表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

合コンに行ったらママンがいた。翌日、父にチクった。

作者:



 この春、専門学校を卒業した。きょうは社会人になって初めての合コンだ。

 俺たち男子は先に店に着いており、女子たちをじっと待っていた。


 あっ、来た来た。やっと来てくれたか。

 約束の時間を七分過ぎた頃、四人組の女子が現れたのだ。



 おおおおおおおおおおお!



 想像していたよりも、ずっと可愛らしい感じの人たちではないか。この合コンの幹事はハヤッチだが、よくそんなコネをもっていたものだ。正直、ハヤッチには驚いた。初めて彼を尊敬した。


 と思ったら四人組は席を通り過ぎていった。


 なんだ。相手は彼女たちじゃなかったのか。一瞬でもハヤッチを尊敬して損した気分だ。でもあんな感じの女子だったらいいなあ。


 いやいや、高望みするつもりはない。たとえ好みの子がいなくても、合コンという雰囲気を楽しめればいいのだ。


 それから四分が経った頃、ハヤッチが手をあげた。


「ここだ、ここ」


 新たに四人組の姿が見えた。彼女たちが合コン相手なのか?

 そのうちの一人がハヤッチを見つける。


「あっ、ハヤッチ! 皆さん、ごめんなさい。遅れちゃって」


 やはりそうらしい。

 ちょっと緊張しながらも、彼女たちの身なりや容姿をチェック。



 おおおおおおおおおおお!



 目を擦って二度見してしまった。

 なぜだ。なぜ? なぜ母親がここに!


 これ、あり得ないことだろ。

 いやもう、何やってくれてんだよ、ママン!!


 目が合った。


 俺に驚いている。俺はその倍は驚いたぞ。

 その『しまった!』って顔はなんだよ。

 俺は悪くない。悪いとしたらそっちだからな。

 なあ、アンタにゃ夫がいるだろ。俺の父ちゃんがいるだろ。


 母は俺たちに会釈して席に座った。

 男子が一列、女子が一列で向き合っている。

 正面の席が母じゃなかったことだけは、ホッとした。


 けどさ、ホント、シラけたよ。この合コン。

 たとえ好みの子がいなくても、合コンという雰囲気を楽しめればよかった。

 こんじなんじゃ楽しめねえよ!!


 母が年齢の割にかなり若く見られてきたのは、確かなことだ。

 俺の同級生の母親たちとは比較にならないほど若々しかった。


 だとしても……。

 俺が二十歳。母が四十一。ここの男連中のほぼニ倍の年齢だ。

 よく合コンに来れたものだ。

 その勇気には脱帽するけど、その神経には呆れたぜ。


 注文した飲み物を待っている間のこと――。

 母は気まずそうにチラチラとこっちを見ていた。


 隣の嵐世(らんぜ)が小声で俺に言う。


「おい、颯馬。端っこの席の子、お前に気があるんじゃね? 良かったな」


 良くない! そもそも気があるわけじゃない。

 ほら、ママン、誤解されちゃってるぞ。


 注文した飲み物がきたところで乾杯となった。

 幹事のハヤッチの提案で自己紹介していくことに。


 入口側の席のハヤッチから始まった。

 それから順にター坊、嵐世、俺と続いた。


 自己紹介については、ウケそうなものを考えてきた。

 が……。母親のいる前じゃ恥ずかしくて言えねえよ。

 どうしてくれるんだ、ママン!


 結局、面白くもない自己紹介をしてしまった。


 さて、自己紹介は『コ』の字の順となっている。すなわち女子の自己紹介は、俺の正面の子が先頭だ。彼女はハヤッチの元バイト仲間であり、女子たちを呼び集めてくれた人だ。名前は紅音さん。


 続いて風夏さん、亜彩さん、と自己紹介してくれた。

 いよいよ最後。順番がママンに回ってきた。


「男性陣の皆さん、はじめまして……」


 という挨拶から始まった。


 母が笑顔を振りまいている。

 俺にとっちゃ、はじめましてじゃないけどな。


「わたし、乙橋真里江って言いまーす……」


 違うだろ。旦那の旧姓を名乗ってんじゃねえ。

 でもあれか。俺と同じ苗字を名乗ったら変だしな。


 俺の苗字は甲羅門。

 珍しい苗字だから二人もいれば怪しまれる恐れがあった。


 さらに母は声を愛想よく張りあげた。


「マ……マリリンって呼んでね」


 マリリンじゃねえ!!!!!!!

