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英雄の火  作者: Oっ3
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第三章「未来は変わる(前篇)」

第三章 未来は変わる


〝今にも雨が降りそうな曇り空。辺りを見回しても建物一つ無く、代わりに機械生命体の残骸だけしかない。そこに、疲れた面持ちで佇む不動彰真と近づく私の姿がある。

暗闇が一瞬だけ全てを隠す。

不動が肩を掴んでいたが、瞳孔が見開いたままだ。それを私が蹴り倒すと、胸にある深想出力術式が無くなり、腕一本が通るほどの穴が空いている。

私の目は緑色に変色していた。〟

 

 目覚めると、薬品臭さが鼻につく。どうやら、病院のベッドで寝ているみたいだ。

「やっほー」

当たり前のように少女が飛び込み、顔と顔がぶつかりそうな距離で、私を見てくる。

「ああ、きららか……」

 夢だ。そう思った途端、頬が引っ張られる。

「反応薄いよ。幽霊じゃないんだから」

「痛い、痛い。放して」

「やーだ。ごめんなさいって、言ってくれなきゃ放さないもんねー」

「ご、ごめんなさい」

「よろしい」

 私に乗っているきららをどけようと、身体に力を入れるが、全く動かせない。

「だから、言ったろ。あーたん。きららちゃんは生きているってな」

 今すぐ殴り飛ばしたくなるニヤけ顔で、不動が私を見てくる。

「あーたん、私がこうしているのも、機械生命体の巣に来てくれて、助けてくれたのも、みんな不動君のおかげだよ」

 確かにきららはこうして生きている。不動の言うとおりだ。疑問として、きららはどうして助かったのかが気になる。

「どうして、きららは機生体にならなかったの?」

「俺が、きららの中に入った機械生命体を消したんだ」

 そんな事できる筈がない。そう思ったが、不動を見てると、何が起きてもおかしくない。

「疑ってるな。俺の体内には機械生命体が宿っている。こいつを利用すれば、身体に触れただけで、他人(ひと)の魂に入れるわけだ」

「で、で、機械生命体を不動君が、ブッ飛ばしたんだけど、私もお説教されちゃった」

 昂りに比例して、揺れるきららのツインテールを流しつつ、不動に疑問を投げかける。

「じゃあ、私と最初に会った時の『手遅れ』や、デパートの時の『俺の所に来い』は、どういう意味?」

「ああ、『手遅れ』は魂が機械生命体に完全に取り込まれた事で、『俺の所に来い』は寄生している機械生命体を、俺が引き取ったって事だ」

 つまり、不動の邪魔をしていた私は、人殺しと言う事なのだろうかと、気落ちする。

「ごめんなさい、きらら。私は貴女を殺してしまうところだった」

「気にしてないよ。あーたんも無事なんだから」

 きららが、抱きついてくるから頭を撫でる。それを、不動が欠伸をしながら見ている。

「きららちゃん。冷蔵庫の中が空になってたろ。俺、買出しに行ってくるわ」

 そう言って不動は、きららからお金を受け取って病室を去っていく。

 私は、大津が死んだショックで生み出した、限界以上の想突が原因で、丸三日間意識を失っていたらしい。

医者いわく、身体が動かないのは、術式による身体と魂の酷使が原因だと言っている。数日すれば、動けるようになるそうだ。

「はい、アーン」

 おかげで、きららが私の世話をする事になってしまい、申し訳ないと思うが、やりたい事があるので、わがままを言ってみる。

「ねぇ、きらら。頼みたい事があるんだけど?」

 スケッチブックにクロッキーを走らせるきらら。

「いいよ」

「外出したいんだけど、頼める?」

 クロッキーが止まる。

「う、うん。分かった」

 外出しようとすると、感染症に罹った訳でもないのに、医者は反対する。今すぐやる必要はないかもしれないが、どうしてもと無理を通した。


 基地の南側には、木々が凹字に囲まれ、全面芝生の広い敷地がある。訓練にもってこいの場所だが、そこでは行わない事になっている。一般市民にも開放されているが、公園ではない。

 ここは、大戦で犠牲となった隊員達を、弔う為の慰霊碑を置く場所で、まだ一つしかない。

 遺族が祈り終えると、私達に会釈をして去っていく。それを見たきららが、私を乗せた車椅子を押し、慰霊碑と対面させてくれる。

 碑に刻まれた名前を読もうと、首を前に出すと、力が入らない。それを、きららが支えてくれたので「ありがとう」と言うと彼女は黙って頷くだけだった。

名前を探していくと、佐々山曹長と書かれた碑銘が目に入る。恐らく二階級特進の為、伍長から曹長になったのだろう。

私が未来視を勘違いしなければ、彼は死なずに済んだかもしれない。そう思うと、やり切れない。それなのに、それなのに、他人事のように悲しくない。

 碑銘を一文ずつ丁寧に確認しても、私が見つけたい名前はいっこうに見つからない。


 大津直哉


 治安維持部隊に入隊して、街を守る為に一緒に組んだ身近な上官。一度喋りだしたら、長々と喋り、気取っているせいか、異性の前では格好付けたがる。その癖、争い事が苦手だから、実戦はいつも私頼りで、かなり格好悪い。

 浮いた話に疎いが、彼の優しさを怪しく思っていた。しょせん、只の仕事仲間と割り切って付き合っていたが、ある時、両親が機械生命体に殺された事を話す事になった。(未来視の事は口にしてない)

「今、優しい言葉をかけたら、翔井さんは僕を好きになってくれるかもしれない。だけど、そんなズルい手なんか使いたくない」

 色々な悔しさで泣いている私に、そう声をかけた。

「お疲れ様。また明日だね」

 最後は、何事も無かったように別れた。その言葉に、何故か信頼を寄せる事ができた。

 思えば、大津に甘え過ぎた。独断で動いても庇ってくれたし、気遣ってくれる。それなのに私は、機械生命体から守ると息巻いておきながら、彼の命を引き換えにして、今ここにいる。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 私が大津に謝ると、きららが抱きついてくる。

