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第四章 封じられた洋館と意外な再会





 女将に案内され、私たちは旅館の裏手へ向かった。細い廊下を抜け、コンクリートの小さな渡り廊下を渡ると、そこに洋館が姿を現す。外観は木造と石造りが混ざったような造りで、尖塔のような屋根が特徴的だ。明治や大正時代に建てられた洋風建築のなごりだろうか。だが窓は板で打ち付けられており、壁のあちこちにはひびが走っている。


「ここは、もう何十年も使っておりません。修復費がかさむので、事実上の廃墟扱いです。川添さんがここを深夜に徘徊していたと聞いて、怖くなって…」

 女将は震えるように言う。確かに少し不気味な雰囲気だ。扉には「立入禁止」の看板が掛けられているが、鍵そのものは壊れているのか、押せば開いてしまいそうな状態だった。


「少し中を拝見します。念のため、何か手がかりがあるかもしれませんから」

 私たちは懐中電灯を片手に、洋館の扉をゆっくりと押し開けた。内部は薄暗く、長い廊下が伸びている。壁には古びた洋画がいくつか飾られているが、埃まみれだ。軋む床を踏みしめながら進むと、右手に大広間のようなスペースがあった。天井は高く、シャンデリアの残骸がかすかに揺れている。


「川添さんがここで何をしていたのか…?」

 東川が耳打ちしてくる。私は周囲を照らしながら見渡してみるが、もともとガラクタが多く散乱しているせいか、特に新しい足跡のようなものは見当たらない。ただ、壁の片隅に新しい引っかき傷のような跡があった。人が転倒したか、あるいは何かで壁を擦ったか…判断がつかないが、不審ではある。


 しばらく廊下を進むと、突き当たりに扉があった。開けようとしても鍵がかかっているのか、びくともしない。しかし扉の下部からかすかに風が通る気配があり、別の出入口があるのかもしれない。私は試しにドアノブを引いてみるが、やはり固く閉ざされていた。


「仕方ないね。一度引き上げよう」と東川が言いかけたそのとき、洋館の外から人の声が聞こえた。


「お〜い、二階堂さんに東川さん! やっぱり来てたんだ」

 その声は、山科透――あのフリージャーナリストだ。なぜ彼がこんなところに?


「なんであなたがここに?」

 私が怪訝そうに問うと、山科は肩をすくめるように笑った。

「いやあ、怪しい事件の匂いがすると聞きつけたら、つい足を伸ばしちゃって。あの廃墟がある旅館で死亡事故? こりゃ面白いに違いないと思ってね」

「まったく。あまり勝手に首を突っ込まないで欲しいんだけど」

「そこを何とか。俺だってスクープが欲しいんだから。二階堂さんたちを邪魔する気はないよ。むしろ、情報提供したいくらいさ」


 いつもの調子で憎まれ口を叩く山科だが、その瞳には妙な熱量を感じる。彼はさっそく、どこかから仕入れたらしい情報をベラベラと喋り始めた。

「被害者の川添って男、どうやら都内のITベンチャー企業で研究職に就いていたらしいな。社内でちょっとしたトラブルがあって、長期休暇を取っていたとか。しかも、そのトラブルっていうのが ‘データ漏洩’ に関するものだったらしい」

「データ漏洩?」

「詳しくはわからないけど、社内機密が外部に漏れたらしくて、川添は疑いをかけられていたとの噂だ。もしかすると、川添は何か重要な情報を持って逃げていたんじゃないか? となると、その情報を狙って誰かが追いかけていた可能性だってある」


 確かに、IT研究職という肩書きと“何者かに怯えていた”という目撃証言は結びつくかもしれない。もし川添が企業の機密に関わっていたなら、それを巡る争いが死に繋がったとしても不思議ではない。


「それと、昨夜ここに来る途中で奇妙な人物を見かけたんだ。黒っぽい車からスーツ姿の男が降りて、旅館のほうを伺っていた。夜中の二時くらいだったかな。声をかけようとしたら、さっと車に戻って去っていったんだが…」

「そいつが川添を付けていた者かもしれない、ということね」

「まあ、推測に過ぎないけどね。でも、旅館の人に聞いたら、そんなスーツの客は泊まっていないって言うんだ。どうも怪しいと思わない?」


 山科の話は飛躍があるが、捜査のヒントにはなるかもしれない。私は改めて、この事件の匂いがかなり深いことを感じはじめていた。

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