なんの音かは、きかないで(お題:きちんとした音)
新入社員の可愛い女の子が下を向いて、ぼそぼそと訴えた。
「席替え、してもらえませんか」
またか。僕は溜息をつく。一応このフロア(課)の責任者である。
彼女の訴えは隣の席の人物にへの苦情でもある。
激しい貧乏揺すりの彼は周囲の大迷惑だ。
彼の隣の席の人間は早ければ一日、長くとも一週間で音を上げる。
気持ちはわからないでもない。
彼から離れた場所に彼女を移動させようと思ったが、席が足りない。
僕が座っている席は管理職の席が並ぶシマで一つ席が空いている。僕の隣だ。
彼女を移動させずに彼を僕の隣に移動させた。
結果的に課員全員から彼を引き離すことができた。
その代わりに明日からは僕が被害者だ。
早くこうすればよかったのだが。
「課長、課長、起きてください」
遠慮がちに僕を起こす声。
いかん、また寝てしまった。
カタカタカタカタ
カタカタカタカタ
彼の貧乏揺すりは規則正しいリズム。僕の睡眠欲を刺激してくれる。
僕もまた、違う意味で彼の被害者である。
彼は僕を見て口元に笑みを浮かべる。
カタカタカタカタ
カタカタカタカタ
カタカタカタカタ
ギシギシギシギシ
アンアンアンアン
違う欲を掻き立てないでくれ。まだ真っ昼間だ。
彼の作り出す規則正しいきちんとした音に、昨夜のリズムがまざりだした。
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