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英雄の火  作者: Oっ3
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番外の章「彼女の宝物」~第二章「変える為の現在(破)」

番外の章 彼女の宝物


 部屋には木彫りの鷹や、壊れた装備で、果敢に大軍へと挑む戦士の絵、悲しそうな羊飼いと川を描いた絵等。学生が創作した作品が置かれている。

 そこで、不動は椅子にジッと座り、きららはキャンバスに向かい、鉛筆を走らせていたが、その動きが止まる。

「おつかれ~。もう、動いていいよ」

「それにしても、思ってたより早いな」

 まず、不動は左頬を擦り、その後に、思いきり背伸びをする。

「人物画のデッサンは、風よりも早く、狙撃手よりも緻密で、その人よりも生き生きさせようって、心がけているんだよね」

「でも、五分は早すぎだろ?」

「えっ、じゃあ、ずーーーーーーーーっとジッとしていられるの? ムリだよ。私はモデルさんが退屈そうに見えて、カワイそうだと思っちゃうよ」

 不動は首を傾げる。

「だったら、何で俺の絵を描きたいって言い出したんだ? 別に、嫌だからじゃなくて、きららちゃんが、モデルの事を『カワイそう』に見えるって言うのと、矛盾してないか?」

「そんな事より、私が不動君の事を描きた……あー、旅の思い出になるかなとか」

 すると、部屋にビリビリと何かが破れる音が聞こえる。そのうえ、画材とは違う甘ったるい匂いが、不動の鼻をくすぐる。

(ん、なんだ? まさか、機械じゃねぇだろうな)

 訝しげに周囲を見渡す不動。そこにあるのは作品と画材だけで、怪しいものは存在しない。バキッ、何かが砕けると思える音が、きららの方から響いた。

「オイ、きららから離れろ」

 荒い口調と共に椅子を倒し、イーゼルの向こう側にいるきららの許へと向かう。

「フェッ」

 拳を放つ瞬間で静止する。そこにはチョコレートを口にくわえ、銀色の包装に包まれた残りを、両手で大事そうに持っているきららの姿があった。

「ぇっぇっぇっ」

 慌ててチョコレートを飲み込んでしまったのか、詰まった器官を叩いて、呼吸を整える。

「もぉー、いきなり怖い顔でコッチに来ないでよ」

「あぁ、悪ぃ。そういうつもりは無かったんだが――なんで、チョコレート?」

「だって、絵を描く時って、すんごく頭を使わない? その為の栄養補給だよー」

「あ、ぁあ。分かった」

(つまり、今までの行動は、欲望に忠実と言う訳か)

「シッシッ、これから色々するから、離れた、離れた」

 不動はきららの言うとおりにして、椅子を立てて座る。

「座るのも退屈だ。ちょっと、聞きたい事があるんだが大丈夫か?」

「なぁに、あーたんのスリーサイズとか? 弱点とか? 好きな店とか?」

「見ちまったしな~違うネタにするわ。今朝、一発キツイの貰っただろ――」

「えぇー。夕べは気絶したのに、今朝は走れたじゃん」

「あれは逃げたんだ。紙飛行機持ったら、昇天するところだったぜ」

「あーそれかー私もあるよ。高校時代にね」


 夕焼けが差し込む誰もいない廊下を、きららは上の空で歩く。

(まいったなーテスト前なのに、教科書を忘れちゃったよー。赤点取ったら、描けなくなっちゃうよ)

 おもいっきり欠伸をしながら進むと、二年二組の教室に辿り着く。誰もいないと判断し、扉を勢いよく開けると、何かを投げようとしている天夢の姿があった。

 風で舞い、夕焼けに照らされても、なお銀色に輝く髪。振り返って見える端正な顔立ちに大きな二重まぶた。揺れる豊満な胸とスラリとした足。同じ制服姿でも、小学生と見間違えるきららと彼女では印象がまるで違う。

(綺麗……翔井さんってグサッとしてるけど、こうやって見ると、はんそくぅー)

「なに見てんの? 消えてくれない」

 冷たく少し低い声に、きららは驚き飛び上がりそうになる。

「あはは、ごめん。忘れ物を取ったら、すぐ帰るよ」

「そう……」

 天夢は自分の手を見た途端、窓の外や教室を忙しなく見回す。いきなり、きららを睨みつけると、俯きながら早足で向かってくる。

(うわぁ、怒らせちゃったよぉ。誰でも殴っちゃうんでしょ)

