↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
下野国境の激突

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/162

黒騎の凱歌

 慢心する良兼の許へ、伝令が駆け込んだ。

「下総の小次郎将門殿――黒騎馬百余騎、密かに豊田を発し、此方に向かい疾く駆けているとの報にございます!」

 良兼は目を見開いた。

「なっ、なんだと……!」

 その怒声を発した刹那、黒騎馬百余騎が土煙を上げて迫ってくるのが見えた。黒騎馬が現れた瞬間、良兼軍の歩兵は、まるで影に呑まれたかのように震えた。黒騎馬隊は、馬上から一斉に弓を射掛けた。矢が風を裂き、前列の兵が次々と倒れていく。

「怯むな! 槍を構えよ!」

 良兼は叫んだ。

 だが、黒騎馬は斜めから突撃し、瞬く間に目の前に展開する。楯は役に立たず、歩兵の壁が割れ、転倒する者が連鎖し、悲鳴が重なった。黒騎馬は、その裂け目に嵐のように突入し、太刀が閃き、兵が次々と地に沈んだ。

「立て直せ! 立て直せと言っておる!」

 良兼は怒号した。だが、兵はもう聞いていなかった。逃げる者が出れば、隊列は瓦解(がかい)する。瓦解すれば、黒騎馬の“狩り場”に移る。黒騎馬は、逃げる兵の背を斬りつけ、湿原に血の筋が幾重にも刻まれた。


 東方から挟撃(きょうげき)のために進軍していた貞盛と良正は、遠方の黒煙と悲鳴を聞きつけ、思わず馬を止めた。

(……何が起きている?)

 貞盛は、数騎の騎馬武者を選りすぐり、自らも駿馬を疾走させた。

 ――田心川の濁流と数多の屍とが、視界の端で渦を巻いていた。そこへ黒騎馬の影が迫る。その影は、まるで死そのもののようであった。貞盛は震え、死に物狂いで逃げた。武士の矜持よりも、人としての恐怖が勝った。

(あれが将門殿の黒騎馬の軍……)

 湿原は、本来なら歩兵に有利な地形であった。だが、将門の黒騎馬は湿原を駆け慣れた馬を使い、地形を味方につけていた。一方、良兼軍の歩兵は足を取られ、逃げ場を失い、川に追い詰められた。濁流が、逃げ込んだ兵を飲み込んでいく。

「助けてくれ! 流される――!」

 黒騎馬は、その背後から迫った。湿原は、良兼の兵にとって“地獄”となった。

 ――良兼の大軍は、崩壊した。


 戦が終わった後、戦場には、灼熱の余波が広がっていた。湿原には、折れた槍、散乱した草鞋(わらじ)、血に濡れた布切れが散らばり、川面には、流された兜だけが、ゆっくりと浮き沈みしていた。

 将門は黒馬を降り、静かに戦場を歩いた。その眼差しは、勝利の誇りではなく、深い哀しみを湛えていた。黒騎馬の武者たちも、誰一人として声を上げなかった。

 ただ、湿原の葦が、風もないのにかすかに揺れていた。泥に沈んだ兵の手は、まるで何かを掴もうとするように固まっていた。鬼怒川の流れに浮かぶ遺体は、鎧の重みでゆっくりと沈んでいく。

 貞盛は、その光景を見て震えた。

 良正は、泥に沈んだ兵の見開かれたままの目を見つめ、静かに目を逸らした。

「……すまぬ。」

 その声は、誰に向けたものでもなかった。

 良兼は、敗走する兵の中、ただ一人、馬上で歯噛みした。

「将門ぉ……貴様ぁ……!」

 黒騎馬の一人が、馬上の良兼に向けて弓を引き、狙いを定めた。

 だが、将門はそこで静かに手を下ろした。ここまで良兼を追い詰めながらも、最後の一線で殺害は止めたのである。

 良兼の胸には、怒りとも屈辱ともつかぬ熱が渦巻いた。

 その瞬間、遠雷が轟き、真夏の空が裂け、全てを洗い流すように豪雨となった。


 黒騎馬と赤龍――二つの力は、もはや後戻りできぬ道へと踏み出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。