1.桜舞い散る今日この頃
人生とはなんて思いどおりにならないものなんだろう。
俺こと植野歩は5年間付き合っていた彼女にフラれた瞬間を思い出して、ふとそんなことを思った。
俺と彼女は今日、地元から離れたテーマパークへと遊びに来ていた。
彼女と一緒に写真を撮ったり、彼女が苦手と言いつつもせっかく来たんだからと半ば無理矢理にお化け屋敷に誘ってみたり、彼女は怖かったと顔を膨らませ怒ってきた。
その仕返しのつもりか俺が苦手なことを知っててかジェットコースターに強制的に乗らされたり、乗り終えてからの俺の悲鳴とかマネされてこれは完全にやられてしまった。
そのあとは機嫌を取り戻した彼女と一緒にランチを食べて、夜のショーを見て、最後は観覧車に乗って、綺麗な夜景を見て、そこでキスをして、今日は楽しかったねとかそんな感じのセリフを言って終わりのはずだった。
でも、そうはならなかった。
観覧車が丁度一番高いとこに近づいてきた辺りだったと思う。
彼女がいつもより窓の外の景色ばかり見ているなと思って、今日は遊び疲れたかなとひとり勝手にそう思っていた。
すると、彼女は突然俺の方に顔を向けてきた。
目が少し潤んでいたと思う。
そこからはほんの一瞬のことだった。
「私たち、別れましょ?」
ほんとにいきなりの思いがけない言葉にえっ、となった。
自分でも今この場所での時間が止まったのではないかと思うぐらいに硬直していた。
観覧車は丁度真上を通り過ぎていた、と思う。
どんどん角度は下がり始め、残り半分を俺は彼女と一定の距離を保ちつつ、俺は彼女から目を背けることができなかった。
ここからの景色はとても夜景が綺麗なんだ。
そうデートする前の計画を立てているとき、そんな話を電話でしていたのを思い出した。
彼女も「そうなんだ。ぜひキレイな夜景を一望してみたいね」なんて乗り気で。
だから彼女と最後はコレに乗ろうって計画していたんだ。
それがこんな形で終わろうとは誰が予測できただろうか。
俺は観覧車が下に着いたときもしばらくはシートから立ち上がることができなかった。
気がつくと係員の人に声をかけられていた。
どうやら下に着いても中々下りないからどうしたのかと心配してくれて声をかけてくれたらしい。
まぁ俺が中々下りないから次の客が乗れないため注意してきたんだと思うが。
係員にすいませんと軽く頭を下げ、そこで彼女がいないことに初めて気づいた。
さっき声をかけてくれた係員に聞いてみたところ、下に着いた瞬間そそくさと出て行ってしまったらしい。
俺はありがとうございますと告げると、係員はそれ以上聞いてくることはなかった。
なんとなく察したのだろう。
自分の目に涙が溜まっていたとこから容易に想像はつく。
俺はその後自然と泣き崩れた。
辺りの人の目なんか気にせずに、俺は泣いた。
ただ泣き続けたんだ。
これで俺と彼女との恋は終わりを告げたのだった。
俺は帰り道から家のベッドに横たわるまでほとんど彼女のことしか考えていなかった。
あれから連絡もしてみたが電話にも出ないし、メールの返事も返ってきてはいない。
あの時は彼女にフラれたショックからただ泣いていたが、よくよく考えれば俺は彼女からフラれた理由を聞いていなかった。
正直今更ながらあの時に聞いておくべきだったと思う。
だけど、あまりにもいきなりすぎて俺はそれすら聞くことができなかった。
今もこうして折り返し電話とメールの返事待ちである。
あんまり電話やメールしても長年付き合ってきた彼女でも怖がれそうで、中々そういうことができない自分に少し情けないというか、いやはや正常なのか。
とにかく俺は彼女もとい元カノとなった遠藤美佳の返事を待つことにした。
もしこれでも返事がこなかったら、明日にでも一回家に寄ってみよう。
家に行く理由は寄りを戻せるかどうか聞きたいのが本音だが、まずは別れることになった原因つまり理由を知りたかった。
もしかしたら俺が何か彼女の期限を損ねるようなことをしてしまったのかもしれない。
それとも彼女を知らない間に傷つけてしまったのかもしれない。
もしかして無理矢理お化け屋敷に連れて行ったことだろうか?
それで怒って別れを切り出されたとか?
いや、彼女の性格からしてそれはまずない。
確かにあの時の彼女は無理矢理連れて行ったことに怒ってはいたが、その後彼女からの仕返しを受けている。
それに俺たちの仲ではこういうことは日常茶飯事だった。
冗談混じりに相手をからかったり、からかわれたり。
他の人に通じない冗談もアイツとは通じ合っていたんだ。
考えれば考えるほど彼女との思い出が蘇ってくる。
でも、もしかしたらその思い出の中で彼女を傷つけてしまった思い出があるのだとしたら...?