 きららの肩に天夢の手が触れる。その瞬間、小さな体が壁に追いやられる。同じ、いやそれ以上の勢いで扉が開かれる。

ふらつく体を、壁に触る事でどうにか持ちこたえた。

(いったぁ。やっぱり怒ってる。謝った方がいいかな)

 夕日とは違う光に気付いたきららは、その正体を確かめようと床を見てみる。一見すると何も無いが、綺麗な光を放つ僅かな雫がそこにある。

(泣いてる……のかな? うぅん、怖かったけど、違うかもだよね)

 教室を出て廊下を見るが、そこには誰もいない。つまづきそうになりながら、走り出す。


 夕方の校舎裏。冷たい風が吹く中でも、植物達はまだまだ生い茂っている。大人の膝程ある草にしゃがみこんでいても、その銀色の髪はよく目立つ。後ろに、肩で呼吸するきららの姿がある。

「誰? 何の用」

「手伝うよ」

 舌打ちしてきららの方に振り返る天夢。

「さっさと消えて、関わってもろくな目に合わないから」

「そんなのどうでもいい。私のせいで大事な物を無くしちゃったんでしょ」

 僅かな静寂の後、ため息だけが聞こえる。

「好きにすれば」

 言い終わるときららは、天夢の前にしゃがみ草をかきわける。

「あっ」

 いきなり立ち上がり、きららは天夢を見下ろす。

「大事な物って、どんな物なの?」

 尋ねると天夢は視線を逸らす。その上、夕日で紅く染まった彼女の白い肌が、より紅く染まっているのが分かる。

「……紙……」

 聞き取れなかったのか、きららは耳に手を当てる。

「えっ、もう一度言ってよ」

「紙」

 風と声が小さいせいか、きららには聞こえないようだ。

「ちゃんと言ってよ。これじゃ探せないよぉ」

「うぅ」

 眉間にしわを寄せているが、掠れそうな声で天夢は呻いた。そのすぐ後にため息をつく。

「笑わない? もし、他人(ひと)に話したら許さないけど」

 その問いに、きららはただ頷くのみで答えた。

「紙飛行機。先端が三又に分かれている……」

「オッケー。紙飛行機だね」

 思っていなかった反応に、天夢は戸惑い口をポカンと開く。気付いたのか、指摘される前に口を隠す。

「笑わないんだ」

「意外かな、と思ったけど」

 きららは微笑んだ後、軽く舌を出す。

「今、笑った」

「じょ、冗談だよ」

 天夢は嘆息すると、再び紙飛行機を探し始める。少し遅れてきららも手を動かす。


 陽が落ち、代わりに月明かりが二年二組の教室に射し込む。窓際に天夢が座り、中央にはきららが座り、鞄に教科書を入れている。

「はぁ、全然見つからない。グラウンドや体育館、校舎の隅々を探したのにぃー」

「もういいよ。ありがとう」

 天井を見上げながら、天夢は力なく言う。

「えっ、あきらめちゃうの」

「……迷惑かけたし…………運命だった……そう割り切らないと……」

 ガタンと机を揺らし、きららは立ち上がる。

「その程度なの!! 宝物なんでしょ。あれ、嘘なの。一緒に遅くまで、ゴミを探してたって言うの?」

「ゴミッ、言うに事欠いて。元はと言えばちんちくりんのせいで無くなったんだ。覚悟はできてるな」

 天夢は拳を握りながら、きららに迫る。お互い一歩も引く気配は無い。

「いいよ、殴れば。それで気が済むなら平気だよ」

 笑顔で天夢に臨んでいるが、声も体も震えていて今にも崩れ落ちそうに見える。

「ねぇ、殴らないの」

 拳は解かれた。きららの瞳から頬をかけて涙が月光で輝いている。

「…………ごめんなさい」

 天夢はきららを抱きしめていた。それも、小さい彼女の顔が豊満な胸で埋められている。

「くっ、くるしぃ……はぁ」

 解放されたきららは、紅潮し上の空だ。抱きしめてきた張本人は窓を眺めている。

「一度やってみたかったんだ。幼い頃、母さんに謝ると、いつも抱きしめてくる」

「それって、私が娘?」

「当然、元はと言えば…………えーっと」

()(はし)きららだよ。(かけ)井天夢(いあむ)さん」

 天夢は自身を指しながら、きららを覗き込むように見る。

「知ってるよ~無口で学校で起きる事件の大半は翔井さんのせいって噂されてて、後、スタイルの良い美人さんだから写真が取引されてるよ」

「もういい。それ以上言うな。か、帰ろう」

