合コンに行ったらママンがいた。翌日、父にチクった。
この春、専門学校を卒業した。きょうは社会人になって初めての合コンだ。
俺たち男子は先に店に着いており、女子たちをじっと待っていた。
あっ、来た来た。やっと来てくれたか。
約束の時間を七分過ぎた頃、四人組の女子が現れたのだ。
おおおおおおおおおおお!
想像していたよりも、ずっと可愛らしい感じの人たちではないか。この合コンの幹事はハヤッチだが、よくそんなコネをもっていたものだ。正直、ハヤッチには驚いた。初めて彼を尊敬した。
と思ったら四人組は席を通り過ぎていった。
なんだ。相手は彼女たちじゃなかったのか。一瞬でもハヤッチを尊敬して損した気分だ。でもあんな感じの女子だったらいいなあ。
いやいや、高望みするつもりはない。たとえ好みの子がいなくても、合コンという雰囲気を楽しめればいいのだ。
それから四分が経った頃、ハヤッチが手をあげた。
「ここだ、ここ」
新たに四人組の姿が見えた。彼女たちが合コン相手なのか?
そのうちの一人がハヤッチを見つける。
「あっ、ハヤッチ! 皆さん、ごめんなさい。遅れちゃって」
やはりそうらしい。
ちょっと緊張しながらも、彼女たちの身なりや容姿をチェック。
おおおおおおおおおおお!
目を擦って二度見してしまった。
なぜだ。なぜ? なぜ母親がここに!
これ、あり得ないことだろ。
いやもう、何やってくれてんだよ、ママン!!
目が合った。
俺に驚いている。俺はその倍は驚いたぞ。
その『しまった!』って顔はなんだよ。
俺は悪くない。悪いとしたらそっちだからな。
なあ、アンタにゃ夫がいるだろ。俺の父ちゃんがいるだろ。
母は俺たちに会釈して席に座った。
男子が一列、女子が一列で向き合っている。
正面の席が母じゃなかったことだけは、ホッとした。
けどさ、ホント、シラけたよ。この合コン。
たとえ好みの子がいなくても、合コンという雰囲気を楽しめればよかった。
こんじなんじゃ楽しめねえよ!!
母が年齢の割にかなり若く見られてきたのは、確かなことだ。
俺の同級生の母親たちとは比較にならないほど若々しかった。
だとしても……。
俺が二十歳。母が四十一。ここの男連中のほぼニ倍の年齢だ。
よく合コンに来れたものだ。
その勇気には脱帽するけど、その神経には呆れたぜ。
注文した飲み物を待っている間のこと――。
母は気まずそうにチラチラとこっちを見ていた。
隣の嵐世が小声で俺に言う。
「おい、颯馬。端っこの席の子、お前に気があるんじゃね? 良かったな」
良くない! そもそも気があるわけじゃない。
ほら、ママン、誤解されちゃってるぞ。
注文した飲み物がきたところで乾杯となった。
幹事のハヤッチの提案で自己紹介していくことに。
入口側の席のハヤッチから始まった。
それから順にター坊、嵐世、俺と続いた。
自己紹介については、ウケそうなものを考えてきた。
が……。母親のいる前じゃ恥ずかしくて言えねえよ。
どうしてくれるんだ、ママン!
結局、面白くもない自己紹介をしてしまった。
さて、自己紹介は『コ』の字の順となっている。すなわち女子の自己紹介は、俺の正面の子が先頭だ。彼女はハヤッチの元バイト仲間であり、女子たちを呼び集めてくれた人だ。名前は紅音さん。
続いて風夏さん、亜彩さん、と自己紹介してくれた。
いよいよ最後。順番がママンに回ってきた。
「男性陣の皆さん、はじめまして……」
という挨拶から始まった。
母が笑顔を振りまいている。
俺にとっちゃ、はじめましてじゃないけどな。
「わたし、乙橋真里江って言いまーす……」
違うだろ。旦那の旧姓を名乗ってんじゃねえ。
でもあれか。俺と同じ苗字を名乗ったら変だしな。
俺の苗字は甲羅門。
珍しい苗字だから二人もいれば怪しまれる恐れがあった。
さらに母は声を愛想よく張りあげた。
「マ……マリリンって呼んでね」
マリリンじゃねえ!!!!!!!
