フルヌード
「……ねえ、全裸、描かせてくれない?」
教室に響く、その一言。
昼休み。
お弁当の香りと雑談が混じるなか、突然響いたその台詞に、クラスの時間が凍りついた。
発したのは、変人で有名な女生徒――如月ユリ。
髪は爆発したように広がっていて、スカートの裾には絵の具の跡。
いわゆる「やべーやつ」だが、美術の腕は本物で、校内展では何度も賞を獲っている。
そして彼女が声をかけた相手は――
「……ああ、いいよ」
即答したのは、高嶺の花・真木透。
無表情で、いつも冷静。感情の起伏が薄い。
だが、スタイル抜群で、制服の上からでも分かるしなやかな体躯。
身のこなしは静かで優雅、どこか人間離れしているような雰囲気。
「えっ……ええええええええええええええ!!?」
教室全体が、地響きのようなざわめきに包まれる。
「ちょ、ちょっと待って、今の聞いた!?」 「全裸モデル!?男が!?あの真木くんが!?」 「なにその高貴な裸体……拝ませて……」
「別に脱ぐことに抵抗はないよ。人体の構造って、芸術にとって重要だし。君が真剣に描きたいなら、俺も真剣に応える」
透は至って本気だった。
彼は、この世界に転生して数年が経つ。
貞操観念が逆転したこの世界――男が「守られる性」であり、女が「求める性」とされる。
だから、男が肌を見せる=即性的に見られるのは当然だった。
(……理解はしてる。けど、羞恥はない。裸なんてただの皮膚だろ?)
透にとって、“見る”“描く”は、感情ではなく行為だ。
自分の裸体を見せることに羞恥はない。
求められたなら応える。ただそれだけだった。
一方――
「うわ、最高。やっぱ透くんしかいないわ、天啓だったわ……!全身描くからさ、できれば自然光が入る場所がいいな、ね、屋上とかどう!?」
「了解。ポーズは?」
「……自然体がいい……っていうか……ごめん、ちょっと一旦脱いでもらって、構図決めてもいい?」
「構わないよ」
透が制服のジャケットに手をかけた瞬間――
「待て待て待てーーーーーっっ!!!」
先生が血相を変えて教室に飛び込んできた。
「学校で脱ぐなァァァァァァ!! てか話聞いてた限りフルヌードモデルって何事だッッ!!」
「芸術です」
「芸術かどうかの前に常識だ!!!」
「ふーん……じゃあ、放課後、美術室でやろうか」
「なんで校内でやる前提なんだよ!!」
透はと言えば、制服のボタンを止め直しながら、特に気にする様子もなく答えた。
「じゃあ放課後、美術室で。……ああ、それと、資料として撮影してもいいなら、事前に許可出すよ?」
「えっ、ほんと!?好き……いや違う、感謝……っ!」
顔を真っ赤にしてうなずく如月ユリの横で、透は静かに目を細めた。
(やっぱりこの世界、おかしい……)
とはいえ、変人の情熱と、転生者の無表情な男の奇妙な友情(?)は、今日もまた、芸術の名の下に、少しずつ形になっていくのだった――。