一攫千金
『それでは、少し
お時間を戴けますか?』
おっさんは携帯を取り出しメールを打ち始めた。
『少々お待ちを…
只今部下を呼びました。
暫くの間、神と仏の違いの話をしませんか?』
と言って、
おっさんは一人で喋る。
俺には、どうでも良い話だ。
何でも…この世界を創造したのが神の仕事で
神が造った世界の矛盾や災いに苦しむ人々を救済するのが
仏であり、菩薩であるので…
仏に全てを見通す力など必要としない。そんな下らない事を聞き流していると、
一人のサラリーマンが入って来た。
『この男は私の部下の《カラス》です』。
カラスと紹介された男は片手にノートパソコンを抱え
神経質そうな表情を、其のままに
おっさんの横に座った。
ファミレスで、
俺にの向かいの席に座る…
二人のサラリーマン。
その内の一人、
カラスと紹介された男は、おもむろに、ノートパソコンを立ち上げた。
カチャカチャと何かを打ち込んで行く。
カモメのおっさんが俺に尋ねてきた。
『後藤さん、今の所持金は?』
何故?…
俺の所持金を気にするんだ。
新手の詐欺か?
身構える俺に、
『今から貴方の最初で最後の
リスクを背負って頂きます。』
最初で最後だぁ!…
俺の所持金なんて、8千円がいいとこだ!
こんなの、リスクを背負う事になんか、なりゃしねぇ…『このパソコンの中には、競艇の電話投票の資金を入れてあります。』
だから…8千円ごときで何が出来る。
『幸いな事に、今日は大きなレースが
開催されているようです。
貴方の所持金を
全部賭けてみませんか?
それで、一先ずの資金を手にしたら、
私共と契約を交わして戴けますでしょうか?』
俺は自棄っぱちになり、
ポケットの中から
8千円を取り出し、テーブルの上に置いた。
『それでは、今から、その8千円を投票させて頂く事に、同意されますか?』
俺は顎をしゃくる様に同意した。
『カラス…住之江10レース
5ー4を8千円』
カチャカチャと打ち込むカラス…
彼が顔を上げる…
『投票しました。』
暫くの沈黙の後
カモメのおっさんが
『住之江10レース発走ですよ。』
の言葉が合図の様にカラスがパソコンの画面を此方に向けた。
競艇がインコース…一枠が強いこと位、俺でも知ってる。
てゆうか…
それしか知らない。俺は為す術も無く
画面に見入っていた。
確定の画面に変わる。
2連勝単式
5ー4で4千円位の配当だ。
しめて…32万円だ。
このおっさん…
見事に当てやがった。
『これを次のレースに全部つぎ込みます。』
おいおい!
当たれば物凄い事だが、
ハズレでもしたら…
パーじゃねぇか!
『カラス…
住之江11レース
3連単1ー3ー4に全部投票です。』
俺の方を向いたパソコンを自分の方へ向けて、
カチャカチャと打ち込んで行く。
確定するまで、
生きた心地はしなかったが、
3連単1ー3ー4で確定した。
配当は千円の配当がつき、
320万円にまで
膨れあがった。
俺が呆気に取られている間に
12レースに320万円をぶちこみ。
全額で…
2100万円程になった。
震えが止まらない。こいつら…
一体何者だ。…
いとも簡単に金を稼ぎやがった!。
『これで…私共との契約を交わして戴けますよね?』
俺は…
大きく頷いた。…
『これが…契約書です。どうぞ、ご確認を』
目の前に差し出された契約書に、
ろくに、目を通さずにサインをした。
『後藤さん…
2100万円程になりましたが、
現金にしますか?』
『そんな金!
いくら銀行でも、
ポンッとは卸せねぇだろうが!』
『車の中に用意してあります。
純利の2%と8千円は、
引かせて戴いた残りを、
耳を揃えて、用意してあります。
それと、これが…貴方の行動計画書です。』
俺は身体中から汗が吹き出し、
本当に腰が抜けた。
ここから一歩も出てない奴に、
どうして、あんな大金が用意出来る!
しかも元金と自分達の取り分を差し引いて…
話の流れで決まったのじゃ無かったか?2%というものは?
況してや、俺の所持金まで…
震えるその手で、
行動指示書を掴むと
声にならない声を振り絞り…
『現金にしてくれ。』と、
やっとの事で意思を伝えた。
『明日の10時に
ここで待ち合わせをしましょう。
カラス…
後藤さんを送って差し上げなさい。』
立ち上がるカラスの後ろに続き
ファミレスを出る俺に…
『貴方のサクセスストーリーは…
今…始まりました。
貴方が《満足》するまで有効ですよ。』
と小さく声を掛けたおっさんの声を俺は聞き逃さなかった。