 しかもなんで自分で言ってて照れてるんだ。


「「「マッリリーン」」」


 お前らも迎合してんじゃねえ。放っておけよ。

 隣の嵐世に指で突かれる。


「颯馬、声が小さい。もう一度だ! せーの」


 小さいじゃねえ。声は出さなかったんだ。


「「「「マッリリーン」」」」


 俺まで言わされててしまった。

 こら、ママン。嬉しそうな顔するんじゃない。



 しばらくすると、好きなタイプの異性についての話になった。

 あまり好きな話題ではない。

 しかし訊かれたので皆に応えなければならない。


「明るい人かなぁ」


 またもや嵐世が指先で突く。


「それ、つまんなすぎ。明るい人とか健康な人とかって言うはナシだ」


 俺としては無難に答えたかったんだが……。


「じゃあ特にないかなあ」


 嵐世が笑顔を見せる。

 イヤな予感がした。


「だったら代わりに俺が颯馬のタイプを言いまーす。こいつは、年上好きの足フェチでーす」


 わっ、嵐世! 親の前でそういうのバラすなよ!!


 正面の紅音さんがニッコリする。


「颯馬くん、二十歳って聞いてるけど、あたしたち皆、年上だよ」


 気遣いから言ってくれたのかもしれないけど、もう帰りたい。

 好きなタイプの質問について、母に順番が回ってきた。


「ええと……わたしのタイプは……」


 親のタイプは聞きたくない。

 もしかすると俺の番のとき、ママンもそうだったかもしれないな。


「そうねえ……。思いやりがあって、優しくて、誠実で、高身長で、髪さらさらで、スポーツマンで、爽やかで……」


 おいおい、いつまで続くんだよ。そんなヤツいないから。言ってて恥ずかしくならないのか。聞いてる方が恥ずかしくなってくるぞ。そんなん求めるんだったら、この合コンに来るんじゃねえよ。


 しばらくして女子四人がそろってトイレに行った。

 ここで俺たち男同士の話が始まった。


「一人だけ変なのがいたな」


 ハヤッチが言うと、すぐさま嵐世が同意。


「いたいた。誰とは言わないが、厚化粧お化けがいたな。あれ、結構な年齢だろ。よくこの合コンに来れたものだよな」


 母が笑われているじゃないか。

 ほら見ろ、合コンなんかに来るからだ。


「うん。あの人、おそらく三十歳超えてるぞ」

「そうだな。三十は過ぎてる。下手したら三十代半ばかもだぜ」


 ママン……若く見られてるぞ。

 四十過ぎとは思われていないようだ。


「で、颯馬はどの子が一番良かった?」

「先に嵐世が自分で答えてから聞けよ」


嵐世  「俺は紅音ちゃんだ」

俺   「まあ、俺も紅音さんかな」

ハヤッチ「俺は風夏ちゃんで」

ター坊 「マ……マリリン」


 耳を疑った。


嵐世  「ふわっ?」

俺   「え?」

ハヤッチ「へ?」


 いまさら恥ずかしそうにモジモジするのはやめろ、ター坊。


嵐世  「がんばれ、ター坊。童貞捨てろよ」

ハヤッチ「応援するぜ、ター坊。童貞捨てろよ」


 複雑な気分だ。

 てか、俺の母で童貞捨てないでくれよな。


 女子が戻ってきたところで席替えがあった。

 俺の隣に紅音さん。その隣が嵐世。そして亜彩さん。

 向かい側の席では風夏さん、ハヤッチ、母、ター坊と並んでいる。


 つまり隣の席には紅音さんがいるが、その隣の嵐世も彼女を狙っている。


 嵐世に負けまいと、紅音さんにガンガン攻めたいところだ。しかし親の視界に入る場所だと、気恥ずかしい感じがして、思うように攻められない。やっぱりこの合コン、来るんじゃなかった。


 気づいてみたら、ター坊とママンが仲良くなっていた。


 頑張ったな、ター坊……などと、いつもならば俺も喜んでいただろう。

 だが相手は俺の母だ。


 ママン、あんたにゃ旦那も息子もいるんだろ。何やってんの?

