推しキャラ死亡エンドは見過ごせません!
「ミルテ・ダリストン! 本日をもって、君との婚約を解消させてもらう!」
婚約者のリアンが夜会で声を張り上げる中、私は衝撃を受けていた。
もしかしたら、この婚約破棄がスイッチだったのだろうか?
雪崩のように、隠れていた前世の記憶が蘇ってくる。
「だがミルテ。俺も鬼じゃない。君がここで謝罪し、永遠の愛を誓うというのならば、考え直さないこともないぞ!」
私がショックを受けているのは、フェイク婚約破棄のせいじゃない。
記憶のおかげで、ここがゲームの世界だと知ったからだ。
私は二十年間、ミルテとして生きてきたが、その前は日本人だった。
そのときに、ここと同じ世界観のゲームをプレイしている。
「魔力0という異常な君を受け入れた俺に対して、君は態度が悪すぎる。今日だって一分も遅刻してきた。一分あれば、人の命を救えることもある」
「……命を、救う……」
「聞いているのかミルテ!? 俺が本気で婚約破棄してもいいのか?」
「そんなことより、大変なことがあります」
「そんなことより!? お、俺との婚約破棄が『そんなこと』だとでも……」
「お話は後に。このままじゃ推しが死んでしまう」
「推しが……なんだって?」
イキり婚約者のリアンなんて、もう私の眼中にはない。
シャンデリアや豪奢な飾り付けが多い会場内を見回す。
着飾った人たちが何百人もいるので、目的の人物を探すのは難しい。
「最悪……なんでよりにもよって……私が一番嫌いなゲームに……」
『幸福な人生を』
私が前世で死ぬほど嫌いだったゲームだ。
二度とプレイしたくない。
そう思ったし、同時に私がこの世界に入れたら良かったのに……と願ったこともある。
まさか神様は、前世の私の願いを叶えてくれたのだろうか?
「アイルズ様はいらっしゃいますか? どこにいますか!?」
私は夜会にふさわしくない大声を出しながらアイルズ・ホロコースト——推しキャラの一人を探す。
「アイルズ様なら、先ほど外に出ていきましたよ。……あら?」
ゴーン、ゴーンと鐘の音が響く。
これは夜会がお開きになる合図だ。
私の記憶が継承を鳴らす。
確かこの鐘の音が鳴り終わったとき、彼は——
「アイルズ様ッ! アイルズ様ァ、逃げてぇっ!」
走る。それはもう全力で。
走って走って走って走って——
それこそ私は持てるすべての力を使って疾走する。
息が上がろうと呼吸が困難になろうと、いまは一刻も早く彼の元へ。
「いた!」
彼は夜会の外、大庭園の中央にある噴水近くに一人で立っていた。
私の声に反応して、振り向いてくれた。
全力で駆け寄ると彼は驚いたような顔をする。
金髪のウェーブがかった髪と緑色の瞳。
中性的な美しい顔なのに体はしっかり鍛えられており、礼装の上からでもわかる。
でもいまは、どうでもいい。
頭の上にある文字に注目する。
あぁ、やっぱり……!
【衝突死】DEAD ZONE
文字が赤く点滅している。
これを目にした瞬間、私の呼吸の間隔はさらに短くなった。
通称『幸福人生』には主人公が何人もいる。
そして群像的にストーリーが進む。
ミルテもその中の一人なのだが、特殊な設定があり、好感度が非常に高い相手のおおよその死亡時間と死因がわかる。
まず、アイルズ様への予知眼は機能している。
それは朗報。
悲報は右のデッドゾーンになる。
死までカウントダウンの最終地点。
カウントが0になるとデッドゾーンに入り、そこから1秒後〜60分後の間に死亡リスクが著しく高まる。
「衝突死って……どんな死に方……?」
ゲームでは死にパターンが腐るほどある上、ランダムでくるので特定できない。
周囲にあるのは木々、灌木、建物、噴水。
頭上には夜空があるだけ。
……衝突の要素はどこ!?
