第2話 「ああ、彼。小児科の」
「ああ、彼。小児科の」
幼馴染から聞かされたその言葉。小児科と言われ、腑に落ちる。
やはり私の目に狂いはなかったようだ。彼は幼かったから。
私は、先頭を早歩きで歩く幼馴染――笹木瑠衣の後ろを追いかけるように歩く。
「ちっさい頃から入退院繰り返しててさ、僕らペーペーの中でも有名だよ。それに、病院生活が長いからか、妙に大人びてんのな、あの子供。僕は時々怖いよ」
「ああ、そっか」と不意に落ちる。
白衣を纏った瑠衣は、なんだかいつもより大人びて見える。同時に、私はその光と影のコントラストを感じて複雑な心情になる。瑠衣はもう社会の一員なのに、私は一体何をやっているんだろうかと。そんなどうしようもない自責の念が度々生まれては、そっと蓋をしていた。
「なんで、入退院繰り返してるの?」
そう問う自分の声は、思ったよりも正気がなかった。昨日と同じように、掠れた声だった。
「え、何? お前、僕に仕事クビになれって言ってる?」
振り向いた瑠衣は拍子をつかれたような――つかれていないような、ようにボケた顔をしていた。
後方から歩いてきた看護師たちが瑠衣に挨拶をする。「こんにちは」瑠衣は愛想良く、そのキラースマイルで「こんにちは」と返す。通り過ぎていった看護師たちのキャピキャピした後ろ姿を見送りながら、私は大きな溜息をついた。
「相変わらずですこと」
恵まれた容姿。スラリと伸びた背丈は一八〇後半だという。自前の茶髪はいい感じにパーマがかかっていて天使の輪が浮かび上がる。伸びた前髪から覗くキョロキョロとした大きな目玉。スッと通った鼻筋はツンと先が上に上がっていて、日本人離れしている顔立ちをしている。
「ほんと。僕って罪な男だよな」
私は無言で殴る。
「いったぁ! 何すんだよ」
この性格さえ無ければ、私も彼からの告白を素直に受け取っていたことだろう。まあ、当の本人は自分の問題点に気がついていない為、彼の想いが報われることは一生ないのだが。
私がこの病院に通い続けて、もう一年となる。
「……でもさ、あの子は別だよ」
瑠衣が急に足を止めた。おどけていた表情が、白衣の白さに溶けてしまうほど真剣なものに変わる。彼はナースステーションの喧騒から少し離れた、静かな廊下の角で、声を潜めて言った。
「あいつ、病気の種類がどうとかいうレベルじゃないんだよ。なんて言うか、生きてる時間の密度が、僕たちとは根本的に違う気がするんだ」
私は、昨夜見たあの「折り畳まれた四肢」を思い出した。窮屈そうな車椅子。直角に曲がった長い脚。そして、闇の中でも確信できるほど鮮やかだった赤い唇。
「どういうこと?」
「あいつ、たまに予言みたいなこと言うんだよ。次に誰が退院するか、とか。……あるいは、誰が『いなくなる』か、とかさ」
瑠衣の大きな目が、少しだけ泳ぐ。いつも自信満々で、論理とエビデンスの世界に生きている若手医師の彼が、説明のつかない何かに怯えている。その事実が、私の背筋に薄ら寒い氷の粒を走らせた。
「お前、昨日あいつと何を話したんだ?」
「……別に。死ぬのは効率が悪いって、説教されただけ」
「はは、あいつらしいな」
瑠衣は力なく笑って、再び歩き出した。
一年前、私がこの病院に通い始めた理由。それは、心の奥底に澱のように溜まった「生への倦怠感」だった。理由のない絶望。出口のない迷路。そんな私を救おうと、瑠衣はわざわざ自分の勤務先に私を呼び寄せ、カウンセリングを受けさせ、時にはこうして昼休みに顔を見せに来てくれる。
けれど、瑠衣。君が眩しければ眩しいほど、私は自分の影が濃くなっていくのを感じるんだよ。
「あ、そうだ。あいつ、中庭がお気に入りなんだ。もしまた会っても、あんまり深入りすんなよ。あいつの言葉は、毒に似てる。弱ってる奴には効きすぎるんだ」
ご感想等お待ちしております☺︎