 こりゃ、パパンに報告だな。




 日曜日の朝――。


 土曜日の晩は、家族はそれぞれ外食だった。

 いま、きのうの合コンから初めて家族三人がそろったのだ。


 母と目が合った。すぐに逸らされた。

 父が沢庵をボリボリ咀嚼しながら言う。


「ところで颯馬、昨晩は友達と飲み会だったんだって? 楽しかったか」

「ああ、普通」

「相変わらず素っ気ないな」


 普通っていうのは嘘だ。最悪というのが正しい。

 実際、あの状況で楽しめるかよ。誰かさんのせいで。


「お母さんも友人と飲みに行ってきたんだったな」


 父の質問に、ぎくりとする母。

 そしてすっとぼけて尋ねる俺。


「へえ、お母さんも飲みに? それって職場の仲間と?」

「えっ……。あっ、そうだけど」


 ぎこちない返事だった。


「ふうん。職場の人たちとは仲良くやってるんだね」


 母が味噌汁をこぼした。

 台所へ布巾を取りにいってしまった。


 やはり父には話した方がいいのかな。

 よし、言おう。


 てことで合コンのことを父に告げた。


 母が戻ってきた。


「お母さんには、あとで話がある」と父。


 母はちらっと俺の顔を見た。



 両親は二人で出かけることになった。

 だから昼食は一人で食べた。


 もしかして……。


 あまり想像できないことだが、あの二人、離婚してしまうのでは?

 合コンのことを父に話すべきではなかったのでは?

 離婚となったら、息子としてはなんとも悲しいことだ。


 ただもう学生ではない。

 春に専門学校を卒業して社会人となったのだ。

 そろそろ家を出たいとも思っていた。

 だけど……やっぱりそれでも親の離婚は望んでない。




 翌週土曜日にも合コンがあった。


 今回も幹事はハヤッチで、男側の面子は同じはずだった。

 しかし嵐世がなかなか来ない……。

 と思ったら、なんでパパンがここに!?


 歩いてくる父に、ハヤッチが手を振った。

 手を振り返すパパン。


 ハヤッチが説明する。


「嵐世から連絡あってさ。急遽、来れなくなったって。だから人数合わせのために呼んだんだ。テッサンだ」


 確かに父の名前は鉄兵だ。

 でもテッサンって。


 てか、オヤジ。なんだよ、若作りして来やがって。なあ、その服、俺のだろ! 似合わねえよ。かえってキモさが普段の十倍になってるぞ。


 ママンのときも浮いていたが、それ以上に浮いている。

 おい、ハヤッチ。いいのかよ、こんなん呼んじゃって?


「あっ!!!」


 テッサンが固まった。

 やっと俺に気づいたのだ。


「えっ、もしかして知り合い?」

「初対面だっ」


 ハヤッチの問いに、俺は強く否定した。



 女子たちも参上。

 ようやく全員そろった。


 彼女たちの視線はテッサンに向いていた。

 やっぱり浮いてるよな。


 それでも笑顔のパパン。


「こんなおっさんでゴメンね~」


 自覚あるんじゃん。


「よーし、きょうは楽しむぞ!」


 あっ、開き直りやがった。


 皆が席に座った。

 オーダーを取ったところで合コン開始となった。


 自己紹介のとき、父は旧姓を名乗った。ママンのときと同じだ。珍しい甲羅門という苗字が俺以外にもいたら、変だと思ったのだろう。


 苗字に最も大きく反応したのは、ター坊だった。

 そうだよ。先週ママンが名乗った苗字と同じだよ。

 父の旧姓だけどな。


 そういえばター坊。俺の母とはどうなってる?

 まさか、あの日以外にも続いてるわけじゃないよな?

 この合コンに来ているってことは、特別な進展はなかったのだろう。

 だよな、ター坊? そうだよな?