キョロキョロする私に、アイルズ様は一歩引きつつ尋ねる。
「あの、あなたは……?」
「私はあなたの大ファンな者です! いきなりですが、逃げましょう!」
「えっ、逃げるってどういう……」
「私についてきてください! し、失礼しますっ」
私は強引気味に彼の手を取り、走り出す。
普段だったら『キャーッ、推しの手を握っちゃった☆』とかやるのだろうが、いまは一刻の猶予もない。
問題は、どっちに逃げるかだ。
建物の中か、あるいは庭の外に出るか。
衝突で思いつくのは、馬車や巨体な人とぶつかること。
会場には人が多すぎる。
一方、この庭園から繋がる出口は裏口にあたり、馬車がいない。
「こちらです」
「待ってくれ。僕は人と待ち合わせしてたんだ」
「それどころじゃないんです!」
「君は一体…………ん?」
アイルズ様が走りながら空を見上げる。
キラリとなにかが光ったかと思うや、それが目にも追えない速度で地面に落ちる。
噴水の近く、私とアイルズ様が出会った場所に……。
まっさきに来たのは衝撃波だった。
私はいとも簡単に吹っ飛ばされそうになる。
刹那、アイルズ様が私のことを引き寄せ、そのまま守るようにして一緒に地面を転がった。
轟ッ——!
音は遅れてやってきた。
視界は回転し、鼓膜は破れそうになる。
衝突って隕石なのーっ!?
精神ショックは大きいけど、肉体的ダメージは思いのほか少ない。
アイルズ様の腕の中にいて、守られているからだ。
「……怪我はない?」
「はい。アイルズ様は?」
「僕も大丈夫だよ。立てるかい」
絶対に彼の方が痛いはずなのに、そんなそぶりは微塵も見せないで私に手を差し出す。
やっぱりこの人は、私の推しキャラで間違いない……!
ここで、私はハッとして、立ち上がった彼を予知眼で確認する。
「……ない。消えてる……!」
死因もデッドゾーンの表示も完全になくなっていた。
少なくとも、今回の死の原因は取り除かれたということだ。
彼はバラバラになった噴水の残骸の方に視線を伸ばす。
「あのまま僕があの場所にいたら……死んでいた。どうして、わかったのかな?」
「理由はないんです。ただ、すごく嫌な予感がして」
死ぬ時間と死因が見える。
もしそう告げたら、能力は失われて二度と戻らない。
少なくともゲームではそうだった。
だから、私に予知眼があることは誰にも言えない。
こちらでも同じはわからないけど、失うリスクを考えると、話すべきじゃないよね。
「君、すごい勘だね……。でもおかげで助かった。……僕はホロコースト伯爵家のアイルズだ。王宮騎士団に所属している」
知ってます!
ホロコースト伯爵家の次男で、五月十日生まれの二十二歳。
身長184センチ、体重77キロ。
剣技を主軸とした魔法剣士で、騎士団内での評価も高くて周りから信頼されている。
四年前に騎士団に入ってひたむきに頑張り続けている青年だ。
私は、軽くカーテシーをして自己紹介する。
「ミルテ・ダリストンと申します! 子爵令嬢です!」
「ダリストン子爵家のご令嬢でしたか。これは失礼」
「いえ、敬語いりません。妹かのように、話してください!」
「妹ですか……。いや、わかったよ。ミルテ、君は僕の命の恩人だ。本当にありがとう」
わぁ——
推しキャラからの感謝って、こんなに気持ちが晴れやかになるんだ……。
頭の中が沸騰しそうな感じになるが、冷や水を浴びせられた。
婚約者のリアンがこちらにやってきたのだ。
「ミルテ、なにがあった!?」
「……リアン様。実は信じられないことが——」
私は一部始終を説明した。
リアンも驚きまくっていたが、周囲を見れば信じざるを得ない。
落ちたのはほんの小さな隕石でも、地面にはクレーターができており、建物の一部は激しく破壊されている。
