を叩きつけるが、不動の姿が点滅し不安定になる。
「お前が俺を殺す未来。変えてくれると信じているぜ」
不動は親指から中指まで立てながら、手を振ると、炎ではなく、暗闇が視界にあるもの全てを覆ってしまう。
暗闇が晴れると、私は自分の住んでいるマンションのリビングにいた。
「やっぱり疲れている。話は後でゆっくりしよう」
意識が朦朧としているが、ツインテールにその声、きららだと分かる。
「ごめん。何の話をしているんだっけ?」
覚えていない。話の前後が無く、いきなりここに来た様に感じる。
「日本を機械から守ったんでしょ。その後、不動君と帰ってきたんだけど、ふるさとに帰っちゃったんだよね不動君」
故郷。あの男は帰る場所が無いと言ってた。腹がすぐ減る癖に、身分が持てない癖に、どうやってこれからを生きる気だ。
「そうか……」
立ち上がり、私はきららを見る。
「まだ、話したい事があったんだ。行かないと」
テーブルが叩かれる音が響く。
「待って、もう追いつけないよ」
声を荒げたうえに、俯いているきらら。
「ごめん。きらら」
「いいよ。もういい。私の事はどうでもいいんだ。絶交するって言ったんだから、ちゃんとするよ」
「ちょっと待ってよ。私がどうして治安維持部隊にいたいか。その理由を話す。それで、納得できなかったら、好きにしてくれ」
覆水盆に帰らず。まだ、答えを出せていないのに、自分を追い込んでしまった。きらら曰く私がいつか破滅すると言って、心配するのに疲れたそうだ。
彼女が言う破滅の定義が、なんなのか分からない。でも、思い当たる節はある。
憎悪。これで私は何日も意識を失い、機械生命体を倒す為に機械生命体を受け入れようとしていた。
(これが破滅である事くらい、私にだって分かっているのだが……)
不動は憎悪を強いと言っていた。同時に自身の命を削ると言っていた。そして、私に希望を持てと言ってきた。
希望なんて見つからない。借り物かもしれないけど、私は不動に約束を守ってもらわないと許せない。その感情を言うしかない。
「答えは分からない。だけど、近づきつつあるかもしれない。約束しても死と言う理由で、一方的に破られる人を減らしたい」
「へぇ、そうなんだ………………」
きららの様子がおかしい。
「おかしいなぁ。私の知っている翔井天夢と違うなー。棘棘していて冷めた事ばかり言うのに、どこか脆い。機械生命体に両親を殺されているから、人一倍機械生命体を壊そうと、手段は問わない娘じゃなかったかな?」
白目を大きくし、引きつらせた頬。そして、吐き捨てるように連なる言葉。これが本人だとしたら、笑ってしまいそうだ。
「違うな。機械生命体なんてついでさ。今は、希望を探しに行こうと思っているんだ」
「じゃあ、一生天涯孤独でもいいんだね」
きららを正面に、にぼんやりとした黒い人型が、私を囲む。
「最後のチャンスだよ。私って友達たくさんいるからさー。あーたんに紹介してあげてもいいんだよ?」
「余計なお世話。それも希望を探すついでに見つけてみるから」
「よく言ったな。これで迎えにいけるぜ」
空間全体に響く不動の声。その後、周囲が燃え出し、私を囲む人型が咆哮をあげる。
「そう、じゃあ、絶交だよ」
きららがそう言うと、小さな体が宙に舞い、私に襲いかかってくる。
「良かった。友達じゃなくて」
反撃として私は、あの華奢な体を横に蹴り飛ばす。
「来い」
炎の中から不動は不敵な笑みを浮かべながら、手を差し伸べる。迷いなく私は、ローテーブルを飛び越え、その手を掴んだ。炎の中に入ったが、思っていたより熱くなかった。
意識を取り戻した時、不動の顔が見えた。
「おかえり、天夢。ずいぶん長い昼寝だったな」
笑っている。何が現実か何が幻か区別をつけられなくなった私は、肩を掴んでいる手を振り払い、距離を取った。
「さぁて、帰りますかと、言いたい所だが」
視線が私の後ろに向いている。振り返ると、奏磁が立っていた。
「ッ、まだいるのか」