 それはそうと、ハヤッチに尋ねる。


「そのオッサンとは何繋がりだよ」

「川釣りが俺の趣味なの知ってるだろ。面白い人だから呼んじゃった」


 父の高いテンションが、なぜか女子たちにウケていた。

 てか、息子の前でよく堂々とハメを外せるものだ。逆に感心したぞ。


 たが今回の女子たちの関心は、徐々にター坊に移っていった。

 小柄な体格と童顔が、母性本能をくすぐったのか。


 先週同様、俺はいつもの俺ではなかった。

 ター坊を応援してやろうとは一ミリも思わなかった。


「そういえば、ター坊。その後マリリンとは?」


 ター坊はこっちを睨んだ。

 隣の女子が目を丸くする。


「え、え、え? マリリンってなーに」

「し、知らない……」

「でもター坊。この前の合コンで超仲良くなってたじゃん?」


 俺はサイテーだった。いままで自覚がなかっただけで、本性なのかもしれない。


 テッサンのジョッキを持つ手が止まった。

 じっとター坊を見つめる。

 オヤジ、暴力だけは駄目だからな?


 ター坊が答える。


「それからは別に何も……」


 父はター坊の背中をパンっと叩いた。


「ちゃんとメアドとか聞かなかったのか」


 いまどきメアドって。

 てか、いいのか? 本当に母と仲良くなってたらどうしてたんだ?


 父の合コン参加は妻への仕返し的なものかもしれない――と思っていた。だが、もうすでに妻への未練はなくなったってことなのか?


 別の女子が目をすがめる。


「とかいって、本当は今も繋がりがあるんじゃないの?」

「ないよ……。ないです」

「どうかしらね」


 ター坊の株が下がっていくのを感じた。

 仕返ししたかったのって、もしかして俺だったのかな。


 ハヤッチが話題を変えてきた。


「だけど偶然だよな。テッサンとこの前のマリリンが同じ苗字なんて」

「えぇぇぇっ? マリリンって人も、同じ苗字だったの? 偶然ね」

「俺もテッサンの苗字は知らなかったけど驚いた。夫婦だったりして」


 などと冗談を言いながらハヤッチが笑う。

 鋭い!! 鋭いぞ、ハヤッチ。どっちも本当の苗字じゃないが。



 俺たちの隣のテーブルに、若い三人組がやってきた。

 これはなんと、またもや偶然! 偶然ってこんなに続くものなのか?

 俺もハヤッチもター坊も、口をあんぐりと開けた。


 三人組は先週の合コン相手だったのだ。

 その中にママンはいなかった。


 彼女たちは俺たちに気づいていないようだ。


 気づくなよ。気づくなよ。そのまま気づかずにいてくれよ。

 だってこっちは合コン中なんだ。


 しかし気づかれないわけがなかった。


「あっ、この前の!!」


 亜彩さんだ。


 見てわかるだろ。こっちは合コンしてんだ。

 気づいても声をかけないでほしかったぜ。


 いいや、彼女たちに俺たちを気遣う義理などないのだ。

 俺たちは軽く会釈するだけに留めた。

 それなのに……。


「ん? あっちの子たちと知り合いだった?」


 オヤジ、何言いやがる!


 しかし紅音さんは状況を把握できたようだ。

 連れの二人に釘を刺す。


「合コン中じゃない? 邪魔しちゃ悪いよ」


 そうだよ。ありがたいよ、紅音さん。

 ところが風夏さんは、紅音さんに従う気などないらしい。

 こんなことを言うのだった。


「合コン? でもター坊くんもいるよ。ほら、マリリンと仲良くなって……」

「風夏まで何言うのよ。その後のことはわからないでしょ?」


 紅音さんのフォローはあったが、ター坊は肩をすぼめるのだった。

 おい、ター坊。その反応、どういう意味だ?


「だってね。あたし、マリリンとター坊くんがあそこから出てくるの、偶然にも見かけちゃったんだ。へへへへ」


 おいいいいいい、あそこってどこだ!!

 どこから出てきたんだよ。まさかホテルか?


 それを紅音さんが訊いてくれた。

 ター坊のフォローをやめたらしい。


「あそこってどこ?」


 ハッとする風夏さん。その反応もやめてくれ。


「ええと……」


 お願いだから考え込まないでくれ。


「……そうそう、ドトール」


 本当にドトールか? ドトールなんだろうな? 嘘じゃないよな?