リアンは、私の隣にいるアイルズ様を睨みつける。
「君は?」
「ホロコースト伯爵家のアイルズです」
「君が、あのホロコースト家の……」
リアンの家も同じ伯爵家。
名門と名高いところだけど、ホロコースト家も同じくらい有名だ。
歳も近いので、リアンも噂は色々と知っているのだろう。
それもあって、あまり強気に出られない。
「俺はルイルズ伯爵家のリアン。彼女の婚約者だ。以後、お見知りおきを。いくぞミルテ」
リアンが私の手を雑に掴み、強引に連れていく。
それを見たアイルズ様が慌てて呼び止めた。
「今回の件、なにかお礼がしたい」
心躍ったのも一瞬、私より先にリアンが口を挟んだからだ。
「結構。ミルテは人から礼をされるのが嫌いでね」
そんなことはありません。
リアンの視界に入らない位置で首を左右に振っておく。
「それでは失礼」
歩き出すリアンに引っ張られながらも、私は声は出さずに口を開く。
『お待ちしています』
ちゃんと伝わったようでアイルズ様が笑顔になった。
せっかく推しと出会えたのに、繋がりを絶ってたまりますか。
☆
ベッドに体を沈ませ、昔のことを思い出す。
……『幸福人生』は、非常に人気を博したゲームでプレイヤーも多かった。
一人一人のキャラクターの人生を濃厚に描いた至高のアクションRPGとして、世界中で売れまくったからだ。
ただ発売してしばらく経つと、内容で大炎上してしまう。
——あまりにも死人が多すぎる。
そんな理由だった。
それも魅力的でファンが多いようなキャラが悉く死んでいく。
主人公であろうと容赦なく殺されたりする。
マルチエンドなので、実は生存ルートがあるのではないか? 隠しルートがあるのではないか?
そう思わせてからの全滅エンドを運営はやらかした。
これに憤った人たちが炎上を起こしたのだ。
私もそちら側だった。
いや、なにか条件を満たせば救いの道はあったのかもしれない。
でも世界中のプレイヤーが探しても、そんなルートはなかった。
普通ならそれだけ批判を受ければ、運営も考えを改めてDLCなどで、なにか救いの道を提示するのだろう。
そうはならなかった。
厄介なことに、ゲームの擁護者も多かったからだ。
鬱ゲー好き、リアル展開好きな人から始まって、アクション部分を評価する人たち。
実際、その辺のアクションゲームとは比べものにならないほど出来が良かった。
これによって運営は強気な方針を変えずに、DLCでも死にゲー展開を続けた。
呆れて離脱者が出る中、諦めずにいた者たちもいた。
やっぱり隠しエンドがあるのではないかと。
実際、運営は公式SNSでそれっぽいことを呟いたこともあった。
私もまた、希望を信じた一人だった。
すぐにネットで『推しキャラを救う会』を立ち上げ、SNSなどで仲間を増やしていく。
日々、みんなでプレイして、なにか特殊な条件があるのではないかと模索した。
多くの人が目をつけたのは、ミルテ・ダリストンだ。
彼女は神と悪魔、両方に愛されたような女だった。
まず世界最高クラスの魔力を、生まれながらにして与えられた。
順当にいけば歴史に名を残すような人物になっただろう。
ところが、環境が最悪だった。
家族に碌でなしが多く、幼少期に能力を封印されてしまう。
結果魔力ゼロの令嬢が誕生する。
それでも唯一残った能力があり、それが予知眼だ。
この予知眼に、プレイヤーたちは希望を託した。
だって、どう考えても他のキャラを助けるためにありそうじゃない?
実際、ゲーム中にミルテは何度も他者を助ける。
推しキャラを救うこともあった。
しかし最後は、次々と迫る死の刺客を裁ききれなくなって、みんな死んでいく。
諦めずに、どのくらい活動を続けただろう?