しかもなんで自分で言ってて照れてるんだ。
「「「マッリリーン」」」
お前らも迎合してんじゃねえ。放っておけよ。
隣の嵐世に指で突かれる。
「颯馬、声が小さい。もう一度だ! せーの」
小さいじゃねえ。声は出さなかったんだ。
「「「「マッリリーン」」」」
俺まで言わされててしまった。
こら、ママン。嬉しそうな顔するんじゃない。
しばらくすると、好きなタイプの異性についての話になった。
あまり好きな話題ではない。
しかし訊かれたので皆に応えなければならない。
「明るい人かなぁ」
またもや嵐世が指先で突く。
「それ、つまんなすぎ。明るい人とか健康な人とかって言うはナシだ」
俺としては無難に答えたかったんだが……。
「じゃあ特にないかなあ」
嵐世が笑顔を見せる。
イヤな予感がした。
「だったら代わりに俺が颯馬のタイプを言いまーす。こいつは、年上好きの足フェチでーす」
わっ、嵐世! 親の前でそういうのバラすなよ!!
正面の紅音さんがニッコリする。
「颯馬くん、二十歳って聞いてるけど、あたしたち皆、年上だよ」
気遣いから言ってくれたのかもしれないけど、もう帰りたい。
好きなタイプの質問について、母に順番が回ってきた。
「ええと……わたしのタイプは……」
親のタイプは聞きたくない。
もしかすると俺の番のとき、ママンもそうだったかもしれないな。
「そうねえ……。思いやりがあって、優しくて、誠実で、高身長で、髪さらさらで、スポーツマンで、爽やかで……」
おいおい、いつまで続くんだよ。そんなヤツいないから。言ってて恥ずかしくならないのか。聞いてる方が恥ずかしくなってくるぞ。そんなん求めるんだったら、この合コンに来るんじゃねえよ。
しばらくして女子四人がそろってトイレに行った。
ここで俺たち男同士の話が始まった。
「一人だけ変なのがいたな」
ハヤッチが言うと、すぐさま嵐世が同意。
「いたいた。誰とは言わないが、厚化粧お化けがいたな。あれ、結構な年齢だろ。よくこの合コンに来れたものだよな」
母が笑われているじゃないか。
ほら見ろ、合コンなんかに来るからだ。
「うん。あの人、おそらく三十歳超えてるぞ」
「そうだな。三十は過ぎてる。下手したら三十代半ばかもだぜ」
ママン……若く見られてるぞ。
四十過ぎとは思われていないようだ。
「で、颯馬はどの子が一番良かった?」
「先に嵐世が自分で答えてから聞けよ」
嵐世 「俺は紅音ちゃんだ」
俺 「まあ、俺も紅音さんかな」
ハヤッチ「俺は風夏ちゃんで」
ター坊 「マ……マリリン」
耳を疑った。
嵐世 「ふわっ?」
俺 「え?」
ハヤッチ「へ?」
いまさら恥ずかしそうにモジモジするのはやめろ、ター坊。
嵐世 「がんばれ、ター坊。童貞捨てろよ」
ハヤッチ「応援するぜ、ター坊。童貞捨てろよ」
複雑な気分だ。
てか、俺の母で童貞捨てないでくれよな。
女子が戻ってきたところで席替えがあった。
俺の隣に紅音さん。その隣が嵐世。そして亜彩さん。
向かい側の席では風夏さん、ハヤッチ、母、ター坊と並んでいる。
つまり隣の席には紅音さんがいるが、その隣の嵐世も彼女を狙っている。
嵐世に負けまいと、紅音さんにガンガン攻めたいところだ。しかし親の視界に入る場所だと、気恥ずかしい感じがして、思うように攻められない。やっぱりこの合コン、来るんじゃなかった。
気づいてみたら、ター坊とママンが仲良くなっていた。
頑張ったな、ター坊……などと、いつもならば俺も喜んでいただろう。
だが相手は俺の母だ。
ママン、あんたにゃ旦那も息子もいるんだろ。何やってんの?
