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2.出会いは夏といふ季節から

俺は逢いたいと願っていた。

彼女に、遠藤美佳えんどう みかに。

彼女に別れた理由を聞きたくて。

彼女をもう一目見たくなって。

彼女にもう一度自分の気持ちを伝えたくて。

それが、それなのに。

こんな...。


「美佳...?」


こんなことになるなんて。


「歩くん...?」


俺は彼女の名前を呼ばずにはいられなかった。

だって、俺の目の前には今一番に逢いたいと願っていた人物の姿。

その人物が別の知らない男と腕を組んで、楽しそうに笑って歩いていたのだから。

俺は最初人違いをしているのかと思った。

いや、そう思いたかった。

でもそんな訳はない。

彼女はちゃんと俺の姿を見て、俺の呼びかけに答えたのだから。

大通りを他の人たちが通り過ぎていく。

色んな人たちの声が聞こえてくる。

楽しそうな声音があちらからこちらから。

でも、ここだけは。

この俺たちの場所だけは沈黙だけが続いていた。

季節は夏だがここだけは変な寒さと冷たさで包まれていた。

風が一瞬だけ止んだ気がした。


「この人誰?美佳の知り合い?」


この沈黙を破ったのは意外な人物だった。

そして俺が聞くべきはずの言葉をこの美佳の隣にいる男は言いやがった。

知り合い?知り合いなんてもんじゃない。

俺とそにいる遠藤美佳えんどう みかは俺と5年間付き合っていた、大切な時間をお互い過ごした仲なんだ。

でも、美佳はなんでこんな知らない男と?

俺は目線を男へと移した。

美佳の友達?

いや友達同士で腕なんか組むか?

じゃあ美佳の従兄弟さんとか?

いや今まで付き合ってたけど、そんな話は聞いたことがない。

それに美佳には兄弟なんていない。

じゃあ、この男は...。

俺は心の中に浮かんでくるその問いの答えをひたすら否定し続ける。

そんなはずはない。

そんなことあるはずがない、と。

でも、次の彼女の言葉に俺は耳を疑うことになった。

「うん、この人は植野歩うえの あゆむくん。私の『友達』だよ」


その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中の思考が止まったかと思えば動き出した。

ああ、やっぱりそういうことなのかと納得してしてしまった。

不安が、自分の中で否定していたソレが全身に走っていった瞬間だった。

俺はそこから彼女の顔を見ることが出来なかった。


「じゃあ私たちはもう行くね。バイバイ。」


その言葉を聞いて顔をあげると、目の前にはもう美佳はいなかった。

楽しそうに会話して消えていく二人。

背中から聞こえてくる声は見なくても笑顔であふれていることがわかった。

俺はその場でただ茫然とし続けた。

ジメジメと暑い。

俺は今の季節が夏なんだと久しぶりに体感した。

それくらい俺は季節も時間も何もかも忘れていた。

いや忘れたかったのかも知れない。

この現在も過去も、何もかもすべてを。

俺はこのまま何もかも時間とともに流れていってくれないかとひたすら願い続けた。



恋愛は始まるまでは長いが、終わるのは一瞬だ。

俺の友人が言っていた言葉だ。

友人が彼女と別れて愚痴を聞いていた時に、名言なのかよくわからないがそんなことを言われたのを思い出した。

その時は俺と美佳が付き合っていた頃で、友人から聞いたときはそんなもんだろうかと軽い気持ちで聞いていた。

正直友人の話を聞きながらも、自分はそうならないだろうとたかをくくっていた。

まさか自分と美佳があんなことになるなんて、その時はそんなこと思いもしなかった。

きっと友人もそう思っていた一人なんだろう。

そして俺もその一人だ。

「俺の恋ってなんだったんだろう?」

俺はベッドで横たわりながら、自分以外に誰もいないこの空間にひとり呟いた。

時刻を表すアナログ時計がチッチッと秒針を動かし続ける。

時間なんて今は見たくもなかった。

携帯も触りたくない。

時間が見えてしまうから。

俺はただベッドに仰向けになり続けた。

ゴロゴロしたり、横になったり、またゴロゴロしたり。

って一緒か。

何時間あれからこうし続けてるんだろう。

窓から見える外の暗さ的には夕方ぐらいだろうか?

それともこの暗さはもう夜?

天井だけを見つめて急に手を伸ばしてみたくなった。

俺はもう泣いてはいなかった。

眼から流れるモノなんてなにもない。

何を流せばいいんだろう。

何を洗い流せれば、この今の何ともいえない感情は消え去るのだろうか。

俺の心の中の感情は何を表している?

怒り?

哀しみ?

それとも憎しみだろうか?

