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第2話 青年の誘い

 

「“神殺し”よ、お前___ここから出たいか?」




 ___え?




 言われた言葉を直ぐに理解出来ず、愛梨は呆然と青年を見つめる。彼の薄いグレーの瞳が真っ直ぐに愛梨を射抜く。そこには、少しの嘘も感じられない。







 ……ここから出る?そんな事出来るの?




 愛梨の心中を読み取ったが如く、青年はなおも変わらない静かな声で言う。





「私の名はセラフィス・ノワディール。隣国であるペンテレウスの皇帝だ。




 ___私は、お前を妃として迎えたい」





 妃、つまり花嫁、あるいは妻___要はこの男の結婚相手という事だ。



 セラフィスと名乗った青年は、“神殺し”である愛梨を嫁に迎えたいと言っている。何とも物好きな皇帝だろうか。





 愛梨は“神殺し”がどれ程嫌われる存在なのか理解していた。この世界に召喚されてから浴びさられる周囲の視線は嫌悪や憎悪、侮蔑、嘲り___その中に少しだけ巻き込まれた愛梨に対する同情が含まている場合もあるが___とにかく負の感情しか向けられていない。例外と言えば、幼さ故に事の次第がよく分かっていなかった現国王から向けられた同情のみ。




 忌み嫌われる神殺し。にも関わらず、セラフィスは連れ出すだけでなく妃に迎えたいとまで言っている。




 何か、裏がある。




 愛梨は極限状態にあるとはいえ、そう思う位の判断力は残っていた。疑り深い目で彼をを見ていると、瞳から彼女の感情を読み取ったセラフィスが言う。





「私はまだ皇帝の地位に就いたばかりで、妃は勿論許嫁も居ない。家臣達はここぞとばかり私に縁談を持ってくるが、私はそれが煩わしくて仕方ない。



 そこで契約結婚でもしようかと思ったのだが、中々都合の良い相手が見つからなくてな」

 



 少女漫画みたいな話だ、と愛梨は思った。若くして王座に就いた美青年が、縁談よけの為仮初の妻を娶るものの、次第に惹かれていく___そんな話。



 ここは異世界なのだし、漫画みたいな事が起きるのは不思議ではない。しかし、だとしてもなぜ神殺しと言われる自分なのか。別に仮初の妃が欲しいだけなら、適当な娘を見繕えば良い。




「…………なん、で……私なの…………?」




 愛梨は暫く使っていなかった喉を震わせどうにかその言葉を絞り出した。ここに連れてこられた当初は泣き叫び、「ここから出して」と喚き、食事を配給して来る兵士に懇願したりしたものだが、今はそれすらも億劫になり、ずっと黙って縮こまっていた。声の出し方を忘れてなくて良かった、なんて場違いな事を思ってしまう。




 掠れていて聞き取りづらいであろう愛梨の言葉は、しかしきちんとセラフィスに届いた。彼は相も変わらず淡々と、愛梨の疑問に答える。




「人々から忌み嫌われ、恐れられる“神殺し”。お前であれば、家臣達もそう易々と手出しは出来ないだろう。

 そしてそんなお前を娶った私も“変わり者の皇帝”として周囲に揶揄され、気味悪がって離れていく者も居るだろう。勝手に周囲が離れてくれるのなら、契約結婚がバレるリスクが減る。



 それに、お前は異世界から来たと聞く。何のしがらみもないお前なら、余計な勘繰りをしなくて済む」




 成程、確かに態々“神殺し”と深く関わろうと考える人間はそうそう居ない。彼としては、妃に余計な探りを入れられるのは困る。





 ___何より、神殺しであり、異世界から来て身寄りのない愛梨ならば、いざという時切り捨てやすい。たとえ愛梨が死んだとしても、この世界において喜ぶ者は居ても悲しむ者は居ないのだから。






「私の妃としてなら、お前はこの国を出る事が出来る。妃になれば、この鉄格子よりは自由に過ごせる。衣食住も勿論保証する。


 妃修行も最低限で構わない。極論、お前は有事の際だけ“私の妃”として隣に座ってくれれば良い。




 ____悪い話ではないと思うが、どうだ?」





 セラフィスが鉄格子に手を掛ける。ガシャンと金属の音が響く。




 愛梨は少し考える素振りを見せた後、小さく首を縦に振った。どうせここに居ても未来は無いし、いつ死ぬかも分からない。ならば、たとえいつか用済みになって消されるとしても、それまでの間だけでも自由になりたかった。青空の下に出たかった。




 この人を心から信用した訳ではない。けど、ずっとここに居るよりはマシだ。




 


「……決まりだな」




 セラフィスが鉄格子の錠に手を伸ばす。カチャカチャという音を数回聞いた後、錠が外れる。既に牢屋の鍵を持っていたらしい。



 彼は錠を開けるとそのまま鉄格子の奥へ入ってくる。中にいる愛梨と目線を合わせる様にしゃがみ込み、問う。




「神殺し___いや、我が妃よ、お前の名は?」

「……愛梨、アイリ・フジサワ」

「そうか。ではアイリ、行くぞ」




 立ち上がったセラフィスが愛梨の手を握り、そのまま彼女を引っ張って立たせる。ろくに動いておらず鈍った身体をグイッと引っ張られた愛梨は体勢を崩し、そのままセラフに寄り掛かる様に倒れる。




「すまない、強く引きすぎた」




 セラフィスは倒れかかった愛梨をしっかりと支える。随分と久しぶりに感じる人の温もりに、愛梨はなんだか泣きそうになる。  




 ___暖かい。





 この人をまだ完全に信用していない。用済みになったら殺されるのではという恐怖もある。




 ____それでも、この温もりだけで少しだけ心を許してしまいそうになった。




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