こりゃ、パパンに報告だな。
日曜日の朝――。
土曜日の晩は、家族はそれぞれ外食だった。
いま、きのうの合コンから初めて家族三人がそろったのだ。
母と目が合った。すぐに逸らされた。
父が沢庵をボリボリ咀嚼しながら言う。
「ところで颯馬、昨晩は友達と飲み会だったんだって? 楽しかったか」
「ああ、普通」
「相変わらず素っ気ないな」
普通っていうのは嘘だ。最悪というのが正しい。
実際、あの状況で楽しめるかよ。誰かさんのせいで。
「お母さんも友人と飲みに行ってきたんだったな」
父の質問に、ぎくりとする母。
そしてすっとぼけて尋ねる俺。
「へえ、お母さんも飲みに? それって職場の仲間と?」
「えっ……。あっ、そうだけど」
ぎこちない返事だった。
「ふうん。職場の人たちとは仲良くやってるんだね」
母が味噌汁をこぼした。
台所へ布巾を取りにいってしまった。
やはり父には話した方がいいのかな。
よし、言おう。
てことで合コンのことを父に告げた。
母が戻ってきた。
「お母さんには、あとで話がある」と父。
母はちらっと俺の顔を見た。
両親は二人で出かけることになった。
だから昼食は一人で食べた。
もしかして……。
あまり想像できないことだが、あの二人、離婚してしまうのでは?
合コンのことを父に話すべきではなかったのでは?
離婚となったら、息子としてはなんとも悲しいことだ。
ただもう学生ではない。
春に専門学校を卒業して社会人となったのだ。
そろそろ家を出たいとも思っていた。
だけど……やっぱりそれでも親の離婚は望んでない。
翌週土曜日にも合コンがあった。
今回も幹事はハヤッチで、男側の面子は同じはずだった。
しかし嵐世がなかなか来ない……。
と思ったら、なんでパパンがここに!?
歩いてくる父に、ハヤッチが手を振った。
手を振り返すパパン。
ハヤッチが説明する。
「嵐世から連絡あってさ。急遽、来れなくなったって。だから人数合わせのために呼んだんだ。テッサンだ」
確かに父の名前は鉄兵だ。
でもテッサンって。
てか、オヤジ。なんだよ、若作りして来やがって。なあ、その服、俺のだろ! 似合わねえよ。かえってキモさが普段の十倍になってるぞ。
ママンのときも浮いていたが、それ以上に浮いている。
おい、ハヤッチ。いいのかよ、こんなん呼んじゃって?
「あっ!!!」
テッサンが固まった。
やっと俺に気づいたのだ。
「えっ、もしかして知り合い?」
「初対面だっ」
ハヤッチの問いに、俺は強く否定した。
女子たちも参上。
ようやく全員そろった。
彼女たちの視線はテッサンに向いていた。
やっぱり浮いてるよな。
それでも笑顔のパパン。
「こんなおっさんでゴメンね~」
自覚あるんじゃん。
「よーし、きょうは楽しむぞ!」
あっ、開き直りやがった。
皆が席に座った。
オーダーを取ったところで合コン開始となった。
自己紹介のとき、父は旧姓を名乗った。ママンのときと同じだ。珍しい甲羅門という苗字が俺以外にもいたら、変だと思ったのだろう。
苗字に最も大きく反応したのは、ター坊だった。
そうだよ。先週ママンが名乗った苗字と同じだよ。
父の旧姓だけどな。
そういえばター坊。俺の母とはどうなってる?
まさか、あの日以外にも続いてるわけじゃないよな?
この合コンに来ているってことは、特別な進展はなかったのだろう。
だよな、ター坊? そうだよな?