 そう言うと天夢は歩き出す。教室の扉に手をかけたまま後ろを振り向くと、きららは教室を出るそぶりを見せなかった。

「学校に泊まる気?」

 きららは首を横に振り、更に肩を回す。

「泊まる気は無いよ。でも、宝探しは続けるから」

「手がかりはあるの?」

 サムズアップしながら、眉尻を上げて頼もしい表情を天夢に見せる。


 学校で出たゴミを一箇所に集める場所。そこに集められていたゴミ袋の山は崩されていた。

 天夢ときららは開いているゴミ袋を縛り、元の状態に戻している。

「はぁ、つかれる」

 きららが持ち上げたゴミ袋を颯爽に横取りをする天夢。

「いいよ。今の冗談」

「休めば、後は全部やるから」

 ゴミ袋は山の上に積み上げられる。どこか余裕のある天夢の視線は、フェンスの方に置いてあるバッグに向けられている。

「ホント、見つかって良かった」

「燃えるゴミと同じ場所にあったけどね」

「その人にとってはゴミに見えた――」

 天夢の口角は引きつっているが笑っている。だが、目は今にも殺してやると鋭い。

「――ああ、そうじゃなくて」

 慌てた素振りできららは、バッグの元までたどり着くと、中をガサゴソ探る。その様子を天夢は、髪をかき上げながら眺めている。

「これこれ、見て見て」

 飛び跳ねそうな勢いで天夢に近づき、二十四色あるクレヨンと、明るい背景にジャック・オ・ランタンが描かれた画用紙を見せてくる。

「クレヨンにカボチャ……?」

「反応薄いな~価値観は人それぞれ。私にとってこの絵が全力、そして最高ッ」

「そう、上手いね」

 天夢はきららから目を逸らす。

「あー引いたー。それが私の言いたいことだよ」

「何それ、意味分んないんだけど」

「だったらぁ、その答えが分かる良い方法を教えてあげましょうか?」

 低身長をごまかそうとしているのか、顔を上げ、天夢と比べて慎ましすぎる胸を張り、手を腰に当て得意げに立っている。

「分かんない。だから、教えて」

 出題した方の得意げな態度は一気に崩れ、顔は俯き、腰を曲げ、手はぶらりと垂れ下がる。

「降参したんだから教えてよ」

 きららは顔を上げると、即座に天夢の頬を引っ張る。

「イタッ」

「ツンケンしてたんじゃ、いつまでたっても分かんないよ」

「関係無いでしょ。それ」

「友達になるなら、お互い笑わないと」

 それは天夢にとって、月の光を凌駕する程まぶしく、でも太陽より優しい笑顔だった。


第二章 変える為の現在(いま)(破)


 青葉町南の住宅街から少し離れた所に小さい山でできた南青葉公園がある。そこは、緩やかな傾斜に敷き詰められた芝生と不規則に茂ができている。子供が遊ぶ公園と言うより、大人が寝転がって、ゆっくり景色を眺め、社会の喧騒を忘れる為の場所である。

 私の未来視は、南青葉公園で茶色のウェーブにミリタリージャケットを羽織り、デニムスカートを履いた女性がキャンバスノートに絵を描いている最中、機械生命体に襲われる様子を視た。襲われる時間は一時過ぎ、これは未来視の経験上、太陽の位置で憶測できる。

 大津兵長の提案で、私は隊員の制服から被害者と同じ格好に変えたが、致命的なことに髪の色を変える暇は無かった。

 確かに格好等を大津兵長に用意してもらうのが最善だが、未来視は私しか見られないうえに、せっかく視た被害者の服のブランド等を知らない己の無知さと変装するには寂しい手持ちが災いし、財布と言う悲しい役目を大津兵長には担ってもらった。もちろん上手くいった暁には、今回の件の領収書を全て経費で落とすつもりだ。

 小さい山の頂上で、私は未来視通りの絵を描こうと四苦八苦していた。大津兵長は茂みに隠れ、私が機械生命体に襲われても援護できるようにしている。

「翔井さん。君が見立てた一時を過ぎているのに、機械生命体が一向に来る気配が無いんだけど、大丈夫なのか?」

 分からない。ああ言われる前から、未来視で見た事象を私は再現できなかった。もしかしたら、未来を変えようとした時点で、既に変わっているのかもしれない。甘い考えだが、未来が変わってしまえば、未来視で視た事象が酷くても、変わった未来では案外呆気ない事象になるのかも知れない。