何に対して怒れば、哀しめば、憎めばいいのか。

それとも他の感情をぶつければいいのか。

誰にぶつけたらいいんだ?

美佳か?

それとも美佳の隣にいたあの男にか?

俺は何もわからなくなっていた。

もう何も考えたくもない。

現実逃避と言われても構わない。

俺はひたすら逃げたかった。

今から、この時間から、俺の人生から。

俺は手元に置いてあった携帯に着けられたストラップを見る。

美佳がくれたお揃いのストラップは今ではただ悲しい思い出としかなかった。

俺はそのストラップを外そうか迷ったが、中々外すことが出来なかった。

別に不器用で外せなかったんじゃない。

そのストラップを外せば、あいつとの思い出が消えそうで怖かった。

だから外そうにも、外すことが出来なかった。

熱い何かが俺の頬を伝う。

頬を伝っていたそれをこらえて、喚きそうな声を抑え、この暗い部屋に聞こえるかぐらいの声で俺は静かに泣いた。

俺はストラップごと携帯を握りしめ、深い眠りについていた。



俺は夢の中で彼女との日々を思い出していた。

あの学校からの帰り道。

初めての彼女が出来たあの日。

美佳と付き合ってから初めてデートしたとき。

受験前でお守りといって彼女手作りのお揃いの携帯ストラップを二人でつけたりもした。

高校受験で合格発表を見に行って一緒に喜んで、毎朝一緒に登校した。

体育祭や修学旅行や学校のイベントでいろいろやったり。

地元の夏祭りや花火を見たり、冬はスキーをしに行ったりした。

同じ大学に行こうって約束して合格祈願のお守りを買いに行ったりもした。

大学では新しく始まる日常に緊張もしたけど、お前がいてくれてとても心強かった。

そして別れたあの日。

美佳が知らない男と楽しそうに歩いていた現実。

「俺の今まではなんだったんだろう?」

「俺の恋って、あいつとの出会いは一体なんのためだったんだろう?」

「どこで俺は間違ったんだろう?」

俺は夢の中でもその問いの答えを探し続けていた。

そして、問い続けていく中で俺は一つの想いが生まれ始めていた。

『もう一度やり直したい』

もう一度、美佳とやり直したい。

ただその想いだけが彼を夢の中でも縛りつけた。



そして、俺はもう一度夢を見た気がした。



何か懐かしい匂いがする。

いや、そう感じる。

夢の中でも匂いってあるんだな。

俺は何かにふわりと包まれた感覚がした。

それは温かくて、そしてどこか淡くて切なくて。

そんな感情というかそんな感覚みたいなものが、俺の中に入ってきたような気がした。

とてもその感覚が心地よくて、たまに寂しくて。

その感覚に身を委ねながら、俺は閉じていた目を開けた。


ジメジメと暑い夏。

まっ青な雲がない青空。

そしてミンミンと鳴く蝉の声。

そうか、俺気づいたら寝てしまってたんだな。

俺はサンサンと輝く眩しい太陽の光を浴びて俺は仰向けになっていた。

今日も暑いなー。

なんて考えていると、ふとおかしなことに気づいた。

あれ、なんで自分の部屋なのに天井にまっ青な空が広がっているんだ?

あれ、なんで俺は太陽の光を浴びているんだ?

そして、俺はなんで外にいるんだ!?

俺は勢いよく身体を持ち上げた。

辺りを見回すとそこは完全に自分の部屋ではなく、どこかの道端の真ん中だった。

そして、道の先には山が見える。

どこかの山のふもとなんだろうか?

道端には軽く雑草が生えているだけで何もなく、ただ山へと続く道みたいだった。

おかしな夢でも見ているのかと思った。

だって俺はちゃんと自分の部屋に入って寝たのを覚えている。

昨日は別に酒も飲んではいない。

じゃあなんで自分は外に放り出されていて、こんなどこかも分からない道端に寝ていたんだ?

俺は必死に今の状況を整理する。

もしかして誰かに部屋に侵入されて外に放り出されたとか?

いや侵入ならまだしも、外に放り出す意味がわからない。

ましてや、侵入されたとしてこんな道端の真ん中に侵入者がわざわざ放り出すだろうか?

断固としてそれは考えにくい。

なら、なぜ外で寝ていたのか?