もう覚えていない。
ただ、仕事以外の時間はほぼ捧げたと思う。
推しキャラを救う会から一人が抜け、二人が抜け……やがて、誰もいなくなった。
一人になっても解決法を探した。
周りが結婚したり、サークルを楽しんだり、出世する中、休日は家にこもり続けた。
そしてある日、私は悟る。
大好きな推しキャラたちは、救えないと。
私はゲームのスイッチをオフにして、もう二度とこの『幸福な人生を』に触れることはなくなった。
☆
「可能性があるとすれば、一つ」
自室の中をウロウロと歩き回り、私は一つの結論にたどり着いた。
「早期に力を解放するしかない」
意外なことにミルテは死にキャラじゃない。
いや死ぬバッドエンドコースもあるのだが、彼女には生き延びるエンドも用意されていた。
最後はダリストン家によって封印された力を取り戻し、自由を謳歌するため旅に出る。
それがミルテのハッピーエンド。
悲しいのは、そのときには推しキャラたちは全滅しているということだ。
ミルテが本来の力を取り戻していれば、もしかしたら彼らを救えたかもしれないのに……。
私はその『もしかしたら』に賭けようと思う。
いくら予知眼があっても、より強くなって襲い来る死の呪いには対抗しきれなくなる。
だから、まだ対応できるうちに解放してしまう。
方針は決まった。
すぐには難しいが、少しずつでも前に進めていく。
「ミルテお嬢様、お時間ですよ」
ドアがノックされて、メイドが中に入ってきた。
「もうそんな時間? もう少し、考えごとをしたいの」
「ですが、リアン様の馬車が庭に到着しました」
「……そう。いま、いきます」
休日の今日は、リアンと一緒にデートにいかなくてはいけない。
重たいため息を吐きつつ、無駄に豪奢な馬車の中に乗り込む。
「来たか。我がミルテよ」
「……今日はお誘いいただき、ありがとうございます」
「あぁ、構わない。この間の遅刻の件も許そう。隣に座るんだ」
違和感を覚えながらも私は隣に座る。
リアンのことだ。
この間のことを引き合いに出してマウント取ると思ったのに。
どうも機嫌が良いらしい。
「なにか良いことがあったのですか?」
「わかるか! 実は最近、大量の魔道具を仕入れたんだが、当たりが多くてな。実にいい買い物だった」
リアンの伯爵家は広く商売をしていて、その中には魔道具の売買もある。
ここは魔法、魔道具、魔物が揃っているファンタジーな世界なのだ。
「着いたな」
馬車の揺れがおさまり、私たちは外に出る。
人が入り組む商業区の少し手前だった。
今日はそちらで買い物をするようだ。
商業区に入ると、一気に活気が湧く。
リアンは手に持った翡翠色の魔石を見せてきた。
「これも入手したうちの一つだ。衝撃を受けると、防御結界を一度だけ作動する」
「叩いて発動させるのですか?」
「あと足下に投げつけたりな」
「すごい魔石ですね……!」
「だろう! ミルテは俺の近くにいろ、守ってやるからな」
得意げに言ってリアンは私の肩を抱き寄せてくる。
変に反抗しても機嫌が悪くなるので、微妙に体をずらしながら耐える。
通りは、とにかく人で溢れていてスリにも気をつけなきゃいけない。
そんな中、私の視界が宝石を捉えた。
「アイルズ様……?」
そう、王宮騎士の格好をした彼が通りの反対側にいた。
数人で立ち話をしている。
「リアン様、お待ちください。この建物、なんかすごいですね! ぜひリアン様のご意見が聞きたいですわ!」
先に行こうとする彼を引き留め、テンション高めに頼ってみる。
「お? いいだろう、この建物は約十年前にオールドという建築家が設計したもので——」
長々とリアンが本当かどうかわからない話を語る中、私は推しの姿を遠目で楽しむ。
だがそれも数秒だった。
……嘘でしょう!?
