ホントの気持ちは?
短編3000文字シリーズ4作目です
いつものように校門前でタカアキを待っていると、突然後輩の男子に声をかけられた。高校生活の3年目も間もなく終わりを迎える頃になると、こうして声をかけられることも少なくなってきていたので、驚きを隠せず、黙って見つめていると、1年生らしい、初々しさの残る顔立ちの男子生徒は顔を真っ赤に染めながら「これ、読んでください」と一通の便箋を寄越し、足早に帰って行った。
「ラブレター、か」
思わず顔がほころんだ。今時はスマートに声をかける男が多いなか、まさか男子からラブレターをもらうとは思っていなかった。便箋をしげしげと眺める。表面に『飯田先輩へ』と書いてあった。
「かわいいなぁ・・・」思わず独り言と共に胸に温かいものが流れた。あの1年生がこの手紙を渡すまでにどれほど悩んだかを思うと、胸が熱くなる。わたしにもそんな事を悩んだ時期があったっけ。
「おい、帰るぞ」
気がつくとタカアキがいつものように登校には不向きなマウンテンバイクを傍らに携えて立っていた。
「待っててくれた可愛い幼馴染に、ありがとうの一言くらい無いの?あんたは」
「可愛い?憎らしいの間違いだろ。いいから帰るぞ」
タカアキはぶっきらぼうに言い放つとさっさと歩きだした。いつも仏頂面で気持ちを読みづらい所はあるけど、今日はいつも以上に不機嫌な気がした。
「何かあったの?」
「別に・・・」
別に、はタカアキの口癖だった。嬉しい時も悲しい時も、悔しい時も楽しい時も、気持ちを悟られたくないのかタカアキは必ず別に、と言う。人によってはとっつきにくく感じるだろうが、わたしは物心ついた時からタカアキと一緒に居るので慣れてしまった。今じゃ別に、の良い方一つでタカアキが何を考えているのかなんとなくわかるほどだ。
「お前こそ、何かあったのかよ。気持ち悪くニヤニヤしやがって」
そう言って怪訝な顔を見せたタカアキの視線は、わたしの右手に持った便箋に注がれていた。
「これ?ふふん。すごいでしょ、わたしにもまだこんなこともあるんだよ」
得意げに便箋をちらつかせると、タカアキはつまらなそうに鼻を鳴らして目をそらした。
「ラブレターなんかもらって浮かれやがって」
「いいでしょ、嬉しいんだから。わたしもまだまだ捨てたもんじゃないってことよね」
「大体、男ならラブレターなんか書かねぇでスパっと告白しろっての」
「そんなこと言って、ちょっと妬いてるんでしょ」
ムスッとした顔をわざと下から覗きこむ。タカアキはバカじゃねぇのと言って手で払いのける仕草をした。
「あんた、わたしがいつまでもそばに居るとでも思ってるんでしょ。いいの?もしかしたらこの子と付き合っちゃうかもよ」
「勝手にしろ」
不機嫌に不機嫌を上乗せされたようなタカアキは、それ以降喋らなくなってしまった。
帰り道に唯一ある大通りの交差点を渡り、住宅地に入るとすぐに長い上り坂がある。子供の頃は『地獄の上り坂』なんて呼んでいたこの坂を、タカアキはよくわたしを自転車の後ろに乗せて上がってくれた事を思い出す。
夕日が坂の頂上に隠れてふと辺りが暗くなる。無言で隣を歩くタカアキの顔をちらっと覗くと、目線をまっすぐ上に向けていて、その横顔に一瞬ドキリと心臓が鳴った。
高校も近場を選んだおかげで、子供の頃からいつも一緒の帰り道。いつも隣を歩いてきた幼馴染の横顔は、子供の頃より若干上の位置にあって、いつの間にか大人の雰囲気をまとっていた。
「そいつと付き合うのかよ」
不意にタカアキが口を開いた。相変わらず目線は前に向けたまま、わたしの顔を見ようともせずに。
「まだ読んでないって」わたしは苦笑しながら答える。
「じゃあ、ちゃんと読んだら、付き合うのか?」
「さぁね、でも見た目は可愛くてちょっとわたしのタイプだったから、無くはないかなぁ」
