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第七章 廃墟洋館での邂逅(かいこう)





 翌日、私は東川とともに街外れにあるという廃墟の洋館へと向かった。もはや都会のビル群から少し離れた場所で、昔ながらの石畳の道が残るエリアに足を踏み入れる。途中、錆びた街灯や取り壊し途中の倉庫などを横目にしながら車を降りると、視界の先に鬱蒼とした木々が広がる小さな森が見え、その奥に古びた建物の形が見える。

 近づいてみると、鉄製の門があり、そこには草が絡まっている。門は半ば開いていて、看板には「私有地につき立入禁止」とある。だが、その文字は色褪せて読みにくくなっていた。


「ここの所有者は誰なんだろう。もう何年も放置されたって聞いたわ」

「役所の資料によると、元々は資産家の海沼かいぬま一族が住んでいたみたい。カイヌマ…」


 私は温泉旅館で川添のメモにあった「カイヌマ」という文字を思い出してハッとする。これは偶然にしてはできすぎている。ひょっとしたら、この洋館こそが川添の探り当てた秘密と大いに関係があるのかもしれない。


 門をくぐって敷地内に足を踏み入れると、地面には枯葉と雑草が積もり、かつては庭園のように整備されていたであろう場所が荒れ放題になっていた。建物は大きく、昭和初期に建てられた洋風建築らしく、煉瓦造りの壁と風格あるステンドグラスの窓が特徴的だが、ガラスは破れ、蔦が壁をはい回っている。

 一歩近づくと、私たちの背後から声がかかった。


「やあ、こんなところで会うとはね」

 振り向くと、そこには安藤雄一――温泉旅館で会った、あのスーツ姿の男が立っていた。突然の遭遇に、私は警戒心を抱く。


「なぜあなたがここにいるの? 研修とか言ってたのは口実だったんじゃないの?」

「別に、あんたらに教える義務はないね。でも、警察さんがやって来る場所なら、俺にも用があるってだけだ。調べ物ってやつさ」

 安藤はつかみどころのない表情を浮かべている。


 東川が口を挟む。「あなたがここで何をしているのか、正直怪しすぎます。川添さんと何か関係が?」

「さあね。川添ってのは、あの旅館で死んだ男だろ? 俺は知らないよ。ただ、ちょっと昔から気になっていることがあって、ここを調べにきただけさ」


 安藤はそれ以上何も言わず、私たちをすり抜けるようにして洋館の裏手へ歩き出す。その姿は警戒しているというよりも、まるで独自の目的に突き動かされているようだった。

 私は東川と顔を見合わせ、彼を尾行するかどうか判断に迷った。が、ここは先に洋館内部を調べるのが先決と考え、玄関を探す。ドアは古びており、押せば開きそうだ。


「行こうか」

 私は重い扉を押し開け、内部へ足を踏み入れた。薄い埃が舞い上がり、鼻をつく。正面には大きな階段があり、二階へと続いている。床には砕けたガラスや割れたタイルなどが散乱している。

 ふと、私は一階の奥のほうから小さな物音を聞いた気がした。先に進んでみると、そこには大きなサロンのような部屋があり、埃まみれのソファやテーブルが無造作に置かれている。壁には肖像画が飾られているが、顔の部分が切り裂かれていた。


「誰かいるの…?」と東川が小声で呼びかけると、部屋の隅から女性の悲鳴のような声が上がった。


「やめて、来ないで……!」

 怯えた声。私が懐中電灯を向けると、そこにはあの旅館から失踪したとされる野々村サキが座り込んでいた。肩を小刻みに震わせ、衣服は埃まみれになっている。顔には涙の跡が残っていた。


「野々村さん……! 大丈夫、私たちは警察よ」

 東川が駆け寄ると、サキは力なく顔を上げる。だが、警察と聞いても安心できないのか、まだ身を強ばらせている。

「私、どうしたらいいのかわからなくなって……逃げてきたの……」


 サキは断片的に話し始める。旅館で川添の様子を見ているうちに、ある晩、彼から「助けてくれ」と言われ、何か機密のような情報をちらつかされたらしい。サキ自身も事情はわからなかったが、興味を持った彼女は、川添から「近いうちにここへ来い」と言われていたという。場所は海沼家の古い洋館――この建物だ。


「私、バイトで借金を返すために必死だったの。でも、川添さんは『ここに来れば一攫千金できる』みたいなことを言ってて……私、現実逃避でもいいから何か変わるかもって思っちゃって……」


 東川が優しく声をかける。「それで、あなたは彼が亡くなったあとも、何かを確かめようとして、ここに来たってわけね?」

 サキはうなずく。「でも、何があるのかはわからない。部屋をうろうろしても、何も見つからないし……何かヤバいものを隠してる気配は感じるんだけど」


 私はここに川添が隠した“何か”があると推測した。IT企業の機密か、あるいは更なる秘密か。海沼家という古い資産家が持っていた何かと川添が入手した機密情報が交錯している。その手がかりが、この廃墟に眠っているのかもしれない。

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