それはそうと、ハヤッチに尋ねる。
「そのオッサンとは何繋がりだよ」
「川釣りが俺の趣味なの知ってるだろ。面白い人だから呼んじゃった」
父の高いテンションが、なぜか女子たちにウケていた。
てか、息子の前でよく堂々とハメを外せるものだ。逆に感心したぞ。
たが今回の女子たちの関心は、徐々にター坊に移っていった。
小柄な体格と童顔が、母性本能をくすぐったのか。
先週同様、俺はいつもの俺ではなかった。
ター坊を応援してやろうとは一ミリも思わなかった。
「そういえば、ター坊。その後マリリンとは?」
ター坊はこっちを睨んだ。
隣の女子が目を丸くする。
「え、え、え? マリリンってなーに」
「し、知らない……」
「でもター坊。この前の合コンで超仲良くなってたじゃん?」
俺はサイテーだった。いままで自覚がなかっただけで、本性なのかもしれない。
テッサンのジョッキを持つ手が止まった。
じっとター坊を見つめる。
オヤジ、暴力だけは駄目だからな?
ター坊が答える。
「それからは別に何も……」
父はター坊の背中をパンっと叩いた。
「ちゃんとメアドとか聞かなかったのか」
いまどきメアドって。
てか、いいのか? 本当に母と仲良くなってたらどうしてたんだ?
父の合コン参加は妻への仕返し的なものかもしれない――と思っていた。だが、もうすでに妻への未練はなくなったってことなのか?
別の女子が目をすがめる。
「とかいって、本当は今も繋がりがあるんじゃないの?」
「ないよ……。ないです」
「どうかしらね」
ター坊の株が下がっていくのを感じた。
仕返ししたかったのって、もしかして俺だったのかな。
ハヤッチが話題を変えてきた。
「だけど偶然だよな。テッサンとこの前のマリリンが同じ苗字なんて」
「えぇぇぇっ? マリリンって人も、同じ苗字だったの? 偶然ね」
「俺もテッサンの苗字は知らなかったけど驚いた。夫婦だったりして」
などと冗談を言いながらハヤッチが笑う。
鋭い!! 鋭いぞ、ハヤッチ。どっちも本当の苗字じゃないが。
俺たちの隣のテーブルに、若い三人組がやってきた。
これはなんと、またもや偶然! 偶然ってこんなに続くものなのか?
俺もハヤッチもター坊も、口をあんぐりと開けた。
三人組は先週の合コン相手だったのだ。
その中にママンはいなかった。
彼女たちは俺たちに気づいていないようだ。
気づくなよ。気づくなよ。そのまま気づかずにいてくれよ。
だってこっちは合コン中なんだ。
しかし気づかれないわけがなかった。
「あっ、この前の!!」
亜彩さんだ。
見てわかるだろ。こっちは合コンしてんだ。
気づいても声をかけないでほしかったぜ。
いいや、彼女たちに俺たちを気遣う義理などないのだ。
俺たちは軽く会釈するだけに留めた。
それなのに……。
「ん? あっちの子たちと知り合いだった?」
オヤジ、何言いやがる!
しかし紅音さんは状況を把握できたようだ。
連れの二人に釘を刺す。
「合コン中じゃない? 邪魔しちゃ悪いよ」
そうだよ。ありがたいよ、紅音さん。
ところが風夏さんは、紅音さんに従う気などないらしい。
こんなことを言うのだった。
「合コン? でもター坊くんもいるよ。ほら、マリリンと仲良くなって……」
「風夏まで何言うのよ。その後のことはわからないでしょ?」
紅音さんのフォローはあったが、ター坊は肩をすぼめるのだった。
おい、ター坊。その反応、どういう意味だ?
「だってね。あたし、マリリンとター坊くんがあそこから出てくるの、偶然にも見かけちゃったんだ。へへへへ」
おいいいいいい、あそこってどこだ!!
どこから出てきたんだよ。まさかホテルか?