存在している。障壁を復活させた後、倒れて見た夢では無いと言うことか。
「夢はさっきまでの出来事です。ここからは、君の大好きな戦いですよ」
「別に、戦いが好きだなんて、言った覚えは無いけど」
「じゃあ、今日はこれで解散にしましょう」
人を小ばかにした態度、存在している時点で許せないのだが、更に腹が立つ。
「できるわけねぇだろ。お互い見過ごせないんだからな」
そう言いながら、不動が私より前に立つと、奏磁は肩をすくめる。
「ぇえ、私を見逃せば大日本帝国に戻り、不動彰真が日本にやってきた事と翔井天夢の存在を報告し、適切な一手を議会で議論します。一方、貴方達は今の実力より更に強い存在となりうるでしょう」
冷静で比較的客観的な考察なんてどうでもいい。私はすぐに戦えるように、想気剣か銃を取り出そうとしたが、見当たらない。
「反吐の出る話だ。俺達のせいで数え切れない奴が、いやすぐ隣も苦しんでいるんだからな」
不動が一直線に奏磁へと殴りかかる。
「今度こそ鉄クズだ」
攻撃を受けた奏磁はよろめいたが、不動の追撃を回避して、私の少し後ろまで吹き飛ばす。
「ああ、武器は捨てました。いらないと思ったんでね」
気付くのが遅かった。当たり前の事なのに動揺しすぎた。その代償として奏磁の掌打をもらい、地に伏せる。
「勝てると思いましたか」
私を通り過ぎた瞬間、何かの力によって視界がぐるぐる回り、奏磁から離れてしまう。その上、体中がとても痛い。
「天夢。獲物は諦めろ。今は自分の体で戦え」
隣に不動もいる。どうやら私と同じ目に遭ったみたいだ。想気凱装を使ってなかったおかげで、痛みに苦しみながら、どうにか立ち上がり、術式を発動させる。
そこに視線を感じる。
「しょうがないだろ。希望を持てと言われても、憎悪がないと、戦う事すらできない」
「いや………なんでも………ない」
視線が胸にと思ったが、不動は身長が低いし、こんな時に別の事を考える余裕は無い。
奏磁がゆっくりと、私達の方に向かう。
「さて、準備運動はここまでとして、誰から行きますか? やはり両親の仇を討ちたい――」
また、長いご高説を聞くのは耳障りだ。走り出した私は攻撃の間合いギリギリで止まる。
「らしくないね。誘うのは」
予想通り、大振りの攻撃が向かってくる。帝国機械の将校だかなにか知らないが、しょせんは大津。白兵戦は私達の方に分がある。反撃に腹に蹴りをお見舞いしてやる。不動には劣るが効く筈だ。
「痛い。けど、女の子の蹴りだよ」
突然、体が勝手に動き出し、奏磁の前に運ばれる。構えを取ろうとしているのに、腕が動かせない。
「これが蹴りだよ」
強力な蹴り。吹き飛ばされたところを不動が受け止める。
「…………」
「ガキの頃。分からなかっただろうが、奴は物との距離を操るだろ。あれ、俺が炎を纏うと無視できるんだよ。ギリギリで使うから、追撃よろしく」
私を離すと、否応無しに走り出す。確かにそれができたから勝てたわけだ。けど、奏磁は何の考えも無しに私達に戦いを挑む奴だろうか。
「来いよ」
不動は私の真似なのか、間合いギリギリで止まっている。
「ええ」
奏磁は間合いを少し詰めて、掌を突き出す。それを狙うように不動が炎を纏う。
「タコ焼きにしてやるぜ」
余裕を見せる不動。私は回り込めるように動くと、次の手が放たれ、視界から炎が消えた。
「焼きダコの間違いですね」
本当に余裕があるのは奏磁のようだ。視線がこちらに向く。飛び込むのは危険と判断し、構えたまま動くのを諦め、神経を研ぎ澄ませる。
「仕方ないですね」
奏磁がこちらに向かい、掌を突き出す。私は退くと、その隙に潜り込み腹部を突く。
「一発はもらいますよ。でも、死ぬのは確実に貴女です」
腕をつかまれ、奏磁の正面に運ばれる。離すと同時に、私は奏磁の掌打を受け、また吹き飛ばされる。
「次は二人がかりだ」
「しょうがないか」
別に、仇は私が取りたいの様な感情で言った訳ではない。対策を立てずに突っ込むのは無謀なのではと思う。
