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第8話 来客

 

 セラフィスの妃になり1ヶ月が経った頃。




 愛梨は部屋から殆ど出る事なく、ひたすら勉強をする日々を送っていた。




 勉強が好きな訳では決してないが、スマホもテレビもない空間では娯楽は限られる。精々読書くらいだが、この部屋にある本はいわゆる参考書や実用書に近いものや、愛梨には全くもって理解できない言葉が羅列された魔法書くらいだ。娯楽小説の類はない。





 仕方ないのでひたすら勉強して時間を潰すしかなかった。幸い、マーサの授業は中々面白く、少なくとも学校で退屈な世界史や化学の授業を受けるよりはマシだった。




 授業を通してマーサとも大分打ち解けてきた。愛梨に対して別段冷たくもせず、さりとて同情や保身の為に優しく接する訳でもないマーサの距離感は愛梨にとって心地良かった。






 そうして、ロードリアで牢屋生活を送っていた頃とは大分穏やかに過ごしていた愛梨だったが、その日、予想外の来客があった。




 コンコン。




 数回のノック。マーサかと思い、愛梨はよく確認もせず「どうぞ」と返事をしてしまった。





 そうして入って来たのは、見覚えのない少女だった。




 煌びやかなドレスに身を包み、輝く金色の髪を緩く巻いたその子は、大きな青い瞳で愛梨を見る。






 ___途端、少女の顔に浮かんだのは“嫌悪”の表情だった。






 「………気味が悪い」





 幾度となく聞いた言葉が少女の口から発せられる。愛梨は半ば諦めた気持ちで下を向いた。




 少女が誰なのか、何の為にここに来たのは知らないし、どうでも良い。兎に角早く出て行って欲しかった。愛梨は下手に興味を引かない様、黙って俯いた。




 そんな愛梨を見て、少女は勝ち誇った様に鼻を鳴らす。





 「こんなのが陛下の妃だなんて…。




 貴女、どうやって陛下に取り入ったの?その醜い姿で誘惑なんて出来る筈ないわ。




 ……あぁ!分かったわ。陛下を脅したのかしら?民でも人質にとった?