それを紅音さんが訊いてくれた。
ター坊のフォローをやめたらしい。
「あそこってどこ?」
ハッとする風夏さん。その反応もやめてくれ。
「ええと……」
お願いだから考え込まないでくれ。
「……そうそう、ドトール」
本当にドトールか? ドトールなんだろうな? 嘘じゃないよな?
けどさ、ター坊。あの日以降は何もなかったって言ってなかったか?
それよりオヤジ。他人事のように唐揚げ食ってんじゃねえよ。
あんたの女房が若い男とどっかから出てきたんだぞ。
たとえ本当にドトールだったとしても、問題視するべきところだからな。
俺はテーブルに手をつき、立ちあがった。
「ター坊。本当のことを教えてくれ。どうなんだ」
亜彩さんがニヤニヤする。
「えーーーー? 何、ムキになってんの? マリリン狙いだった?」
俺は無視した。彼女に応対する心の余裕がなかったのだ。
ター坊から目を離さなかった。
「うっ、うん……。ドトールで偶然会って」
「どこのドトールだ」
「隣駅の……」
「そこのドトール、おととし隣駅から撤退してるぞ?」
「はっ!? いやいや、隣駅のそのまた隣駅のって言おうとしたんだ」
怪しい。
「やめなさい! 些細なことで友達を追い詰めてどうする」
はあ??? オヤジ、アンタのために訊いてるんだぞ
幹事のハヤッチも「まあまあ」などと言って俺をなだめようとする。
俺は椅子に座り直した。
ああ、もう、両親そろって俺をイライラさせやがって。
そもそもの発端はおふくろだ。
きょうオヤジが来たのも、きっと先週のおふくろが原因だろ。
「あの糞ババアああああああああああああ」
思わず叫んだ。
糞ババアとは誰のことを言っているのか。ハヤッチもター坊も父も容易に見当がついたことだろう。また、紅音さん、亜彩さん、風夏さんも同様だろう。
案の定、風夏さんは俺のことを「サイテー」と非難した。
そうだよ。サイテーだよ。両親はクズだけどな。
「颯馬っ。お母さんに対し、なんてことを!」
オヤジがバラしやがった!!!!!
「えっ、お母さん?」
「お母さんって……」
「どういうことだ、まさか」
「そういうこと? 信じられない」
皆、様々な反応を示した。
ター坊が俺の顔を覗き込む。
「お母さん? マリリンが? 嘘だよね?」
うるせえな。ター坊の後ろ襟を掴んで立ちあがらせる。
「オヤジ。こいつがババアの浮気相手だぜ。ホテル行ったんだ」
「行ってないよ。スタバだよ」
「ドトールじゃなかったか」
「そ、そう、ドトール」
最早どっちでもいい。
俺は最悪の形で両親を皆に紹介する形になってしまった。
もうイヤだ。合コンなんてまっぴらだ。
こんなところにいたくない。
「もし足りなかったら後で払う」
テーブルの上に紙幣を数枚置き、一人で店を出た。
その日の晩、家族会議が始まった。
不思議なことに、両親ともニコニコしていた。
開き直ってやがるのか?
違うだろうが。もっと重たい空気に包まれなきゃならないだろうが。
父が母に尋ねる。
「先週の合コンは楽しかったか?」
「ええ、とっても。お父さんの方は?」
な……なんだ、この和やか会話は。
父は嬉しそうに笑った。
「楽しかったぞ。ただ最後がなあ……」
「俺のせいってか。ふざけんな」
両親が真面目な顔をする。なんのマネだ?
「颯馬にきちんと話さなければならないことがある」
容易に察することができた。
そっか、離婚……するんだな。
残念だが仕方あるまい。こういうのは二人の問題だ。
二人とも腹を決めたんだ。互いに吹っ切れたのだろう。
だから笑っていられるんだ。
俺だっていつまでもガキじゃない。受け入れてやるさ。
「うん」と相槌を打った。
そして両親が打ち明ける前に俺から言った。
「二人、やっぱり離婚するんだね」
「それなんだがな……」
父が母と目を合わせる。互いに首肯した。
「……離婚したくとも、それは叶わないんだ……」
しないのかよ。それはそれでちょっと安堵した。
「……なぜなら、もともと入籍なんてしてなかったからだ」
「はい?」
思わず聞き返した。
「お父さんたちは夫婦になったことがない。お母さん……真里江さんは、颯馬の実母じゃないんだ」
なんだって……?
