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第3話 ペンテレウスへ

 出国の準備はあっさりと済んだ。セラフィスが既に話を付けていたらしく、久方ぶりに牢屋の外に出た愛梨は国王への軽い挨拶だけさせられて、彼と共に国を出た。着の身着のままこの世界へ連れてこられたので、荷物も殆ど無い。強いて言えば、この世界に来た時に着ていた制服くらいだ。鞄は向こうで落としたのか持っていなかった。




 その制服だけ包んで貰い、僅かな荷物を持って出国した。あまりにも少ないのでセラフィスは少し驚いた様子だった。




 それでも同情の言葉を投げかける事はなく、彼は何も言わず愛梨を馬車へ乗せた。初めて乗る馬車はよく揺れて落ち着かない。元の世界では見た事もない程美しいセラフィスと同じ空間にいるのも気まずい。




 何か喋った方が良いのかな。そんな風に思うものの、これといって話題は出てこない。これが元の世界であれば最近流行りのドラマや音楽の話や、スポーツの話、果ては最近の天気の話などいくらでも話題が提供出来るものだが、この世界に来てからずっと牢屋に居た愛梨はこの世界の事を知らな過ぎた。これでは話題を提供する事もままならない。




 それならば黙っていればいいのだが、愛梨にとって沈黙は苦痛だ。気心知れた相手ならば沈黙すら心地良いが、彼の様によく知らない相手との沈黙はどうにも居心地が悪い。





 というか、ここまで誰も喋らない空間に居るのそんなにない。学校でも家でも誰かの話し声が聞こえていたもん。こんなに静かなのはテストの最中くらいかな。気まずい……。せめて天気がよければ「良い天気ですね」なんて話かけられるけど、生憎の曇り空だし。



 

 ソワソワ、ウロウロと視線を彷徨わせる愛梨を、セラフィスは訝しげに見ていた。


 ・・・・・


 結局何の会話もないまま、気まずい時間を過ごした。苦痛ともいえる時間の中、馬車に揺られて愛梨達は漸くペンテレウスに着いた。




「……すごい」




 目の前に広がる風景に、愛梨の口からは自然と感嘆の声が漏れ出た。中世風ヨーロッパの街並みは細かな彫刻や細工に溢れた建物やオブジェが並んでいて美しい。



 それ以上に愛梨の心を動かしたのは、魔法だった。町の人達は皆、魔法を使って物を浮かしたり、水を出したりしている。



 

 ここに来てから見た風景といえば殆どが無機質な牢屋の天井と鉄格子。それとは明らかに違う色彩に溢れた風景に、自然と愛梨の心は踊る。





 ___やっと出れたんだ、あそこから。




 漸くその実感が湧いてきた。これからどうなるかも、元の世界に帰れる道もまだ分からない。けれど、牢屋で一生を終えるのかと絶望していた頃より、少しだけ愛梨の心は軽くなった。




「早く行くぞ」




 先に進んでいたセラフィスが、立ち止まったままの愛梨を振り返って促す。ハッとした愛梨は慌てて彼の後を追う。




 セラフィスの少し後ろを歩く。ジロジロと周囲からの視線を感じる。コソコソと町の住民が話す。「何だあの娘は」「気味が悪い」などといった声が微かに聞こえる。




 やはり、ここでも愛梨はその見た目だけで遠ざけられる。黒髪黒目、という元の世界では至極一般的な容姿は、この世界では気味が悪いモノとして映ってしまう。



 

 先程までの感動はどこへやら、愛梨は居心地が悪そうに縮こまった。





 ___どうせなら、目的地まで馬車で移動すれば良いのに。道だってちゃんと整備されてるんだし。





「アイリ」

「っ!?」




 いつの間にかセラフィスが愛梨の横に移動していた。隣で名前を呼ばれ、愛梨は肩を震わせる。もしかしてさっき思った不満が伝わったのかも……。そんな風に怯える愛梨だったが、彼の口からは思いもよらない言葉が降ってきた。




「我が国はどうだ?」

「…………へ?」




 突然求められた感想に愛梨は目を丸くする。どうだと言われても……。




「……気に入らないか?」




 黙っている愛梨を見て、セラフィスはそう尋ねる。僅かながらその口元が不服そうに結ばれる。




「い、いや……気に入らないとか以前に、まだよく知らないし…なんとも言えない。





 …………でも美しい、素敵な町だと思った」





 最初見た時は、だけど。内心そう付け足す。




 愛梨の感想を聞いて、セラフィスは「そうか」と頷いた。




「なら、これからこの国を、世界をもっと知れ。そして美しいと思うモノを見つけていけ。




 …………そうすれば、少しは過ごしやすいだろう」





 ___気を使っているのかな。都合がいい、ただの契約相手である私に。少しでもこの世界で、この国で過ごすのが楽しくなるように。もしかしたら、馬車を使わずに歩いてるのも、私にじっくり町を見て歩いて欲しかったのかも。そのせいで変な目で見られてるから逆効果だけど、彼なりの優しさなのかもしれない。




 そう思うと、俯いていた顔を上げたくなる。周囲の視線はまだ怖い。しかし、縮こまっていてもどうせ周囲の目は変わらないのなら、彼の言う通り美しい景色でも見て気を紛らわせた方がマシかもしれない。







 愛梨は顔を上げ、異世界の景色を目に焼き付けた。





 そんな彼女を見て、セラフィスの口角が少しだけ上がった。ファンタジーな光景に目を奪われていた愛梨がそれに気付く事はなかった。

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