攻撃が届く瞬間、勝手に私の体が奏磁に近づく。このままでは、炎を纏った不動の攻撃が命中してしまう。
「どうします。不動彰真?」
皮肉たっぷりの言葉。不動から舌打ちが漏れる。近づいていた体に元凶の蹴りが入り、私は足を引っ張ってしまった。
奴から距離を取りすぎてしまった。ここから銃でも撃てれば、不動の援護くらいにはなるかもしれない。そう思いつつ辺りを見回すと、投擲に向いている鉄骨の一部が見つかる。
「やってやる」
性懲りも無く、不動が炎を纏って攻撃しようとしている。陽動くらいにはなるだろうと、頭部目がけてブロックを全力で投げる。
吹き飛ばされた不動が視界に入り、ブロックの命中を確認できない。とりあえず、倒れた不動の許へ向かう。
「分かった事がある。あいつ、奏磁の「じ」は磁石の事だ」
「本当か?」
「俺は吹き飛ばされたが、お前の投げた物体は奴に引っ付いた。それに、帝国機械将校の名前は、自分の能力を意味する」
そう言うと、不動は奏磁に呼びかける。
「炎使いの将校って、確か炎魔だよな」
「ええ、煉獄の炎魔ですね」
「な、俺の言うとおりだ」
敵に情報確認する不動も不動だが、答える奏磁も奏磁だ。緊張感が無いにも程がある。
「決着をつける。絶対だ」
何度も吹き飛ばされているのに不動は諦めようとしない。それでも彼は正面に向かう。
「バカ、何回もやられてるのに」
そうとしか言いようが無い。磁力は熱に弱い筈だが、奏磁の磁力は、不動の炎を以ってしても無効化できていない。
不動が奏磁に近づくと炎を纏い、更には機械生命体化している。その姿は、全力の証。あえて、引っ張られて攻撃しようと言うのか。
流れるような動きで、拳を二発、下段回し蹴りで浮かせ、膝蹴りを顔に浴びせて、更に高度を上げる。
「二度と現れるな」
不動の怒声と共に、炎を大きく纏った上段回し蹴りが奏磁の頭に決まり、紙切れの様に吹き飛ばす。
機械生命体から人間の姿に戻り、両膝を触って前かがみになる。
(終わったか?)
「これで……チェックメイトに近づきました……」
不動の攻撃を受けた奏磁は、体を再生させながら歩いていく。
「ふざけんなぁッ」
納得いかない不動の咆哮。しかし、それだけだ。奏磁は近づき殴り飛ばす。
(どうする。あの姿になった不動の攻撃を耐え切る奴に、私の攻撃は通用するのか?)
地面に手を向ける奏磁。そこから棘が発射され、地面に刺さる。
「見逃しませんよ」
加速して迫る奏磁。絶望で動けない私は奴の一撃に沈む。
「今までは、オードブルと言うところでしょうか」
倒れた私達を尻目に曇り空に手をかざす。そこから無数の棘が私達に襲いかかる。
苦痛を訴えているうちに奏磁の姿はなくなる。殺したつもりになって見逃したか、意図が読めない。
「天夢。悔しいが、奴は更に力を増すぞ」
「どうして?」
不動は巨大な戦艦型の機械生命体の残骸を指す。
「あんな壊れた戦艦に何ができる?」
「できる。あれくらい大きいと、波動を受けていなくても魂は残る。じょじょに減っていくけどな。それでも奴は、確実に回収できる機会を伺ってたんだ」
遠くで奏磁が浮いている事を確認する。よく見ると手を瓦礫の方に向けており、そこに棘が雨みたいに降り注ぐ。
その直後、数え切れない程の瓦礫が浮いて、奏磁を捉えにくくする。
「さようなら」
別れの挨拶と同時にたくさんの瓦礫が私達に迫ってくる。
「しゃがめ」
促されるまましゃがむと、不動が私を庇う。
吹雪のように襲ってくる瓦礫。しゃがんでいる私の上方、左右から引き寄せられるように命中する。
攻撃が止んだので立ち上がると、私より攻撃を受けた不動は、軽く笑っている。それを読んでいたのか、戦艦が浮き上がっている。あんなのに直撃したら、今度こそ終わる。
「俺から離れるなよ」
飛んでくる戦艦。不動は深呼吸をした後、炎に包まれながら構えを取る。
「手伝う。悔しいけど、奴を倒せるのは不動しかいない」
「無理だな」
拳が戦艦に命中すると、衝撃が伝播して装甲や内部を破壊し、私達から遠く離れた場所で止まり、残骸となっている。
