第6話 「じゃあお姉さん。自己紹介しようか。
「じゃあお姉さん。自己紹介しようか。俺は…さっき言ったけど、兀斗。十五歳。」
十五歳…中学三年生か。
そう考えてみるとこの妙に大人びている雰囲気も理解ができる。もっとも彼が学校に通っているかどうかは知らないが。
「家族は妹と弟。それに立派な両親がいる」
意外にも兄弟がいた。年下がいると聞いてさらに彼の風貌に納得がいく。
「ちなみにこれが俺の家族」
そう言って彼は携帯の画面を見せてきた。そこには仲良く微笑む大人二人と三人の子供が写っていた。背景的にどこか田舎の家に見える。中央で微笑む優しそうな顔の男性と女性。その下に三人の子供。右端が彼でその隣に顔がそっくりの子供が二人並んでる。双子か。そう思った。
それに、両親がこの顔なら彼のこの綺麗な顔にも納得がいく。
口元は母親似で赤い唇。元からこの色なのか。シュッとした顎も母親似。目元は父親に似ている。切れ長の奥二重で、その目つきは妙にキツネくさい。もしかして身長がでかいのも遺伝なのではないかと感じる。(足の長さ的に背がでかいのだろう)
となるとだ。彼の話は一体どこからどこまでが本当なのだろうか?私はどこまで信じれば良いのだろうか?
「んで、他に聞きたいことある?」
「聞きたいことって言われてもねぇ。――…そうね。じゃあどうして、私なんかに声をかけたの?」
そう。よく考えればそこなのだ。
そこ。
私と彼の出会いはそこの違和感から始まった。
あの日は夜空というには真っ暗すぎて、まるで闇のような夜中だった。時間は深夜を回っていたと思う。そんな時間に彼と私は中庭で出会った。良い子は寝ている時間ではないだろうか?てか中庭に出れるんかい。
「だから言ったでしょ。俺は死期が近い人がわかるの。だからお姉さんの存在にも気がついたし、声かけざるを得なかった」
「毎回毎回そんなことしてるわけ?」
「まさか」
「じゃあどうして…」
「お姉さんが美人だったから」
バコン。
彼の脳天に私の大きな拳が降りかかった。彼は打たれたところを抱えて悶える。
「浅はかだな、おい。そこまで理由をはっきりしないならもっときちんとした理由を考えんかい。美人だから? なんだそりゃ。大人を舐めんじゃねえぞ。ガキ」
「なんでよ、もー! 自分のこと美人って言ったのはお姉さんじゃん! 理不尽だー!」
確かにそうは言ったけれど…。
正直、私は顔も背丈も恵まれている方だと思う。瑠衣の隣にいると掠れ気味になるが、これでもモテていた。ただ社会のお荷物になってからは、見た目に無頓着になったため、決して整っているとはいえない。唯一自慢できるのは、かろうじてキープできているスタイルと体力だろう。
彼はようやく痛みが引いたのか涙目で私を睨んだ。
「てかお姉さん名前なんていうの? 俺だけ教えるのって理不尽じゃない?」
「理不尽って言葉好きなの?」
「話逸らさないでくれる? お姉さん。あとさりげなく人のノートを覗こうともしない」
ピシャリと伸ばしていた手を叩かれ、私はサッと身を引く。
「教えるも何も。君が勝手に自己紹介したんでしょ。どうして私が教えなきゃいけないのよ」
「大人気ないこと言うなよ、お姉さん」
背後から声がして私は振り向いた。そこにはニヤニヤとこちらを見下ろす顔面がしつこいくらいに出来上がっているイメケンが立っていた。私の仏頂面には触れずに兀斗へ向かって軽く片手を上げる。
「よお、兀斗。今日も元気でやってるか」
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笹木瑠衣は私の幼馴染であり、唯一の友達だ。私がどんな逆境にいようが、心がズタボロにされようが、ハッピーだろうが、常にそばにいてくれた。わたしは職業柄、少々日本を離れていた期間があったのだがその間も瑠衣とは親交が続いていた。もっとも基本は告白の日々だったが。
振られても告白し続けるという彼の根性はもはや尊敬に値する。私なら諦めるのに。
瑠衣の家系は所謂医者一家で、瑠衣のお姉さん以外、全員医者らしい。精神科、救命救急、心臓外科、それから瑠衣――整形外科。だからと言って、全員が同じ病院に勤めていたり経営している系ではないらしい。この病院には整形外科で働いてる瑠衣と、心臓外科で働いているお兄さんしかいない。
始めの方でも述べたと思うが、瑠衣は恐ろしいくらいに美形だ。芸能人に例えるなら…いや例えられる人が思い浮かばない。私は自分の情報量の少なさには愕然する。
とにかくだ。瑠衣がえぐいと言うことは、お兄さんもえぐいと言うことを言いたい。そんな瑠衣が今日は白衣と資料を持って、より一段医者らしく見える姿で兀斗と私のいる病室に姿を現した。ニヤニヤしながら。
「立ち聞きしてたの、きも」
「はいはい。僕に八つ当たりしない。こら、顔を歪ませない」
瑠衣は私の鬼の形相を軽くあしらうように片手で頬を挟む。
「もご! ん、んが!」
悔しいことにびくともしない。
瑠衣は笑顔で兀斗に問う。
「今日も元気そうだね。何か困ったことはない?」
「特にないよ。むしろ新しいお友達ができて嬉しいぐらい」
「新しい友達? …」
兀斗はすっと私を指差す。おいこら。いつ私が友達になった。名前も知らないくせに。
「だから名前教えてって言ってるんだよ」
状況を読み込んだ瑠衣は私から手を離す。「ぷはー!」と私はビールを飲んだ後のように大きく息を吸った。
「ああ、なるほどね。そういうこと」
「いや、どういうこと?」
瑠衣は私の肩に手を置くと憐れむように首を横に振った。
「わかるよ。うんうん。兀斗とは友達になりたくないよな。名前なんて教えたら終わりだもんな。わかるよ」
「さりげなく患者をディスってる?」
「いいんじゃね、教えなくても。そのままの“お姉さん”も案外似合ってるぜ」
「さりげなく私をディスってる?」
「てなわけだ」
瑠衣は兀斗に視線を送る。兀斗は黙ったままじっとこちらを見つめる。るいではなく私を。何かを探すように。
「諦めろ。こいつは死んでも名前を教えないよ」
「やだ」
や、やだ?
「やだやだやだやだ」
兀斗はさっきまで浮かべていた薄笑いをいつの間にかやめていた。
布団の上にその長い足を乗せ胡座を組む。それからドンと両手でテーブルを叩いた。軽くティッシュケースが跳ねる。
「タダでとは言わないから、教えてよ。俺、お姉さんと友達になりたいんだって」
私は彼の瞳をじっと見つめる。
私たち三人の間に、暫く静寂が流れる。その間にも時間は、刻々と過ぎていく。
カチカチカチカチ。
時計の針が、時間を刻む音。
ガタンゴトンガタンゴトン。
窓の外から聞こえる電車の音。
チュンチュン。
小鳥の鳴き声。
ばたバタバタ。
廊下を走る時に聞こえる靴の擦れる音。
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