 何にせよ、そうでもしないと貴女が選ばれる筈無いものね」

 「………」




 少女は愛梨を見下して、中傷して、悦に浸る。愛梨は何も発しない。





 ___なんで出て行かないんだろう。あんな目を向けるくらい私が気味悪いなら、私なんかと関わらなければいいのに。





 以前は遠ざけられるばかりで、こんな風に嫌味を言われる事すら無かった。それ程までに、ロードリアの人々は愛梨と関わる事を拒んだ。愛梨の存在を無いものして扱っていた。





 嫌味を言われるか、ただ嫌悪感を全面に出されながら遠ざけられるか。どちらの方がマシだろうか。後者の方がまだマシだったかもしれない、なんて愛梨はぼんやりと考える。





 なんの反応も示さない愛梨に苛立った様に、少女の語気は強くなる。愛梨の容姿をこき下ろし、如何に自分が陛下___セラフィスの妃に相応しいのかをベラベラと並べ立てる。







 「____だから貴女は早速ここから出て行きなさい」




 謎のドヤ顔で少女はそう言い放つ。暫く間を置いて、愛梨は漸く口を開いた。





 「それは無理」

 「………なんですって?」





 何で、と問われても。愛梨は困る。



 現状自分の居場所はここにしない。他に行く宛てがないので、出て行ったら野垂れ死に確定だ。それは愛梨としても望むところでは無い。

 そしてここにいる条件が“セラフィスの妃である事”なので彼が望まない限り、別れる気も無い。




 とはいえそれを堂々と言えば火に油を注ぐ事になるのは明白だった。愛梨はひたすら黙る。






 「___何故、と聞いているのが分からないの?答えなさい」

 「……無理」

 「ッ!いい加減になさい!!」





 少女が激昂する。ダンっと大きく靴音が鳴った。





 「私にそんな態度をとるなんて!!」





 だからどうしたというのだろうか。この子がどれだけ偉い存在だろうと、異世界から来た愛梨にはピンと来ない。







 「____何を騒いでいるのです」





 静かな、しかし確かな怒りを孕んだ声が部屋に落とされる。先程まで怒っていた少女はビクリと肩を震わせた。





 マーサは少女を見る。少女もマーサを見る。





 「ここが妃の部屋だと知っておいでですか、エミリー様」

 「……えぇ。私は今妃とお話をしているの。邪魔しないで頂けるかしら?」





 エミリーと呼ばれた少女は、相手が使用人だと分かると不敵な笑みに戻る。






 「それにしては随分の声を荒らげていた様ですが、何かありましたか?」

 「別に何も無いわ。いいから貴女は早く出て行きなさい」

 「そうはいきません」

 「使用人如きが口答え?いくら陛下のお抱えだからって調子に乗り過ぎよ」






 エミリーがマーサを睨む。






 「____調子に乗っているのはどちらだ」





 マーサの背後から、低い声が響く。扉の影から出てきたのは、セラフィスだった。エミリーの顔から血の気が引く。






 「ここには許可なく立ち入るな、と言っていた筈だが」





 セラフィスが冷たい目でエミリーを見る。彼女は肩を震わせる。






 「マーサ、お前は娘にここに立ち入る許可を出したか?」

 「いいえ」

 「そうか。





 ……では娘、お前は誰の許可を得て此処に居る?」





 エミリーが言葉に詰まる。言い訳を並べようにも声も出ないのだろう。





 「………もう良いから」





 黙って成り行きを見守っていた愛梨が口を開く。全員の視線が愛梨に向けられる。





 「早く、出て行って」





 これ以上私の唯一の居場所を汚さないで欲しい。




 愛梨の言葉を受けて、エミリーはセラフィスの顔色を伺うように彼を見上げる。セラフィスはため息をひとつ吐く。





 「次は無い」





 その言葉が合図となった様に、エミリーは一目散に逃げ出した。優雅さの欠片もなく駆けてゆく背中を、愛梨はぼんやりと眺めていた。








 「……何だったんだろう」




 愛梨が呟く。疑問、というよりは素直な感想だった。





 「お気にならさず。ただ暴れ馬がやって来たとでも思って下さい」





 暴れ馬がやって来たってそれはそれで相当な事件じゃ……?




 そう思ったものの、愛梨は「分かった」と頷いた。もう済んだ事だ。2人が来てくれたお陰で暴力を振るわれる事もなく居なくなってくれたのだから、それで良い。





 それより、今愛梨が気になるのは何故セラフィスがここに来たのか、という事だ。この1ヶ月間一度も訪ねて来なかったのに。何か用でもあるのだろうか。





 愛梨はチラリとセラフィスを見る。それだけで愛梨の疑問を察したのか、セラフィスは理由を説明してくれる。






 「お前は私の妃だ。形だけのものだとしても、夫として妃の下を訪ねない訳にはいかない」





 つまりは体裁の為だと。分かりやすく、かつ事務的な理由に納得する。と同時に愛梨は安心した。早々に用済みになったのかという考えが頭を過ぎっていたからだ。






 「体裁を保つ為にも、今日は陛下も交えて過ごしましょう」

 「え」





 愛梨は明らさまに嫌そうな顔をする。大分慣れてきたとはいえ、マーサといる時でさえまだ緊張するのに、ここに連れてこられてから碌に話していない人と一緒に過ごすのは苦痛だった。

 しかもそれがこの国で一番偉い人で、ある意味で愛梨の命を握っている人間なのだから、下手な言動をとれば即刻クビになってしまう。





 「私の事は気にするな。好きに過ごす」





 そう言って、セラフィスは適当な椅子に腰掛ける。手に持っていた本を開き、読み始めた。





 …………落ち着かない。





 「では今日もお勉強の時間です」





 ソワソワと落ち着かない愛梨とは正反対に、マーサはいつも通りだ。




 サボるのは許されない。マーサはそういう所は厳しい。愛梨は仕方なく、いつもの様にマーサの授業を受けた。






 ………集中、出来るかな。


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