疑問が膨らむばかりで一向に答えが見つからない。

ただ俺はハッとして自分の持ち物を確認した。

もし誰かに侵入されたとして今の状況に至るなら、自分の物を何か盗られてないか心配になった。

だが財布は部屋に置きっぱなしだし、今の自分が持っているのはズボンのポケットに入れていた少しばかりの小銭とレシートだけだった。

そういや、美佳に会いに行く前に店で軽く昼飯を食べたのを思い出した。

俺は小銭がなかったので千円札で会計を済ませ、その時に貰ったレシートとお釣りをズボンのポケットに入れたのだ。

いつもなら財布にへとレシートとお釣りを入れるのだが、あの時は俺の後ろに並んでいた人が急いでいたため、俺も気を使ってすぐしまえるポケットに入れたのだ。

それに財布には小銭がパンパンに入っていたし、どっちにしろ入れる場所がなかったためポケットに入れていたかもしれない。

どちらにしろ少しばかりだがお金があるのは幸運だった。

こんな暑い日に何も飲まず食わずはキツイ。

食べるお金があるかはわからないが、自販機でジュースぐらいは買えるだろう。

とりあえずこのままでは埒があかないので、どこかに移動することにした。

もしかしたら、この道端も歩いていたらどこか知っている道に出るかもしれない。

俺は地面から立ち上がると、道の先に何か落ちている物を発見した。

なんだろうと近づくと、それは携帯電話だった。

誰のだろうと思ったが、その色や形、そして何より美佳がとお揃いのストラップが着けられていたため自分の携帯であるとすぐさまわかった。

俺は急いで携帯を拾い上げた。

どうやらどこも異常はなさそうだ。

だが、何故か電波の表示が圏外となっていた。

山のふもと付近だからだろうか?

俺はその時は別に気に止めはしなかった。

電波が悪いなら電波が通ってる場所に移動すればいい。

ただそれだけのことだ。

俺は山に続く道に従って行ってみることにした。



あれから何十分歩いただろう?

道はずっと山の頂上へと続いているのだが、中々頂上へと着かない。

道は雑草と木が加わり、本格的に山の中へと入っていた。

だが、道は手入れされているのか雑草が少し生えているだけで道は綺麗に続いていた。

俺は山を登りつつ、少し違和感を感じていた。

この道というか山というか、俺は知っている気がする。

昔にこの山を登ったような、そんな感覚に包まれていた。

奇妙な感覚に包まれながらも道を歩いていると、山の頂上へとつながる石段が見えてきた。

そこで俺はハッとなった。

もし、俺の記憶が正しければ...。

俺はその石段に向かって勢いよく走り出す。

階段を走り、駆け上っていく。

もし俺の記憶が正しければこの階段の先には...!

俺は息を切らしながらも、頂上向けて走る。

そして頂上へとあと数段にまでとなったとき、俺は最後の石段につまずいて勢いよく転んだ。

「いって!」

俺は転んだおかげで、見事にダイブして頂上に着く形になった。

足が痛い。

どうやら少し擦ってしまったみたいだ。

だが、頂上へ着くやいなや俺は嬉しくてニヤリと笑った。

もちろん転んで嬉しかったわけじゃない。

頂上に広がる光景は俺の知っている場所だったからだ。

「やっぱりこの場所だったのか...。」

俺は目の前にある神社を見てそう呟いた。

この神社は美佳が住む団地の近くの山にある立派な神社で、地元でも結構有名な神社でもある。

俺が歩いてきた道は神社の裏側に続く道だったんだ。

だから山の中の道でも、綺麗に手入れされていたんだと納得した。

あの裏道も確か自分が小さい頃に通ったことがあった気がした。

そして、この神社は俺と美佳でよく遊びにきた場所でもあった。

少し複雑な気持ちになりつつも、俺は早速また下山しなければならない。

落ち着いて休憩したい気もするが、今は早く家に帰らないと。

俺の家がもし誰かに荒らされてたら嫌だし、それになぜあの道端で倒れていたのかも気になる。

今は家に帰ることが先決だ。

俺は神社の表側を目指して歩き出した。

しかし、自分の知っていた場所だったこともわかり少しは安堵した。

もし、あの道が知らない場所なら俺はどうなっていただろうかと考えると冷や汗が出る。

まぁ何ともあれ、これでとりあえずは家には帰れるのだ。

俺が歩いていると前から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。

誰かが神社の鐘を鳴らしているんだろうか?

パンパンと手で叩く音も聞こえてくる。

どうやら誰かが願い事かお祈りかしているらしい。

まぁ有名な神社だから、人がお祈りしていても別におかしくはない。

少し覗いてみると、やっぱり誰かがお祈りしていた。

どうやら、お祈りしているのは女の子みたいだった。

結構長くお祈りしているので、邪魔してもと思いそのまま静かに通ることにした。

だが向こうも丁度終わったみたいで、俺とたまたま目が合った。

その子と目が合った瞬間、俺は驚愕して思わず声が出そうになった。

向こうはキョトンとこちらを見ているが、こっちはそうはいかない。

なぜなら、その女の子はどう見ても俺のよく知っている中学時代の遠藤美佳えんどう みかだったからだ。







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