「じゃあ、俺、お母さんとは血が繋がってなかったってことか」
ところが。
「いいや、繋がっていないこともない」
「どっちなんだよ!」
頭が混乱してきた。いまの話、すべて冗談だったのか。
「あたしに話させて」
「じゃあ、任せるよ」
両親はそんなやりとりの後、俺に視線をじっと送るのだった。
「先日の合コンでハメを外しちゃったから、いまから言うことは説得力に欠けるかもしれないけど……」
別に説得力に欠けるのは毎度のことだ。
「とりあえず聞いてみる」
母は小さく頷いた。
「……お母さんね、若い頃はあまり恋とか興味なくってさ。でも一度だけ燃えるような恋をしたんだ。初めての……あるいは最初で最後だったかもしれないけど、恋人ができた。だけどその人、交通事故で死んじゃった。あまりにも突然だったせいか、廃人のように無気力になっちゃって、仕舞いには高校にも行かなくなっちゃって……」
中卒って聞いていたけど、高校中退だったのかぁ。
「そんなとき、姉に赤ちゃんが生まれたの。とても可愛くてね、夢中になっちゃった。新たな生き甲斐ができたの。もちろん、あなた、颯馬のことよ」
母は叔母だった?
実母が他にいて、母はその妹……。
「そんな姉だけど、もともと病弱な人だった。そして颯馬が一歳になるのを待たずに他界してしまった」
実母は早逝していたのか。
「義兄さんは男手一つで赤ちゃんを育てる気だったけど、不器用な人で見ていられなかった。だからね、あたしが赤ちゃんのママになるって、わがまま言ったの……」
ショッキングな話だったが、そのまま黙って聞き続けた。
「だけどもちろん義兄さんとは、互いに恋愛感情なんてなかった。籍を入れる気だってさらさらなかった。ただ赤ちゃんのために同居できればよかった。そんな感じで、もう約二十年が経ったのね」
単なる同居というのは本当なのだろう。四年前までは祖母も生きており、父は婿養子のようなものだった。苗字にしたって、変わったのは父の方だ。つまり同居については、実母が死んでからではなく、もともと祖母とともに一緒に暮らしていたのだろう。
「でも、そのせいで……お母さんは独身のまま……」
母は首を横に振った。
「言っとくけど、婚期を逃したことに後悔はないからね。颯馬の母親になれたんだから」
お母さん……。
ありがとう、お母さん。あんたには感謝しきれないよ。完璧に母親だった。たぶん母親以上に母親だったと思う。合コンに現われたこと以外は。
ただ、面と向かって感謝を口にするのは、ちょっと照れ臭い。
いまさらって感じもするし。
いいや、ちゃんと言葉で伝えなければ駄目だ。
いまそれを言うチャンスじゃないか。
「俺の母さんでいてくれてありがとう。こ、これからもよろしくな」
「照れ臭いこと言わないでよ。こっちが恥ずかしくなるじゃない」
なんだよ、俺なりに頑張って言ったんだぞ。
ついでに言っておこうか。
「もし……この先、お母さんが一人の女性として、誰かと結婚しても『お母さん』って呼び続けさせてもらうからな」
「当たり前じゃない、お母さんはお母さんだもの」
「だけどもし相手がター坊だったら……、ター坊にゃ義父さんって呼ばないぞ」
「当たり前だ」と父。
数週間後、母がター坊に振られた。
そりゃそうなるわな。
だけどお母さん、次の恋を応援するぜ。
お母さんはまだまだ若いんだ。
絶対イイ人が見つかるって。
がんばれマリリン!!
__ 完 __
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