第六章 レトロ都市に戻って
ひとまず温泉地で得られた情報を持ち帰り、再度整理することにした。地元の警察とは連絡先を交換し、続報があり次第教えてもらう手筈となった。東川と私は帰路につき、夕方には分室のビルへ戻る。廊下を歩いていると、いつの間にかそこに山科の姿があった。
「早かったな、二階堂さん。で、どうだった? 面白いネタは掴めそう?」
「あんたは暇人か? まあ、ただの事故とは思えないけどね。詳しいことはまだ言えない」
「そう冷たくしなくてもいいだろ。あ、そうそう。ここ最近、こっちの街でもちょっとした騒ぎがあったみたいだよ。廃墟の洋館に夜な夜な人影が出入りしてるって噂。そこの近くで怪しい車が目撃されたって話だ」
廃墟の洋館――まさに温泉地の件ともリンクするようなキーワードだ。偶然の一致とは思えない。私は山科に促され、古い地図を探し出してみる。すると、この街の外れに確かに古い洋館が記載されていた。かつては資産家が住んでいたが、相続問題などで長年放置されているらしい。
「昨夜の“空き部屋”騒ぎもそうだが、最近このエリアで妙な出来事が多いのは確かよね」と東川が言う。
「事件は一つじゃなく、絡み合ってる気がするわ。川添の死とこの廃墟、行方不明の野々村サキ、そして……昨夜の雑居ビルの空き部屋に響いた声」
捜査連絡室の狭い部屋で、私たちは地図や書類をテーブルに広げて情報を突き合わせる。室内は古い蛍光灯の白い光に照らされているが、その光の周辺では小さな虫が飛んでいるのか、目に見えない影がちらついて落ち着かない気配を醸し出している。
そして夕方から夜へ。私と東川は一度各自の家に戻ろうかと考えたが、山科が「実は気になる情報源がある」と言い出すから、さらに残業することに。
「俺の知り合いに企業のセキュリティ関係に詳しい人がいるんだよ。川添がいた会社の内情もある程度知ってるかもしれない。電話で話せば、何かわかるかも」
山科がスマホを取り出して連絡を入れる。10分ほどして、彼は私たちに向き直った。
「どうやら、川添がいた会社は最近、大口の取引相手との契約を巡ってトラブルがあったらしい。その取引相手っていうのが、裏社会に通じるような危ない連中だって話さ。川添はそのことを知ってしまい、内部告発を考えていたらしいよ。でも、逆に会社側は『川添が情報を漏らした』と疑い、口を塞ごうとした……とか、いろいろ噂があるみたいだ」
「そこまで話が大きいなら、川添が追われていた可能性は確かにあるね」と東川が小声で漏らす。
ただ、それだけでは動機としては充分だが、決定的な証拠がない。私は事件をもう少し広く俯瞰しようと、頭の中で整理を始めた。
1.川添が何者かに追われていた可能性
2.温泉旅館での不審死
3.旅館バイトの野々村サキの失踪
4.レトロ都市にある洋館での怪しい人影の目撃情報
5.雑居ビルの空き部屋から聞こえた謎の声
これらがすべて関連しているとは限らない。だが偶然が重なりすぎている気がする。近未来的なIT企業の話と、古い洋館が交差するのは不思議な組み合わせだが、そこにこそ真相が潜むのかもしれない。