なんと頭の上に、数字が出ている。
「であるからして〜」
「リアン様、あちらのお店が気になります。いきましょう!」
私はリアンの腕を取り、半ば強引に通りを横切っていく。
アインズ様のすぐ後ろで立ち止まって頭上を確認する。
【轢死】00:03:15
あぁ……なんてこと……。
死へのカウントが発動している。
デッドゾーンに入るまで、残り三分十五秒しかない。
もう四の五の言っていられない。
「見てください、このお店素敵ですね……あっ、ごめんなさい」
わざとアイルズ様の背中にぶつかって存在を示す。
「こちらこそ、しつれ……ミルテさんじゃないか!?」
「まあ、アイルズ様ッ」
驚くアイルズ様に合わせて、こちらも口元を手を当てておく。
「どうしてここに?」
「リアン様と一緒に、商業区を楽しんでいたのです」
「どうも……」
リアンは少し面倒くさそうに、挨拶をする。
平民相手ならガン無視だろうが、彼の家柄を考慮して嫌々やっている。
「こんにちは。お二人にまた会えて、嬉しいよ」
「アイルズ様は、こちらでなにを?」
「王都の警備で、巡回していたんだ」
確かに、そばには王宮騎士があと二人いる。
【轢死】00:02:04
ダメだ、どうしても頭上のそれに目が吸い寄せられる。
デッドゾーンまで時間がない。
この世界の轢死といえば、馬車などの乗りものに轢かれることが多い。
けれど、ここは人だらけで停車している馬車すらない。
どこから?
見当もつかない。
運命は思いもがけない方向から死を呼ぶ。
だから私は行動を起こす。
「そうだ! せっかくですし、皆さんご一緒に休憩を取りませんか? このお店が良さそうです」
喫茶店があるので、そこを指さす。
少し困ったような顔をするアイルズ様。
「お誘いは嬉しいんだけど、勤務中で少し難しいかな」
「そうだぞミルテ。邪魔すべきじゃない。俺たちは二人だけで行動する」
一緒にお茶したくないリアンも反対側につくので正直厳しさはある。
でも残りタイムが、もう一分しかないので私は諦めない。
「休憩も仕事のうちです。そちら騎士様、私が最高級のお茶をご馳走するので、一休みしてくださいね」
「……いいんですか?」
ノリが軽そうな若い人に微笑みながら、リアンのこともフォローする。
彼に耳打ちする。
「ここでリアン様の武勇伝を彼らに伝えて、広めてもらいましょう」
「俺の、武勇伝?」
「はい。リアン様がいかにすごいか、私に熱弁させてくださいな」
これを聞いたリアンはすぐに心変わりする。
ごほん、と咳払いをしてアイルズ様たちに話す。
「騎士たる者、人々の声に耳を傾けるのも大事かと。どうぞ、中にお入りください」
「アイルズ、せっかくだしご馳走になろう」
騎士仲間らしき人が積極的に中に入った。
それを見たアイルズ様も休憩を取ると決めてくれる。
「では、僕もご馳走になろうかな」
「ぜひ!」
私はホッと胸をなで下ろしながら中に入る。
「奥の席が空いています! あちらにいきましょう」
私がそちらにみんなを誘導する。
建物内、しかも入口から奥なら轢死の可能性は低くなるからだ。
五人で着座する。
私の正面にはアイルズ様がいる。
本来なら興奮するシチュエーションも、いまは緊張しか生まない。
DEAD ZONE
ついに、脅威が本格的に迫りくる。
ゾーンは最大でも一時間。
つまり、ここでその時間を凌げれば、彼の命を救える……!