いつになく気にするタカアキが面白くて、からかい半分でそう言うと、タカアキは「そうか」と小さく呟いて、目を伏せ、マウンテンバイクのグリップを握りなおした。
茜に染まった空と不釣り合いなほど両側を住宅に囲まれた長い上り坂は薄暗く、静かで、タカアキの押すマウンテンバイクの車輪が立てるカラカラと乾いた音が、建物に反射して二人の間に零れ落ちて行く。二人とも押し黙ったまま上る坂は、いつも以上に長く感じた。
時間にしてほんの数十秒の沈黙の後、不意に顔を上げたタカアキははっきりとした口調で「嫌だ」と言った。
それがあまりにも大きな声で、周りの建物に反響するものだから、驚いたわたしは「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ダメだ。そいつと付き合うな」
タカアキはじっと睨むようにわたしを見つめて言う。
「な、なんでよ、そんなのわたしの勝手でしょ」
「俺が嫌だ」
「タカアキには関係ないでしょ」
「関係なくない。とにかく俺は嫌だ。そいつと付き合うな」
まるで聞き分けのない駄々っ子のようにタカアキはダメだと付き合うなを繰り返す。どうして突然そんな事を言い出したのかわたしには分からなかった。
「どうしたの突然?」
「悪いかよ」と苦々しく顔をしかめて怒ったかのようにタカアキは続けた。
「お前がいつまでもそばに居ると思ってちゃ悪いかよ。ガキの頃からずっと一緒だったのに、今さらお前にどこのだれかも解らない彼氏ができるのが嫌で悪いかよ。お前とずっと一緒に居たいって思ってちゃ悪いかよ」
吐き捨てるかのように言い放ったタカアキは、うっすらと顔を紅潮させていたが、それが怒っているからなのか、恥ずかしいからなのか判然としなかった。
「それって・・・」ほんの少しの沈黙の後、恐る恐る訊ねる「告白の、つもり?」
わたしがまっすぐ見つめ返すと、タカアキはバツが悪そうに目をそらして「悪いかよ」と呟いた。
「スパッと告白するのが男なんでしょ?」
わたしはそう言うのが精いっぱいだった。タカアキの不意打ち気味の告白に、恥ずかしさと嬉しさで顔が熱い。
タカアキはゆっくりと顔を上げて、意を決したようにもう一度見つめ返して一言だけ「好きだ」とだけ言って、マウンテンバイクのグリップから手を離した。
タカアキの手から離れたマウンテンバイクが坂を下りながらバランスを崩していくのに気を取られたわたしは、近づいてくるタカアキに気を配る余裕もなく、急激に視界を奪われたと思った時には強引に唇を塞がれた。
子供の頃遊び半分でした時とはまるで違う、乱暴だけど優しいキス。
しっかりとわたしの体を抱きすくめるタカアキに身をゆだねてゆっくりと目を閉じると、少し離れた場所からガシャンとマウンテンバイクの倒れる音がした。
長い長い口づけの後、ようやく唇を離して目を開けると、いつものタカアキの眠たそうな一重の瞳が目の前でゆらゆらと揺れていた。
「ちょっと強引すぎない?」
「悪かったな」
ぶっきらぼうに答えながら、タカアキは恥ずかしそうに目をそらした。
「いいよ」
「え?」
「ずっと一緒に居てあげる」
そう言って今度はわたしから、ほんの少し触れる程度に唇を寄せた。
「そんなにキスしたかったの?」
思いのほか下ってしまったマウンテンバイクを取りに行くタカアキの背中に訊ねると、タカアキはつまらなそうに「別に」と言った。
タカアキは本心を隠したくて言ってるつもりだろうけど、わたしには筒抜けだった。だって今のタカアキの別に、は照れてる時の言い方だったから。
「バーカ、あんたがしたいって言ってもキスなんかさせないから」
「そん時はまた強引に奪うさ」
幼馴染とキスというテーマで書こうと思ったらなかなか進まなくて
四苦八苦しながら書きました。
若いころの気持ちなんて久しぶり過ぎて思い出すのも難しかったようです。
usk