「あーたんは、悪くないよ。がんばったんだよ。自分を責めないで」

 鼻声になってまで慰めようとする。申し訳なく思うと同時に意識が朦朧とし、手向けられた花が黒ずんで見える。倒れまいと意識を集中させると、ようやく探していた名前が見つかる。

 私は、大津の死を受け入れられないかもしれないが、確認する事はできた。その瞬間、目の前が暗転する。


 気が付くと、再び病院のベッドで寝ていた。どうにか首を動かせたので、座っているきららの姿を確認できる。

「ごめん、きらら。また、倒れちゃって」

「へいき、へいき」

 笑っている顔が、すぐに引きつり、俯き気味になる。

「怒らないで聞いてね。あーたんは治安維持部隊を辞めたほうがいいと思うの」

「なんで」

 思わぬ言葉に思考を停止してしまう。

「だって、不動君から聞いたんだよ。大津君が機械にやられちゃった時、あーたんは壊れちゃって、投げた槍ごと機械を壊したって」

(不動、余計な事を、……想突は壊してしまったのか……申し訳無い事をしたな)

「今だって、黒い奴が出てるし」

 きららの言葉を聞いて、私が深想出力術式を発動させていた事に気づき、それを止める。

「ねぇ、あーたん。もし、私が殺されたらどうする?」

「殺した奴を追って、やむおえなかったら殺すかもね」

 静寂。それを打ち破って、きららは立ち上がり、私を見下ろす。

「復讐だけだったら、やっぱり辞めた方がいいと思う」

「……そんな事は」

 私はうろたえてしまい、返事に困る。

「私怖いの。あーたんが復讐の鬼となって、破滅すると思っちゃうから」

「死ぬつもりは毛頭ない」

「そうだよね。そう言うよね」

 きららは涙を拭くと、自分の頬を叩き、再び私を見る。

「独立十年祭が終わるまでに、あーたんが治安維持部隊にいたい理由を教えて」

「どうして?」

「心配するの疲れちゃった。納得できなかったら、絶交だよ」

 そう言うと、荷物を持たずに病室の扉を開けた。

「その間は、いつも通りにしよう。だから、明日もちゃんと来るからね」

 病室に私一人。もし、絶交したら、この静寂がいつまでも続くと思うと、悲しくなった。

 一週間後、個人としてきららと不動と共に、日本国独立十年祭に参加している。

あれからの間も、きららは不動を連れて欠かさず来てくれた。それが、彼女の発言に対する本気なのだろう。この前のケンカと違い、お互いぎこちなくなったもので、不必要に触ってくるきららは触らなくなる。決して触られたいと言う訳では無い。あくまで指標だ。私は相槌を打つ回数が増えた気がする。

情けない話だが、治安維持部隊にいたい理由を、彼女にどう答えていいのか分からないでいる。機械を倒したから、全て良くなると言う事が無いように、友人関係も同様で、別問題だと今更になって痛感した。

もう一つ気がかりな事がある。未来視の事だ。目覚める前に見た光景では、不動が私に殺されていた。あの目の感じから、私が機械生命体になる事を意味している。

今まで触れようとしなかったのは、日本に唯一ある機械生命体の巣は、多くの犠牲を払って破壊した。動力源である叡智の種を、私が破壊したのだから間違いない。だから、乗っ取られる可能性は皆無と言える。

そして、独立十年祭に参加している不動彰真。尋芦大佐の反応からして、十年前に単独で機械生命体と戦って死んだ不動彰真と同一人物と見ていいかもしれない。真偽はともかく、彼は機械生命体でもある。

彼が放った機械に私が乗っ取られたと言う可能性はあるが、勘違いされても機械を倒し続けた男が、今更になって裏切ると言うのか、性格上その可能性は低い気がする。それに、なぜ宿主を殺す必要があるか疑問に感じる。


 独立十年祭の会場は、この日の為に建てた五階建てのビルで行われている。吹き抜けに吊るされている、羽の生えた卵のオブジェに見守られながら、エントランスの中にいる五百人程の人混みが祭の開催を待っている。私と不動はきららがはぐれないように手をつないでいる。

 壇上の階段を有名人や政治家、尋芦大佐が登っていき、真ん中から右側の席に座る。左側に立っている司会者が、開会に際して、機械生命体によって犠牲になった人々を偲んで一分間の黙祷を捧げる。

 厳かな空気の中、司会者は十年前の日本独立の立役者の一人で、日本にできた機械生命体の巣を壊滅させた英雄として、尋芦大佐の名前を読み上げた。

 拍手に迎えられながら、尋芦大佐は壇上を登りマイクの前に立つ。

「まず、この度は我々治安維持部隊の体たらくにより、国民皆様に不安な日々を送らせてしまった事をお詫びします」

 私達の前や戦闘時に聞いた話し方とは違う、公での大佐の喋り方が会場に響く。

その中で、微かに怯える声が聞こえる。声のした方を見れば、きららだった。どうしてなのか見渡すと、不動が眉間にしわを寄せ、拳を握っている。

「違ぇだろ……」

 私の腹を殴った時と同じで、低い声で呟いている。

「不動、きららが怖がっている」

「すまん」

 そう言うと、不動は尋芦大佐の方を見る。

「日本が国家として十年間成立し、この先何十年、何百年を安泰に過ごすには、脅威が多すぎると憂えています。それは大日本帝国だけじゃなく、周辺の国も当てはまります。それは、私が大日本帝国による海外侵攻を防ぐ為の部隊。海上防衛隊に所属して感じました」

 尋芦大佐が、海上防衛隊から青葉町の基地に赴任したのは、一ヶ月前の事だ。

「職務上、諸外国に停泊し、補給と各国の情報収集を行っていました。彼らは死の兵器を使わずに、共同で機械を破壊する為の兵器開発を行っていると報告を受けました」

大日本帝国は周辺にも機械生命体の巣を作っていた。その一つ満州にあった巣は、不動彰真達によって破壊されたが、日本の独立後、自国の防衛を優先し、他国の巣を破壊する為に戦力を割く余裕は無かった。