「もしか」

 キィィィィィィィィィンと耳鳴りが、私の口から言葉を出そうとするのを阻止する。


 〝暗くて狭い通路。そこを僅かな金属音を立てながら進んでいく。突然の発光と共に景色が変わり、Eの頭文字をした看板の百貨店と買い物客が出入りしている横断歩道が見える。

 そこを紺色のコートをなびかせた茶髪の男が、車や通行人を避けながら疾走し、百貨店の中へと入っていく。景色が暗転すると思ったら、町を見下ろせるカフェの窓際に、私の未来視で機械生命体に襲われる筈の女性が映る。いきなり、女性の顔が苦痛に歪み、窓から消えて代わりに茶髪で見覚えのある大胆不敵な目をした少年が映る。〟


(また、紺色のコート。あの髪どこかで見た覚えが)

「緊急事態発生。E門百貨店で暴行事件が発生。ぇ、大津兵長、順路に復帰し至急現場へ向かって下さい」

「あぁ、まずいな。挽回しようと思ったのに」

 朦朧とする意識の中、一方的に緊急要請してくる通信機と慌てる大津兵長の声で正気を取り戻した。

「すいません、大津兵長。大変です。青葉町の西にあるE門百貨店で事件が起きるかもしれません」

「それなんだけどね。残念だけど当たってしまったよ。行った所で僕達のクビは飛んでしまうけどね」

 彼の性格からして弱気な事を言うのはしょうがない。だけど、ここで腐ったら未来を変えられること否、助けられる可能性のある人間を見捨てることになる。かつて、私を機械生命体から助けた人が諦めなかったように、ここで諦めるわけにはいかない。

「何もしないなら、動いていた方がマシです。私達は高い給料の為に治安維持部隊に入ったんですか?」

 つい尋芦大佐の話を引用してしまったが、大津兵長に効果はあるだろうか。

「フフッ、朝は僕が君に発破をかけたのに、ここで僕が揺らいだらダサいよね」

「一緒に来てくれるんですね」

「うん、最終手段も無い事は無いしね」

「どんな手ですか?」

「タクシーを使うよ。今月ピンチなんだけどなー。まぁ、君とのドライブ代だと――」

 私は大津兵長の手を引っ張りながら急いで斜面を下り、走りながらタクシーを探し、どうにか捕まえることができた。大津兵長は運転手に緊急事態である事を伝えると、急いでE門百貨店へと車を走らせてくれた。

「いくらだい?」

「千六百二十円です」

「ちょっと待って翔井さん」

 はやる気持ちを抑えて、車外から大津兵長が運転手にお金を支払うところを確認する。

「領収書は治安維持」

「そんな時間はありません」

 大津兵長の手を引っ張り、強引に車外へ出す。

「ぁあっ」

 彼の情けない声と共にタクシーがその場を後にする。買い物客や通行人が私達のやりとりを見た気がするが気にしている暇は無い。

「行きますよ。大津兵長」

「気にしてる暇は無い。だね」

 私達は急いでE門百貨店の中へ入り、被害者の女性がいるカフェコーナーがある六階まで向かう。

 六階に到着すると、カフェコーナーに人だかりができていて、一目瞭然で事件が起きた事が分かる。だが、悲観するのは早過ぎる。まだ把握していないのだから。

「治安維持部隊です。事件の通報を受けて収拾に来ました。通してください」

 人だかりに私達が通る為の道ができる。そこを通り、未来視で視た窓際の席へ向かう。その中にいる客達が私達をジロジロと見てくる。窓際の席付近に来るとテーブルや床の上に隊員達が気絶しているのが分かる。その元凶は紺色のコートを着た茶髪の男で、状況を把握しようと目を凝らすとやはり女性の上に乗っていて、その意識は無いようだ。

「治安維持部隊だ。両手を頭の後ろにつけろ」

 大津兵長が私よりも早く拳銃を抜き男に向ける。彼は深想出力術式を彫っていないので、想気銃は使用できない。

「まぁた懲りずに来たか。なぁ、片手じゃダメか?」

「それ以上、女性を汚い手で触らないでくれ。もし、言う事を聞かなければ発砲するぞ」

「こっちは、テメェーの言う汚い手で人を助けてる最中なんだよ」

 うすうす不動彰真だとわかっていた。でも、どこかで認めようとしなかった。機生体を倒すのに二度協力したせいだろうか。

(いや、よく思い出せ。悪い事の方が多いはずだ)