不動のおかげで、私は無事でいられたが、本人の負担が大き過ぎて、私の前で片膝を着く。
「俺じゃダメだ。盾にはなれるが、奴の力を打ち消せない」
「お前に劣る私で…………」
「おや、まだ生きていましたか」
悠々と現れる奏磁が不動を横に蹴り飛ばす。今まで見た機械生命体が可愛く見える程、将校と言うのは強いのか、そう思うと絶望的だ。
「貴女には苦しんでもらいますよ」
そう言うと、敵に背を見せながら私から離れていく。
「……天夢。受け取れ」
私の下方に、何かが落ちたのが分かる。想気剣と銃だった。そのせいで不動は、地面に顔を着けてしまう。
「死亡確認はこちらでしますので、安心して苦しみ、死ぬといいでしょう」
実力差は絶望的だが、不動が託してくれたのに、それに応えられない私は、どれほど情けないかと思うと『憎悪』が湧く。当然、私の人生を弄んだ機械生命体の憎悪も含む。
奏磁は動こうとしない。だからと言って、私が突っ込むのは無謀だ。中距離から近距離戦は奴の得意分野。
手から棘が飛び出すが、それを銃で撃ち落す。絶対に当たってはならない。気付いたら、体に刺さっていた棘は消滅していたが、それが磁石と同じ役割をしていたのだろう。瓦礫が不自然に動き、私に命中したのが、いい証拠だ。
棘を諦めたのか、今度は両手を広げると、瓦礫を周囲から引っ張り出す。それをゆっくり前方まで運ぶと、一気に放たれる。それを剣で斬ろうとしたが囮で、本命は足元らしく棘が撃たれる。
右回りに避けると、奏磁が目線をこちらにやる。周囲の瓦礫が私に目がけて飛んでいく。それを無視して駆け抜け、奴を一閃しようと斬るが、回避されてしまい棘をもらってしまう。
「惜しいね」
呻いて、動きが止まったのが悪夢。瓦礫が左右から飛んできて次々と私に命中する。どうにか立っていられるが、二の矢の瓦礫が降り注ごうとしている。
(斬ってやる)
剣を構え、向かってくる攻撃に意識を集中させる。突然、体が奏磁の方に引っ張られる。
「終わらせる」
間合いに入ったが、手応えは無い。反撃の一撃によって、打ち上げられてしまう。
(まずい)
想像できる攻撃なのに回避はできない。瓦礫が私に次々とぶつかり、落下していく。
「まだ続くから、頑張って」
嫌みと共に私は殴り飛ばされる。想気凱想を使って耐えてはいるが、攻撃をまともに喰らわせられない以上、勝てる気がしない。
また、棘。回避するが、どうすればいいのか分からなくなる。後ろから重い音が聞こえる。背後から何かが迫るのに気付き、咄嗟に伏せた。
体勢を立て直すと、正面から瓦礫が飛んでくる。ならば、私はそれを踏み台にして、一気に跳躍して銃を構える。瓦礫は遅い、奴の選択肢は棘だ。
予想通りの攻撃を撃ち落しながら、私は落下していく。けれど、変化が生ずる。棘が私に飛ばず、空中で停滞する。それも一本ではなく、六本程ででたらめな配置をしている。
気にせず着地して走ると、奏磁は瓦礫を棘のある空中に投げる。
「ふざけているのか!! そのまま死ね」
剣を振り上げると、瓦礫が背中にぶつかる。
「私は、いつだって真面目だよ」
迂闊にも棘を喰らう。
(しまった)
後悔と共に空中にあった棘が降り注ぐ。動く暇も無く、瓦礫が次々と私に命中する。体勢を立て直せず引っ張られると、奏磁の拳が入る。
「飽きるまでやろうかな」
吹き飛ばされたら、瓦礫。引っ張られれば、鉄拳制裁。こんなのが交互に3回、計6回受けた。
「飽きたよ」
(私はお前の玩具に成り下がった覚えはない)
吹き飛ばされて無様に倒れている。このままでは、奴に一撃も与えられず、死んでしまうのではないかと思う。
「想気凱装をどんなに強くしても、この攻撃は君を死に至らしめてくれる」
奏磁が両腕を天に向かって伸ばし、棘を放つ。私に何発か刺さり、本当の攻撃を回避できなくなってしまう。
無数の棘が浮いたまま、綺麗に並べられた状態で左右に分かれ、奏磁が通れる道を作る。