帝国に敗北した連合国と機械生命体に恐怖したかつての同盟国は、使用すれば全てを破壊しかねない威力と、半永久的に土地を毒してしまう死の兵器を開発し、やむをえず使用した。

大佐は触れようとしなかったが、日本海や太平洋では海上防衛隊と帝国の攻防が、時折だが繰り広げられている。

「戦争の話は退屈だよー」

 話に飽きた、きららが大きくため息を零し、バッグから板チョコを取り出す。私も同感で、日本を祝う日に話すべき内容ではないと思う。

「なぁ、きららちゃーん。俺にもチョコくれよー」

「嫌だ。これ私のだもん」

 物欲しそうにきららが食べているチョコレートを不動は眺める。

(平和だな)

「先日、私は国境線上を守る隊員達の中でも、選りすぐりの隊員達に、かつて私が戦った戦場を基地に再現し、戦わせてみました。……情けない事に誰も生き残りませんでした。この程度の実力で日本を守れるのでしょうか? はなはだ疑問です」

 今の話は本当か。彼の言った再現とは、私が入った巣の事を指しているのか。

「私は、今日を日本の転換期にしたい。それに必要なものは、絶大な力を持ち、どんな命令でも従順に遂行できる兵士です。ここにいる皆様にも協力して頂きたい」

 この発言に、静かだった人々がざわざわと騒ぎ出す。

「天夢。前を見ろ」

 言われるまま、前を見ると、壇上には尋芦大佐の象華体である狼が十体程存在し、獲物に喰らいつこうと身構え、今か今かと唸り声を上げている。

「どういう事?」

「構えろ」

「何、簡単です」

 歯を剥き出しにして、狂気に孕んだ笑みを見せる尋芦大佐。

「平和ボケしたゴミ共を、俺が再利用してやるんだよ」

 怒声と共に狼が飛び出し、壇上にいる来賓、司会者、人々に喰らいつき致命傷を与える。

 狼が消えると、喰われた人の周りには、輪が生まれる。彼らには、突然腹が抉れて死んでしまったように見えるので、思考が止まってしまう。

「こんな祭なら、テメェの首を取って終わらせるぞ」

「祭? 違う。新しい軍隊の編成だ」

 天井から、ガサガサと不穏な音がする。見上げると、オブジェから多足をした機械生命体が降ってくる。

 気付いた時には遅い。機械生命体が、既に死体や気付かなかった人を乗っ取ってしまう。

「第一部隊。入隊志願者を増やせ」

 下された命令。各所で血が飛び散り、人が倒れる音が聞こえる。

「あ、あ、あ、アァァアァァッ」

 一人の叫びをきっかけに、群集が生まれ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「きららちゃん。俺達から離れるなよ」

 入り口に大挙して向かう群衆。不動の言葉で我に戻った私は、想気凱装を使用して、目の前に来る彼らを受け流す。周りに響く悲鳴と怒号。我が身可愛さ故の暴力行為は、例外なく私達に降りかかって来る。守るべき彼らも、今は敵に近いものがある。

 足元を這う機械生命体は、潰して脅威を減らせる。機生体を倒しに向かいたくても、群衆をかき分けて進むのは困難。目の前に来ない限り手は出せない。

(想気銃。せめて剣さえあれば……)

 壇上に銃声が響く。壇上を護衛していた隊員による発砲だ。

「その意気やよし、入隊しろ」

 狼が発砲した隊員を噛み殺す。

「動けないとは、退屈だな不動」

 ハエの顔に一対の羽、手には鋭い爪が生えている。ハエ人間型の機械生命体が、私達に向かって飛び出してくる。

「俺がやっつける。頼むぞ」

 爪で斬りかかろうとするが、不動は跳躍からの回転蹴りで、ハエを尋芦の向こうにある壁まで吹き飛ばす。その間に後続からハエが二体、群衆を殺しながら入り口に立ち塞がる。

 逃げる事に必死な彼らも、目的地である入り口の前で、何人も殺されれば動く事をやめてしまう。

 突然の爆発。ドアが吹き飛び、ハエ達の呻き声。二人の足音がこちらに近づいている。

「みなさん、落ち着いてください」

 ハエがドアを退かし、立ち上がる。その為、人々の動揺が漏れ聞こえる。

「ラァッ」

 怒号に拳銃とは違う銃声、それが二回。凱装を確認できなかったが、術式を使用できる隊員がいるみたいだ。

(これなら……武器が手に入るかもしれない)

 舌打ちが聞こえる。攻撃の合図と判断し振り駆ると、不動も壇上を見ている。狼が四匹、人々の頭上を駆けながら、その内の一匹が私達に迫る。

(結果は見えている。だけど、見過ごす事ができない)

「レェヤァッ」

 はたから見れば変人だが、隊員達に忠告する為にも、叫びながら天井に向かって蹴り上げると、狼の横っ面に命中して消滅する。

「グワァッ」

「な、なん」

 再びの断末魔。倒せなかった狼が、隊員達に喰らいついた。ほとんどの人が、突然隊員の体が大きく欠損して見える。

希望が差し伸べられたと思ったら、より深い絶望に叩き落され、場は静まってしまう。

「入り口はダメだ。窓を破壊するぞ」

 誰かの声が活路に聞こえ、人々を群集に変えて先導する。私達の周りにいた人々も例外ではなく、少しずついなくなり、左右の窓に向かう者達や、入り口から離れた所に固まり諦観する者達が現れる。

「第二部隊の編成を開始する」

 天井から再び機械生命体が降り注ぎ始める。

「不動」

「やるしかないか」

 不動は唸り声を上げていると、頭上に機械生命体が近づいてくる。

「ハァッ」

拳を天に突き出した瞬間、巨大な炎の塊が飛び出し、機械生命体達を跡形も無く焼き尽くす。

「機械を焼いた」

「勝てる、勝てる」

「みんな、邪魔になるから離れろ」

 再び希望を見出すと逃げるのを忘れて、その言葉通りに私達から人々が離れていき、人間の壁で作られた円形の闘技場が生まれる。

本当に全滅したか、確認できないから、とても怖い。

「これで、止まると思うか? なぁそうだろ」

 人任せなのは情けないが不動の炎が頼りだ。そこに、機生体のハエが飛んでくる。

(今の私にできる事を)