自分が良い思い出として終わらせた記憶の中で、彼女だけが不満に思ってしまった場所があるのだとしたら...?
だめだ。
こんなことばかり考えると気が気でなくなってくる。
今は彼女からの返事を待つんだ。
それでも来ないなら、やはり家に行ってみよう。
そこで彼女の本心を聞かなければならない。
そして、もし彼女が俺に対する不満があって別れを切り出したのなら、潔く認めるしかない。
彼女との、遠藤美佳との別れを___。
気づけば俺は朝を迎えていた。
どうやら連絡を待っていたまま、眠りについてしまったらしい。
窓からさす朝日が眩しい。
手で顔を覆いながら俺は急いで携帯を手に取った。
表示される画面。
そこには___。
「連絡なしか...」
俺は彼女の家に向かうことを決めた。
「そういえば、なんか臭うと思ったら俺風呂入ってなかったな...」
昨日はフラれたショックと彼女の連絡を待っていたこともあり、風呂に入っていなかったことを思い出した。
服は昨日の出かけたままの恰好はもちろん、今が暑い夏のこともあり、服と身体は変な汗で気持ち悪い。
さっと風呂に入って美佳の家に行こう。
ふと、彼女の家に行く前に家によることを連絡して行こうか迷った。
しかし俺はすぐに首を横に振った。
やめておこう。
昨日から連絡がとれないのにその連絡を返すとは考えにくい。
それに家によることを連絡すると避けられてしまう気がする。
俺は別れた理由を知りたいだけだ。
そう、ただそれだけだ。
そういって無理矢理に自分を納得させた。
携帯は一応のため、風呂場の近くに持って行った。
携帯の時刻表示が10時半をまわったのを確認して、自動ロックで画面が消えるのを待ってから風呂に入った。
時刻は11時をまわっていた。
俺は冷たいシャワーで軽く身体と頭を洗って風呂を出た後、風呂場に置いておいた携帯をすぐさま確認した。
『新着メール なし』
やはり連絡は来てはいなかった。
俺は美佳の家に行く覚悟を決めた。
歯を磨いたり軽く仕度したりして色々と準備をしていたら、いつのまにか時刻は昼の12時をまわっていたことに気づいた。
丁度、その時自分のお腹が鳴った。
そういや起きてから何も口に運んでいなかったな。
昼にお邪魔するのも悪いし、お腹も空いた頃だし少しどっかで食べてから家に寄ろう。
それに少し時間が出来たわけだ。
落ち着かせる時間も必要だろう。
昨日はあれだけ一刻も早く逢いたかったのに対し、今はどうだろうか。
少し逢うまでの時間が延びて安心している自分がそこにはいた。
「俺は思っていたよりも臆病なのかもしれないな」
そう俺は独り言をボソリと呟いた。
もう一度、彼女とやり直したいというのが俺の本心であり願望だ。
だが、逢って美佳から本当の理由を聞いたとき俺はその事実に耐えれるだろうか?
このまま何も聞かない方がいいのではないだろうか、なんて考えてしまっている始末だ。
これはそうとう重傷だぞ?植野歩。
俺は何のために昨日覚悟を決めて電話やメールを何件もしたんだ?
俺がこの結末から逃げるなんて許されないことだろう。
逃げるなよ俺。
この眼でこの身体で俺は確かめたかったんじゃないのか?