 私の宝物に無断で触れた男。人助けと称しているが女性を襲っている男。

 きららから恩を受けたにもかかわらず、それを仇で返すかもしれない男。

 舌打ちが聞こえると思ったら、次の瞬間には大津兵長が私の横に倒れていた。

「大津兵長。大丈夫ですか?」

 床に叩きつけられた大津兵長は反応しないが、脈はあるので無事ではある。

「いいか、もう近づくなよ。こう見えても俺は本当に忙しいんだ」

(最悪だ)

 体は勝手に動いていた。深想出力術式も発動している。この力で敵を全力で排除し、女性を救出する。そして、忌まわしき未来を変えてやる。

「ヘェヘェ、わかんない奴だなァ。もし、俺がテメェーの思うようなクズなら、とっくにここにいる奴らは死んでるっつーの」

 奴は、私の拳を苦しそうに受け止めている。

「黙れ疫病神。殺すぞ」

 私は力を引き出そうと更に憎悪を込めた。受け止めている奴の手がガクガクと震えているのが分かる。

「グゥゥッ、しかたねぇ。来いよ。その娘の中より、俺と一緒にいた方がもっと長く生きる事ができるぜ。どうだ、悪くない話だろ?」

 訳の分からない事をつぶやいている。

(どこまで、人をなめれば気が済む)

 更に力を入れた瞬間、奴から力が抜けると思ったら手首が捕まれた。少し引っ張られるとすぐに宙に飛ばされたのが分かる。夢中で姿勢をコントロールし、足から床に着地して銃を向ける。

「ハァハァ、そいつは無事だ。しんどいから帰るぜ」

 奴は疲れた様子で窓辺に飾り等を置くスペースに立っている。そこにサイレンが聞こえてくる。どうやら応援が来たようだ。

「誰が逃げてもいいと言った不動彰真」

 発砲は腕に命中したが、奴はそれを反動に拳で窓を叩き割り、六階から飛び降りる。

「ふざけるな」

 割れた窓から下を見ると、不動は何事も無かったように応援の隊員達をすり抜け、壁の役目も兼ねた車両を飛び越え、逃げられてしまう。

「ッ、次見つけたらブッ殺してやる。絶対に」

 軽い力で肩がたたかれる。振り向くと大津兵長だった。

「女の子が、大声でそんな事を言うのはいただけないよ。とりあえず、応援と倒れている彼女を病院へ運ぶように手配しよう」

 増援に来た隊員達は不動を追う班と現場を収拾する班に分かれた。私達は本来なら現場へ早く来れる筈なのに遅れて来た責任の件で取り調べを受けなければならないので、現場の収拾に振り分けられた。


 家路に着こうとする私の足は重い。今までの命令違反が重なり一ヶ月の謹慎を言い渡されてしまった。もしかしたら、治安維持部隊に復帰するのは難しいかもしれない。だけど、私が責任を負うのは然るべき事だが、大津兵長を巻き込んでしまったのは申し訳無いと思っている。彼は管理能力の低さを問われ、兵長から私と同様の隊員に降格させられ、出世の道も絶望的になってしまった。彼が出世についてこだわっていたかは知る由も無い。もしかしたら、未来で死んでしまう理由は機械生命体を率先して倒そうと無理してしまうからだろうか。そうなれば、私のせいだ。

 そう思っている内に足はマンションの前にたどり着いてしまう。自分の部屋を見上げると、きららが扉を開錠している所を目撃する。

(帰りづらい)

 視線がする。機械生命体と思い身構えると、犬いや大きい気もするが、銀色の大きい犬が私を見ていた。

(飼い主でも待っているのか、いい奴だな。犬……ではない……断じてそう思った訳ではない……が、きららの機嫌を少しでも良くしないと)

 私はきららの大好物であるチョコレートをまとめ買いしてマンションの前に戻った。そこにはもう犬がいない。

(私も、戻るべきところに戻らないとな)