 炎を放てるように、ハエを殴り飛ばし、向かってくる狼に正拳突きを放ったが、向こうの物量が多くて、不動の腕に狼が噛み付いてしまう。

「クソッ」

 振り払うと同時に狼が消える。

 殴っても、蹴っても、潰しても、物量戦に終わる気配が無い。

ハエを倒しても、巻き込まれた市民には、罪が無いから辛くなる。人々には逃げてほしいが、入り口が危険だと思ってしまった以上、安全である事を証明しなくてはならない。

 私達、治安維持部隊は、最初から尋芦隆宏に踊らされていた。奴のせいで多くの人が犠牲になった。いや犠牲になっていく。今も奴が、笑ってみていると思うと、本当に悔しい。

 狼を殴っても手応えは無い。本当に殴りたい奴は篭手を眺め、マフラーで隠れた首を呑気に掻いている。おかげで、ますます憎悪が湧く。

「尋芦ぉッ。何故、私達を騙した」

「謹慎処分の癖に堂々と外出してる奴なぞいらん」

 切り上げる爪を反らす事で回避し、腹に蹴りを入れる。

「知った事か」

「まぁ、得意が槍投げみたいな奴も、言う事を聞くが――」

 蹴りかかるハエの足を掴み、床に叩きつける。

「――信念が弱いのか、中途半端だった」

 亡くなった佐々山伍長への冒涜。私の動きが止まる。

「その点では、お前は優秀かもなぁ。ご執心の頭デッカチな同僚を守る為に――」

 聞きたくない。奴の口からこれ以上、彼を想起させる言葉は。

「死力を尽くして、でも最後は、奴も頭が悪かったよな」

(言うな)

「確か~、お、お、お、名前忘れたな。教えてくれよ。好きな男の名前なんだから、覚えてるだろ?」

「……」

 床を這う機械生命体を踏み潰す。

「思い出したぞ。答えられないとは、テメェの為に地位も命も捨てて、覚えてすらもらえないとは、本当に不幸な奴だな」

 奴の一言一句が耳に入らないように、私は目の前の機械に膝蹴りを放ち続けていた。

「大津直哉。テメェの為に死んだ男の名だ。覚えてやれ」

 その単語と共に、機械は吹き飛び、奴を倒す為に駆け出していた。

「尋芦ぉッ。お前だけは、絶対に――」

 放たれる狼は一切の障害にもならない。この手で原型を留めない位にしてやらないと、止まらない。止まれない。

「ァァアアッ」

「違ぇんだよ」

 聞き覚えのある声、私が一撃で倒された瞬間が蘇る。あの時は、不動を倒そうとした事を思い出し、動揺で止まってしまう。

「優先順位が。尋芦を倒したところで終わらねぇ。誰が人々、きららちゃんを助けられる」

 振り返れば、不動はきららを庇いながら、四方八方から来る敵を倒していくが、あまり余裕が無さそうだ。

 思考を邪魔しようとするハエを殴り飛ばし、後ろから迫る狼には後ろ回し蹴りを放ち、壇上にいる奴の顔を見てみる。

 最強の兵士を作るとのたまっていたが、たった二人の人間に新しい兵士が倒されている様子に、苦虫を噛み潰している。

「クソがッ、後はまかせたぞ」

 私達に背を向けると、壇上から姿を消す。同時に、人々に紛れ込んでいたハエや倒されても余力のあるハエが、一斉に吹き抜けへ飛び出す。

 撃ち落したいが、しんがりに努めるハエもいるので、かまってられない。ともかく、尋芦がいない以上、入り口に向かっても見えない狼に殺される心配は無い。

(証明するのは、難しいが)

「このままでは、みんなが機生体になってしまう。どうすればいい?」

「分からん。口じゃ――」

 未だ私達の所にいるきらら。それを狙う奴を不動が蹴り飛ばす。

「――あるぜ。でも、怒るなよ」

 方法を見つけたらしいが、『怒るなよ』を気にしている暇は無い。

「まかせた。私が盾になるけど、急いで」

 相変わらず、ハエ達が襲ってくる。二人分頑張ろうと攻撃していくなか、既に全員、機生体になってしまったのかと不安がよぎる。

「ふえ、えええっ」

 戦場には相応しくないきららの声。不動にお姫様抱っこをされている。

「行くぜ」

 そのまま身体をよじり、きららを地面すれすれまで下ろす。

「何の真似だ。正気か」

「言ったろ。怒るなッて」

 躊躇無く不動は、きららを入り口まで投げ飛ばす。聞こえるのは落下の衝撃と呻き声。あまりの行動に、私、人々、機械までもが呆気に取られてしまう。

「おーい、きららちゃーん。無事かー?」

「お前」

 不動の襟を持ち上げる。自分が対象になると思い同意したが、か弱いきららを巻き込むなんて思いもしなかった。

「う、うん。なんとか」

「向こうの様子はどうだ?」

「隊員さんの死体が…………四体……と驚いている人達かな」

 安心してため息をすると、空を飛ぼうとするハエに気付き、裏拳で撃墜する。

「逃げて、きらら」

「待ってよ。柄が欲しいんでしょ。探すから」

「よけいなことを」

 地団太を踏むと、ハエの断末魔が聞こえる。不動が象華体の炎を纏った状態で、私を守ってくれたようだ。

「俺達のやれる事をしようぜ」

「マフラーの人と戦うなら必要じゃないの? 生きててくれなくちゃ絶交だってできないよ」

 そう言えば、きららに治安維持部隊を続ける理由を答えなくちゃいけないんだった。生きててくれなくては困るのはお互い一緒のようだ。

 倒された機械生命体が液状化して消滅すると思ったら、液が別の個体に集まっていき、黒から黄色い体色に変化する。

 強化されただろうハエが三体。速い速度で、二体が私達に突っ込んでくる。構えた途端、一気に回り込まれる。その隙を突くように動かなかった一体が衝撃波を飛ばす。攻撃を受け流しつつ、襲いかかる一体を迎え撃とうとしたが、間に合いそうに無い。