彼女との遠藤美佳との思い出を。
そして俺のこの恋の結末を。
大げさかもしれないが俺にとってはそれくらいの大事なのだ。
正直落ち着いてるように見えるかもしれないが内心は不安で押しつぶされそうだった。
俺は緩んでいた靴ひもを結び、ついにその覚悟を決めた。
「ありがとうございましたー」
俺は店員に勘定をして俺はその場を後にした。
彼女の家はこの店から歩いて15分ぐらいの場所にある。
俺は歩きながら懐かしくなる道へと踏み出していた。
少し国道から外れ、公園につながる大通りを真っ直ぐ抜けて、その先に見えてくる神社の前の道を右に曲がり少し行くと地蔵が見えてくる。
そこに家が密集した団地があるのだが、その中でもピンク色の一際目立つ家があってそこに彼女の、遠藤の家がある。
団地の中でも彼女の家だけがそういう明るい色だから、昔あいつの家に初めて行くのにもすぐ見つけることが出来た。
昔と言っても俺が中学三年の頃だから、小学生や小さい子みたいに間違うことなんてなかったけど。
「しかし、この大通りを通るのも懐かしいなー」
最近はよく車を使って出かけるからこの道は通らなくなってしまった。
それにあいつの家も最近は行くことはなかったし、遊ぶ時も外出や俺の家ばっかりだったしな。
今俺が通っているこの大通りは左右に桜の木が生えていて、右側には少し体を動かすには丁度いいぐらいの大きさの公園がある。
もちろん遊具もあるし、今でも小さい子供たちがすべり台やらブランコで遊んでいる。
遊具を使えない子供たちは鬼ごっこやかくれんぼしたりして遊んでいるみたいだ。
ほんとこんな暑い時期によく元気でいられるなー、なんて思いながら子供たちの元気さに呆れていた。
すると、子供たちの親だろうか。
友達と遊んでいる我が子を見て微笑ましく涼しい木陰から見守っている。
ほんとに見てるとこっちまで微笑ましくなってくる。
これから別れた理由を聞きに行くなんて嘘のような気持ちだ。
「...あんまり長居はしてられないな」
俺は子供たちの声音を遠目に聞きながらその場も後にした。
大通りを歩きながら俺はあの公園で彼女とプチデートしたのを思い出していた。
あれは高校一年の丁度今頃の暑い時期ではなくまだこの大通りの桜が咲き誇っていた頃だった。
たぶん俺とあいつがお互いに意識しだした頃だったかと思う。
あれは学校の帰り道で何故付き合ってもないのにプチデートかというと、その時周りから進学早々俺たちの仲が良いことを知られ『期待の新人夫婦』、『将来有望なボーイ&ガールフレンド』、『お似合い同志』等々。
変なあだ名を数々発掘され、友人はもちろん部活の仲間や先輩は当たり前で終いに担任にまで冗談交じりにからかわれるほどだった。
それくらい俺たちの仲が良かったってこともあるが、さすがに入学してから早1ヶ月でこうなるとは思わなかった。
それでその噂に便上してプチデートしましょ、とアイツが言い出したのがキッカケだ。
そして、そのプチデートでこの大通りの桜を学校の帰り道に見に行こうとなった。
桜が風に揺られ、花びらが咲き散り、まるでピンク色のカーテンが目の前で踊っているようなそんな光景が広がっていた。
その景色はそれで終わらず、舞った花びらは地面に降り積もり、ピンク色の絨毯が辺り一面に広がっていて夕焼けのオレンジ色と桜のピンク色が混ざって、とても言葉では言い表せないようなそんな色と景色で染まっていた。
その光景は今でも俺の目に焼き付いている。
地面と空はピンクとオレンジに染まり、その景色に圧巻しながらも頬をその景色の色に染めてこちらを笑顔で見ている彼女は___。
俺はハッとそこで我に返った気がした。
ジメジメとした暑い気温。
真っ青な空と白が少しあわさった雲。
そして舞う緑の葉。
キャッキャと聞こえてくる子供たちの声音。
俺はどうやら現実という景色に戻されたらしい。
大通りに設置されている時計の針は12時丁度を指していた。
だいぶここで時間を費やしたらしい。
俺は少し急いで駆け足で向かうことにした。
別に急ぐ理由もないが、早く彼女に逢いたくなってしまった。
恐らくさっき思い出に浸っていたせいだろう。
何故か彼女のことを物凄く愛おしくなった。
俺は本来の目的を忘れているんじゃないか、というぐらいに。
逢いたい。
今すぐにでも逢いたい。
何でもいいから逢いたい。
俺は思わず彼女の、遠藤美佳の名前を叫びたくなった。
なんで別れてしまったんだろう。
俺たちはなぜあの結末を迎えることになったんだろう。
俺は走った。
俺はひたすら走った。
ただ走り続けた。
周りから変な目で見られようと構わない。
少し泣いてたと思う。
でも今はそんなこと考えてる暇はなかった。
俺はアイツの家に美佳に逢うためにひたすら走ってた。
この時、俺は季節なんか忘れてたと思う。
走ると暑いしだるいとかなんて、そんな感情は頭の中から吹き飛んでいた。
ひたすら頭の中は彼女のことでいっぱいいっぱいだったんだ。
すれ違う人たち。
こちらを見てくる人たち。
その中でどこか見知った顔が見えた気がした。
俺はふと自然にその人物に目を寄せる。
白いふんわりとしてやわらかそうなフリフリのスカート、ピンク色の涼しそうな半袖のシャツ、茶色のハンドバッグを片手に持ち、もう片方の腕で男の人と手を組んでいた。
可愛い子だなと思って最初見た目線を戻そうとしたが、外すことが出来なかった。
なぜなら、その男と腕を組んでいた人物は俺が今一番逢いたかった人物だったから。
俺がさっきまで思い出に浸っていた登場人物の一人。
俺が今から逢いに行こうとして走っていた目的の。
逢いたくて、愛おしくて、別れた理由が聞きたくて、その相手が、彼女が。
遠藤美佳がその場で知らない男と腕を組んで一緒に歩いていた。
私の初投稿作品です。
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