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第10話 見えない何かを信じるとは

――――妾が創っとらん存在が、ここには居るのか。

なぜじゃ、妾はただ美しく豊かな世界を創った……はず。

そうじゃ、戦わずともよい世界を創った……そのはずじゃ。


シェリールに手を引かれ、ぽてぽてと歩くディセルネは、先程の“彼の仕事”が頭から離れない。

何も言わずにただ一点を見つめ、足を前へと進めるだけ。


『おい、ディセルネ、どうした?』

彼女の前に回り込むように駆けてきたヤーナが、ちょこんとお座りして道をふさいだ。


ディセルネは一瞬だけシェリールを見つめると彼から手を離して、ヤーナと向かい合って座り込む。

そっと白い毛並みに触れた女神は、眉間に皺を寄せて念話を飛ばした。

『ヤーナ、妾はこの人間界に魔獣など厄介なものは、創っとらん。ここには魔法もなければ、魔物も居ないはずなんじゃ……』

『それで、さっきから、考え込んだ顔してたのか』

 

『神の妾が、生み出してもおらんものが、……存在するのじゃろか。

いや、存在するからシェリールは魔物を討伐しとるのか……』

『そうだな、居るんだろうな』

 

『はたして、シェリールが言うとった通り“人々の欲望や負の念”で魔物が生まれたりするのじゃろか?

妾は世界を創る時、アースの創った“地球”を真似て創ったんじゃ。あの世界には魔法も魔物も存在せぬ』

 

『そうなのか?』

『そうじゃ、……諍いや争いはない方がよいじゃろ?

魔法なんてあったら便利かもしれんが、あれは攻撃にも使える。どの神だったか忘れたが、其奴の世界は魔法があって、魔物も魔王もおったはずじゃ。

じゃから妾は、魔法も魔物も初めから創らんかったのじゃ』


ディセルネの念話に、ヤーナが首を傾けた。

『でもさ、アース様の“地球”にも争いはあるよな?』


『あぁ、そうじゃな。

じゃから妾は、豊かで美しい世界を創れば、争いも生まれずに、戦わずとも生きていける世界が出来ると思うてのぅ……』


『ディセルネ、何も考えていないようで、考えてはいたんだな』

『其方、ちと妾に失礼じゃぞ』

撫でていたヤーナの頭から手を離して、小さな指で神獣の額を突き出す女神。

 

『ゴメン、ゴメン。だってディセルネ、天界でほとんど“ベネディグティオ”の事、関わってなかっただろ?

見守りも、民の願いの処理もノータッチだったし……』


ヤーナから顔を背けたディセルネは、口を尖らせて斜め上を向いた。

『いや……、確かにそうなんじゃがな……、

いつも誰かがやってくれててのぅ……。

じゃから、妾は神は世界を創るだけでよいのだと思うとった……』


『誰もディセルネに注意しなかったのか?それこそ、アース様とか、セレナ様とか?』

『時々アースからは、“仕事しろ”とは言われたがのぅ。

……はて⁉︎仕事とはなんぞよ?と思うたが、誰にも聞いた事はなかったかもしれぬ』


ディセルネの念話に、ヤーナが大きなため息を吐いた。

『なんだろう、このモヤモヤした気持ちは……。

確かに仕事をしていないディセルネが一番問題なんだろうけどさ。

でもなぁ……、そればっかりが問題だと言い切れない部分もあるよな』


ただ無言で見つめ合っているように見える、幼児と仔犬に向かってシェリールが声をかけた。

「ディーちゃんとヤーナくん、そろそろ出発してもいいかい?」


「おぉ……そうじゃな、行こうかのう」

立ち上がったディセルネの手をシェリールが掬い、またゆっくりとした歩調で先に進む。


ディセルネに視線を落としたシェリールが、穏やかな声で話しかけた。

「ディーちゃんとヤーナくんは、何かお話してたのかな?」


「シェリールが言うとった、魔物のことを話しとったぞよ」


『この兄ちゃん、俺とディセルネが会話できる事、受け入れたのか?

それとも、幼子の遊びの一環と思ってるだけなのか?』

横からヤーナのヤジが飛んできた。


ちらっとだけ、ヤーナを見たディセルネは彼の言葉をそのまま口にする。

「のう、シェリール。其方、妾とヤーナが会話しとると思うとるのか?

それとも……」


シェリールを見上げたディセルネを、抱きかかえて左腕に乗せた彼は微笑んだ。

「ディーちゃんが教えてくれたでしょ?ヤーナくんと会話できるって」


女神がじっと見つめたシェリールの瞳は、ただ真っ直ぐに彼女に向けられるだけ。

「そうじゃったな。それなら、妾が幼子ではなく、神じゃったと言うても……信じてくれるのかぇ?」


穏やかに目を細めたシェリールは、そっとディセルネの頭に手を乗せた。

「ディーちゃんが、そう言うんだったらそうなんだろうね。

でもね、ディーちゃんが何者でも、いいんだよ。今ここに居るディーちゃんが、ディーちゃんなんだから。

だから、幼くても、そうじゃなくても僕を頼ってくれていいんだよ」


――――妾が神だろうと、そうじゃなかろうと、

どちらの妾でも……よいのかの。

こんな事言うてくれたのは、シェリールが初めてじゃのう。


「……ありがとうのぅ。シェリール」





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