「いっけぇ」

 柄が放物線を描いて飛んでくる。私もハエも注意が柄にいく。向こうは爆弾だと思い防御を取るが、知っている私は手を伸ばし、敵を一閃する。

「ありがとう。誰に頼んだの?」

「馬鹿にしないでよ。自分で投げたんだから」

「きらら、邪魔だから消えて」

「死んだら許さないからね」

 小さく歩き出す音が聞こえると、入り口が安全だと分かった人々が、整然と私達の邪魔をしないように脱出していく。

絶交するかもしれない人間に『死んだら許さない』とは無茶苦茶だ。このまま顔を見ないで別れるのもいいが、一応助けてもらったし、最後はお互いの顔を見て別れたいものだ。

 向かってくる敵を私達は倒していく。避難すべき人々がいなくなると、それに比例して残った敵も少ない。

「天夢。尋芦隆弘は俺が倒すから、ここを頼む」

「断る。大津にやめろと言われても、私が殺す」

 私達は同時に、向かってくる敵を蹴り倒す。

「確かに、不動にも劣るかもしれないが、狼は見える。それじゃダメなのか?」

「だーめ。絶対駄目だ」

 意地でも何でも、奴の下にたどり着ければ、不動も文句は言えまい。だから、私は走る。そこに不動の拳が、私の顔寸前にある。

「バーカ。俺には帰る場所が無い。でも天夢にはある。あんな奴に命を賭けるなら、友達と仲直りする方に賭けろ」

 知っていたのか、今聞いたのか、分からないが、余計なお世話だ。仕返しに私も一言。

「私はさっさと消えて欲しいが、きららだって、お前にきちんと別れを言いたい筈だ」

「死ぬつもりはねぇよ。ただ、弟子の不始末は師匠が拭う。そういうもんだろ」

 そう言って不動が走り出して、エントランスから消える。私は自分の力不足に憎悪を抱きながら、残った敵を倒そうと剣を振るう。


 曇り空に銃声と、時折悲鳴が屋上にも聞こえてくる。ハエの頭をし、手には鋭い爪を生やした人型の機生体。それが、予め用意したコンテナの中に入っていく。

 その近くの手すりの前で腕を組みながら、隊員達が次々とハエを倒す様子に、舌打ちをする尋芦隆宏。行動を起こそうと、腕を広げたが、屋上に迫ってくる気配に気付き、出入り口であるドアの方を見る。

「いい眺めだな。自分の新しい部隊の戦績が、こうして見えるんだからよ」

「死人風情が、俺の邪魔をするな」

 不動彰真は、尋芦からある程度、距離を取った位置に立つ。

「年寄りが若者の邪魔をするなとは言うが、今どっちが邪魔かと言えば、明らかにテメェだ」

「目先の話だ。大局的に見て、この国を脅かす脅威は多すぎる。外側も内側も」

 再び腕を組んだ尋芦。

「外側は、大日本帝国と諸外国。内側は、議会の小競り合いだ。判断速度の遅い議会じゃ、これからを生き残れない。人類の脅威を圧倒的で確実な軍隊が滅ぼせば、日本は安泰だ」

