第32話 この町の姿
丸くふっくらとした膝小僧に手をついて、肩を大きく上下させながら息つくディセルネ。
額には汗で金色の髪の毛が、ペッタリと張り付いている。
ふぅーっと深く息をついて体を起こすと、小さな拳で滴り落ちる汗を拭った。
「町まであと少しじゃ。急がねば。
もう、日が沈み始めるぞよ」
オレンジ色の太陽が、町の方角へディセルネの影を長く引き延ばす。
視界に映り込んだ町の家々を見据えると、再び小さな手足を一生懸命に動かして走り出した。
――待っておれ、レオン。もう少しの辛抱じゃ。
*****
「……、やけに静かじゃな」
騒然とした状況が嘘のように静まり返った町を眺め、困惑に眉を寄せたディセルネ。
「皆、どこへ行ったのじゃ……」
「おい、嬢ちゃん。親はどうした?ここは危ないぞ」
荷袋を担いだ白髪の男性が、ディセルネの肩を叩いた。
「⁉︎……おぉ、よいところに――」
いきなりトンっと載せられた大きな手に、ヒュッと息を呑む。
すぐさま、皆の行方を知りたくて言葉を続けようと口を開くが――
「ほら、おじちゃんが母ちゃんの所連れて行ってやる。急がないと魔獣に食われちまうぞ」
さっとディセルネの手を掴むと、急ぎ足で前へと進み始めた。
「……ど、どこへ向かうのじゃ」
「どこって、丘の上の集会所さ。あそこは壁も高くて、何かあった時の避難所だからな。きっと嬢ちゃんの家族もそこにいるだろうよ」
「そっ、そこに皆居るのかぇ」
「あぁ、そうさ。嬢ちゃん、小せえのに妙な喋り方するなぁ。
ここいらの子どもじゃねえのかい?」
白髪の頭をガシガシと掻いて、男性がディセルネに向き直った。
「妾は、ディセルネ。今マルタおばちゃんの家で、世話になっとるぞよ」
「そうかい、マルタさん家で預かってる子かぁ。
俺はヨルクってんだ。町の役場に勤めてる。
今ちょうど逃げ遅れているヤツがいないか、見に戻ってきたところだったんだ」
「そうなのかぇ?」
「それにしても、何で嬢ちゃんだけ逃げ遅れだ?マルタさんのことだから、絶対手を引いて逃げるだろうに……。
あぁ、そうか!嬢ちゃん、人が多くて逸れたんだな?
迷子かぁ……。
まぁ、心配すんな!おじちゃんがマルタさんのとこまで連れてってやるからな」
ニィっと白い歯を見せて笑いかけたヨルクに、「……妾は別に迷子じゃないんだが……」とぼやくディセルネ。
深く吸った空気をさっと吐き出して、ヨルクの手をグイッと引っ張った。
「ヨルクおじちゃん、妾は迷子ではないぞよ。助けを呼びに来たんじゃ」
ディセルネから、真っ直ぐに見つめられた彼の眉間に皺が入る。
「助けって……、何があったんだい?」
「レオンが森で動けなくなってしもうたんじゃ。今マルタおばちゃんが、レオンと一緒に森に居るんじゃ」
「レオンって、マルタさん家の息子の?
動けないって、どういう事だ?」
険しい顔のヨルクに、ディセルネは森の様子を話した。
顎に手を当てたヨルクの眉間は、さらに深い皺が刻まれる。
「木を取り除くってなると、俺だけじゃ無理だな。
しかし、この町に手を貸してくれるヤツがいるだろうか……。
しかも、森の中だろ……」
ブツブツと独り言を続けるヨルク。
「ヨルクおじちゃん、急がねば暗くなってしまう。レオンとマルタおばちゃんが心配じゃ」
捲し立てるように言葉を繋げるディセルネに、苦いものを噛み潰した顔で「……そうだな」と返した彼。
「集会所へ急ごうぞよ」
繋いだ手を必死に引き寄せるディセルネに、ヨルクは真剣な目で先の丘を見つめた。
「よし!行こう」
*****
「おい、そこ退け!俺が座るんだ」
「何言ってるんだい、うちの母ちゃんが先に座ってただろう。母ちゃんは足が悪いんだ」
集会所にある椅子を前に、1人の男が大声を放つ。
少し離れたテーブル付近で、幼い女の子が泣き始めた。
「うわあぁーん!」
近くに居た老婆が、あからさまにため息を吐いて言う。
「うるさいよ。こんなに人が居るんだから、静かにさせてくれないかね。私ゃ、頭が痛いんだよ」
ぐるりと周囲を高い塀で囲まれた、丘の上にある町の集会所――
塀の内側は木々が点在しており、幾人もの町の人々がもたれ掛かるように座り込んでいた。
中央には柱と屋根だけの簡素な建物があり、そこにはテーブルと椅子が設置されていて、その場所を巡って喧嘩が始まっている。
聞こえるのは、怒号と幼子たちの啼泣。
「これは……」
目を見開き辺りを見回すディセルネの頭上から、「はぁー」っと漏れ出た深いため息。
ふと見上げた小さな女神の視線に気がついたヨルクは、再び息を吐いて肩をすくめた。
「あぁ……、何でだろうなぁ」
「ヨルクおじちゃん?」
「あぁ、心配すんな。いつものことさ。ここの連中は、いつも自分のことしか考えん」
「誰も心を傾けないのかぇ?」
「おや?嬢ちゃん、いい言葉知ってんな」
「シェリールが妾に教えてくれた言葉じゃ」
「シェリール⁉︎親御さんかい?」
「親ではないが、妾の保護者じゃ。いつも妾に色んな事を教えてくれる、大切な保護者じゃ」
すっと森の奥に視線を向けたディセルネは、ヨルクに向き直って力強く言い切った。
「そうかい、いいヤツに育てられてるんだな。
嬢ちゃんみたいな子どもに会っちまったら、“この町も変われるかも知れん”って、ちょっと期待しちまうなぁ。
俺たち大人が変われば、この町も……。
さぁ、レオンとマルタさんを助けに行くのに人手を集めような」
ディセルネの頭をポンポンと軽く撫でたヨルクは、ひとり前に進み出す。
抱えていた荷袋をドサっと地面に下ろすと、低く野太い声を張り上げた。
「おい!みんな聞いてくれ!」