「知っての通り。この棘は磁石。これをたくさん左右に並べる事で、反発と引き寄せる力を最大限まで発揮し、磁石でもある私自身がここを通る事で、貴女の人生を終わらせます」
そう言うと、走るのが似合わない奏磁が駆け出し、飛び蹴りをしながら、磁石の道を通る。
言うだけの事はある。どんどん加速し、私に迫ってくる。体が自由だったら、すぐに逃げればいい。だが、奴の棘が刺さってしまい、起き上がれない私では、どうする事もできず、絶対に命中する。
(悔しい。こんなにも無力だとは)
力の差に憎悪が湧かない。私は奴の蹴りに命中して死ぬと悟り、目を瞑ってしまう。
来るべき衝撃が来ない。何が起きたのかを確かめようと目を開ける。浮いている棘は無くなり、奏磁の姿を確認できない。
「無茶……します……ね。それほど、この女が大事なんですか?」
奏磁が話しかけている先に、私も視線を向ける。
「…………どうして…………」
不動彰真が倒れている。さっきまでは私の後ろにいた筈なのに、奴の蹴りの盾になったと言うのか。
「私はお前の期待に応えられない。なのに、どうしてこんな事をした」
出る言葉は感謝ではなく、怒号。こんな行動ができる体力があるなら、私が倒された後に戦えばいいのにと思う。
「賭けた………俺に憎悪を向けるなよ…………勝ちたければ…………望む明日を………描け」
「どうして、敵を倒す事でなく、私に明日を考えさせる」
「親が…………子供に絶望を持てとは……………言うもんか」
そう言うと不動の意識が途切れる。この絶望的な状況で絶望しないとは、どれだけ肝が据わっている奴なのだろうか。意識が途切れた今も、私が奏磁に勝つと思っているのか。
不動は、父さんも母さんも、未来視上で私が生きているから、希望を持って頑張れたと言っている。本当にそうなのだろうか。
辺りの瓦礫。ここでは独立十年祭が開催するのに、機械生命体がブチ壊しにしたよな。大抵は賞金目当てで絵を描いていた気がする。機生体になった被害者がそうだ。使い道を知っているのは、トンボみたいな姿になった男の結婚とかだった気がする。
そう言えば、きららもこの祭で絵を出している。見た人が元気になる様なとか言って描いていたみたいだが、当日まで見ないでと言われて、最後まで見る事はできなかった。
(みんなは希望を持っているかもしれない。私には無いけど、こうやって壊されるのは、おもしろいとは思わないし、むしろ許せない)
「いい具合に憎悪が強いね。今度は不動の仇うちかい」
『憎悪』これを元に今まで戦い続けた。でも、機械生命体を相手にするのには限界がきてしまっている。
『希望』嫌いだけど、英雄にまでなった不動が、あれだけ押すなら、考えてやらない事もない。どう持てと言うのか分からないが。
確か、漢字にすると希を望めと書く。
「待ちくたびれたな」
棘を回避し、再び敵を見据える。
(奴を倒す事を望むが、それだけじゃダメみたいだ。とりあえず、帰ったら風呂に入りたい)
「想気が弱くなったけど、諦めたのかな?」
攻撃を受けても、気にしない。こんな事、常識的にあり得ないのは重々承知だ。
(後、仲直りして、きららの絵でも見てやるか)
考えている事は気楽過ぎるが、状況は切迫し、想気凱装は消えてしまう。
「もっと苦しめたかったのに残念だ」
どうにか耐えたていたが、奏磁の一撃を喰らえば、確実に死ぬ。
(不動は気絶してるだけ、終わらせたら、紙飛行機でも何でも、絶対、勝負に勝ってやる)
「さよなら」
迫る攻撃に無我夢中で蹴りを入れる。
「しつこい」
私の眼前には、無様に倒れている奏磁の姿がある。
「そ、想気が……違うだと」
「うるさい!! 私の人生滅茶苦茶にする暇があるなら、とっとと消えてくれない」
嘘だと思った。それも二つの意味でだ。奴の指摘通り、黒い想気凱装から金色に輝く想気凱装となっている事。二つ目は、同様の色をした鳥の羽が私の頭上や周囲を舞っている事だ。
(あれは何だ。あの羽が奴に攻撃でもしてくれるのか?)
