第1話 「死ぬの?」
新作です☺︎
1話が短いため1章ずつ読むのをお勧めします
「死ぬの?」
――は?
「ああ、やめておいた方がいいよ。あれ、ただ苦しいだけだから」
――いや、何言って……。
「お姉さん、馬鹿だねえ。そんなに死にたいなら、もっと楽なのがあるのに」
澄んだ声が、夜気を切り裂くように響いた。
薄曇りの空の下、消毒と新品のプラスチックが混ざった匂いの漂う中庭。その場の湿気っぽい空気とは噛み合わないほど、その声だけが妙に鮮明だった。
視線を向けると、少年が車椅子に座っていた。子どものサイズの椅子だが、暗さの中でもわかるほど脚が不自然に長い。座った姿勢のまま、膝が直角に折れ曲がりすぎている。
声と姿、それぞれがどこか噛み合わない。
そんな少年が、真夜中の中庭で、迷いなくこちらを見ていた。
「無視しよう」と頭が判断したのに、足だけが動かない。
死の淵を覗き込んでいたはずの意識は、いつの間にかこの異様な少年に吸い寄せられていた。
「君は、誰?」
掠れた声で問うと、少年はタイヤに置いた白い指先を、くすぐったそうに震わせた。
「誰だと思う?」
「そういうの、面倒くさいから」
「え、つまんな。お姉さんって、そういうタイプ?」
どういうタイプでも、どうでもいい。
本当に、なんなの、この子。
「まあいいや。それより――さっきの。首を吊ろうとしてたでしょ?」
呼吸が止まる。
「頸椎が折れるまでが痛いし、失敗したらさ。今よりずっと不自由な身体で、天井だけ見て生きることになるよ。僕みたいに」
少年は淡々と、まるで知っている世界の話をするみたいな口調で言った。
彼は小さく笑った。その声は、風に揺れる鈴の音みたいに澄んでいるのに、場の空気だけを確実に冷やしていく。
「……病院の患者さん、なの?」
「半分は当たりで、半分はハズレ」
その返しに、思わず眉が寄った。
ほんとうに面倒くさい。
少年は車椅子のホイールを軽く押し、私の間合いへ滑り込んでくる。消毒液の匂いが濃くなる。その奥に、雨に濡れた土みたいな、あるいは古い紙が崩れていくときのような、妙に静かな匂いが混じっていた。
「お姉さん、本当は死ぬ気なんてなかったでしょ。誰かに止めてほしかっただけ。もしくは――誰かに壊してほしかっただけ」
その瞳が、心臓の奥を掴んでくるように冷たい。逃げようとしても視線が離れない。
「僕が手伝ってあげよっか。そのかわり――お姉さんの時間を、少し僕にちょうだい」
細長い指が、蜘蛛の脚みたいにしなやかに伸びてくる。頬に触れかけた瞬間、雲の切れ間から鋭い月光が差し込んだ。
光に照らされたその顔は、血の気がまるでない。
――けれど、唇だけは熟れすぎた果実みたいに赤く、濡れていた。
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