 覚悟を決めて家路に着こうと扉を開けた。

「ただいまー、きらら」

 たぶんいつもの三分の一程度の声量で言った気がする。これで何かあるなときららに悟られてしまっただろう。

 返事がしない。まぁ、声が小さいせいもあるし、料理に夢中になったきららの事だから気づかないのかもしれない。

 私はリビングの扉を開けた。戦慄が走り、全身の力が一気に抜ける。

 全て私が視た未来視通りになっていたからだ。絵を描く為に使う小型のイーゼルの位置はローテーブルの上。大好きなチョコレートの包みも同上。パレットはきららの洋服やカーペットを汚しているが、よく見ると絵筆も落ちている。

「……た……たす……けて」

 何よりも一番見たくなかったのは、眩しい笑顔しか思い浮かばないきららの顔が、自分で自分の首を絞めているせいで苦痛に歪んでいる事だ。

「きらら、やめて」

 凡庸な言葉を叫びながら私はきららの腕をつかんで、彼女自身が絞めている首を離そうとした。

「し……し、死なせて……バケモンに……なりたくないよ」

「させない。させないよ。絶対に助けるから――」

 家事をするのも不安に思わせる細腕で私と同等以上の力を出してくる。そのせいか、きららの頬と手には血管とは違う管状の物が浮かび、蛇のように全身をのた打ち回っている。

「アーーッ、アーーッ、ヴフェッ」

 激しい嘔吐と共にタールの様な臭いがした。カーペットには黒くて太い管がウネウネと動いている。

「ウワァァァァァァァァァッ」

 きららを助けられなかった憎悪が、一刻も早くあの黒い物質から離そうと、深想出力術式の力で彼女を床にうつ伏せにさせた。

「ヒド…………いよ………チが……う…………たす……あー……」

 助けを求めようと手を伸ばしたが、きららの目は赤く点滅し、可愛らしい声は擦れてしまっている。

「き……きらら……」

 可愛そうにきららの手は力なく床に着いてしまい、動かなくなってしまう。私は一度未来視でその光景を視ているにもかかわらず、ただ怯えたうえに後ずさりさえしていた。

(どうすればいい、どうすればいい、どうすれば……)

 助けると言ったにもかかわらず思考停止。

 玄関の扉が勢いよく開く。

「きらら、天夢、何があった」

 どこかで聞いた忌々しい男の声。ドカドカとリビングへ近づいて来る。どうする事もできないがきららを守らなければと身構える。

「天夢――」

 不動彰真。大日本帝国から日本を救った英雄の名を騙り、機械生命体と戦うフリをして日本に機械生命体を持ち込んだ存在。証拠は二つ。百貨店で女性を襲った事と、未来視できららが機械生命体に襲われた際、最後に見えた紺色のコートと目の前にいる不動が類似している。

「――そういう事か。安心しろ天夢、きららちゃんは俺が助ける」

 助ける。それは人間として苦しむきららを機械生命体にして開放してやろうと言う事か。

「…………………………………………………………………………………………………殺す」

 奴は希望に沸く人々を不安に陥れ、機械生命体が人間を乗っ取った種、機生体に変えたうえで殺し、私と友人に取り入ろうとした。そして、私の大切な人を死ぬ未来へ導く。

「お前は勘違いしている。確かに俺は人を襲ったかもしれないが、あれは違う」

 言い訳か、機械の言う都合の良い論理なんて聞きたくない。

 奴の足がこちらへ一歩近づく。

 どうして私の人生は機械生命体によって滅茶苦茶にされるんだ。幼い頃の友達はみんな死に、運命を変えようと奔走したが嘲笑うように両親を奪い、良い意味で変な友人は私の前で果てようとしている。それもこれも奴らのせいだ。

 手の甲に彫った深想出力術式が悲鳴をあげるように震えて見える。今までより力が沸き、床にヒビが入る。腕を動かしただけで風が巻き起こる。

「消えろ。粗大ゴミ」

 床が砕けた音と共に私は不動の目の前にいる。そして振りかぶった拳で奴の顔を跡形も無く壊そうとした。

「違ぇんだよ」

 誰よりも速いと思った私に、象に踏み潰されたと思う程の重い衝撃が襲いかかる。憎悪で際限無く強化された想気凱装にも関わらず、あっという間に床へと倒れる。

 奴の着ている紺色のコートが翻る。忌々しい、あの光景は、私だったのかと痛感する。


ねぇ、きらら。もし、生きていたらチョコレートをうんと食わせて、ずっと抱きしめてもいいかな?


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