 それを鼻で笑い、不動は肩をすくめる。

「昔と変わらねぇな。略奪するおサルの大将から、英雄気取りで軍隊の大将。終いには、日本そのものの大将になるってか」

 見下すように顔を少し上げ、不動を指す。

「お前だって、俺達弟子を率いて機械と戦っていただろ? それと同じじゃねぇか」

「俺は部下を率いて機械と戦ったつもりは無い。ひとりひとりが、戦いを通じて、どうしたいかを考える仲間だと思っていたんだけどな」

 再び鼻で笑う音が聞こえる。

「今、この瞬間が俺の『どうしたいか』だ。邪魔するんじゃねぇぞゴミが」

 不動が地面を、おもいっきり踏むと、そこにひび割れが起きる。

「言ったよな? 命を優先しろって、俺はそれを脅かす存在なら、相手が誰であろうと倒すまでだ。昔、お前との勝負より、慕っている仲間を助けたように」

 片足を前に出し、利き腕を引き、防御として反対の腕を構える。

「全滅したけどな。古い不動(じだい)は終わり、俺が新しい時代を築く」

そう言って、軍服を放り投げる。両腕を出す黒いシンプルなベストに鍛えられた肉体が伺える。

「銃は使わなくていいのか?」

「あれは、フェイクだ」

 マフラーが床に叩きつけられると、首の左右に術式の羅列が渦上に描かれ、尾が喉笛を介してつながっている術式がある。最後に、白銀に輝く篭手まで外す。

「もしかして、その篭手が叡智の種か?」

「俺が負ける筈が無い。ハンデに外してやるよ」

 床に篭手を置くと、尋芦の蹴りで後ろにあるコンテナの方へ転がる。

 それを合図に不動が飛び出し、無駄の無い動きで四連撃を放つ。最初の二発は避けられたが、後半の二発は命中するが、白い想気凱装で防がれ、あまり効果は無かった。

「軽いぞ」

 尋芦の前蹴りが、不動の腹に命中し、大きく吹き飛ばしてしまう。

 すぐに立ち上がろうとしたが、無数の狼による襲撃で体中を噛まれてしまう。

「邪魔だ」

狼を焼きながら、不動は炎を纏って立ち上がる。

「昔から使えれば、楽だったのによ。尋芦」

「テメェは劣化したが、俺は進化してるんだよ」

 舌打ちすると、手から狼が現れ、獲物に襲いかかる。迎え撃つと、激しい閃光に包まれる。「グァァッ」

 不動は炎を纏っているにも関わらず、狼に四肢を噛みつかれて動きが封じられる。

「処刑の時間だ。せいぜい楽しめよ」

 尋芦がゆっくり近づいて見下すと、腹を何度も踏みつける。

「それで、蹴ったつもりか?」

 不動のあからさまな挑発に、尋芦が眉間にしわを寄せる。

「ァア、グチャグチャにしてやるよ」

 腕に狼が浮かぶ。狼の口が拳を隠し、不動の顔面に牙を向く。すると、強力な炎が殴ってきた相手を巻き込んで吹き飛ばす。

炎が収まると、不動の姿が見える。唾を吐きながら尋芦が立ち上がり、お互い体勢を立て直す。

「今、機械化したな。力の差は歴然だぞ。不動彰真」

狼が尋芦の後ろに多数現われる。鼻で笑った瞬間、一斉に不動へ襲いかかる。

 炎が大きくなり、放たれる拳や肘、蹴りの一撃で狼が消滅していく。不意に、狼を纏った腕が殴りかかってくる。不動は左足を軸に回転しながら避けて、反撃の蹴りを入れる。

「軽い。軽すぎる」

 振り向かれてしまい、不動は大きく殴り飛ばされる。受身を取ったが間に合わず、笑みと共に狼を纏った拳で顔を矢継ぎ早に殴打され、狼の脚を模した足で何度も腹を踏まれた。

「俺の処刑はこんなもんじゃねぇぞ」

 尋芦が不動の襟を持って、大きく投げ飛ばす。宙に飛んだ体は無数の狼に襲われ、落下する事さえ許さない。

「ウラァアッ」

 不動の叫びと同時に大きな炎が上がる。跳躍した尋芦の蹴りが迫るなか、体を縦に回転しながら鷲掴む。

「追撃くらい、読めるわ」

 そう言うと、尋芦を強引に床へ投げつける。

 落下する尋芦だが、咄嗟に出した狼をクッションにし、驚く不動目がけて跳躍する。

「天国へ行けるといいなァッ、オォイ」

 拳が不動を高く打ち上げる。着地した尋芦はそこから離れ、落下を待つ。予定通りに事が運ぶと、獣のように大口を開け、目を閉じそうな細さで笑い、手榴弾を取り出すと、それが狼に変わって獲物を襲う。

「感謝しろ。葬式もしてやる」

 大爆発。勝利を確信した高笑いが屋上に響く。

「計画は失敗したが、叡智の種があるなら、どうにでもなる」

 肩を回しながらコンテナに向かって歩き出す。

「待てよ。俺の葬式は、十年前に済んでんじゃねぇのか?」

 爆炎が晴れると、呼吸を荒くしながら猫背気味に立っている不動の姿がある。

「手間かけさせるな。ゴミがッ」

「出せよ。ゴミを始末できない奴が、日本をどうこうできんのかよ」

 不動は指を動かして挑発する。狼が手に噛みつこうとした瞬間、強烈な閃光が一体を包み込む。

「ゴホァァ」

 情けない呻き声、床に叩きつけられる衝撃音、閃光が収まり、結果だけが分かる。黒焦げの床に立っているのは、鏡のように磨き上げられた銀色の全身、揺らめく火をした目、口に牙が生えた不動彰真だ。