奏磁は両腕を広げ、たくさんの瓦礫を呼び寄せると、私に一斉に襲いかかる。剣で防御したが、羽に変化は無かった。
象華体を使ったことが無い以上、どうすればいいか困惑する。とりあえず、未来視は勝手に発動するので、あの羽も同様だと思った。だけど、そうでもないらしい。不動や尋芦みたいに意識を羽に向ければいいのか。
〝奏磁が私を殴り、上空へ飛ばし、無数の瓦礫をぶつけてきたが、落下した私は銃を撃って、奏磁を飛び退かせる。〟
(あれ、なぐられた筈なのに痛くない? どうして)
「うらやましい。余裕とは」
そう考えている内に、奏磁に殴られ、力で上空へ飛ばされる。
(さっきのは未来視か)
飛んでくる瓦礫を金色の想気凱装で防ぐ。憎悪の時より痛みが少なく感じる。落下時、私は未来視通り、追い打ちに向かう奏磁に銃を撃つ。放たれた攻撃は、私が思っていたより大きく飛び退かせる事に成功する。
着地して気付いたが、羽は私の周囲を舞っているようだ。
〝奏磁は瓦礫を引き寄せて、触ることで槍を作り出す。再び飛び込んでくる奏磁。いきなり暗転すると、私の体に槍が突き刺さっている。〟
奴は槍を作り出し、そのまま浮かせる。未来視通り奴が向かってくる。
(どうする。飛び込んでも、回避しても、私は槍に刺さる運命……いや変えてやる)
飛び退くほどの想気銃なら、剣も今までより強い筈。私が駆け出し、間合いに近づくと私の目線に金色に輝く小鳥が横切ろうとする。
(気付いてない。何だコイツ)
小鳥を無視して奏磁に向けて剣を振り抜く。けれど、後少しの所だったのに、奴が止まったせいで外れてしまう。
「怖くて近づきたくないね」
棘が二発。私に放たれる。もらったおかげで腹に一撃、沈んだ体に肘鉄が加わる。
「僕から、最後のプレゼントを受け取ってくれ」
小鳥の鳴き声に気付いた私は、死ぬまいと言う思いと、小さな望みを思い出し、どうにか槍を両断する。あの、小鳥の鳴き声が無かったら、私は未来視通り、槍に刺さって死んでいた。
「やるねぇ。想気が変わると、人も変わるのかな?」
「変わったとしても、お前には反吐が出る」
「きびしいね」
(せめて、一撃でも多く与えられればよいのだが)
首を左右に振ってしまう。諦めたくない、望みを叶えた方が百倍マシだ。
その様子を鼻で笑った瞬間、私の視界に小鳥が現れる。その場所に奏磁はいないが、引き金を引く。
「グォッ」
小鳥が飛び立った代わりに、苦悶を訴える奏磁。もしかして、あの小鳥は奴の着地地点を予測したというのか。
(勝てる。今まで未来は変わらなかった。今や、奴の着地点さえ予測できる)
「余裕だね」
「うるさい」
「少し、口元が緩んでいる。これは、厄介だ」
目ざとい。緊張感を持とうと、自分の頬を叩く。
〝浮いたままの瓦礫。内一つが動き出す。場面が変わって棘が刺さり、残った瓦礫が命中する。〟
無数の瓦礫が浮いている。撃ち落そうと引き金を引こうとすると、小鳥が突いたせいで引けなかった。今度は小鳥が私に突っ込んでくる。それを撃つと小鳥ではなく棘だった。
浮いていた瓦礫がゆっくり落下する。
「まずいねぇ」
〝奏磁が飛び出すと、先に瓦礫が襲いかかってくる。その一つを破壊して突っ込み、剣を振り下ろすと受け止められてしまう。
掌が突き出されると、瓦礫が私の背後を襲い、その上で蹴りを受けてしまう。〟
予想通りに奏磁が飛び出し、瓦礫も飛んでくる。瓦礫を撃ち落そうかと思ったら、地面から小鳥が現れ、上空へ飛んでいく。
(なるほどね)
翼は無いが、飛んでくる瓦礫を踏み台にして奏磁の頭を狙おうと剣を構える。そこに、小鳥が襲いかかってくるので斬る。本当に斬ったのは奴の棘みたいだ。
