第12話 初めて目にする“この世界の姿”に、何を思う⁉︎
青々と風になびく穂を横目に、 シェリールに手を引かれて ディセルネは町の入り口までやってきた。
ふと上を向いた ディセルネは、突き抜けるような青い空に向かって指をさす。
「ヤーナのような、白くてモフモフした雲じゃ。ほら、どこぞの世界の綿菓子みたいじゃのう」
『俺はそんなに、丸くないぞ。
でも綿菓子は納得だな……、食べ物の話してるとだんだん腹減ってきた』
ディセルネの前にころんと寝転がって、道をふさいだヤーナ。
「シェリール、妾が食べ物の話をはじめたから、ヤーナは空腹になったらしいぞよ」
空を見上げている彼の手を軽く引っ張って、神獣の言葉を伝えた ディセルネ。
「そうだね、もう昼時だからね。ほら、目の前に屋台や市場が並んでるでしょ?
あそこで、何か買って食べようね」
シェリールが示した先には、馬車が一台通れるほどの道を挟んで、簡素な作りの店々が軒を連ねている。
「おぉ、なんだか賑わっとるようじゃ。ここに来て、あんなに沢山の人を見るのは初めてじゃのう」
「ディーちゃんは、僕が抱っこして行くからね。人混みは迷子になりやすいから。
ヤーナくんも一緒に抱っこしようか?」
ディセルネを抱え上げたシェリールがヤーナにも手を伸ばすと、神獣は鼻に皺を寄せて「ワン!」と一鳴きした。
『俺様はいい!』
「嫌だと言うとるぞよ」
「やっぱり、嫌なんだね」
すれ違う人と肩が触れるほどに混み合った町の市場通り。
誰がどこの店に並んでいるのかさえ、よくわからないほど雑多な軒先。
活気ある市場や屋台の様子に目を向けていると、所々で飛び交う罵声が耳に届いてきた。
「おい、俺が先に注文するんだ。お前は後から来ただろ!」
「いいや、俺が先にこの店に居たんだ」
すぐ側の串焼き屋で、男性達が言い合いを始めたかと思うと、八百屋の前では買い物カゴを片手に女性達も声を荒げている。
「なぜ皆、言い争いをしておるのじゃ?」
「そうだね、皆んな自分が一番なんだよ。他の人がどうだったかより、自分がどうしたいって気持ちで動くからね……」
ディセルネの問いに答えたシェリールの声は、少しずつ町の喧騒にかき消されていた。
「ほれ、シェリールが言うとった“心を傾ける”はここでは使わんのかぇ?」
シェリールの腕に抱かれた ディセルネは、彼の顔を覗き込み首を傾ける。
「たぶん、この世界の多くの人は、“心を傾ける”って事を知らないんだと思うよ」
「ほぉ、そうなのかぇ。それじゃなぜ、其方は皆が知らない事を知っとるのじゃ?」
「……、皆んなが皆んな、知らないわけではないんだろうけどね。……僕は昔の経験かな。きっと昔の僕が、誰かに気にかけてもらいたかったんだろうね」
眉の下がったシェリールの頭に、そっと小さな手を置いた ディセルネ。
「妾には、ようわからんが、シェリールは自分の力で“心を傾ける”を学んだのじゃろ?
誰からも教えてもろうとらんのに、其方はすごいのぅ」
「……っ」
喉の奥に何かが詰まったように、息を飲んだシェリール。
一瞬大きく目を見開くと、その目尻は徐々に下がりはじめた。
「ありがとう。ディーちゃん。昔の僕に“心を傾けてくれて”」
『今だけは ディセルネが女神のように見えるぞ』
『妾は誕生したその日から、神じゃが?
あぁ、今はもう神の力は使えんがのぅ』
「おい、みんな危ないぞ!馬車だ」
細い道の先から、誰かの叫び声が響いてきた。
「誰だ、こんな人通りの多い時間帯に馬車なんか走らせるヤツは!」
ごった返した市場通りの先に、一台の馬車がこちらに向かって走ってくる。速度を緩める事なく、そのまま突き進んでくる様子に、人々は道の端へと移動をはじめた。
シェリールに抱かれた ディセルネとヤーナも、屋台と屋台の間に体を寄せる。
「うわぁん」
開けた道の真ん中に、幼い男の子が座り込み声を上げて鳴きはじめた。
「シェリール、あそこに子どもが……」
迫り来る馬車に、 ディセルネの体がこわばる。
「ディーちゃん、ここから動かないで」
さっと ディセルネを地面に下ろしたシェリールは、道の真ん中めがけて駆け出した。
必死に手を伸ばして、子どもの腕をとる。
馬車と接触する寸前、男の子を抱き込み転がるように道の端へなだれ込んだ。
通り過ぎる馬車から、御者が大声で叫ぶ。
「危ないだろうが!」
こちらを振り返るように顔を覗かせた、御者の男の体から黒いモヤのような何かが浮かび上がっていた。
――――あれは、なんじゃ?
『おいおい、おっさん。危ないのは、あんただろ?
こんな町ん中を馬車で突っ切る方が、ありえない事だぞ!』
「シェリール、無事かぇ?」
「大丈夫だよ。男の子も無事だよ」
反対側の道の端で手を振るシェリールに、 肩の力が抜けた ディセルネ。
『これだけ人が居って、なぜ誰も手をかさぬ?
皆、子どもが動けんかったのを見ておるのに……』
『シェリールが言ってただろ、皆んな自分が一番なんだよ』
『皆、自分が一番……』
『あぁ、そうだ。これが ディセルネが創った“ベネディグティオの今の姿”だ』
『妾の創った世界の、姿……』
――――妾の姿なのじゃな。
『のぅ、ヤーナ、皆の体から黒いモヤのようなものが、立ち昇っとるが……、あれは何ぞよ?』
『ディセルネ、俺の目には見えんが。何かあるのか?』
『妾の目には、黒いモヤを纏った人々が映っておるのじゃ。皆ではないが、かなり多くの人が纏っとる』
空も太陽も町並みも、申し分ないほどに美しい“この場所”には、どこか背筋を撫でるような冷ややかさ漂っていた。




