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第13話 “感謝”は言葉にしてこそ。

「リム!」

人混みをかき分けて、若い女性が駆け寄っていた。

「リム、あぁ、大丈夫?怪我してない?何で母さんの手を離したの?」


シェリールの腕の中から男の子を奪い取ると、子どもの顔や手、体の隅々まで確認するように覗き込んだ女性。

息子に怪我がない事がわかると、男の子の手を引いて立ち上がった。


「おかあさん……」

男の子はシェリールの方に顔を向けて、それから繋いだ手をぐいっと引っ張る。

女性はちらりとシェリールに視線を向けたが、すぐに顔を逸らすと「帰るよ」と息子を促した。


『おいおい、シェリールに何か言う事はないのか?この状況わかってるのか!』

ディセルネの足元で、「ワン!」と吠えながら鼻頭に皺を寄せるヤーナ。


『あの母親は我が子を助けてもろうて、“嬉しい気持ち”にはならんかったのかのう……。

シェリールは子どもを心配して、助けたんじゃがな』

眉を下げて、首を傾けたディセルネ。

 

『感謝の気持ちがないんだろ!俺、だんだん腹が立ってきた』

 白い毛を逆立て吠え始めるが、再び人で溢れかえった市場通りの中では、誰の耳にも届かない。

 

『其方が怒っても仕方あるまい。

おや?シェリールは腕を怪我しとる……、左腕が赤うなっておらんか?』

『ああ、血が滲んでるな。俺、シェリールのところに行ってくる!』

『待て、妾も行くぞよ』

 

およそ3メートルほどの距離――――

歩けば肩がぶつかるほど、人で溢れかえった市場通り。

必死に人々の足の間を縫って、先へと進む小さな女神と神獣。

 

「わぁぁ‼︎」

誰かの足が、ディセルネの背にあたり体が傾ぐ。

 

『大丈夫か!』

すかさずヤーナが彼女の服を咥えて、反対側へ引っ張った。

 

『おぉ、ありがとうのぅ。危うく転ぶことじゃった』


たかが3メートル、されど3メートル――――

ディセルネにとっては、これがこの世界で初めての困難なのかも知れない……


 

「ほら、リム行くよ」

 

「……でも、……」

ぐいっと母親に腕引かれた男の子は、小さな足でその場に踏ん張ると、「ねぇ、おかあさん」と再び声をあげた。


「リム!何なの?帰らないの?」

苛立ちの滲む声をあげた母親に、一人女性が近寄ってくる。


「よっぽど、あんたの息子の方が利口だね」

開口一番、母親に向けた棘のある言葉。


「いきなり、何なんですか!」

女性に向き直って、声を荒げた母親。


「あんたの息子は、そこの彼にお礼が言いたいのさ。身を挺してまで、馬車から守ってくれた青年に」

そう言って女性はシェリールに、手を差し伸べた。


「おや、怪我してるじゃないか。大丈夫かい?腕以外に、痛む所はないかい?」


「ありがとうございます。少し擦りむいただけなので、大丈夫です」

女性の手を借りて立ち上がったシェリールの足元に、勢いよく駆け寄ってきたディセルネとヤーナ。


「シェリール、其方、怪我しておるじゃないか。妾は、ここが、“ぎゅっ”となったぞよ」

ディセルネは自分の胸に手を当てて、シェリールを見上げた。


「あぁ、ディーちゃん。心配かけてごめんね。ちょっと血が出てるけど、大した怪我じゃないよ。

あっ‼︎……ディーちゃんの初めての“心配”は僕なのかな?」

右腕にディセルネを抱えて、目尻を下げるシェリール。


『今それどころじゃないだろ……、この混沌とした状況を先に何とかしろよ』


「シェリール、妾を下ろしてはくれぬか?今は、戯れ合っとる場合ではなかろう……」

少しだけ残念そうな顔で、シェリールは ディセルネを地面に下ろした。


「おやまぁ、お嬢ちゃんのお父さんだったんだね」

聞き覚えのある声に、顔をあげると――


「おや、いつぞやのご婦人ではないかぇ。

おぉ、そうじゃった!この前は、美味しいクッキーを“ありがとうございました”なのじゃ」


「あらあら、ご丁寧にどうも。偉いねぇ、お嬢ちゃん。ちゃんとお礼が言えるんだね」

そう言って、 ディセルネの頭を優しく撫でると、女性はちらりと母親を見た。


少し気まずそうに視線を下げた、男の子の母親。

そんな彼女に、女性は静かに語りかける。


「こんな小さな女の子でさえ、人に何かしてもらったら、“お礼を言う”事ができるんだよ。あんたの息子だって、そうしようと必死に訴えていただろ?」


ディセルネは、ぽてぽてとした足取りで、男の子と母親の前に向かった。


「妾もな、つい最近までは“ありがとうの気持ち”も、“ごめんなさいの気持ち”も、それに“心配する”って事もわからんかったのじゃよ」


ディセルネの珍妙な物言いに、はじめは眉を顰めた母親だったが、その表情が徐々に変わりはじめる。


「知らんかったら、学べばよいのじゃからな。

其方は、息子が馬車に轢かれそうになった時、ここが“ぎゅっ”とならんかったか?

それに、無事じゃとわかった時は、ここが“ぽかぽか”せんじゃったか?」


自身の胸を指さす ディセルネを真似るように、母親もゆっくりと胸に手を当てた。


「……リムが轢かれると思った時、……胸が苦しかった。

……無事だとわかって、……ものすごくホッとした」


「ちゃんと、感じておるではないか?それを言葉にすればよいのじゃよ。

……まぁ、妾が偉そうに言えた事でもないんじゃがな。

妾もまだまだ、学びの途中じゃ」

にっこりと笑いかけた ディセルネに、母親もぎこちなく口元を緩めた。


そして息子の手をゆっくり引くと、シェリールの前で足を止める。


「……息子を助けてくださって、本当にありがとうございました。

 先程は、失礼な態度をとってしまった事……、申し訳ございませんでした」

深く頭を下げた彼女に、男の子が続く。


「ありがとうございました」


「どういたしまして。無事でよかったです」

シェリールは優しく微笑むと、穏やかに返事をした。


もう一度深くシェリールに頭を下げて、帰っていく親子の背を眺めながら 、ぽつりと呟くディセルネ。

 

「母親の黒いモヤが……消えた」



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