頭部を狙おうと集中したら、大分離れた所に小鳥が羽ばたいている。そこに奴が来ると信じて、落下しながら銃に持ち替え発砲する。
攻撃を喰らいながら奏磁は、私から距離を取る。
「ふぅむ」
奴は腕組みして考え込む。手出しをしたいが、未来視が発動しない限り、無駄な体力を使う必要は無い。だから、想気凱装の出力を最低限まで下げる。
「これは厄介だ。君はこれを乗り越えられるかな?」
〝空を覆う磁石の棘。これが一斉に降り注ぐ。私は可能な限り大きくした想気剣で、薙ぎ払ったが、正面や背後から迫る棘が全身に刺さった所で暗転する。〟
棘の雨が現実に降り注ごうとしている。これを防ぐのは未来視通り、至難の業だ。おでこが小突かれる感覚。正面を見ると、奏磁の前に小鳥が止まっている。
(あれに向かえと)
躊躇しながら走り出すと、針が降り始める。後頭部を小突く感覚に何度も襲われる。失敗すれば、比較できないほどの痛みが襲いかかるのは承知している。
針が背中をなぞる。小鳥の群れが上から襲ってくるので、それを消そうと剣の出力を最大にして切り上げる。
小鳥のおかげで作れた安全地点に飛び込み難を逃れる。思わず安心してしまうと、小鳥達のさえずりがうるさい。
(第二波か)
私は振り向きざまに、小鳥の大群いや主人に帰ろうとする棘を先程の要領で斬る。けれど、終わらない。殺気に気付いた私は、主人を一閃する。
再び情けなく倒れている奏磁。このままトドメを刺そうと剣を向ける。
「チェックメイトでしたっけ? こう言うのは疎いんで」
「いや………まだだね」
振り下ろしていたが、不自然な動きで後退し、私を見下ろしている。
「馬鹿となんとかは、高いところが好きと言うのは、どうやら本当みたい」
「分析結果を基に、実験を開始します。生き残れるといいですね」
〝千を超えた無数の棘が、球体状に周囲を包み込む。私はそこで剣を振るっているが、奏磁を斬れず、銃も棘には当たるが奏磁に命中しない。ただ成す術も無く私は、奏磁の攻撃を受け続けている。〟
奏磁が両腕を空に向け、磁石の針をばら撒く。数秒もしない内に私を球体状に囲い、頂になる部分には穴が空いている。そこに奏磁が入ってくる。
それを黙って見過ごす私ではない。銃を撃ったが、もろともせずに急降下し、銃口を向けた時には殴り飛ばされていた。体勢を立て直す暇も無く、背後に一撃が入り、吹き飛ばされる。棘が私から離れていくが、上方には奏磁の姿。
「やぁ」
肘鉄が決まり、私は先程の奏磁みたいに落下し、受身を取れなかった。
「君は短期的な未来視が使えるみたいですね。それも、変えられないじゃなくて、変える事ができる。これは脅威だ。でもね、君の反射速度より速く動ければ、未来視も役に立たないと推測する」
小鳥が襲ってくるので咄嗟に剣で防ぐ。
(こんなに速いなんて)
腕を蹴られ、うつ伏せのまま磁力によって引きずられる。止まった後も摩擦熱が私を苦しめる。そこに奏磁の体重が背中にかかる。
「すごいね。一回防ぐとは、これはまずい」
体が浮き上がる。抵抗はしない方が良いと悟る。
「折角ですから、中央に行ってください」
奴の言うとおり、私は足場も無い球体の中央に飛ばされ、瞬時に一撃をもらう。それを皮切りに、ありとあらゆる方向から攻撃を浴びせてくる。
意識が遠のきそうだ。頼りの小鳥が何度も発動したが、攻撃の瞬間に想気凱装を強化するのに精一杯だ。よく見ると羽も大分減っている。恐らく、無くなると使えなくなるのだろう。
(この状況に希望はあるのか?)