「えーごほん。俺はとある伯爵家のリアン。さて、どこの伯爵家か当ててみてくれ」
こういうリアンの自慢話は良くない。
騎士のみんなが退屈すれば、早く出たくなるからだ。
「ルイルズ伯爵家の嫡男なんですよ!」
「へぇ、あのルイルズ家の……」
「おいミルテ。先に言うのはどうなんだ?」
「リアン様には、あの話をして欲しいんです。旅行の際、他国の最強騎士と会った話を」
「あぁ、あれか……」
「最強騎士? 気になるな」
リアンの持ち話の中でも、彼らが気になりそうな話題にする。
やっぱり騎士なら、他国の騎士——それも最強——は気になるだろうから。
意気揚々と話し出すリアンの下手話を、私が補助していく。
彼の興味を維持する時間が始まった。
話し始めて二十分。
まだ、彼らは興味を持ってくれている。
ただそろそろ話題を散らした方がいいかと思っていると、外が騒がしくなった。
「なんだ?」
客たちも騒ぎ出す。
外の人々が一斉に動き出し、道の端に寄ろうとするからだ。
「なにかあったな。いくぞ」
騎士の一人が立ち上がる。
アイルズ様も同じくしたので、私はすぐに呼び止める。
「待ってください。アイルズ様は残って、私を護衛してくださいませんか? なんだか、怖いのです」
「……ミルテさん。ここなら安全です。必ず迎えにくるので、待っていてください!」
「あっ……」
最悪な展開だ。
アイルズ様は剣を装備するなり、外へ出ていってしまった。
隣にいるリアンが、防御の魔石を懐から出す。
「気になるな。これもあるし、俺たちも出てみるか」
「そうしましょう!」
リアンの意見が合うなんて自分でも驚きだ。
二人で店を飛び出ると、異様な光景が通りに広がる。
多くの人たちが左右に分かれるよう、通りの端に移動しているのだ。
本当は建物の中に入りたいのだが、あぶれてそうなったらしい。
避難理由は、遠くで声を出す人が教えてくれた。
「端に寄れッ。すぐに暴走馬車が来るぞ! 真ん中を開けるんだッ」
あぁ間違いない……これだ。
すぐにアイルズ様を探す。
三人の騎士はバラけて、人々の避難誘導をしている。
中には足の悪いお年寄りや子供もいるので、簡単なことじゃない。
「馬が興奮してるのか。下手くそな御者にでも愛想がつきたか?」
魔石を持つリアンには余裕がある。
もし突っ込まれても、魔石を発動するのだろう。
「でもここ、なんか嫌な予感がします。あちらに」
彼の手を取り、アイルズ様の近くに移動する。
必死に働くアイルズ様を、リアンは冷めた様子で眺める。
「あいつ、なんで平民を必死に助けるのだろうな」
「アイルズ様もそろそろ、危険ですよね」
「放っておけ」
「そうはいきません。リアン様の名声を色んな人に届けてもらわないと」
思ってもみないことを口にすると、リアンはニヤつきが止まらなくなる。
それ以上引き留めてはこなかったので、安心して彼の元へ急ぐ。
「アイルズ様、ここも危険です! その辺にして、私たちのそばにきてください」
「……わかった。そうしよう」
もうほとんど人は避難している。
彼も素直に私たちのそばに来てくれた。
良かった。
ここなら、仮に馬が来てもガードできるし轢死はない。
「そっち行ったぞーッ! みんな気をつけろぉ!」
荷台をつけた馬車が遠くから爆走してくる。
御者はいない。
遠目でも大きい馬だとわかるし、暴走のスピードも想像を超える。
不幸中の幸いは、空いている真ん中の道を走っていることだ。
馬も人と衝突はしたいわけではないのだろう。
私たちの横を通り過ぎるのをジッと待ち……
「あー! おうまさんだぁ!」
タタタ、と。
二歳にも満たないような子供が、大人たちの隙間から抜け出て道の真ん中へ。
「誰かその子を! その子を連れ戻してッ」
後ろの方で母親らしき人が必死に叫ぶ。
人が多すぎて前に出られない。
きっと子供は母親の手を離して、一人で出ていってしまったのだ。
まだ恐怖より興味が勝つ年頃の少年は、迫ってくる馬車に手を振っている。
もう誰も助けにいかない。
私がアイルズ様の腕を思いきり掴んだのと、彼が動き出そうとしたのは同じタイミングだった。
「行ったらあなたが死にます!」
「僕なら大丈夫」
「ダメです! いかないでくださいッ」
「見捨てるわけにはいかない!」
「それでもダメなんです!」
彼は必死だが、私だって同じくらい本気だ。