「いまさら、日本にやってきて何のつもりだ。化け物」

「上等じゃねぇか。テメェと言う化け物が倒せるなら、化け物でも機械にでもなってやるよ」

 咆哮を上げると、広大な範囲を燃やせる炎が発生する。それを見た尋芦が、両腕両足に狼を纏った状態で飛び出す。

 不動が一歩踏み出すと、炎と共に姿が消え、尋芦の頬に炎を纏った拳が決まる。僅かな時間差で、みぞおちにも入っている。

「試してみろよ。今のお前が俺を倒せるかを」

 炎の中、挑発に乗った一撃が顔面に命中する。

「しょせん、この程度だよな。保身の為の一撃はよォッ」

 胃酸を吐く尋芦。不動の膝が腹を抉っている。

「今のは、不用意に生まれてしまった機械の分」

 不動が背中を踏みつける。

「お前が見捨てた戦士達の分」

 前のめりになった体を、打ち上げて仰け反らせる。

「お前のせいで死んだ市民の分」

 回転しながら、肘が背中に命中する。

「きららちゃんが、機械化して苦しんだ分」

 力と力の均衡で、僅かなふらつきで直立する。顎に蹴りが入り、綺麗に真上へ飛ぶ。

「思い人が死んで、苦しみ」

 無抵抗に落ちてくる尋芦を思いっきり殴り飛ばす。

「テメェを殴りたかった天夢の分だ」

 焼け焦げ、ボロボロになった体でも、尋芦は立ち上がろうとする。

「せめて、罪は俺が背負う」

 引導を渡そうと不動が飛び出す。『オレハ、テメェヨリツヨイ』と呟きが聞こえる。

「俺は、テメェより強いんだ」

 叫び。尋芦の体から、コンテナより一回りも二回りも大きい狼が生まれ、向かってくる不動を吹き飛ばす。

「日本は俺が守る。今の俺は、誰よりも強いんだよ」

「傲慢を保つ為に、ご苦労な事だ。最後の勝負をしようぜ」

 不動は、再び大きな炎を纏って立ち上がる。

「俺が勝つ。勝つに決まってる」

 尋芦の体を、白い想気凱装が大きく包み込み、巨大な狼に姿を変える。

 言葉を交わさず、狼と炎が衝突する。力は均衡だったが、やがて、炎が喰われる。

 荒ぶる白い想気をした顎が、不動を噛み砕こうとする。そこに、避けられない一撃が顔面に直撃し、大きく揺さぶられる。すぐに倒すべき相手を臨むが、目には火を宿してない。

「割り切れねぇな……」

 目に火を宿す。周りを覆う白い想気が一気に炎に包まれ、やがて灼熱地獄と化す。その炎さえ霞む程の滾る拳が、尋芦の腹に命中し、全てを焼き尽くす。

 屋上に上がった大火が一気に消える。床一面は黒く焦げ、うつ伏せに倒れた尋芦は、ほふく前進ではなく、死に物狂いで叡智の種が付いた篭手を求め、這って進む。

「ハハ、俺は生きてる」

 よだれを垂らし、力が入らずに滑ってしまう。それでも確実に篭手へ近づいている。

「不動が生きてても、余力はない筈だ。トドメを」

 尋芦の手が篭手に伸びようとした瞬間、火炎弾が飛んできて全てを焼く。

「口だけな奴は、やることなすこと、たかが知れている」

 不動は腕を伸ばしたまま、掌から煙を出して、そう言った。

「ぁ、まだ……だ」

 残骸が何度もかき分けられ、そこから綺麗な装飾をした欠片を掴み取る。けれど、すぐに踏み潰されてしまう。

 不動はもがく男に引導を渡す。

「お前は国賊として焼かれろ。それが俺なりの慈悲だ」

 ため息を零し、尋芦の死体から空を仰ぐ。

「俺の心と同じ色をしてるな」

 さっきまでは、炎で晴れた空だが、既に深い雲が覆っている。


 巨大な白い狼が炎上するのが見えた。私は不動の勝利を確信する。

 会場にいた機械生命体を倒し、十年祭を護衛していた治安維持部隊とは別に、周辺にいる逃げ遅れた人々の救出と残党狩りをしている。だが、それも終息しつつある。

(きらら……無事でいるだろうか)

 心配する余裕も生まれるが、叡智の種を探し出して破壊しない限りは、終わったとは言えない。だから、会場へ向かう。

 走っていると、刀を回避した機械が反撃の蹴りをして、隊員に尻餅をつかせる。加勢に向かうが、糸が切れたように機械が倒れ、液状化を始める。

「なんだよ。ビビらせやがって」

 悪態をつく隊員。どうやら、動力源である叡智の種が壊れたらしい。これで、全てが解決した。会場に近いし、力もあり余っている。

(迎えに行ってやるか)

「翔井、翔井じゃないか。どうしてここにいるんだよ」

「お疲れ様です」

 反射的に挨拶したが、まずい。事務処理上、怪我が治ったら復帰する事になっているが、公には謹慎中となっている身、十年祭に参加しているのは規律違反だ。

「謹慎中の癖に」

「機械生命体に、いても立ってもいられなくて、こちらに来ました」

「まぁ、機械殺しに定評がある翔井なら、来るか」

 離れようとしたが、不穏な空気を感じる。空から、轟々とエンジンが唸る音に、低音の羽音も微かに聞こえる。雲を突き抜けて、飛行船型の大きな機械生命体が現れる。後続には、西洋甲冑に昆虫の羽を生やした機械生命体が無数飛んでいる。

「機械が……まだ生きている」

「冗談だろ? あんな大きいの誰が潰すんだよ」

 今は治安維持部隊で潰すしかない。その為には、合流して戦術を立てなくてはならない。

「指揮官はどこにいらっしゃいますか?」

「正面――」

 隊員の胸に棘が刺さり、絶命する。棘は液状化した機械から伸びていた。このままでは、体を乗っ取られる。私は、彼を一刀両断に切り伏せた。

 今の機械は、叡智の種が破壊され、波動を受けてないせいで一度液状化している。あの飛行船が叡智の種かもしれない。だけど、破壊しても、根本的解決にはならない。東から来たという事は、大日本帝国から発する波動を、遮断する障壁が作動してない事を意味する。

 私は急いで上官に報告しようと、正面通路を走る。見えてきたのは、隊員と武器を搭載したトラックが三台、正門の封鎖と司令部を兼ねている。准士官はダイヤルの付いた腕時計と、耳にはマイクを付けている。

「お疲れ様です。治安(ちあん)維持(いじ)部隊(ぶたい)地域(ちいき)巡回(じゅんかい)(はん)所属。翔井天夢一等兵です。報告があります」

「何故ここにいる。話を聞く暇は無い」

「勝手に喋ります。機械生命体が日本に侵攻しています。それは、国内にある巣からの物ではなく、障壁が消えて大日本帝国からの機械が、日本に侵攻している恐れがあります」

 唸ると腕組みし、私を二度見する。

「ありえんよ。障壁は大日本帝国側から、十年間一度も破壊された記録は無い。あの機械生命体は、国内で創られた物だろう」

「ですが、あの機械は東側から来たんですよ。その可能性を視野に入れるべきでは?」

「では? 君の言う事なぞ、推測だよ。さっさと、機械生命体を倒しに行け。命令だ」

 私は一礼して、簡易的な司令部を出ようと、准士官から見て左側を歩く。

「おい、命令が聞こえなかったのか。あの大きな機械を破壊しに向かえ」

「いえ、私は機械生命体の動力を遮断しに向かいます」

「命令が聞けないのか、クビにするぞ」

 振り返った。間違えるのは、私だけでいい。少なくとも、今は上官に命を預けられない。

「クビにするなら、次の日に貴官から直接仰って下さい。明日、准士官にお会いできる事を楽しみにしています」

 走り出すと、会場になったビルを破壊する程の衝撃音が響く。はやる気持ちを抑え、国境線上にある障壁を制御する場所。障壁局へ急いで向かう。


 障壁局への道のりの間、空から飛来する機械が襲いかかって来る。今は、相手にしている暇は無い。相手にすれば、より機械による被害が増える。回避を優先し、本当に立ちはだかる敵には一撃離脱をする。

 方墳の形をした倉庫のような建物、そこが障壁局である。扉に兵を配置していないが、関係者が所持している札を認証して開く仕組みになっている。だけど、力づくで開いてしまう時点で、正常に機能していない事が分かる。

 中に入ると、地下へ続く通路を歩いていく。そこかしこに局員の死体を確認し、生存者は期待できない。最悪の場合は、素人の私が何とかしなければならない。

(こういう時に通信装置があれば……)