猜疑心で羽が消えていく、想気凱装も弱まっていくのが分かる。
「よく頑張りました」
先生みたいな言い方に腹が立つ。このまま憎悪を使って戦った方がマシなのかと過ぎる。冷静になれ、憎悪で戦ったとしても、奴には勝てない。あの空間での身体能力は奴の方が圧倒的だ。
吹き飛ばされている最中にそんな事を考えていた。
こういう時、不動彰真はどうする。磁力を無効化できない炎を纏い続けて奴は戦うのだろうか。だけど、諦めたから私に戦わせた。邪念でも八つ当たりでも、そう思ってしまう。
(悔しいな。不動が倒せない敵をここまで追い詰めたのに、ここで終わるのか)
不動に私が奏磁を倒した事は自慢したい。奴が賭けに勝ってしまうが、ここで終わるよりは断然いい。
希望を持つなら、もっと大きくしてみるのも手だ。英雄だった頃の不動彰真を超えたい。そして、御本人が悔しがる姿を見るのはどうだろう。
温かい力を感じると、小鳥が猛烈な勢いで迫ってくる。
「私に始末される。それが君の運命だ」
深想出力術式を感じる。脇腹から下腹部の辺りからだ。
(父さん。ありがとう)
私は敵を引きつけ、できる限りの想気を生み出す。
「私は生きてみせる!!」
刹那。奏磁の体を想気剣の強大な刃で貫く。
「運命なんて、もう信じない」
剣を消し、動けない奴を殴り飛ばす。
無数にあった磁石の棘を巻き込みながら吹き飛ぶ奏磁。球体は崩れ、棘が体に当たるが、今までの痛みが強すぎたせいで、あまり痛くない。
雲り空だが、棘だらけよりは清清しく感じる。立ち上がって不動を起こそうと思ったが、体が動かない。
(当然か。少し休もう)
そこに痛みが襲う。棘だ。奏磁の生存を意味している。
「ハッハッハッハッハ。帝国機械将校に、二回も泥を塗ったのは貴女だけですよ」
空中にいる奏磁。その姿はボロボロに感じる。
「泥?」
「ええ、君がご両親を登山道ではなく、猟師道に導いたでしょう。あの情報は人間から尋ねたのですよ。策士たる私が、人間に頼ってしまったと言う事実が、どうにも腹立たしい」
小さい声だが、あちらは聞き取れたらしい。まだ機能的には壊れていないみたいだ。
そんな理由で私の人生が滅茶苦茶になるなんて、憤りを超え、呆れてしまった。
(許せないのに、笑ってしまいそうだ)
だけど、今は笑えない。無数の棘が奴を加速させる為の道を作る。
「死ね。ホルスタインがッ」
明確な怒りの吐露。これが奴の剥き出しの怒りか。
奴が飛び込むと、私を殺そうと加速していく、そんな時に小鳥が地面に降りると、何もせずに私をじっと見ている。
(どういう事だ)
死が襲ってくる。それを、銀色に輝く人型が受け止める。
「未来を変えようと努力すれば、変わるかもしれねぇ。この俺を誰が予想できる?」
不動の放った突きが奏磁のみぞおちに入る。
「火葬くらいはしてやる」
奏磁が一気に炎上する。
「日本のゴミがァッ。消えちまえ」
不動をも包み込む程の爆発。それが治まると、見慣れた姿の不動が立っている。
「ずっと、サボっていたんでしょ」
「まいったな。後は、お前が晴らせよ」
立ち上がった私は、不動の一撃を受けても尚、立っている奏磁に引導を渡そうと向かう。
「今になって分かった。復讐なんて虚しい事だと」
想気剣を発動させる。
「……なら、許してくれ」
一閃し、最後に頭から両断する。
「いえ、それとこれとは、話が別ですから」
勝負が終わった。振り返り、立ち去ろうと離れる。
「助けて翔井さん。大津だ。奏磁に操られてたんだ」
今度こそ引導を渡す。その手から棘が放たれようとしてたのだから。
「消えてください。私の中では、もう死んでいますから」
「クッ………アッ……」
焼け爛れた顔の大津は、何かを言おうとしたが聞き取りたくない。そのまま炭化し最後には塵となって消えた。
私の未来視通り、人間だった様な奴は死んだ。
「下らない」
「帰ろうぜ」
ボロボロになった体を支えあい、どうにか私達はここから立ち去ろうと歩き出す。気付けば曇り空が晴れ、夕焼けが私達を照らしていた。
こんなにも清清しい気分は、生まれて初めてかもしれない。