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死ぬのは効率が悪い  作者: nokal
第1章

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第3話 瑠衣と別れ、

 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈


 

 瑠衣と別れ、一人になった私は、気づけば昨夜の中庭へと続く自動ドアの前に立っていた。まだ昼下がりだというのに、外はどんよりとした雲が立ち込め、太陽を隠している。

 私の隣を子供が駆けていき、プシュッ、と静かにドアが開く。消毒液の匂いが薄れ、代わりに湿(しめ)った土の匂いが鼻を突いた。


 いた。


 昨日と同じ場所。昨夜は暗くてよく見えなかったが、明るい場所で見ると、その光景はよりいっそう異様だった。彼は、大人用の大きな本を膝に乗せ、それを重そうに支えながらめくっていた。やはり身体に合っていない小さな車椅子。そこに押し込まれた長い脚が、まるで標本(ひょうほん)にされた昆虫のように不自然な角度で突き出している。


「あ、お姉さん。また死にに来たの?」


 本から目を離さず、少年が言った。透き通るような声。


「今日は死ぬには向かない日だよ。空がこんなに低いし、魂が雲に引っかかって、上手く昇れないから」


 彼はそう言って、ようやく私の方を向いた。白い顔に、真っ赤な唇。けれどその瞳は、すべてを諦めた老人のように深く、(にご)りのない虚無(きょむ)(たた)えていた。よく考えると、彼の顔をちゃんと見るのは初めてだった。瑠衣にひけを取らない美しい顔。すっと伸びた奥二重の(まぶた)と共鳴するようにキリッと伸びた眉毛。それでもどこかあどけなさを感じる。彼は私をじっと見つめると、悪戯(いたずら)が見つかった子供のような顔をして、小さく首を傾げた。


「――無視してるの? それとも聞こえてない? おーい、俺(しゃべ)ってるんだけど」


 目の前でその白い指先が左右にふられる。


「人に会って、第一声が”死にに来たの?”に驚いてるだけ。失礼じゃない?」

「違うの?」


 違うわ、アホ。

 誰がこんな真っ昼間の中庭のど真ん中で死ぬか。


「ちぇ、つまんな」


 ――は?


 しかし私の心境の変化に気がつかないのか、少年は車椅子の向きをクルリと変え、中庭の端の方まで行ってしまった。そして何事もなかったかのように、分厚い本を開く。


 なんなんだ、ほんとに。このガ――子供は。


 瑠衣に深入りするなと言われたけれど、これでしない方がおかしい。こんなの私の好奇心が勝つに決まってる。私は、少年の元へ駆け足で寄った。


「ねえ」


「なに」とまた、少年は顔を上げずに答える。目の前にいる少年は、確かに(いびつ)だ。小さな車椅子に長い手足を折り畳み、まるで箱庭に閉じ込められた成長しすぎた植物のよう。けれど、さっき見た彼の瞳には「同情(どうじょう)」を寄せ付ける隙など微塵(みじん)もなかった。


「……瑠衣は、あ、えっと、この病院のペーペー……新米医師の笹木先生のことね」

「うん、知ってる。彼今年から俺の担当医の一人だから」


 瑠衣の事を知ってる……ということは、この子は、整形外科(せいけいげか)とも関わりがあるという事だろうか?まあ、いい。今考えたところでどうせ正当な答えは出てこない。


「笹木先生は、君のことを『生きてる時間の密度が違う』って言ってた。……それって、どういう意味?」


 少年は一瞬、意外そうに目を見開いたが、すぐに喉を鳴らして笑った。


「あはは! あのせんせー、案外(するど)いんだね。そうだね、正解。俺は普通の人間より、少しだけ『速い』んだ」


 彼は膝の上の本を閉じた。表紙には、使い込まれた解剖学(かいぼうがく)図譜(ずふ)が見える。彼が車椅子の肘掛けに置いた白く細い手。その指先をじっと見つめると、私は奇妙な感覚に陥った。彼の輪郭(りんかく)が、ほんのわずかに、陽炎(かげろう)のように揺れている気がしたのだ。


「お姉さん、俺の身体、変でしょ? 脚が長すぎて、座り方もおかしい。……これね、成長が止まらないんだ。でも、ただの成長じゃない。細胞がね、ものすごいスピードで生まれ変わって、そして死んでいってる」


 彼は自分の細い首筋を指でなぞった。


「普通の人の一生を、俺は数年で()()ける。この病院の小児科にいるのは、俺の見た目がまだ子供のままだから。でも、中身はもう……そうだな、お姉さんよりもずっと年上かもしれないよ」


 絶句する私を置いて、彼は淡々と「()()」を語り続ける。


「俺が予言ができるのも、そのせい。感覚が鋭敏(えいびん)すぎるんだ。気圧の変化、廊下を歩く誰かの心拍数(しんぱくすう)、消毒液に混じる死臭(ししゅう)濃度(のうど)。それらが全部、データとして俺の頭に流れ込んでくる。だから、誰が次にいなくなるかなんて、計算すればすぐにわかる」


 彼が車椅子を回し、私の目の方を向いた。昼間の光の下で見る彼の肌は、透き通るほど薄く、その下に流れる青い血管が網目(あみめ)のように浮き出ている。それは美しくもあり、今にも壊れてしまいそうなほど、(はかな)い。


「えっと、ちょっと待って。ん? 何かな。もしかして年上の綺麗なお姉さんに出会って、ちょっと揶揄(からか)いたくなって、気にして欲しくて、SFちっくな嘘をついてるの? え、何それ。うますぎない? 君、作家になれるよ」


「何それ。ちょーウケる。お姉さん、めっちゃ喋るじゃん」


「喋るよ! なんならまだ喋れるよ! そんな急に世界が一八〇度変わるようなこと聞かされたら、驚くに決まってるじゃん!」

「三六〇度しか変わってないけどね」

「……」


 彼の冷静な返答に言葉が詰まる。


 えっと、それはつまり?


「俺、嘘ついてないよ」


 オレ、ウソツイテイナイ?


「じゃあ、君は本当に…………」


香久耶(かぐや)兀斗(たかと)


 彼はそう言って、手首についた紙でできているリストバンドを見せてきた。入院している人が付けている()()だ。そこには確かに『カグヤ タカト』と書かれていた。



「それが俺の名前。お姉さん」



 まるでこれから漫画のような展開でも起こるような、そんな自己紹介から、私と彼――香久耶(かぐや)兀斗(たかと)の物語は始まった。

ご感想等お待ちしております☺︎

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