 中央制御室に入ると、計器類や操作盤の類が壊れ、起動する事すらままならない状況だ。それでも、復旧を諦める訳にはいかない。緊急用のマニュアルがどこかにある筈だと、探してみる。

 どうにか、局員達が使うロッカーの片隅から、マニュアルを入手できた。緊急時は、障壁を作り出す為の力を集める場所、(そう)()(しょう)()に、深想出力術式の使用者を集める必要がある。

そこで、想気の増幅と集約を行い、ある程度の大きさに集約した想気の塊を作り出したら、障壁を作る為に想気を拡散する必要がある。これは、手動で操作する事ができる。この想気晶炉さえ無事なら、障壁を一時的だが作り出せる。

目的の場所に到達。その間に局員達を殺した存在に遭遇する事は無かった。中央には、円形の台座があるものの、想気一つ感じさせない空っぽの状態だ。左右には制御装置が設けられているが、レバー式の簡単な構造だ。

私は躊躇せず台座の上に立ち、マニュアル通りに深想出力術式を発動させると、一気に脱力してしまう。それなのに、想気の出力は落ちるどころか、どんどん膨れ上がり、禍々しい巨大な黒い球体ができる。

(なるほど……負担が大きすぎる。この前みたいに)

 想気を吸い取られながら、私は台座から降りようと、できるだけの速さで歩く。意識が朦朧とするので、段差につまずき転んでしまう。

疲労困憊だが、さっきに比べて楽になった。立ち上がり、制御装置にある全てのレバーを下げると、想気の塊が安定する。

 後ろから、空々しい淡白な拍手が聞こえる。

「お疲れ様。いや、流石と言うしかないね」

 耳を疑った。聞き覚えのある声、だけど二度と会う事は無い。振り返った私は、戦いの中で亡くなった隊員から拝借した想気剣を向ける。

「酷いよね。感動の対面になる筈なのに」

 笑顔を浮かべる男。

「大津…………どうして、死んだ筈なのに」

「嫌だな。ちゃんと足はあるよ」

 おかしい。彼は叡智の種に捕まり、取り込まれてしまった。それを私が想突を投げて、跡形も無く破壊した事になっている。第三者がそう言うので、間違い無い。

「疲れたよね。今度こそ肩を貸すよ」

 手を差し伸べられる。突然の再会に動揺して剣を落とす。

「よほど、疲れたみたいだね」

 私の混乱を無視して、大津は歩き出す。胸が高鳴る。

(嬉しいのか? 未来視は覆されているから、もう一度会えたから…………)

 都合の良い妄想ばかりが、頭を巡る。確実に一歩ずつ大津が私に迫ってくる。

(この手を掴んでもいいのか?)

「遠慮しないでいいのに」

 手を掴まれる。この感触、間違いない。

「ダメじゃないか」

 痛み。反射的に想気凱装を使い、青い想気剣の一閃を退いて避ける。

 これが、現実。人間を蘇らせる術なぞ無い、可能性があるとしたら機械生命体の生態にそれはある。

「残念だよ。楽に死ねたのに」

 想気剣の青い刀身を撫でる大津。こんな事はありえない。深想出力術式が無ければ使用できないからだ。訳の分からない苛立ちに身を任せ、奴の手首を叩いて剣を奪う。そして、いつでも攻撃ができるように構える。

「落ち着いて、障壁が張れたのだから、久しぶりに話そうじゃないか」

 迷いはある。信じたくない。だけど、不意打ちをした真実がある。その事だけを頭に入れて私は敵に斬りかかる。

「ダメだね。今のは僕でも避けられる」

 反撃の蹴りをもらい、吹き飛ばされる。こんなに力があるとは、思わなかった。

「本当に君はすごいね。僕がいなくなっても戦えるのだから、ちょっと残念だよ」

 大津に負けるほど、困惑している。話をしようと言うのなら、状況を整理して落ち着こう。

「大津が障壁局を壊滅させたのか?」

「そうだよ。君とデートをする為に、がんばったんだよ」

 下らない。次の質問に移そう。

「どうして、ここにいる?」

「だから、君とデートをする為に――」

「違う。どうして生きている?」

 鼻で笑われる。

「僕に勝ったら、教えてあげるよ」

 馬鹿にしたように薄ら笑う大津。それに憎悪して一気に駆け出す。奴はどこからともなく刀を生み出し、攻撃を受け止めたが、力では私の方が勝っている。叩くように何度も何度も私の剣を奴の刀にぶつける。

 向こうは疲れている。意表を突いて、時計回りをしながら、奴の得物を吹き飛ばす。

勝利を確信したが、向こうは一手先を読んだのか、すぐに拳銃が突き出される。引き金が引かれるぎりぎりの所で、私は腕を掴んで背負い投げをする。

離れたところで倒れている大津を、追い詰めようと走り、剣を振り下ろす瞬間、吹き飛ばした筈の刀で受け止められてしまう。

戸惑う私の隙を突かれ、大津が腹に蹴りを入れる。やはり威力が高く、思っていたより後ずさる。それを利用して私は床を蹴り、立ち上がった大津を飛び越え、背後を取る。

「まいった。僕の負けだ」

 刀を落とし、両腕を上げると、ため息をして前を歩き、振り返る。

「何のつもりだ」

「覚えているかな? 残念だったな。ここまで案内してくれたのは、私の自慢の娘だ」

 思い出せない。だけど、とても不愉快だ。

「まぁ、覚えてないだろうね。じゃあ、これは覚えてるかな」

大津の顔面が青、違う。明るい青の体色になると、顔は複雑に彫り込まれて変容するのに、目は大きくなって濃い緑色に輝きだす。頭や肩、更には手の甲の一部までも肥大化する。

 その姿は、遭ってから一度たりとも忘れた事は無い。奴は命の恩人によって倒された筈だ。それなのに、どうして私の前に立っている。絶対に倒さなければならない両親の仇。それを前にして、私は剣を落とし、床にへたり込んでしまう。


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