 けどさ、ター坊。あの日以降は何もなかったって言ってなかったか?

 それよりオヤジ。他人事のように唐揚げ食ってんじゃねえよ。

 あんたの女房が若い男とどっかから出てきたんだぞ。

 たとえ本当にドトールだったとしても、問題視するべきところだからな。


 俺はテーブルに手をつき、立ちあがった。


「ター坊。本当のことを教えてくれ。どうなんだ」


 亜彩さんがニヤニヤする。


「えーーーー? 何、ムキになってんの? マリリン狙いだった?」


 俺は無視した。彼女に応対する心の余裕がなかったのだ。

 ター坊から目を離さなかった。


「うっ、うん……。ドトールで偶然会って」

「どこのドトールだ」

「隣駅の……」

「そこのドトール、おととし隣駅から撤退してるぞ?」

「はっ!? いやいや、隣駅のそのまた隣駅のって言おうとしたんだ」


 怪しい。


「やめなさい! 些細なことで友達を追い詰めてどうする」


 はあ??? オヤジ、アンタのために訊いてるんだぞ


 幹事のハヤッチも「まあまあ」などと言って俺をなだめようとする。

 俺は椅子に座り直した。


 ああ、もう、両親そろって俺をイライラさせやがって。

 そもそもの発端はおふくろだ。

 きょうオヤジが来たのも、きっと先週のおふくろが原因だろ。


「あの糞ババアああああああああああああ」


 思わず叫んだ。


 糞ババアとは誰のことを言っているのか。ハヤッチもター坊も父も容易に見当がついたことだろう。また、紅音さん、亜彩さん、風夏さんも同様だろう。


 案の定、風夏さんは俺のことを「サイテー」と非難した。

 そうだよ。サイテーだよ。両親はクズだけどな。


「颯馬っ。お母さんに対し、なんてことを!」


 オヤジがバラしやがった!!!!!


「えっ、お母さん?」

「お母さんって……」

「どういうことだ、まさか」

「そういうこと? 信じられない」


 皆、様々な反応を示した。

 ター坊が俺の顔を覗き込む。


「お母さん? マリリンが? 嘘だよね?」


 うるせえな。ター坊の後ろ襟を掴んで立ちあがらせる。


「オヤジ。こいつがババアの浮気相手だぜ。ホテル行ったんだ」

「行ってないよ。スタバだよ」

「ドトールじゃなかったか」

「そ、そう、ドトール」


 最早どっちでもいい。

 俺は最悪の形で両親を皆に紹介する形になってしまった。


 もうイヤだ。合コンなんてまっぴらだ。

 こんなところにいたくない。


「もし足りなかったら後で払う」


 テーブルの上に紙幣を数枚置き、一人で店を出た。




 その日の晩、家族会議が始まった。


 不思議なことに、両親ともニコニコしていた。

 開き直ってやがるのか?

 違うだろうが。もっと重たい空気に包まれなきゃならないだろうが。


 父が母に尋ねる。


「先週の合コンは楽しかったか?」

「ええ、とっても。お父さんの方は?」


 な……なんだ、この和やか会話は。

 父は嬉しそうに笑った。


「楽しかったぞ。ただ最後がなあ……」

「俺のせいってか。ふざけんな」


 両親が真面目な顔をする。なんのマネだ?


「颯馬にきちんと話さなければならないことがある」


 容易に察することができた。


 そっか、離婚……するんだな。

 残念だが仕方あるまい。こういうのは二人の問題だ。

 二人とも腹を決めたんだ。互いに吹っ切れたのだろう。

 だから笑っていられるんだ。

 俺だっていつまでもガキじゃない。受け入れてやるさ。


「うん」と相槌を打った。


 そして両親が打ち明ける前に俺から言った。


「二人、やっぱり離婚するんだね」

「それなんだがな……」


 父が母と目を合わせる。互いに首肯した。


「……離婚したくとも、それは叶わないんだ……」


 しないのかよ。それはそれでちょっと安堵した。


「……なぜなら、もともと入籍なんてしてなかったからだ」

「はい?」


 思わず聞き返した。


「お父さんたちは夫婦になったことがない。お母さん……真里江さんは、颯馬の実母じゃないんだ」


 なんだって……?