あの子供を見捨てろなんて言ってないし、私だって助けたい。
でもアイルズ様がいったら、絶対に死ぬ。
そういう運命だ。
「ミルテさん、約束する。僕は必ず戻ってくるから」
アイルズ様は腕を振りほどこうとしたので、私は全力で引っ張る。
彼がバランスを崩した隙に、私は入れ替わるように走り出し、さらに腕を伸ばしてリアンの魔石を取った。
「なにをするっ!?」
彼らを置き去りにして私は全力で駆けだした。
この体は、日本にいたときの私の肉体よりずっと優秀だ。
力を封印されていても、ちゃんと足が速い。
ただ息は上がるし、心拍数も半端じゃない。
だって死にに立ち向かっているようなものだから。
それでも私の足を止めたりはしない。
目の前で推しに死なれるくらいなら、玉砕覚悟で戦った方が何百倍もマシだから。
「おうまさ〜ん!」
「ヒヒィーン!!」
手を振る子供と暴走馬車の距離はわずか数メートル。
時間にして一、二秒でひき殺される。
私はその間に割って入ると、間髪入れずに魔石を地面にたたきつけた。
「お願い間に合って————」
眼前に半透明の薄い壁のようなものが展開されたのだが、馬はもう目前だ。
私に衝突なのか、壁に衝突なのか、自分でもわからないが馬がどちらかと激しくぶつかった。
馬が甲高い声で嘶く。
ぶつかった衝撃で頭が後ろに戻され、体は横向く。
「痛く……ない。間に合った!」
念のため、私はすぐ後ろにいる男の子を確認する。
ビックリはしているが同じように怪我はない。
良かったともう一度前を向き、私は恐怖で息を呑んだ。
馬が体を強く動かしたせいで引いていた荷台が振られて、私の正面から襲ってくる。
もう半透明な壁は完全に消え、魔石は光を失っている。
……終わった。
死が頭をよぎったけれど、私はすぐに振り向いて男の子を隠すように抱きしめた。
同時に、地面に影が走ったのを見た。
それは俊敏で、鳥のようにも思えた。
「今度は僕の番だ」
窮地なのに、どこか余裕すら感じる声色。
それを耳にして、影はアイルズ様のものだったとわかる。
私が振り返ると、そこには着地するのと同時に豪快に剣を振るう彼の背中があった。
切り裂かれた荷台は真っ二つになり、私の左右を転がっていく。
目まぐるしく変わる展開に、私は息をするのも忘れていた。
少し続いていた静寂から、人々の感情が爆発して一気に賑やかになる。
馬も静かになったけれど、私の胸の不安はまだ取れない。
少年を離して、私は座ったままアイルズ様を見上げる。
デッドゾーンは消えていた。
その事実を知って、ようやく助かった実感があふれ出てくる。
アイルズ様は剣を収めて、私の前に立った。
「君はなんて人なんだ……。死ぬのが怖くないのか?」
「そんなの、怖いに決まってます」
「じゃあどうして、見ず知らずの相手に命をかけられるんだ」
「あなただって同じことをしようとしていた。しかも、防御魔石もないのに」
「それは……。だって、僕は騎士だから」
「私だって騎士です…………あなたの」
平素なら恥ずかしくて口にできないようなことも、アドレナリン全開だと出てしまう。
笑われるかも、と不安が心をよぎるが杞憂だった。
アイルズ様は目を丸くして驚いていたが、すぐに柔らかい笑みになって片膝をつく。
それから私のことを、包むように、温かく抱きしめてくれた。
「違うよ。僕たちの騎士だ」
私は優しく背中を擦られる感触に安堵しながら、そばにいた男の子に視線を向ける。
男の子は乳白色の歯を見せて、楽しそうにはしゃぐ。
「なんか、すごかったねぇ〜!」
「ふふ、そうだね」
純粋すぎる感想に自然と笑みがこぼれた。
お母さんが駆けつけてきて、男の子を感極まった様子で抱きしめる。
「助けていただいて、ありがとうございますっ。本当に、ありがとうございました……!」
お母さんも、もし身動きが取れたら私やアイルズ様のようにしただろう。
彼女のまた、男の子の騎士なのかもしれない。
私に巻き付いていた長い腕がほどかれる。
そこに一抹の寂しさを覚えつつ、私は立ち上がった。
「僕らも戻ろうか」
「はい、戻りましょう」
そう、戻る。
これはきっと、あのときに戻ってきたってことなんだと思う。
だとしたら、私の成すべきことは決まっている。
今度は絶対に諦めない。
たとえ、それを知るのが私だけだろうとも、今度は絶望に負けない。
だって。
推しが死ぬのは見過ごせませんから。




