第7話 皇帝の思い
私がその娘を妃に迎えようと思ったのは、打算と同情、そして_____贖罪の意識からだった。
特に信心深い事で有名な帝国、ロードリア。そんな国異世界から召喚された“神殺し”の少女が居る。その噂は隣国であるペンテレウスにも届いていた。
ペンテレウスの皇帝、セラフィスはその少女が気になった。我が国も含め、世界中どの国でも“神”を信奉しているが、ロードリアはその中でも常軌を逸した信奉者だった。何せ、「神託があったから」と言って王を玉座から引き摺り下ろし、まだ幼い少年を王にしてしまうのだから。あまつさえ、その幼い王の責務も重圧も押し付けている。
たとえ似た様な神託がペンテレウスに下っても、その時の王を追放するまではしても、幼い子供に王の重責を押し付ける事はしない。次期国王として大切に育てるか、形式上玉座には座らせても、王としての責務や重圧は臣下が負うだろう。
___信心深きロードリア帝国。そんな国に召喚された“神殺し”。ろくな扱いを受けていないだろう。未だ殺されていないだけマシか、それともいっそ死んでしまった方が楽だったかもしれない。
セラフィスは思い返す。ロードリアの人間と交流した時の事を。
セラフィスは髪も肌も全てが白く生まれた。“白”を神の色として尊ぶこの世界において、彼はやれ神の使いだとか、神の子だとか持て囃された。そしてそれはロードリアでも同様_____いやむしろ母国ペンテレウスよりも熱烈だった。是非とも移住して欲しいとまで言われた。
周囲から持て囃されるのも、始めは悪くないと感じていた。皆が皆、自分の容姿を褒め讃え、跪く。その事に優越感を抱き、“自分は何でも出来る”という万能感に浸った時期もあった。
いつからだろう、それを窮屈に感じたのは。
………いつからだろう、“神”を尊ぶこの世界の仕組みに疑念を抱くようになったのは。
セラフィスの母は髪の色こそ白であったが、彼とは違い、黒い目をしていた。“黒”は忌み嫌われる色。白と黒両方を持った母は、傾国の美女という名が相応しい程美しい容姿も相俟って、〈堕ちた女神〉と揶揄された。元々は瞳も白かったが、堕ちてしまった故に黒く染まった、などという噂が各地に広まった。
勿論、彼女はれっきとした人間だ。だが神の色と穢れた色、両方を身に纏う彼女を周囲はどう扱っていいか分からず遠ざけた。腫れ物に触る様に扱った。そうしている内に、おかしな噂だけが広まった。
そんな〈堕ちた女神〉からセラフィスが生まれた。
周囲はセラフィスを尊ぶとともに、〈神の子〉の如き子を産み落とした母はやはり女神だったのではないか、なんて荒唐無稽な話が出てきた。
ただの滑稽な噂話______それで終わればどれだけ良かったか。
セラフィスの母は、〈堕ちた女神〉の話を信じた人間に殺された。
彼らは、〈堕ちた女神〉を放っておけばこの世界に……他の神に、いずれ害をなすと考えた。だからその前に殺した____いや浄化したのだという。
勿論セラフィスの母はれっきとした人間で、愛梨とも違って異世界から来た訳でも無い。どう足掻いても神を害する事など出来ない。しかし、女神と見紛う程の流麗な姿、〈神の子〉と呼ぶに相応しき子を産んだ功績………それらに不釣り合いな、不吉な“黒い目”。〈堕ちた女神〉だとしか思えなかったのだ、彼女を殺した者たちからしてみれば。
無惨に殺され、あまつさえその死体を磔にし燃やした。まるで見せしめの様に。
血塗れのまま磔にされ、燃え盛る母の遺体。その光景は今もセラフィスの目に焼き付いている。
母は優しい人だった。たとえその目のせいで周囲から疎まれようとも気にしない強い人だった。
その容姿を当時の皇帝に気に入られ、手篭めにされ、しかしその目のせいで正妻では無く妾の地位を与えられたとしても、正妻に嫉妬され嫌がらせを受けたとしても、使用人達から不気味がられ、城の奥深くの部屋へ押し込まれたとしても、挫けなかった。
目を隠す様に言われても「これが私だ」譲らなかった。実の子であるセラフィスと離れ離れになっても、部屋を抜け出して会いに来た。どれだけ怒られようとも、どれだけ邪魔をされても。彼女はセラフィスに会いに来て、沢山の愛情を与えてくれた。
______母がセラフィスに向ける感情は、紛れもなく“母の愛”、それだけで出来ていた。〈神の子〉としてではなくただのセラフィスとして、自分の子として、愛情を注いでくれた。セラフィスは〈堕ちた女神〉の噂に拍車を掛けた存在であるというのに、恨みといった負の感情は一切無かった。
セラフィスもそんな母を愛していた。しかし、彼女は死んでしまった。
______〈神の子〉を産んでしまったせいで。
彼女を殺した奴らが一番悪い。それはセラフィスも分かっている。けれど、どうしても心の奥底で思ってしまうのだ。
_____自分さえ生まれなかったら、母はまだ生きていたのでは無いか。たとえ不気味がられ、遠巻きにされる日々だったとしても、殺されるまでには至らなかったのでは無いか。
せめて自分の容姿がもっと普通であったのなら、髪も目も肌も“白”出なかったのなら、母と2人、普通の親子の様に過ごせていたのでは無いか。
時が経っても消えないそんな思い_____罪悪感。それを抱えながら皇帝の地位につき、生きてきた。
そんな中聞いた、“神殺しの少女”の噂。_____母と同じ“黒い瞳”を持つ少女。母と同じく疎まれた存在。
気がつけば、セラフィスは彼女を妃に迎え入れると決めていた。周囲の反対は凄まじかったが、『いつでも捨てられる仮初の妃』という一点を推して推して納得させた。
そうしてセラフィスは“神殺しの少女”______愛梨を妃に迎え入れた。
彼は愛梨に母を重ねているのだろう。母の様に世界に殺されてしまう前に助け出したかった。………そうする事で、自分の心の奥底にある罪悪感を薄めたかった。ただ、それだけだ。
______けれど。
セラフィスは思い返す。ペンテレウスに着いた時、魔法に目を輝かせていた愛梨の顔を。この町を美しいと言った彼女の顔を。
あの時、彼は確かに思った。『この娘にもっと色んな景色を目に焼き付け欲しい』と。_____彼女の輝く顔をまた見たい、と。
それが贖罪の意識から出てきたものなのか、同情故に思った事なのか_____はたまた、もっと別の感情故なのか。まだ分からない。
けれど、その気持ちは紛れもなくセラフィスの心から湧いて出たものだから。
____またその内彼女を連れて町を歩いてみようか。