「じゃあ、俺、お母さんとは血が繋がってなかったってことか」


 ところが。


「いいや、繋がっていないこともない」

「どっちなんだよ!」


 頭が混乱してきた。いまの話、すべて冗談だったのか。


「あたしに話させて」

「じゃあ、任せるよ」


 両親はそんなやりとりの後、俺に視線をじっと送るのだった。


「先日の合コンでハメを外しちゃったから、いまから言うことは説得力に欠けるかもしれないけど……」


 別に説得力に欠けるのは毎度のことだ。


「とりあえず聞いてみる」


 母は小さく頷いた。


「……お母さんね、若い頃はあまり恋とか興味なくってさ。でも一度だけ燃えるような恋をしたんだ。初めての……あるいは最初で最後だったかもしれないけど、恋人ができた。だけどその人、交通事故で死んじゃった。あまりにも突然だったせいか、廃人のように無気力になっちゃって、仕舞いには高校にも行かなくなっちゃって……」


 中卒って聞いていたけど、高校中退だったのかぁ。


「そんなとき、姉に赤ちゃんが生まれたの。とても可愛くてね、夢中になっちゃった。新たな生き甲斐ができたの。もちろん、あなた、颯馬のことよ」


 母は叔母だった?

 実母が他にいて、母はその妹……。


「そんな姉だけど、もともと病弱な人だった。そして颯馬が一歳になるのを待たずに他界してしまった」


 実母は早逝していたのか。


「義兄さんは男手一つで赤ちゃんを育てる気だったけど、不器用な人で見ていられなかった。だからね、あたしが赤ちゃんのママになるって、わがまま言ったの……」


 ショッキングな話だったが、そのまま黙って聞き続けた。


「だけどもちろん義兄さんとは、互いに恋愛感情なんてなかった。籍を入れる気だってさらさらなかった。ただ赤ちゃんのために同居できればよかった。そんな感じで、もう約二十年が経ったのね」


 単なる同居というのは本当なのだろう。四年前までは祖母も生きており、父は婿養子のようなものだった。苗字にしたって、変わったのは父の方だ。つまり同居については、実母が死んでからではなく、もともと祖母とともに一緒に暮らしていたのだろう。


「でも、そのせいで……お母さんは独身のまま……」


 母は首を横に振った。


「言っとくけど、婚期を逃したことに後悔はないからね。颯馬の母親になれたんだから」


 お母さん……。


 ありがとう、お母さん。あんたには感謝しきれないよ。完璧に母親だった。たぶん母親以上に母親だったと思う。合コンに現われたこと以外は。


 ただ、面と向かって感謝を口にするのは、ちょっと照れ臭い。

 いまさらって感じもするし。


 いいや、ちゃんと言葉で伝えなければ駄目だ。

 いまそれを言うチャンスじゃないか。


「俺の母さんでいてくれてありがとう。こ、これからもよろしくな」


「照れ臭いこと言わないでよ。こっちが恥ずかしくなるじゃない」


 なんだよ、俺なりに頑張って言ったんだぞ。

 ついでに言っておこうか。


「もし……この先、お母さんが一人の女性として、誰かと結婚しても『お母さん』って呼び続けさせてもらうからな」


「当たり前じゃない、お母さんはお母さんだもの」


「だけどもし相手がター坊だったら……、ター坊にゃ義父さんって呼ばないぞ」


「当たり前だ」と父。




 数週間後、母がター坊に振られた。

 

 そりゃそうなるわな。

 だけどお母さん、次の恋を応援するぜ。

 お母さんはまだまだ若いんだ。

 絶対イイ人が見つかるって。


 がんばれマリリン!!



  __ 完 __





最後まで読みいただきまして有難うございました!!


ジャンルは違いますが新作を始めました。ぜひ応援をお願いいたします!!

『妻に不倫&托卵された惨めなオッサン、異世界で【お人形さん遊び】を堪能する』<https://ncode.syosetu.com/n1706jz/>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
中盤まで大爆笑の嵐、終盤での怒涛の展開に大混乱、中盤まですごく面白いと思いつつ、終盤でのヘビーすぎる衝撃の告白で中盤までの大爆笑がどこかへとんでいってしまい、どう評価すべきかものすごく悩んでいます。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